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November 26, 2006
頭蓋骨骨折で胎児死亡 医療ミス指摘 産経新聞
このニュースは紀子様出産の影に隠れてですっかり消し飛んでしまった。愛育病院のホームページにはいち早くこの事故に関するコメントが院長名で掲載されているが周産期医療のセンター化=安全性の確保という問題についてもう一度考える必要性を訴えているように私は感じている。
愛育病院のホームページ
新生児死亡事故に関する病院の見解 2006.8.8
http://www.aiiku.net/kenkai.htm
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愛育病院 頭蓋骨骨折で胎児死亡 医療ミス指摘 産経新聞 2006年8月9日(水)
東京都港区の愛育病院で器具を使って分娩(ぶんべん)した女児が頭蓋(ずがいこつ)骨骨折の仮死状態で生まれ、半日後に死亡していたことが8日、分かった。警視庁麻布署は医療ミスの可能性が高いとみて、業務上過失致死の疑いで捜査を始めた。
女児の死亡をめぐっては同院が医療行為に関連した死亡の原因を調べる国のモデル事業に基づき、事業の事務局がある東大病院に連絡。東大病院が解剖した結果、頭蓋骨骨折が判明し、麻布署に届け出た。医師法は異状死から24時間以内の警察への届け出を義務付けているが、愛育病院は東大病院に伝えただけで、警察へは届け出ておらず、麻布署は同法違反の可能性についても調べる。
調べでは、出産したのは港区内の妊娠約40週の女性(38)で、6日午後5時ごろ、分娩を開始。4時間がたっても出産せず、産婦人科の男性医師(31)は母子に障害が残る恐れがあると判断。同9時半ごろ、器具で頭を挟む方法で胎児を取り出したが、仮死状態で翌朝死亡が確認された。同院は7日中に東大病院に連絡。解剖の結果、医療ミスの疑いが強く、東大病院は同日夜に麻布署に通報した。
愛育病院は「捜査中でお答えできない」としている。
[産経新聞 ]
【紀子さま 男子ご出産】「すこぶる健やか」 医師団ら会見 産経新聞 2006年9月6日(水)
◆無事手術終え安堵の表情
「親王さまがご誕生になりました。すこぶる健やかでございます」
宮内庁の金沢一郎皇室医務主管と執刀医の中林正雄愛育病院院長は6日午前10時半から、宮内庁3階の講堂で会見し、金沢医務主管は冒頭、こう語り笑顔をみせた。会見場には80人を超える記者とカメラマンが詰めかけ、一斉にフラッシュがたかれた。
前置胎盤による帝王切開について、中林院長は「ご公務を控えていただき、入院に際しても医学的なことを優先していただいたので万全の準備をして(手術を)迎えることができた」と秋篠宮ご夫妻のご協力に謝意を述べ、“皇室初の帝王切開”を無事終えたことに安堵(あんど)の表情を浮かべた。
一方、「秋篠宮ご夫妻は本当にご出産前にお子さまの性別を知らなかったのか」との記者団の質問には、中林院長が「知らせていませんでした。わたしも聞かないようにしていました」と語り、金沢医務主管は「(ご夫妻は)『どんな状態の子供でも自分たちの子供なので受け入れたい』とお考えで『知る必要がない』とのことでしたので」と付け加えた。
祝福ムードの会見は40分以上にわたった。
(1面参照)
◆術後の経過も順調 一問一答
金沢医務主管と中林院長の一問一答は次の通り。
金沢氏 秋篠宮文仁親王妃紀子殿下には午前8時27分、愛育病院で親王さまがご誕生になった。体重は2558グラム、身長は48・8センチですこぶるお健やかだ。手術は予想外の出来事はなく、術後の経過も順調。術後は少なくとも数日間は静かにお過ごしいただきたいと希望する。
--母子の状態はどうか。紀子さまの経過は
中林氏 お生まれになられた状態は大変よろしゅうございました。親王さまはとてもお元気。妃殿下は手術が終わった時に「これで手術は無事に終わりました。おめでとうございます」と申し上げたら「大変ありがとうございます」と元気にお答えいただき「気分も良好です」とおっしゃったので、現在、順調に回復過程にあると思う。
--秋篠宮さまの表情や紀子さまの詳しい表情、お子さまの状態は
金沢氏 秋篠宮殿下は(性別を)お分かりになってなかったのだろうと思うが「親王さまです」と申し上げても、非常に淡々と「ありがとう」と。平静心を失われない方だなとちょっと驚いた。紀子さまが手術室からお出になって、秋篠宮殿下が「ご苦労さんでした」と問い掛けると、妃殿下は「帰ってまいりました」とおっしゃった。
--医療チームの苦労や感想は
中林氏 部分前置胎盤だと妊娠28~30週以降はいつ出血するか分からない。殿下、妃殿下ともに医学的な注意を最優先しましょうということだった。入院の時「妃殿下、お子さまと会えなくなり少し寂しいですね」と申し上げると「そのことが気になります」ということだったので「夏休み中なのでお子さまに来ていただいたらどうでしょう」と。妃殿下は眞子さまの海外での経験を聞かれたり、佳子さまの宿題をされる様子をご覧になったりするのが楽しみ、とおっしゃっていた。殿下もよくお見舞いに来られ、殿下が支えられて妃殿下がお子さまの面倒を見られると。われわれには非常にいい患者さんだった。
◆手厚い医療体制 愛育病院
紀子さまは今回、天皇ご一家では初めて、皇居内の宮内庁病院でなく東京都港区の愛育病院で出産された。「自然なお産ができて、いざという時は手厚い医療体制もあるから安心できる」と人気で、女優の水野真紀さんや三田寛子さんらも利用したという。
愛育病院は昭和13年に開設。設置母体の社会福祉法人「恩賜財団母子愛育会」は天皇陛下の誕生を祝し、皇室が出資して創立された。産婦人科や新生児科、小児科などがあり、出産前後の「母と子」の専門病院として知られる。
病床数は118。年間の出産数は約1600に上る。高円宮妃久子さま(53)も出産された。自然なお産を推進する一方、新生児集中治療室(NICU)なども備えているという。
東京都中央区の会社員の女性(42)は3年前、逆子だった長女を紀子さまのように帝王切開で出産、「退院しても1カ月間は傷口が痛み、買い物もつらい時があった。紀子さまもしばらく安静になさってください」と思いを寄せた。
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◆「気取らず自然に」秋篠宮ご一家
秋篠宮家は、宮さまと紀子さまのご結婚に伴い平成2年に創設された。西行法師らが歌に詠んだ奈良の名所「秋篠の里」が由来で、新宮さまご誕生で5人家族となられた。「気取らず、自然に」をモットーとするご夫妻は、極めて多くのご公務を精力的に果たされてきた。皇太子妃雅子さまが長期療養に入られ、黒田清子さんが結婚すると、さらにご多忙な日々に。お子さまには動物の世話や菜園の手入れを通して自然や命の大切さを伝えられてきた。ご一家の横顔を紹介する。
【秋篠宮さま】
昭和40年11月30日、天皇、皇后両陛下(当時皇太子ご夫妻)の第2男子として誕生された。お名前は文仁(ふみひと)で幼少時の称号は礼宮(あやのみや)。
学習院幼稚園、初、中、高等科を経て、学習院大学法学部政治学科をご卒業。63年8月から約2年間、英オックスフォード大の大学院に留学された。大学在学中に知り合った紀子さまと平成2年6月に結婚し、宮家を創立された。山階鳥類研究所と日本動物園水族館協会の総裁を務められており、皇位継承順位は皇太子さまに次ぐ第2位。
友人の黒田慶樹さんと清子さんとの結婚では、宮邸を提供し、会うきっかけを作られた。
【紀子さま】
昭和41年9月11日、川嶋辰彦、和代さんの長女として誕生され、42年には辰彦さんの留学に伴い一家で米ペンシルベニアへ。48年に帰国後、学習院初等科にご入学。52年からは辰彦さんの研究の関係でウィーンに滞在し、2年後にご帰国。学習院女子中、高等科、学習院大文学部心理学科を経て、同大学院博士前期課程に在籍中に結婚し、その後、無事修了された。
平成3年10月23日に長女、眞子さま、6年12月29日に二女、佳子さまをご出産。結核予防会総裁と日本赤十字社名誉副総裁を務められている。
【眞子さま】
学習院幼稚園、初等科を経て学習院女子中等科3年にご在学中。本や美術、乗馬が好きで、映画やミュージカルの曲をピアノで紀子さまに披露されることもあるという。
今年7月、伊勢神宮で式年遷宮に関連する行事をご視察。夏休みには初めて親元を離れ、オーストリアをご訪問。紀子さまの父の知人宅で、ホームステイを経験された。
静岡県下田市の須崎御用邸で天皇、皇后両陛下や皇太子ご一家と一緒に夏を過ごされた際は、佳子さまとご一緒に「これはやわらかくて遊びやすい、これは硬くてまだ危ない」と、愛子さまのためのおもちゃを用意するなど、小さな子供の世話がお好きだという。
【佳子さま】
学習院幼稚園を経て初等科6年にご在学。フィギュアスケートの練習に励む一方、人形やお菓子など、ものをつくることも楽しまれている。
昨年4月には、明治神宮アイススケート場で開かれた「スプリングトロフィー・フィギュアスケート競技大会」の1級女子小学4年生以上の部に出場し、優勝された。
環境問題に関心が高く、昨年は夏を涼しく過ごせるようにと、宮さまと2人で宮邸にアサガオを植え、窓を覆う「緑のカーテン」を作られた。
【写真説明】
紀子さまのご出産を発表する金沢一郎皇室医務主管(右)と中林正雄愛育病院院長=午前10時33分、宮内庁(代表撮影)
【写真説明】
須崎御用邸近くの海岸を散策される天皇、皇后両陛下と秋篠宮ご一家=平成16年8月、静岡県下田市
投稿者 akiuchi : November 26, 2006 11:53 PM