« すが秀実の処女作「花田清輝――砂のペルソナ」;ファーブル昆虫記「スカラベ・サクレ」 | メイン | ジョアン・ジルベルト  »

September 20, 2006

シシュポスの独り言;ファーブルの糞転がし

scarab02.jpg
ブログのタイトルを「シシュポスの独り言」としたのはファーブル昆虫記のなかで糞転がし(スカラベ)をシシュポスのようだとファーブルが表現しているところから拝借した。20年前に栃木県に来てひとりで毎月50近いお産に向かいながら疲れていたころに自分の人生はちょうど「糞転がし」のような繰り返しだなと自嘲気味に思ったものである。カミュはそのシシュポスの人生を肯定的に捕らえていた。あれからどれだけのお産と向き合ってきたのだろう。あのころは永遠に続くと思っていた私の仕事もそろそろ終焉が近づいてきたようだ。きっとこれから残りの人生は一つ一つの重い荷物を大事に頂上まで運ぶことに限りない喜びを覚えるとともにまたリセットして麓に戻ってやり直すことにも無常の生きがいを感じることだろう。山が崩壊しそうな気配を感じながらもこれが私の天職なのだろうと最近は思って毎日を過ごしている。
scarab01-big.jpg

シシュポス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

シシュポスはギリシア神話に登場する人物。長音表記ではシーシュポス。シジフォス、シシュフォスとも。コリントスの創建者。徒労を意味する「シシュポスの岩」で知られる。

シシュポスはテッサリア王アイオロスとエナレテの息子で、兄弟にサルモネウスとアタマスがいる。プレイアデスのひとりメロペを妻とした。シシュポスの子グラウコスはベレロポンの父である。シシュポスはエピュラを創建し、エピュラは後にコリントスの名で知られるようになった。一説には、メデイアがシシュポスにコリントスを贈ったともいう。また、ヘラに狂気を吹き込まれたアタマスに追われたイノとメリケルテスが海に身を投げた事件を記念して、シシュポスはイストミア祭の競技会を始めたという。

目次
1 神話
1.1 ペイレネの泉
1.2 テュロ
1.3 シシュポスの抵抗
1.4 シシュポスの岩
1.5 シシュポスとアウトリュコス

神話
ペイレネの泉
ゼウスがアイギーナを誘拐したとき、アイギーナの父親河神アソポスは娘の行方を捜してコリントスまでやってきた。シシュポスはアソポスに、コリントスの城に水の涸れない泉を作ってくれたらアイギーナのことを教えると持ちかけた。アソポスがペイレネの泉を湧き出させたので、シシュポスはゼウスとアイギーナの居所を告げた。このときゼウスが恐れて岩に姿を変え、アソポスをやり過ごしたことは、アイアコスの項を参照のこと。ペイレネの泉は、後にベレロポンがペガソスを馴らした場所として知られる。

テュロ
父のアイオロスが死ぬと、シシュポスの兄弟サルモネウスがその跡を継いでテッサリア王となった。シシュポスはこのことに腹を立て、デルポイの神託所に伺いを立てた。お告げは「おまえの姪と交わって子供をもうければ、その子供たちが恨みを晴らしてくれるだろう」というものだった。そこでシシュポスはサルモネウスの娘テュロを誘惑した。テュロはやがてシシュポスの行為が自分への愛情からではなく、サルモネウスへの憎しみからであることに気づき、生まれた二人の子供を自分の手で殺した。

シシュポスの抵抗
告げ口の恨みと、テュロの件と二つの理由があったと考えられるが、ゼウスはシシュポスをタルタロスに連行するようハデスに命じた。ゼウスの命を受けたのはハデスではなく、タナトスだともいわれる。しかし、シシュポスは言葉巧みにハデスが持ってきた手錠の使い方を教えてくれと頼み、これにまんまと引っかかったハデスが自分の手で実演してみせるといきなり手錠に鍵をかけてしまった。ハデスがシシュポスの家から出られなくなると、首を切られた者も八つ裂きに処された者もだれも死ぬことができなくなった。このことでいちばん困ったのはアレスで、自分の権利を侵されそうになったのでハデスを助け出し、シシュポスを捕らえた。

その間シシュポスは、妻のメロペに、決して自分の葬式を出してはならないと言い含めておいた。冥府に連れてこられたシシュポスは、ペルセポネに葬式がすんでいないことを訴え、自分を省みない妻に復讐するために三日間だけ生き返らせてくれと頼んだ。シシュポスは冥府から戻ると、約束を反故にしてこの世に居座った。やむなくヘルメスがシシュポスを力ずくで連れ戻した。

シシュポスの岩
シシュポスは罰として、タルタロスで巨大な岩を山頂まで上げるよう命じられた。岩はゼウスが姿を変えたときのものと同じ大きさといわれる。シシュポスがあと少しで山頂に届くというところまで岩を上げたところで、岩はその重みで底まで転がり落ちてしまうのである。これが永遠に繰り返されている。この「シシュポスの岩」については、タンタロスにも似た話が伝えられている。

メロペは、シシュポスの末路を恥じて、夜空に輝く星の姉妹から離れ、姿を隠したという。これは、紀元前2000年紀の終わりごろ、おうし座のプレアデス星団の星が一つ見えなくなった事実を示しているともいわれる。

シシュポスとアウトリュコス
シシュポスがコリントスにいたころ、その近くにヘルメスの息子アウトリュコスが住んでいて、シシュポスの家畜をたびたび盗んでわがものにしていた。アウトリュコスは、盗んだ家畜の姿を変える力を父から授かっていたので、シシュポスの家畜の角が生えているものは角をなくし、色の黒いものを白くしたりなどしてしまい、盗みが誰の仕業かわからないようにしていた。怪しんだシシュポスは、自分の家畜の蹄の内側にSSという頭文字を刻み込んでおいた。

ある夜、例によってアウトリュコスが盗みを働いた。翌朝、シシュポスは自分の家畜小屋から道沿いに蹄の跡がつづいているのを見て、近くの人々を呼び出して証人とし、アウトリュコスの家畜小屋で家畜の蹄の内側を確認すると、果たしてSSの文字があった。空とぼけるアウトリュコスと証人たちが口論となっている間、シシュポスはアウトリュコスの娘でラエルテスの妻となっていたアンティクレイアと交わったという。こうして生まれたのがオデュッセウスであり、オデュッセウスの抜け目のなさは、アウトリュコスとシシュポスの二人から受け継いだのだといわれる。


投稿者 akiuchi : September 20, 2006 11:29 AM