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September 20, 2006
プルプル通信メルマガ版 第42号 *9月号*(Vol.19 No.16)
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> プルプル通信メルマガ版 第42号 *9月号*(Vol.19 No.16)
> 2006年9月20日発行
> (ほぼ月刊/中旬頃配信予定)
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> Deep in the Community, Wide open to the World!
> ~深く地域に根差して広く世界に開く~
> 発行:医療法人アップル 編集:MintBox
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■朝夕めっきり涼しくなりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?プルプル通信メルマガ版第42号(9月号)をお届けいたします。前回のメルマガを発行した直後に「周産期医療の崩壊」を加速する事件が横浜で起こりました。日本一の出産数を誇る堀病院で無資格の看護師による内診が行われていたとして警察による家宅捜索が入りました。私はこの問題が日本の周産期医療に与える影響は今年2月に福島県大野病院で起こった産婦人科医師不当逮捕事件同様に大きなものだと認識しております。虎の門病院泌尿器科部長の小松秀樹先生が書かれた「医療崩壊-立ち去り型サボタージュ-とは何か」を前回のメルマガでご紹介いたしましたが同じ著者による「慈恵医大青戸病院事件-医療の構造と実践的倫理-」に警察が医療事故の調査に加わることに関して厳しい指摘がなされています。■「わが国の警察、検察は犯罪捜査と刑事責任追及はすべてに優先すると考えているらしい。そのために事故が多発しようが、医療が混乱しようが、気にする様子はうかがえない。警察、検察を抑えるべき権威はわが国には存在しないようにみえる。本来、国内法に優先すべき国際条約も、国内にしか関心を持たない警察、検察を制御できていない。国土交通省、厚生労働省は、事実上、警察庁の下位におかれている。政治家も警察、検察に口出しできない。警察は理解力に問題があるためか、科学にも敬意を払わない。見込み捜査と自白強要という、昔ながらの犯罪捜査が、科学的調査を必要とする場面に土足で踏み込んでいる。警察、検察の活動について、チェック機構が働いているように思えない。チェックのない権力がどのようなものか、歴史を紐解くまでもなく、現在の世界を観察すれば十分に理解できる。」(p76)この文章は1985年の日航機事故で群馬県警が押収した圧力隔壁の提出を国際的な調査機関の要請にも関わらず拒否したことと医療事故の調査を絡めて群馬県警の姿勢を「卑小、愚か、かつ依怙地」と批判しているくだりである。この本が発行されたのは2年前の2004年9月であるがその後起こっている警察の医療事故への介入をまのあたりにすると小松先生の先見の明には驚かされる。ちなみに青戸病院事件で医師3名が逮捕されたのは2003年9月である。詳しいことは今回新しく立ち上げた私自身のブログで解説することにしようと考えているが今回の警察の捜査が周産期医療の崩壊を加速させたことは間違いない。■また報道と行政(厚労省)のあり方に関しても以下のごとく厳しいことが書かれているが私も今回の内診問題をめぐるマスコミの報道に接して同様な危機感を抱かざるを得ないと思う。小松先生が医療崩壊をくい止めるために立ち上がった経緯をすべての医療関係者は理解しなければならない。「わが国には、すべてを把握し、長期的見地から国益を考え、国民を指導する「お上」は、もはや存在しない。場面場面で世論からどのようにみられるかが、政策決定者の最も重要な判断基準であるようにみえる。これは議会制民主主義に内包するものであり、必然的帰結である。国民は国民的熱狂が、だれにも逆らえない政治的力を持つことを自覚すべきである。熱狂の裏で、冷静な権力者が、事態を正しく認識し、適切に対処してくれるなどと甘い期待を持ってはならない。マスコミ人は自分の持つ権力の大きさをもっと自覚すべきである。扇情的記事を書くとき、その影響の広がりと最終的解決まで考えておく責任がある。あるいは多様な意見を意識的に世に出す努力をすべきである。なぜなら、マスコミが一方向に走り出すと、冷静な議論は封殺される。現在の政治体制では、政府すら、適切な施策ができなくなるからである。」(p83)■日経産業新聞にアルテミスが紹介された。「外観豪華」という表現では中身が空っぽというような印象を受けるのでいささか失望させられたが新しい産婦人科の流れということで都内の御三家(愛育、山王、聖路加)とともに紹介されたことはきっと悪いことではないのだと思う。アルテミスでは「デザイン」性を重んじたことは事実であるが単なる外観の美しさに留まらず機能的な面においても評価されるような病院にしたいと考えている。■そこでアルテミスの目標とする3つのSを院内に表示した。Safety=安全、Satisfaction=快適、満足、Sustainability=持続・・・「地域に根差して未来に繋ぐ」。お産に関して「安全性と快適性」は厚労省の健やか親子21でも取り上げられているので良く知られているが最後のS(持続性)に関しては耳新しい方も多いと思う。最近流行の言葉にロハス(LOHAS)があるがの最後のSがでSustainabilityを意味している。環境にやさしい循環型の永続性を大事にする社会という思想が流れている。組織のあり方として未来に責任を持つことは患者さんや地域住民のみならず職員にとっても重要なことだと考えている■読書の秋ということもあって積読状態になっていた本を読み始めた。小松先生の本にも医学生の時には山登りと読書に明け暮れたとかかれているが青戸病院事件の本ではホーソンの「緋文字」を引用してアメリカがドイツの医師を処罰したことを清教徒理念優先の残酷さと批判している。また「医療崩壊」の中ではマスコミ批判として本多勝一の「戦場の村」と開高健の「ベトナム戦記」を比較している。医療問題に関する本においても小松先生の教養の高さをうかがい知ることができる。その小松先生を栃木県にお招きして講演会を開催する計画が地元の医師会で現在進行中である。11月18日(土)開催を予定しているが、詳しいことは次号のメルマガでお知らせしたいと思う。小松先生とお会いできる日を楽しみにしている。■文学といえば文芸春秋9月号に掲載されたを芥川賞受賞作品「八月の路上に捨てる」(伊藤たかみ)を読んだのだがその面白さがさっぱりわからなかった。「文学とは何か?」最近はビジネス関係の書籍ばかり読んでいたので小説とはすっかり遠ざかっていた。大塚英志の「初心者のための『文学』」(角川書店)という本を先日本屋で見つけて買ってきた。この著者はサブカルチャー、オタクといった分野に詳しいのだがかつて「『彼女たち』の連合赤軍―サブカルチャーと戦後民主主義」という本の中で果敢にフェミニズムを批判していて共感を覚えた記憶がある。今回の本では「私」が文学の中心にあるということが強調されていた。「私とは何か?」永遠に難しい哲学的大問題だ。打って変わって直木賞作家・渡辺淳一の「愛の流刑地」という本も読んでみた。こちらは気恥ずかしくなるようなベタな話の展開に辟易させられた。(実は結構楽しんだりもしているだが・・・)確か渡辺淳一は札幌医大整形外科講師をしていたと思う。才能があったからということになるのだろうが医者から作家への「逃散」をいち早く決め込んだ彼の選択眼の鋭さには脱帽する。才能のない不器用な医者は果たしてこれからの日本でどのように生きていけばいいのだろうか?どうも憂鬱な秋になってきた。(木内)
投稿者 akiuchi : September 20, 2006 05:44 AM