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November 25, 2006
「異端」の医師ふたり
長野で祖母の代理出産をした根津先生が愛媛で病気腎移植を手がけた万波医師と同じ扱いで紹介された興味深い記事が掲載されていた。どちらもほぼ同い年。戦争中に生まれた私よりも一回り上の世代。きっと学生時代も闘争に明け暮れた世代なのだろう。彼らの意思は強靭だな。医療人類学研究者との”闘論”記事も追加しておくことにする
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知りたい:移植・生殖医療 「異端」2医師の共通点 独自の道徳観、優先
<2006・チャンネルYou>
病気腎移植を重ねる愛媛県宇和島市の万波誠(まんなみまこと)医師(66)と、「祖母が孫を産む」代理出産を手掛けた長野県下諏訪町の根津八紘(ねつやひろ)医師(64)。地方を舞台に移植医療と生殖医療の最前線で働く“異端の医師”の共通点は。【大場あい、池乗有衣、永山悦子】
◇批判とリスクよそに
「私は目の前にいる患者さんを毎日、精いっぱい診ているだけですから。日本の移植医療をどうするか、死体腎(ドナー)をどうするかなんて考えたこともない」。万波氏は18日、毎日新聞の取材に対し、こう答えた。
万波氏は山口大を卒業後、70年から市立宇和島病院に勤務。腎移植を志して渡米後、77年に同病院で初めて腎移植を手がけた。04年に新設された宇和島徳洲会病院に移ったが、過去約30年間に執刀した移植手術は約600件に上るという。
その間、腎移植に熱心との評判は広まり、万波氏の「カリスマ性」を高めていった。元同僚医師は手術ぶりを「経験に裏打ちされ、正確で無駄がない。病院というより万波先生が信頼のブランドだった」と振り返る。
根津氏が院長を務める「諏訪マタニティークリニック」。不妊治療で苦労する患者の最後の「頼みの綱」とも言われる。全国から1日200人近い患者が訪れ、手掛ける体外受精は年間1200~1300例に上る。
根津氏は信州大を卒業後、医学部助手などを経て76年に開業。不妊治療に取り組み、排卵誘発剤を使った最新の治療法で妊娠した患者の喜ぶ姿に触発された。「何とかしようと続けるうち、いつの間にか不妊症の専門家になっていた」と話す。
2人は、多くの患者に頼られている点が似ている。万波氏の元同僚医師は「堅苦しいネクタイを締めず、一般の医師と違い、接しやすい人柄。何か困った時は夜中でも病院に来る。臨床医としてあるべき姿」と話す。根津医師も患者の間で「面倒見のいい医師」として知られる。
地方での人気が高い一方で、学会などからは「倫理より患者」という姿勢が厳しい批判を浴びている点も共通する。
万波氏や彼を慕う医師らは「捨てられる臓器を生かす第三の移植」として、がんなど病気のため摘出された腎臓の移植手術の意義を力説するが、移植の専門医で作る日本移植学会は疑問視する。移植可能な臓器なら摘出しても人体に戻すべきだし、捨てる臓器なら移植はリスクがあるためだ。
同学会の大島伸一副理事長は「研究的要素の強い治療は学会で是非を問うべきだが、万波氏の姿は見たことがない」と述べ、同学会に所属せず、症例もほとんど公にしない万波氏の密室性に厳しい視線を注ぐ。
根津氏は98年に公表した、第三者提供の卵子を使う「非配偶者間体外受精」が日本産科婦人科学会の指針に反するとして除名された(04年に復帰)ほか、同学会の指針や厚生科学審議会生殖補助医療部会の報告書に反して代理出産を続けている。大西雄太郎・長野県医師会長は「一医師の道徳観だけで進める生殖医療は危険だ」と話すが、根津氏は「倫理観は時代によって変わる」と意に介さない。
「倫理より患者」の論理を食い止める法整備は遅れたままだ。民間シンクタンク・科学技術文明研究所の〓島(ぬでしま)次郎主任研究員は「日本では、何か問題が表面化した時、その場限りの対策を考えるにとどまってきた。今こそ公的なルールを築くことにエネルギーをかけるべきだ」と指摘する。
[毎日新聞 ]
闘論:「孫」を代理出産 根津八紘氏/柘植あづみ氏
長野県の根津八紘医師が公表した、祖母が「代理母」となって孫を出産したケースが論議を呼んでいる。代理出産は最先端の医療技術なのか、生命倫理にふれる危うさを持った治療行為なのか。社会の価値観、個々の人生観なども絡む代理出産問題について、根津医師と生殖医療に詳しい研究者に聞いた。(題字は書家・貞政少登氏)
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◇尊い自己犠牲を支援 社会へ問題提起した--産婦人科医・根津八紘氏
「目の前で困っている人がいたら助けてあげる」というのが、人間社会の基本的なルールで、私が医師になった理由でもある。代理出産を選択する人は、当事者同士でみな真剣に話し合い、決めて病院にやってくる。私が勧めることはない。今回も、母親が「子宮がなくなった娘の代わりに産んであげる」という尊い願いを持ち、その実現を私が手助けしたということだ。
私は「アウトロー」と言われてきたが、法律は守っている。代理出産を禁じる日本産科婦人科学会の会告(学会規則)は単なる取り決めで、法律ではない。それも産婦人科医だけで決めたもので、患者のニーズなどをとらえ切れていない。
今回の代理出産では祖母が孫を産んだ形になった。「倫理的に問題がある」という指摘もあるが、社会の中の取り決めとか倫理観というものは、時代によっても変わる。人間社会において、一番大切なのは「相互扶助の精神」だと思う。
私の病院に来た不妊患者の8割は、本格的な治療を受けずに帰ってもらっている。産むことが目的となってしまい、育てることを忘れているような人もいるからで、そういう人には説得し、あきらめてもらう。
ただ、私のところに来る患者さんは、最後の望みを託してくる。「ここなら何とかしてくれるのではないか」と。そういう人に「手立てはあるが、学会では禁止されているから、ダメです」とは言えない。最先端の治療で救えるなら、「何とかしてあげたい」という気持ちで、最善を尽くすのが医師の役目だ。
私は、問題を提起し、社会的合意を得て、世の中をよりよく変えていこうと思っている。1年以上前の代理出産を公表したのは、(代理出産で双子を得たタレントの)向井亜紀さんを応援したいと思ったからだ。今回の患者さんからも「後に続く人たちのために役立ててもらいたい」と、公表を承諾してもらった。支持が得られなければ医師を辞めようと思ったが、幸い、好意的な反応が多いと思う。
代理出産は命がけの試みで、尊い自己犠牲に基づくものだ。悪用を罰する法律は作ってほしいが、代理出産そのものは認めてほしい。産める人が、産めない人に手を差し伸べることができる体制を作ってほしい。【構成・池乗有衣】
◇不妊女性、追い詰める 医療だけでは救えぬ--明治学院大教授・柘植あづみ氏
まず、不妊の悩みの本質を知ってほしい。彼女たちは、産めないことだけを悩んでいるのではない。
初対面の人に「お子さんは何人?」と聞かれることが怖くて、外出できなくなった女性がいる。「子ができない自分は価値のない人間」と傷つき、追い詰められている。不妊は医療技術だけで解決できる問題ではなく、社会全体の問題だ。
だから、根津医師の「代理出産は不妊で苦しむ人を助ける解決策」という言葉に疑問がある。依頼した女性は「産めない女性」というらく印が押されたままだ。やっと子どもができても、「一人っ子ではかわいそう」という新たなプレッシャーを周囲から受ける。不妊女性向けに講演した時、子どもを5人持つ女性が「私も不妊女性の気持ちが分かる」と言った。日本では子どもは1人か2人が普通で、それ以上でも以下でも、好奇の目にさらされる。
最近の代理出産をめぐる論議が、「お母さんや姉妹に産んでもらえばいい」などと、子どもがいるべきだとの風潮を強めるのではないかと心配している。代理出産を少子化と結びつけるのも疑問だ。不妊女性は「国のために産みたい」と考えているわけではない。
日本では、子どもに障害があっても、事故にあっても、母親の責任にされがちだ。生体臓器移植も母から子への提供が期待される。娘が出産できない責任まで、母に負わせるのか。母への代理出産の依頼は「断れない状況」を生みやすい。
商業的代理出産がされている米国では最近、問題が表面化していないようにみえる。だが実際は、出産する女性に保険をかけ、そのパートナーを含め徹底したカウンセリングをする。依頼者、出産者とも弁護士がつく。それだけ問題が生じやすいということを示している。また、代理出産を請け負う女性は貧しい人や移民が中心で、経済格差を利用した制度ともいえる。
「子どもがいない人」の存在を認め、「子どもがいないと不幸」との価値観を押し付けない社会へと変えていくことが先だと思う。娘から不妊の相談を受けたお母さんたちは、「子どもがいなくても、あなたはかけがえのない存在よ」と娘に言ってほしい。代理出産をしなくても、その励ましこそ、子どもへの愛だから。【構成・永山悦子】
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■人物略歴
◇ねつ・やひろ
信州大医卒。同大医学部助手を経て、76年に「諏訪マタニティークリニック」開業。64歳。
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■人物略歴
◇つげ・あづみ
お茶の水女子大大学院博士課程修了。03年から現職。医療人類学専攻。46歳。
投稿者 akiuchi : November 25, 2006 10:39 AM