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November 23, 2006

[お産・ひずむ現場から]

読売新聞・連載[お産・ひずむ現場から]は日本のお産の現状に広がる問題点をレポートしている。格差社会と墜落出産はあまり関係ないと思うが日本のお産が大変なことになっているということは間違いないだろう。今日の朝日新聞「私の視点」に京都の嵯峨嵐山・田中クリニックの田中啓一先生が「出産医療危機・厚労省の性急可変に問題」という意見が掲載されていた。また同じ朝日新聞栃木版には「産科医療体制に分業体制」という記事も出ていた。本当に事態が深刻になってようやく行政が動き出した時には既に手遅れということになっていなければ良いのだが果たしてまだ間に合うのだろうか?

[お産・ひずむ現場から](1)格差の果て「墜落出産」(連載)読売新聞 2006年11月19日(日)

 ◆19歳、夫は失業中、生活保護… 陣痛室に1人…「生まれてるわ」 二極化拡大、ブランド病院も
 産婦人科の医師不足が進む中で、妊婦たち、家族たち、医師たちの悲鳴が聞こえる。社会に広がる「格差」が、お産の現場を蝕(むしば)み始めている。都会で、地方で--。その〈ひずみ〉を報告する。(社会部・古岡三枝子、写真部・工藤菜穂)
 惨めで孤独な初産だった。病院の陣痛室。19歳の女性は、一人、壁に手をついて体を支え、立ったままの姿勢で、硬い床の上に、赤ちゃんを産み落とした。
 「何で泣かへんのやろ。死んだんちゃう」。涙がボロボロ出てきた。だが、気持ちを奮い立たせた。「私、お母さんになったんやから」。腰をゆっくりとかがめ、へその緒がついた赤ちゃんを床から、すくい上げた。顔の高さまで持ち上げると、産声を上げた。
 やがて、慌ただしい足音。そして、看護師の声が聞こえた。「生まれてるわ」
 大阪市内の民間病院。女性は、通院中から、疎外感を覚えていた。
 母はアジア系外国人。10代の出産。夫は失業中。生活保護を受け、出産費用が無料になる、助産制度を利用しての出産だった。「だからか」と思ってしまう。「看護師は、ほかの人には丁寧な言葉遣いだったが、私にはそうでなかった」
 入院したのは7月中旬の夕方。分娩(ぶんべん)室の隣にある陣痛室で休んでいたが、深夜、トイレに立ち、破水した。自力でベッドに上がれず、立ったままでナースコールを押した。もう、頭が出かかっていた。だが、様子を見に来た看護師は、よく確認せず、「気のせい」と言い残し、部屋を出ていったという。
 「このままやったら赤ちゃんの頭が圧迫されて、呼吸もできへんかもしれん」
 どうしたらいいのかわからなかったが、3回ほどいきむと、下着に引っかかった。もう一度、ナースコールを押そうと体を少し動かした瞬間だった。赤ちゃんが、頭から床に落ちた。
 「何で、こんなことになったんや」。病院に駆けつけた女性の母親は、看護師らに激しく詰め寄った。
 墜落出産。母子手帳の特記事項にそう記された。
 この女性を知る、別の病院に勤務する助産師は、「病院への搬送が間に合わず、自宅や救急車の中で起きることはたまにあるが、まさか、病院の中でとは……」と憤る。
 当時、医師2人は手術中で、助産師は授乳中、産婦人科の看護師は、手術室や病棟を行き来していた。
 看護師が、確認しなかったのか。「気のせい」と言ったのか。女性と病院側には、見解の相違がある。
 「外科系の看護師が対応したが、まだ、生まれる様子はなかった。ただ、予期せぬ速さで出産が進み、結果的に赤ちゃんが床に落ち、苦痛を与えたことについては謝罪した。3歳になるまでの無料検診を提案している」と病院側は説明する。
 「疎外感」については、「助産制度を使う人への差別は絶対ない」とする。だが、その一方で、来年4月からは、助産制度の取り扱いをやめるのだと言う。
 「昨年から検討してきたこと。事前に妊婦検診を受けず、陣痛が起きてから突然やって来たり、大声を出したり。ルールを守らない人が多くリスクが高い」。事務長は、「助産制度を扱う病院は、減ってきているのですよ」と、話した。
 東京。聖路加国際病院(中央区)。産婦人科医17人、助産師33人という手厚いスタッフ、NICU(新生児集中治療室)や、ホテル並みの個室を備える。安全、快適に出産できる環境が人気で、愛育病院(港区)、山王病院(同)と共に、「御三家」とも称される。
 ここで出産にかかる費用は約90万円。40万円前後とされる平均的な費用の2倍以上だが、分娩件数は増加傾向だ。佐藤孝道・女性総合診療部長は、「少子化で、出産は一生に1度という人も多い。質を求められる方が増えている。私たちは金額に見合った医療を提供できていると思っていますよ」と言う。
 出産時の安全管理に詳しい日本赤十字看護大学の谷津裕子助教授(助産学)は、「本当は、どの病院でも安心、安全な医療を受けられなくてはならない。しかし、今、産婦人科医師が不足する中で、スタッフの技量や質など、病院の『体力』の差が、ケアの差となり、様々な事故につながっている」と指摘する。
 お産の質の格差。ひずみは、助産制度の“締め出し”として、所得格差の底辺に広がり始めている。
 「こんな、つらい思いをしないとお母さんになれへんの」。墜落出産を経験した女性は、赤ちゃんをあやしながら、今も、情けない思いでいっぱいになる。

 ◆利用者急増の「助産制度」 消える受け入れ産科…扱わなくても経営大丈夫
 経済的に困っている人の出産費の負担を軽減する国の「入院助産制度」が揺らいでいる。所得格差が広がり、制度を利用する妊婦が急増する一方で、助産制度の取り扱いをやめる医療機関が続出しているのだ。産婦人科医が不足し、産科が減少する中で、「弱者の切り捨て」との指摘もある。
 入院助産制度は、児童福祉法に基づいて、経済的な理由で出産費用が払えない妊婦に対して、分娩(ぶんべん)介助料、生活諸経費(入院費など)、胎盤処置料などを国と自治体が負担する。
 所得によって自己負担額は異なり、生活保護世帯の場合、上限があるものの基本的には無料。利用できる施設は、申請に基づいて自治体が認可する医療機関に限られる。
 厚生労働省によると、1997年度の利用者は全国で3246人、認可施設は563か所だったが、2004年度には、利用者が2倍の6409人に増加しているのに、逆に施設は494か所に減少した。
 生活保護世帯が全国一多い大阪市では、05年度に980人が利用。認可施設は、10年前には20か所を超えていたが、現在は14か所。このうち2か所は、すでに産科を休止しており、実際には、12か所に過ぎず、市内24区のうち13区が空白区になっている。
 今後、さらに2病院が、制度の取り扱いをやめる予定で、病院の一つは、「産科を廃止する予定のため」と事情を説明する。
 一方で、産科があるのに制度の取り扱いをやめる病院もあり、医療関係者は「今、残っている病院には妊婦があふれている。制度の利用者をあえて受け入れなくても、病院の経営は成り立つという事情がある」と背景の一つを指摘。その上で、「行政が、早急に対策を考えなければ、低所得者は、お産ができなくなってしまう」と心配する。
 大阪市の担当者は「制度の利用者が、自宅から遠く離れた病院に行かなければならないなど、不便な状況になっていることは把握している。しかし、こちらから、病院を指導することはできず、今のところ、打つ手がない」と言い、行政としては静観の構えだ。
 出産問題に詳しいジャーナリストの河合蘭さんは「こうした問題がある一方で、高額な費用がかかる医療機関での出産を望む妊婦も多く、出産にも『格差』が広がっている。お産は誰でも、どこに住んでいても平等なものであるべきだが、崩れてきているのかもしれない」と危惧(きぐ)する。

 図=助産制度の認可施設数と利用者
 写真=「墜落出産」と記された母子手帳。女性は、赤ちゃんをあやしながら「何でこんな目にあったのか」とつぶやいた

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[お産・ひずむ現場から](2)分娩予約、先着月20件(連載)読売新聞 2006年11月20日(月)

 ◆ベッド稼働率50%割れも 医師さえ十分いれば…苦悩の基幹病院
 「予約を制限することもできるが、どうする」
 大阪の真ん中。通天閣を間近に仰ぐ愛染橋病院(大阪市浪速区)の村田雄二院長(64)は、今年の夏、産婦人科部長らに問い掛けた。
 ここでは「少子化」が、ウソのようだ。年間分娩(ぶんべん)件数がピーク(1970年代)の2割にあたる700件台に落ち込んだのは15年前。それが2003年度に1000件を超え、今年度は1500件を突破する勢いだ。8人の医師の負担は年々重くなってきている。
 「周辺の産科が次々となくなり、妊婦の行き場がない。受け入れましょう」。医師たちの言葉を頼もしく感じながら、村田院長には医療の質の低下が心配だった。「来る者拒まず。ほんまにこれでいいんやろか」
 周産期医療の基幹病院。大阪府内の43病院が情報を共有、高度な医療が必要な妊婦の転院や救急搬送に対応する「産婦人科診療相互援助システム(OGCS)」にも組み込まれている。
 昨年までは、搬送要請の6割以上を引き受けてきたが、今年の9月末までの実績は86件。5割を切った。
 産婦人科の42床を16床増やす工事を進めているが、「医師不足を解消し、妊婦の受け入れ先を増やさないと、同じことがまた、起きるかもしれない」と、村田院長は危機感を抱く。
 8月8日--。奈良県大淀町立大淀病院で意識不明になり、その後亡くなった妊婦(当時32歳)が、奈良や大阪の病院から、「満床」などを理由に転院を断られた日。
 愛染橋病院にはOGCSの搬送要請はなかったが、やはりベッドはふさがっていたという。この月、分娩件数は150件を超えた。25年ぶりのことだった。
         ◎
 早期退職、他県の病院への移籍……。
 愛染橋病院から南へ5キロ。大阪市立住吉市民病院の産婦人科を、今年、3人の医師が去っていった。
 「月に当直を6、7回やって手術もやる。頭が働かない。私も50歳を超えて限界やった。死んでしまうかもしれへんと思いました」
 辞めた医師の一人は、もう、お産を扱わないという。「とにかく、当直をやめたかった。辞めてアルバイト医師でも何でもやれば、のたれ死にすることはないやろうと」
 後任の医師は見つからず、補充はない。今は常勤医2人、応援医1人の3人体制でしのぐ。分娩予約は、9月分から、先着20件に制限せざるを得なかった。
 「早う来なあかんって聞いたから」。生理が1日遅れただけで、急いで診察に訪れる女性。妊娠がわかった5週、6週で、“手遅れ”の妊婦もいるという。
 外来の待合室には、こんな紙が張り出されている。
 〈平成19年6月分までの分娩予約は終了しました〉
         ◎
 同病院の産婦人科のベッドは40床。「今は稼働率50%を切っています。市南部の周産期医療を支える基幹病院という位置づけなのですが……」。病院スタッフは、申し訳なさそうに話す。OGCSからの夜間の搬送要請は断っている。
 昨年度まで、医師6人で年間700件を超える分娩を扱っていたが、今年度は400件を下回るという。
 当直医師を訪ねた。
 95年から勤務している中村哲生医師(46)。午前9時からの外来で、73人を診察し、口にしたのはペットボトルのお茶だけ。夕方、当直前に昼食のカップラーメンをかき込んだ。「予約を制限したので、これでも、仕事は楽になりました」。ほほ笑みの奥に、複雑な思いがのぞく。
 深夜、産婦人科病棟を巡回。同科の患者や妊婦は9人だった。余ったベッドのいくつかは、整形外科の患者らが使っているのだという。それが、もどかしい。
 「医者さえいればなぁ」
 足りぬベッド。余るベッド。病棟に、現場にとどまる医師たちの、深いため息が漏れる。

 写真=夕方、外来の診察を終えて当直勤務につく中村医師(大阪市立住吉市民病院で)

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[お産・ひずむ現場から](3)地域へ派遣医出せぬ(連載) - 読売新聞 2006年11月21日(火)

◆地方大学、新人医師減り続け
 「また産科がなくなる」
 先週、大阪市内の病院を情報が駆け巡った。関西の大学医学部が、ある民間病院から派遣医を引き揚げるというのだ。
 同じ大学から派遣を受ける別の病院のスタッフは、心配そうに話す。「大学も研修医がいなくて大変らしい。次に引き揚げられるのはどこか。みんな戦々恐々としています」
 新人医師が2年間、給料をもらいながら内科、外科、産婦人科などの各科で経験を積み、総合力を身に着ける臨床研修制度がスタートして3年目。症例が豊富で腕が磨ける病院、待遇のいい病院を目指して、地方の新人医師たちの、大学離れが止まらない。
 東京・新宿。1日平均3980人の外来患者が訪れる慶応大学病院には、全国から医師たちが集まる。
 来年度の研修医募集では定員60人に233人が応募。中でも、医学部の2大ブランド、慶応と東京大学で1年ずつ研修できる定員5人のコースには、154人が殺到し、競争率30・8倍の狭き門となった。
 「ここでは、十分な症例を経験できる。それに、学術研修会に参加しやすく、人脈も作れる東京には、刺激がある。魅力のあるところに人が集まります」と、卒後臨床研修センター長の鈴木則宏教授(53)は話した。
 〈勝ち組〉は東大と慶応だけ。新研修制度を巡り、地方の大学関係者からは、恨み節も聞こえてくる。
     ◎
 134年の歴史を誇る医学界の“老舗”。京都府立医科大学の山岸久一学長(63)も嘆く。「研修医は、糸の切れた風船みたいに好きなところに行ってしまう。その結果、地域医療が崩壊している」
 いったん「外」に出た医師の多くは、研修後、出身大学には戻ってこない。
 同大の医局には、毎年140人程度が入局していたが、新研修制度の1期生を医局員として迎えた今年は約80人。産婦人科への入局はゼロだった。
 このため、産婦人科医3人が辞めた関連病院、舞鶴医療センター(京都府舞鶴市)に新たに医師を補充できず、府北部で周産期医療の中核を担う同科は今春、閉鎖に追い込まれた。
 「研究機関として医療の質を高めるという、大学の大切さに気づけば、いずれ医師たちは戻ってくるはず」。山岸学長は「私の期待ですがね」と付け加えた。
     ◎
 「辛いもん、ちゃんと控えてますか?」。大阪府吹田市の診療所で開業医が男性患者に声をかける。何気ないやりとりを、大阪大学付属病院で研修2年目の栗政映子さん(28)が真剣に見つめる。ここで、地域医療を学んでいる。
 目指すのは産婦人科医。大阪生まれ。福井大学5年の時に初めてお産に立ち会い、「命が生まれるって、すごい」と感動した。大阪大を選んだのは、「きちんと勉強して、地元で医師になりたい」からだという。
 大阪大でも産婦人科の医局には毎年、十数人が入っていたが、今年度の入局は女性3人だけ。木村正教授(46)は、研修医たちの顔を思い浮かべ、来年の計算をする。「新制度は弱肉強食。うちもしんどいが、数人は固いかな」。栗政さんは、貴重なその一人だ。
 だが、医局入りの決断には時間がかかったという。「自分の布団で寝られるのは週に3回」「子育てと仕事の両立は厳しい」と先輩医師から聞いた。「しんどそう」と友人も言う。あの時、感動した自分を信じるが、今も不安は消えない。
 木村教授は言う。「例えば、産婦人科は女性の志望が多いのに、働きやすい環境とは言えない。月に10回も当直ができますか。出産して、子供を家において仕事に復帰できますか。産科医が自分の出産をためらう。変えていかなくては、成り手は育たない」
 若い情熱に応えられるのか。地域医療を支えられるのか。大学は苦悩する。

 写真=開業医の診療所で研修中の栗政さん(左)。産婦人科医になることを決めている(大阪府吹田市で)
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[お産・ひずむ現場から](4)医師確保、もがく地方(連載) - 読売新聞 2006年11月22日(水)
◆中国人研修・高額報酬・視察ツアー
 「中国では妊婦の数が多く、とても忙しいです。こちらは、休みでも呼び出されるなど、時間に拘束されて違う忙しさですね」
 中国人医師の高嵩(こうすん)さん(34)は、今年2月から、盛岡市の私立岩手医科大付属病院で「研修中」の身。だが実態は、産婦人科の貴重な戦力だ。
 外国人が医療知識、技術を学ぶ厚生労働省の「臨床修練制度」を使った“裏技”で、医師不足に悩む県が、日本語コースを持つ中国医科大(遼寧省瀋陽市)から招いた。月約30万円の「就学費」を支給。近く、小児科医も招く予定だ。
 「薬の処方はできませんが、カルテを書いたり、手術の助手をやったり。少しでも、忙しい先生たちの役に立ちたいです」
 「検定1級」の流暢(りゅうちょう)な日本語、柔らかい物腰で、妊婦からの人気は上々。高さんが立ち会い、帝王切開で長男を出産した退院間近の女性は、「先生に話をすると、安心できました。人柄ですね」と話した。
 1県で、東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県を上回る広さ。県立病院と診療所は、全国最多で計27もあるが、医師不足のため出産を扱っているのは9病院しかない。大半は医師が2、3人で「綱渡り」が続く。県内の病院への医師派遣の役割を担う岩手医科大学医学部の杉山徹教授(54)は、中国人医師招聘(しょうへい)に込めた、もう一つの意味を説明する。
 「1人や2人招いても医師不足が解消するわけはありません。本気で対策に乗り出さないと地方の医療はもう持たない。何もしない国へのメッセージです」
     ◎
 全国有数の多雨地帯、三重県尾鷲市。熊野灘に面し、三方から急峻(きゅうしゅん)な山岳が迫る。大雨で国道42号が通行止めになれば、紀伊半島の小さな街は、孤島となる。
 3月。市議会に驚きが広がった。三重大学からの医師派遣打ち切りに伴い、昨年9月、市が市立尾鷲総合病院に独自で確保した産婦人科医の年俸が、このとき、明らかにされたのだ。
 5520万円--。
 他の診療科の医師たちの平均給料の3倍以上の額。伊藤允久(まさひさ)市長は「津市で開業している医院を閉めて来てもらった。政治的判断だった」と説明した。
 この夏の契約更新交渉で、医師は「病院に住み込み、年末年始の2日しか休んでいない」として、休日手当の上乗せを要求した。
 「3000万円も出せば、大学の助教授クラスが飛んでくる」。市議会の批判で交渉は決裂。165人の赤ちゃんを取り上げた医師は病院を去った。
 昨年、6万3000人の署名を三重大と県に提出した「紀北地区に産婦人科の存続を願う会」の中心メンバー久保忠利さん(66)は複雑な思いを吐露する。「そんなに高いんかと知って、びっくりしました。でも仕方がない。来てくれる先生がいないのですから」
 10月、また津市から招いた後任医師の年俸は、約2700万円。別に5年勤務を条件に、年100万円の奨励金が加算された。
     ◎
 〈自然を余すことなく満喫できる地。その目で町の雰囲気や病院、診療所を見てください〉
 産婦人科医をはじめ、へき地の医師不足が深刻な島根県。9月から、ホームページで、島根での勤務に関心を持つ医師や家族を対象にした、2泊3日の無料視察ツアーへの参加を呼びかけている。
 神戸市内の内科医(38)は、産婦人科医がいなくなり、出産のために妊婦たちが海を渡った離島・隠岐の島町を視察した。「今の便利な生活を捨てられるかというと、まだ、踏ん切りがつきません」。それが、正直な気持ちだ。
 「現代の赤ひげ先生はいるはず」と担当者は期待するが、これまでに島根を訪れた医師は3人。色よい返事は、まだ返ってこない。
 地方が、もがき続けている。

 写真=「もうすぐ退院ですね」。朝の回診で母子に声をかける高医師(岩手医科大付属病院で)
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お産・ひずむ現場から](5)診療2か月「船津先生、ありがとう」(連載)読売新聞 2006年11月23日(木)

 ◆隠岐の妊婦国、動かす 町長「離島で産める法整備を」
 11月1日。西郷港の岸壁に、島民が次々と集まってきた。赤ちゃんを抱いた父親、涙を浮かべた母親、助産師、病院の職員……。
 4月から産婦人科医がいなくなった島根県の離島・隠岐の島町。その窮状を知り、静岡県富士市で開業準備中だった船津雅幸医師(52)が島に渡ってきたのは8月の終わり。6人の赤ちゃんの誕生を見守り、今、島を離れる。
 「先生、ありがとう」「また、来てよ」
 「凝縮された2か月でした。ありがとう」。船津医師も、高速船「レインボー」の乗船口から、何度も手を振り頭を下げた。
 「先生のこれからのご活躍を祈念して」。誰かが音頭を取った。万歳、万歳、万歳--。大きく腕を振り、島民は、小さくなる船を見送った。
     ◎
 「島で産むって、こげなことなんだ」。藤野みほかさん(31)は、その、ぬくもりを実感したという。
 隠岐病院に入院したのは10月1日。3日間、陣痛で苦しみ、胎児の心拍数が落ちてきたため、船津医師の帝王切開手術で男児を出産した。その間、家族や、通院中から顔なじみになった助産師が入れ代わり立ち代わりやって来ては、「頑張れ、頑張れ」と腰をさすって励ましてくれた。
 「本土に一人渡って出産していたら、心細かっただろうな」と思う。「世愛(せな)」。息子の名前に願いを込めた。「多くの人の愛情を受けて、生まれてきたことを忘れないでほしい」と。
 隠岐病院の8人の助産師たちは、4月以降、惨めな思いでいっぱいだった。新生児室が、物置代わりになったこともあった。常角しのぶさん(49)は、産声が戻ってきた日のことを思い出す。「新生児室に電気がついて、泣き声が聞こえて。病院全体が明るくなったような気がしました」
     ◎
 出産のため、海を渡る妊婦たちが、医師の心を動かし、そして国を動かした。
 厚生労働省は、離島の妊婦を対象に、島外出産の宿泊補助制度をつくる方針で、来年度概算要求に3000万円を盛り込んだ。1人3万円までの支給を検討している。
 「だが、私の思いは違う」と、町長室で松田和久町長(61)はいらだちを隠さない。「必ず島で産めるようにしたい。いろんな国のひずみが隠岐にある。まず離島の医師確保の法整備を国に訴えたい」
 隠岐病院へは、県立中央病院からの産婦人科医の派遣が再開された。しかし、医師不足が続く限り、また、お産ができなくなるという不安は消えない。
 「島でも子供が少なくなってきた」と話す保育園長、吉田輝美さん(54)も、「船津先生の気持ちは本当にありがたかった。心があった。でも、こういう先生が来るのを待っちょってはだめ。制度を整えないと」と心配する。
 港の防波堤に腰を下ろし、長く漁師をしてきたという藤野文夫さん(85)は首をかしげる。「島で生まれ、島で死ぬる。あたり前の事ができんようなるのは信じられん。おかしいなっとる」。見つめる白波の果てに、遠い本土がある。
     ◎
 また、一人の医師が、お産の現場を去って行く。
 静岡に戻り、12月に内科・婦人科クリニックを開業する船津医師は、大学の医局や関連病院で22年間、激務の中に身を置いてきた。「産科はハッピーな科ですが、何かあると訴訟になりやすくデメリットも多い。開業すると経営のことも考えなくてはならない。もう、いいんじゃないかと」
 隠岐へ行くことを決めたのは、「だが、やり残したことはないのか」という思いだったという。
 「僕がいるだけで安心してもらえた。妊婦の笑顔や、赤ちゃんの泣き声に、大きな意味があることに気づき、感動しました」
 産声が消えた島は、舞台を降りるベテラン医師のはなむけに、大切なことを教えてくれた。(おわり)
(社会部・古岡三枝子、写真部・工藤菜穂が担当しました)

 写真=「さようなら」。藤野さん夫婦(左)ら島民はいつまでも船津先生を見送った(島根県隠岐の島町で)


投稿者 akiuchi : November 23, 2006 10:56 AM