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November 16, 2006
【お産が変わる?】
産経新聞が興味深い特集を組んでお産の現状に迫ろうとしている。
助産師が日本のお産を救うといったキャンペーンだが本当にお産は助産師任せでいいといえるのだろうか?私には疑問だ。
1.医師と助産婦の溝 “危機”回避へ連携模索
2.過度の集約化…病院遠く 遅れる搬送、増すリスク
3.経験と判断力が課題 求められる助産師の増加
4.地域に助産施設が欲しい 母親たちも動き出す
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【お産が変わる?】(1)医師と助産婦の溝 “危機”回避へ連携模索 産経新聞 2006年10月23日(月)
産科医不足で、分娩(ぶんべん)場所が激減しています。そんな中、横浜市の産科病院では8月、看護師による無資格診療が問題となり、産科医と助産師が対立するなど、混迷の度合いが深まっています。産科医、助産師、厚生労働省の三者は「助産師の活用」で一致していますが、戦後の分娩体制激変のつけは容易に取り返せそうにありません。選択眼を養うなど、自己防衛も必要な時代といえそうです。
(北村理)
「うちでは、医師に頼り切る分娩は限界にきていた。医師らの要請もあり、助産師の活用の仕方を見直そうと思っていた矢先に事件が起きてしまった」
資格のない看護師らに妊婦の子宮口の開き具合を見るなどの「内診」をさせたとして、保健師助産師看護師法(保助看法)違反容疑で8月末、神奈川県警の家宅捜索を受けた堀病院(横浜市)の堀健一院長はその後、地元医師会でこうもらしたという。
厚労省の見解では、妊婦への内診などの助産行為は、医師か助産師しかできない。しかし、内診を看護師が行う産科医療機関は少なくない。
事件後、堀病院や同様の違反があった4つの産科診療所を調査した横浜市医療安全課は、「堀病院には6人の助産師がいたが、分娩より保健指導を担当していた。4つの産科診療所でも、助産師を雇ったものの、結局、辞めてしまったりして、補充できずにいたことが違反の引き金になった」とする。
助産師が本来の業務である分娩介助を行っていなかったことからは、医師と助産師の連携がうまく取れていなかったことが推測される。
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背景には、戦後、米国の指導で、当時98%が助産師による自宅出産だった日本の分娩が不衛生などとされ、医療機関での分娩に大きくシフトしたことがあるようだ=グラフ左。
これにより、5万人いた助産師が半減し、助産師の多くが看護師としても働ける病院に転じた。代わって、産科医療機関では看護師が分娩補助をしてきた。
現在は、99%が医療機関での分娩で、日本産婦人科医会(坂元正一会長)は「日本のお産文化は百八十度転換しており、後戻りはできない」という。
こうした事情を反映し、ここ数年、厚労省が内診に関する見解を示すたびに、医師側と助産師側が激しく対立してきた。
医師側にすれば、「戦後、分娩環境が激変するなか、長年の慣例でやってきた看護師の分娩補助を一方的に否定され、産科医や助産師不足に拍車がかかったのでは、産科経営はできない」というのが、本音だ。
対する助産師側は「助産師という独立した制度が法律で保障されているのに、それを侵すのは許されない」。
お互いの存亡をかけた、いわば“縄張り争い”だけに、「全く解決の糸口がみえていない」(厚労省看護課)状態だ。
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現場が混乱している間も、産科医の減少は止まらない。
日本産科婦人科学会(武谷雄二理事長)によると、登録会員の半数以上が50代以上で、今後10年以内には引退してしまう=グラフ右。
堀病院のある神奈川県では、同県産科医会の予測によると、今後15年間に、県内の分娩の3分の1にあたる約5000件に対応できなくなるという。
日本産婦人科医会では「訴訟などでトラブルの多い産科医になりたくないという時代では、産科医の身分を保障し、減少速度をゆるめるほか、数を増やす手だてはない」とさじを投げる。
現在、年間分娩数は全国で約100万件だが、その半数はいずれ産科医療機関で扱えなくなる可能性があるという。
同医会は、こうした“危機”回避策として、(1)厚労省が看護師も内診ができるよう、見解を見直すこと(2)医師と適切に連携できる助産師を増やすこと-などを挙げる。
内診問題はともかく、助産師を増やすことが緊急の課題であることは、助産師側や厚労省とも一致している。助産師が再び脚光をあびれば、お産のあり方が変わる可能性もある。
しかし、助産師も戦後の衰退から脱せずにいる。
同医会は「国民自身が病院まかせ、助産師まかせの分娩ではなく、こうした医療の現状を知り、情報を集めて、自分の状態にあった、適切な分娩場所を見つける必要があるだろう」と強調している。
〈ゆうゆうLife〉
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【お産が変わる?】(2)過度の集約化…病院遠く 遅れる搬送、増すリスク産経新聞 2006年10月24日(火)
お産の場所が急激に減るなか、厚生労働省は分娩(ぶんべん)施設を確保するため、産科医を拠点病院に集める「集約化」を進めています。しかし、産科医の極端な不足で、地方や都心でも自然発生的に過度の集約化が進んでいるのが現状。このままでは、妊婦の選択肢も失われ、お産のリスクも高まると、専門家らは指摘しています。
(北村理)
岩手県出身の助産師、佐藤美代子さん(28)は今春から、新婚の夫を地元に残し、東京・国分寺の矢島助産院で研修を重ねている。「助産所がひとつもない」といわれる同県で助産所を開業するためだ。
佐藤さんは地元で、約5年間、助産師として病院に勤めた。同県では医師不足のため集約化が著しく進み、14あった拠点病院の産科が次々と閉鎖され、現在は9カ所になっている。
しかも、高速道路網は中西部に偏在し、「冬場は、妊婦が外来の診察に通うのも車で4時間はかかる」という。
佐藤さんは病院勤務時代、病院に到着した救急車のなかで赤ちゃんが生まれる「車中分娩」を幾度か経験した。集約化の結果、個々の妊婦さんの住まいから病院までの距離が極端に遠くなり、陣痛から出産までに、妊婦の搬送が間に合わないケースが絶えないのだ。
「こんな状況では子供を産むな、といっているのと同じ。そんな状況に一石を投じたい」と、佐藤さんは言う。
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産科医の不足で、厚労省は助産師を増やす施策とともに、産科医を拠点病院に集め、分娩も集約化することで出産場所を確保しようとしている。
しかし、極端な集約化には疑問の声が相次ぐ。日本産婦人科医会は「絶対的に産科医が不足している現状では、拠点病院の数が限られる。それでは、拠点病院に妊婦さんが過度に集中するし、拠点病院が遠くなれば、搬送体制も維持できなくなる。結果、周辺の診療所閉鎖にも拍車がかかる」と指摘する。
長野県の上田市産院の廣瀬健副院長も「高次医療機関に産科医を集約させると、病院分娩が過度に進み、それを望まない母子にとっては、著しく選択肢が狭まる」と警告する。小さなクリニックや産院で、気心の知れた医師と助産師にお産を取ってもらいたい妊婦にとっては、行き場がなくなるというわけだ。
同院は母親の自然分娩と母乳育児を推進し、世界保健機関(WHO)と国連児童基金(ユニセフ)から、同県で唯一「赤ちゃんにやさしい病院(ベビー・フレンドリー・ホスピタル)」に認定された、地域の分娩拠点だ。
しかし昨夏、同院に医師を派遣している信州大学医学部が、産科医の引き揚げを上田市に通告。反発した地元主婦らが集めた約10万人の署名が奏功し、存続が決まった。
廣瀬副院長は「欧米でも集約化が進められた結果、診療所が閉鎖したり、分娩の集中で病院では母子へのサービス低下を招いたりし、今は見直しが進められている。極端な集約化は、妊婦さんの安全性を担保することにならない」と指摘する。
廣瀬副院長によると、英国・ロンドンのある拠点病院(年間分娩数3320件)では、分娩の集中が進んだためか、2002~03年の1年間に帝王切開率が30%(日本15%、厚労省抽出調査)近くにのぼり、結果、7人の妊婦の死亡があったという。
こうした事態を避けるためには、「正常分娩は地域の産院や助産所に振り分けるなど、分業体制を明確にすることが必要だ」と、廣瀬副院長は強調する。
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過度の集約化が進み、搬送体制が十分でないまま、お産の危険性が増しているのは、地方だけではない。
昨夏、都内のある助産所で、新生児が母体の突発性トラブルから死亡した。助産所では、救命措置をしながら、近くの拠点病院に連絡し、新生児の引き受けと治療を依頼した。
しかし、医師らが救急車で到着したのは、約1時間も後だった。近くの消防署の救急車が出動中だったほか、連絡した先の拠点病院が消防署に連絡を入れたのは、20分もたってからだったという。
この助産所のある地域は近年、診療所が減少し、都心の約20カ所の拠点病院に搬送が集中している。この助産所によると、「診療所や助産所からの搬送は、3回のうち2回は、『ベッドがない』と断られる。10カ所目でようやく搬送先が決まることもある」という。
こうした状況で、一部の産科診療所は「緊急時の受け皿なしでは、お産を扱えない」と、閉鎖を検討し始めたという。過度の“集約化”による診療所の閉鎖と、妊婦さんのリスク増は、既に始まっていると言っていい。
冒頭の佐藤さんは「地域のお産を支えるため、来年には、岩手県に戻って助産所を開きたい」という。しかし、助産所開業を目指しても、行政の支援があるわけではない。それでも、「でも、妊婦さんのために、帰ってやってみるしかない」と話している。
【写真説明】
地元の岩手県に助産所を開業するため、研修を続ける佐藤美代子さん。「地域分娩の切り捨てに一石を投じたい」という=東京・国分寺の矢島助産院
〈ゆうゆうLife〉
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【お産が変わる?】(3)経験と判断力が課題 求められる助産師の増加 産経新聞 2006年10月25日(水)
産科医の負担を軽減するために、厚労省は助産師を増やす施策を考えています。都市部では助産所を利用する母親は増えていますが、独立した開業助産所は多くありません。また、戦後の分娩(ぶんべん)環境の激変で助産師自身、分娩経験が減っており、緊急時の判断力が身に付いていないケースがあるのではないかとの指摘もあります。助産師による分娩を軌道に乗せるには、まだまだ、課題が多いようです。
(北村理)
「一生で一番、幸せな時でした」。神戸市東灘区の主田(ぬしだ)朋子さん(32)は、助産所での出産をこう振り返る。
主田さんは、長女の眞子ちゃん(5)を病院で出産。その後、アレルギーに悩んだ朋子さんは「自然な出産にひかれ」、2人目の航大(こうた)君(2)は、自宅近くの助産所で産んだ。
「病院では、分娩時だけ助産師がついてくれたが、助産所では産前産後を通じて、妊婦が孤独になる時間はない。絶えず助産師さんがついてくれるし、自らの出産・育児経験も話してくれる。こうした何げない作業の積み重ねが、不安を解消してくれた」
航大君が生まれたとき、へその緒を切ったのは眞子ちゃん。一番泣いたのは朋子さんの母親の惠子さん(58)だった。団塊の世代の惠子さんは第2次ベビーブームで朋子さんを産んでいる。
惠子さんは「自分の経験は出産といえるようなものではなかった。流れ作業的で、工場の機械みたいな扱いだった」と話したという。
朋子さんは「家族関係を見直す良い機会になった。母親としての自覚と自信が増した」という。
日本の助産所分娩は平均1%だが、都市部では2~3%と増加している。
主田さんが航大君を産んだのは昭和36年開業の毛利助産所(神戸市)。老舗だけに、全国から助産師が研修にくる。阪神大震災で全壊したが再建し、これまで1767人の赤ちゃんを取り上げた。
院長の毛利種子さん(78)は「出産するのは母親ですから、より良い自然な出産に備え、母体の心身を整えるのを手助けするだけ。母体が安定すると、自然な分娩がスムーズに行われる。自然分娩は苦痛はあっても、産後の強い母性発揮につながる」
主田さんの場合、玄米食、冷え性対策、骨盤体操などを勧められ、産前産後の体調を整えた。「分娩時の出血もほとんどなかった」という。助産所では、異常がないかぎり内診もしない。
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日本助産師会(近藤潤子会長)はガイドラインで助産師による出産は、正常分娩に限ることを決めている。お産のリスクが高い帝王切開の経験者などは対象外だ。それでも、出産では事前予測ができないトラブルもある。異常に転じたときの分岐点を早期に見極めるためには、助産師の卓越した観察力と母親とのコミュニケーション能力が必要だ。
産科医不足を受けて、厚労省は看護師への教育機会の拡大や、仕事に就いていない助産師のリクルートなどで、助産師の掘り起こしを始めた。
しかし、毛利さんは「戦後、国立病院にいたが、助産師はプロ意識を持ち研究熱心で、医師側もそれを認めていた。しかし、その後の分娩環境の変化で、助産師教育の伝承がうまくいってはいない」と指摘する。
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助産師教育を研究している東京慈恵医大の茅島江子教授(母性看護学)によると、助産師による分娩が主流だったころに比べると、現在は「当時の半分以下の教育レベル」だという。
現在、助産師になるには看護師の教育を経て、助産師の教育を受ける。このため、「各大学では、国が定めている助産師の教育課程を看護系の教育内容と兼ね、教育期間を短縮しているケースが多い」という。
助産学の教育カリキュラムは昭和26年に実習も合わせ1350時間だったのに対して、平成8年では720時間にまで落ち込んでいる。
開業助産所の減少で、実習の機会も限られている。資格を取っても、そのまま病院勤務になってしまうケースが多い現状では、実際に分娩を取る経験が少なく、安全か危険かの判断力が育たないとの声もある。
茅島教授は「毛利さんのように優れた助産師は異常出産、正常出産の見切りが早い。そうした助産師は前線を退きつつあり、技術の伝承が困難になりつつある。助産師の数は増えても、判断力のある助産師をどれだけ育てられるか。課題は多い」と指摘する。
主田さんは12月にも3人目を出産予定だ。今回は、長女の通う幼稚園児も招待した公開出産を考えている。主田さんは「お産というものはこういうものだということを今のうちから知ってほしい」と話している。
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【写真説明】
12月には3人目の子供が生まれるという主田さん一家。左から航大君、朋子さん、眞子ちゃん、夫の英之さん
=神戸市東灘区
〈ゆうゆうLife〉
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【お産が変わる?】(4)地域に助産施設が欲しい 母親たちも動き出す 産経新聞 2006年10月26日(木)
分娩(ぶんべん)場所の不足を解消するため、助産師の存在が注目されています。これまで、分娩に早めに医療介入をする医師と、自然分娩を志向する助産師の対立はありましたが、医師と助産師が自然分娩でうまく共存する産科医院も出てきました。また、地域でのお産を確保しようと、母親たちも動き出しています。
(北村理)
横浜市金沢区にある「池川クリニック」。産婦人科医の池川明さん(52)が経営する医院だが、正常分娩はほとんど、12人の非常勤助産師が担当する。看護師はいない。
開業は平成元年。当初は、「一般的な産科医と同様、陣痛促進剤などで医療介入をして、無事出産を終えることだけを考えていた。母子にとってのお産の意味なんて考えもしなかった」と、池川さんは言う。
しかし、ある時期、赤ちゃんは無事生まれたものの、母親の出血などで救急に対応できる医療機関に搬送しなければならない事例がたて続けに起きた。
当時は、「月に1回はそうした状況だった。自信を喪失して、いっそのこと、自然に任せようと開き直った」。すると、搬送しなければならない事例はパッタリ途絶えたという。
今でこそ、陣痛促進剤を正常分娩に使う産科診療所は減ったが、池川さんは極力、医療介入をしない分娩にこだわる。
「自然に任せるということは、母体に不安を与えないこと。しかし、医師1人で長時間かかる自然分娩に付き添うのは限界がある。同じ女性である助産師が常に付き添うことで、妊婦さんの不安は軽減され、より自然な分娩がしやすくなる」
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しかし、池川医師が助産師主体の分娩体制を築けたのは、ここ2年のこと。当初は、「募集しても、助産師が来なかった。ナースバンクに問い合わせたら、『(激務の)開業医のところには行きませんよ』とまで言われた」。
助産師にすれば、分娩方針をめぐって産科医院で医師と対立すれば、辞めざるを得ない。しかも、助産師の少ない産科医院は激務だ。
それでも、開業助産所の紹介などを受けながら、少しずつ助産師を増やした。今は分娩を任せることで、「やりがいを感じて、助産師が定着した」と話す。
ただ、池川医師は助産師を確保する経済的な困難さも指摘する。公立病院では、助産師は看護師より月に1万円高いだけだが、病院によっては、分娩1件につき、数万円を支給するケースもある。
助産所では、常勤助産師1人に年間約600万円前後を支払う所もあるという。個人医院では、勤務がきつくなるためか、「それ以上を求められることが多い」。24時間シフトを組もうとすれば、「最低5人は助産師が必要だから、年3000万円の人件費を覚悟しないといけない」。負担は分娩料金に跳ね返り、50万円以上になる。一般的な産科医院での分娩費用よりも10万円前後高い。
池川さんは「助産師が復権を求めるなら、職責や待遇の水準を明確にすべきだ。でないと、世間に正しく認知されず、医師との対立も解消されない」と指摘する。
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「自らアピールすることで、欧米の助産師は正常分娩に関しては医師とほぼ同等の権利を勝ち取ってきた」というのは、加納尚美・茨城県立医療大学助教授(看護学)だ。
日本に病院分娩を導入させた米国は1973年、助産師団体が医師会とともに共同声明を出し、自然分娩を支える助産師業務の重要性と安全性をアピール。結果、63年にわずか275人だった助産師が現在、8000人に、分娩数は75年の約2万件が96年には23万件に増加した。
北米や西欧、オーストラリア、ニュージーランドでは現在、正常分娩は助産師が扱う。「欧米では、地域でのお産を確保するために、助産師が『バースセンター』を運営するケースが増えている」(加納助教授)
日本でも、産科が閉鎖された地域で、主婦らが地元自治体に働きかけ、「バースセンター」を建設しようという試みが始まっている。
長野県松川町では、地域のお産を支えてきた下伊那赤十字病院で分娩を休止した。このため、地域の主婦らが、現在は看護の仕事をしている9人の助産師と、近隣の産科医と連携し、バースセンターを作ろうと計画している。年間250から300件の分娩に対応し、産後ケアや母乳指導なども行う、地域に開かれた“助産施設”構想だ。
この運動を進める主婦、松村道子さん(34)は「周辺住民の多くは、赤十字病院で生まれた。そこでお産ができなくなれば、子供を産まなくなるなど、地域の生活そのものが変化を強いられる。地域のお産は地域で支えたい」と話している。
【写真説明】
助産師の井上律子さん(中央)の妊婦健診を見守る池川医師(右)=横浜市金沢区の池川クリニック
〈ゆうゆうLife〉
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投稿者 akiuchi : November 16, 2006 07:28 PM