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December 02, 2006
2006年9月25日号アエラ
少し古い記事だがアエラに掲載された堀病院内診事件の解説記事を入手したのでここに転記しておくことにする。毎日新聞などのレベルの低いマスコミと比べると問題を冷静に分析している。本質は助産師対産科医ではなく日本の周産期システムはどうあるべきかということなのだ。
2006年9月25日号アエラ
「理想の出産」の現場 堀病院事件から学ぶ=訂正あり
助産師の資格がない看護師に妊婦の状態を調べさせた。
そんな嫌疑で、横浜市の堀病院が警察の家宅捜索を受けた。
助産師がいなければ、なにもできないのか。
妊婦や家族、そして出産現場に大きな波紋が広がっている。
(編集部 古川雅子、大岩ゆり 写真 尾上達也)
年間3000件近い出産を取り扱い、自称「出産数日本一」の堀病院(横浜市)に
8月下旬、神奈川県警の家宅捜索が入った。病棟や職員宅など24カ所を数十人の警
察官が捜索した。
捜索の容疑は何かと言えば、通称「保助看法」と呼ばれる「保健師助産師看護師
法」違反だ。
助産師の資格を持たない看護師が2003年12月29日、陣痛の始まった女性
(37)の子宮口の開き具合を測定するなど、お産の進み具合を調べる「内診」をし
た。それが助産師や看護師の職務などを規定する保助看法に違反している、という容
疑だ。
「これで家宅捜索されるなら、もうお産は取り扱えません」
「最近、産婦人科医仲間と話すと、みんな暗いです。福島県の産婦人科医の逮捕に
続く今回の堀病院の事件。産科医は日本にもう要らないということでしょうか」
堀病院の事件を知った全国の産婦人科医たちは、驚きや怒り、不安などで騒然とし
た。というのも、看護師が内診する病院や診療所は決して少なくないからだ。
看護師と助産師はどのように違うのだろうか。助産師は基本的には、看護師の資格
を持った上で助産師の国家試験に合格した「女子」。看護師の中の女子エリートとい
える。職能団体は助産師も看護師も共通で、「日本看護協会」だ。
問題となっている「内診」は、陣痛が始まった後、膣内に指を2本入れ、妊婦の子
宮口がどれぐらい開いているか、赤ちゃんがどれぐらい膣口に向かって下りてきてい
るかなどを診る行為だ。これが分娩を助ける「助産」行為かどうかをめぐり、ここ数
年、産婦人科医と助産師・厚生労働省が激しく対立している。
産科医と助産師のズレ
保助看法には内診については明確な定義がない。
産科医たちの認識はこうだ。
「内診はそれほど難しい手技ではない。看護師が行っている採血や静脈注射の方が
よっぽど難しい」
分娩を扱う産科の現場では保助看法が施行された1948年以降、看護師による内
診が行われてきた。特に陣痛が始まってから子宮口が全開するまでの「第1期」の内
診については看護師にもできる、というのが医会の公式見解だ。
陣痛開始から出産終了までには時間がかかる。経産婦でも5~8時間、初産の場合
は12~16時間。第1期が特に長く、経産婦でも平均5時間、初産婦は平均8時間
かかる。ゆっくり進行するので、測るべき部分を測って医師に報告してくれれば急に
問題が起きることはない、という考え方だ。
一方、厚労省や助産師側の見解は異なる。
「内診は、分娩に異常がないかをみる重要な判断を伴う行為です。特に、少しずつ
回転しながら下りてくる赤ちゃんの『回旋』をみるのは難しい。教育課程や国家試験
の問題に助産行為がまったく入っていない看護師が行うべきではありません」(厚労
省看護課)
「内診は助産である」という法解釈を厚労省が示したのは02年。助産師や医師以
外は内診などをしてはいけないという理解でいいのか、という鹿児島県保健福祉部長
の「照会」に対する厚労省看護課長の「回答」という形だった。鹿児島県は、県内の
医療事故がきっかけで、照会したのだった。
この回答について、医会は静観していた。内診によって分娩の進行が正常かどうか
を「判断」するのは助産師か医師の仕事だが、判断を伴わない計測や観察だけの内診
なら看護師でもかまわない、と解釈できたからだ。
ところが04年、今度は愛媛県からの照会に対する回答という形で出された厚労省
看護課長の見解は、「判断を伴わない内診も助産師や医師しかできない」という内容
だった。これに対しては医会や日本医師会が激しく反発。変更を求める意見書などを
出した。
05年に厚労省で開かれた検討会でも、何回も内診問題が議論されたが、結論は出
なかった。
「別途議論する、ということです。いつになるかは分かりません。それまでは今の
解釈が適用されるということです」(厚労省看護課)
堀病院の事件は、くすぶっていた火に油を注いだ。家宅捜索に対して医会が抗議の
声をあげ、神奈川県の医会が「堀病院を全面的に支援する」と宣言したかと思えば、
助産師側の日本看護協会も声明を出して対抗している。
出産長びき脳性麻痺に
年間約500件のお産を扱うオーク住吉産婦人科(大阪市)では、看護師も内診す
る。看護師には最低6カ月かけて指導し、徐々に経験を積ませる。助産師も募集して
いるが、00年の開院以来、数人しか就職しなかった。今も1人だ。
というのは、中村嘉孝院長(39)が採用面接の際、「自然な分娩」など助産師自
身の「お産方針」は尊重しない、母子の安全確保が最優先、という医院の方針をまず
明確にするからだ。怒って席を立つ助産師が多いという。
中村さんがこのような方針をとることにしたのは、以前勤めていた小さな産科医院
で、次のような「事件」に遭遇したからだ。
助産師の多くは大病院に就職するため、その産科医院では助産師がなかなか雇えな
かった。「会陰切開の判断」を任せることを条件に、働いてもいいという助産師がよ
うやく現れた。
ある通常の出産での出来事だ。
「いきみすぎなくていいのよ」
助産師は長時間、妊婦を励まし続けた。が、初産だったので産道の出口の会陰部分
が伸びず、数時間かかってしまった。会陰は切らずにすんだが、赤ちゃんは脳性麻痺
になった。長時間、圧迫されて低酸素状態になっていたからだ。
「助産師を雇わないのは人件費を節約するためではなく、母子の安全を犠牲にして
まで自分のお産方針に固執する助産師より、指示した通り動いてくれる看護師の方
が、結局は母子の安全を守れるから、という医師が多い」(中村さん)
●看護師の怖い思い
内診などを任される看護師はどう考えているのだろうか。医師から分娩室勤務を頼
まれて、怖い思いをした看護師もいる。
分娩数が年間数百ある地方の個人病院では、数年前、助産師は常時数人しか確保で
きず、助産師が24時間カバーするシフトも組めない態勢だった。苦肉の策が、昼間
は看護師による内診でカバーする、というものだった。
医師から内診の指導を受けたその看護師が本番に臨んだところ、子宮口が6センチ
開いたところで急にお産が進んで生まれてしまった。医師が到着するまで、看護師は
生きた心地がしなかったという。以来、この病院で看護師による分娩室勤務はなく
なった。
当時、その病院に勤務していた助産師は、こう振り返る。
「看護師さんの落ち込んだ顔は、いまでも忘れられません。効率を優先して、リス
クと責任を伴う業務をさせられる看護師側の気持ちも考えてあげないと」
内診問題に限らず、産科医と助産師は「同じ言語で話せない」と揶揄されるよう
に、両者はそもそも「分娩観」にも大きな違いがある。産科医が重視するのは、分娩
監視装置のモニターなどで数値化される異常の見分けであり、内診行為も「計測」の
一部と考える。助産師は、陣痛開始から胎盤がすべて出るまでトータルに見ていて、
内診は「診療」の一部だと考えている。
助産師教育の実習の中では、内診の方法を学ぶとともに、「できるだけ内診をしな
いための方法」も学ぶ。助産師は、産婦の自然ないきみ、息遣い、表情、陣痛の程度
など、総合的な「観察」により、分娩の進行状況を予測し、それをもとに内診して状
態を把握する。
「内診だけをして分娩進行がわかるわけではありません。ベテランほど、妊産婦さ
んをよく観察しますから、内診は少ないですよ」
山本助産院(横浜市)の山本詩子院長はこう指摘する。
●イエスマンにならない
英語で助産師を「ミッドワイフ」(女性とともにある人という意味)というが、常
にそばにいて女性に寄り添う職業という意識が助産師には強い。お産の進みが悪けれ
ば「もうちょっと歩いてみる?」などと、処し方をアドバイスし、妊産婦さんのケア
をする。
「分娩監視装置が発する情報以外から見えているものもある。スタンスが違うから
こそ、助産師はイエスマンにはならないんです」
助産師の経験もある東京医療保健大学看護学科の坂本すが教授はこう語る。
戦前の自宅分娩でも9割の赤ちゃんは無事に誕生した。医療の進展で、出生時の母
子の死亡率が先進国の中でも最低限になってきた今、お産は安全なのが当たり前に。
安全以外に、快適さや満足感が求められる時代になった。
その延長線上にあり、病院出産のアンチテーゼとして人気があるのが、「出産は病
気ではなく、自然の摂理」という認識のもとに多くの助産師が推進する「自然な出
産」だ。助産院の人気も高い。
助産院は、産婦人科医ら嘱託医がいないと開院できないが、嘱託医などになってい
る産婦人科医たちは複雑な思いを抱く。出産時の大出血など予測不能な事態に陥った
場合には、助産院では対処しきれず、嘱託医や嘱託医の紹介する大病院に転送され
る。
「防ぎようのない事態は仕方ありませんが、助産師の危機意識の不足や、自然分娩
への固執が原因の事故も時にみられます。後処理を全部医師に押しつけられたのでは
たまりません。助産院の嘱託医のなり手が最近少ないのは、こういった事情があるか
らです」
ある総合病院に勤める産婦人科医はこう解説する。
北里大学病院(神奈川県)が1998~2002年に助産院から受け入れた妊産婦
は21人で、19%にあたる4人が亡くなった。一方、一般病院などから受け入れた
妊産婦は742人で、亡くなったのは34人(4・6%)だった。
助産院から受け入れた中には、陣痛が始まって以来4日間、水中分娩を試みたが生
まれずに北里病院に送られ、緊急帝王切開をしたという例もあった。赤ちゃんは重度
の感染症にかかっており、5日目に亡くなったという。
また、前置胎盤や双子のように、本来なら助産院で扱ってはいけない分娩を扱って
いたために、問題が起きた場合もあった。
産科医の不足、助産師の不足や偏在など、産科をめぐる課題は多い。ただ、工夫し
て上手に助産師を活用している産科病院もある。
●医・助・看のチームで
例えば山本さんの嘱託医である池川クリニック(横浜市)では、子育て中の「潜
在」助産師を活用。パートタイマーの待遇で採用し、上手にシフトを組むことで、常
時、助産師がいる態勢が築けた。かつては助産師の数はゼロだったが、いまでは、常
時十数人の助産師が登録している。
産科医と助産師とがうまく協働していく方法として、佐野病院(神戸市)が199
7年から先行して始めた「院内助産所」は、多くの産科医も「理想的な産科のあり
方」と評価する。
ここでは、産婦人科とは別に「助産科」を設置し、あたかも病院の中で助産院を開
設しているかのように、助産師が自立して妊産婦のケアを行う。妊婦は妊娠24週ま
では医師の健診を受け、ローリスクだとお墨付きがもらえたら、希望により助産科で
の受診にシフトできる仕組みだ。
9月上旬、助産科で第一子を産んだ関口雅子さん(31)の場合は、微弱陣痛と破
水による感染の兆候が見られたため、助産師の判断で産婦人科に連絡を入れ、すぐさ
ま助産科に駆けつけた産婦人科リーダーの三浦徹さんが診察。関口さんの希望を聞い
た上で陣痛促進剤による誘発分娩に踏み切った。
三浦さんはこう振り返る。
「私は助産師の本来の仕事の領域には踏み込まず、しっかりお任せします。今回も
私が手を出したのは陣痛誘発の時だけ。あとはただそばにいるだけで、助産師が取り
上げまでやってくれました。こうしたあり方こそ、異常産を診る産科医と正常産の専
門家である助産師との本当の意味でのコラボレーションだと思います」
関口さんは笑顔で語った。
「出産時に助産師さんの手厚いケアを受けつつ、もし何かあっても敷地内に産婦人
科の先生がいるという安心感がありました。いいとこどりのお産かもしれませんね」
今回の内診問題の議論が、産科医と助産師との縄張り争いに終始してしまっては元
も子もない。前出の坂本さんは指摘する。
「今回は、医師と助産師と看護師とがチームを組んで働くと
「今回は、医師と助産師と看護師とがチームを組んで働くという意識で出直すいい
チャンス。何よりも妊産婦の安全を第一に考え、利用者にいいケアを模索していくべ
きです」
出産場所
病院 診療所 助産院 自宅など
1950年 2.9 1.1 0.5 95.4%
1960 24.1 17.5 8.5 49.9
1970 43.3 42.1 10.6 3.9
1980 51.7 44.0 3.8 0.5
1990 55.8 43.1 1.0 0.1
2000 53.7 45.2 1.0 0.2
2003 52.2 46.6 1.0 0.2
(厚生労働省の資料より)
助産師の卒業後の進路
病院 97.4%
診療所 2.2
その他 0.4
(厚生労働省の資料より)
【写真説明】
今でも不足しているお産施設。「看護師の内診」問題の影響でさらに減る可能性も
佐野病院(神戸市)にあるアットホームな畳敷きの「助産科」。隣の産婦人科医の
健診は1回10分程度だが、助産科なら予約制で45分もかけてくれる
<訂正>
9月25日号「『理想の出産』の現場」の記事で、北里大学病院が受け入れた妊
産婦のうち、助産院からの4人と一般病院などからの34人が亡くなったとあります
が、亡くなったのは妊産婦ではなく赤ちゃんです。
投稿者 akiuchi : December 2, 2006 02:01 PM