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December 31, 2006
回顧2006<5> “お産難民”
年の暮れに一年を振り返る記事が目立つ。「診療所のお産が減っている」ということの持つ意味についてビビッドに反応できるマスコミの記事をこれまで読んだことがないが来年はマスコミも巻き込んで日本のお産を守るようにしなければならないと思う。
回顧2006<5> “お産難民”
東京新聞 - 2006年12月24日
産科医が減る中、お産の扱いをやめる施設が相次ぎ、産む場所に困る“お産難民”の問題が表面化した。小規模施設では助産師も不足している実情も浮かぶなど、少子化対策が論じられる傍らで、お産環境は悪化するばかりだ。 (杉戸祐子)
「三十年以上いいお産を目指してきたが、常に二十四時間営業。あと十年はもたないし、同じことを次の世代に強いるのは無理」(産科医)。「育児や介護をしていても働けるフレキシブルな勤務・給与体系が必要。ゼロか百かの選択を迫られては困る」(助産師)
今月、東京都港区で開かれた市民主催の討論会「どうする? 日本のお産 ディスカッション大会 ファイナルin東京」。助産師や産科医、子育て中の母親、地方議員ら約百人が集合し、お産をめぐる問題について意見を交わした。
討論会は五月の横浜を皮切りに札幌や名古屋、高知など九カ所を回り、計約千人が参加した。実行委員で、出産・育児情報サイト「REBORN」スタッフの熊手麻紀子さん(38)は“全国行脚”の理由を「立場を超えて本音を語る場をつくりたかった」と語る。十年以上、育児支援の活動を続けてきた中で、昨年末に「声を上げないと産む場所がなくなる」と危機感を募らせた。
九カ所での議論で▽医師の考える「安全なお産」と妊婦が望む「安全で安心なお産」が違う▽医師や助産師の労働条件の改善が必要▽医療事故への恐怖心が医療者にも妊婦にもある-などの問題点が浮かんだ。実行委員で、神奈川県立汐見台病院産婦人科の早乙女智子医師は「今後は各地域や現場の事情に合わせた具体的な対策を実行に移すべきだ」と指摘する。
◇
お産環境の悪化は悲惨な出来事も生んだ。奈良県では八月、出産中に意識不明に陥った妊婦(32)が十九施設に搬送を断られ、生まれた息子を抱くこともなく死亡した。
助産師が行うべき「内診」を看護師や准看護師にさせていた横浜市の産婦人科病院が摘発される事件もあった。助産師を活用していない施設の存在や、助産師が大病院に集中して小規模施設を中心に不足していることもわかった。
お産の扱いをやめる病院も増える一方だ。厚生労働省の医療施設調査では、産科・婦人科のある病院(病床二十床以上)数は一九九六年の二千百四十八から、昨年は25%減少した。
昨年九月に分娩(ぶんべん)を実施したのは、産科・産婦人科約六千施設のうち、約二千九百施設と半数以下。そのうち診療所・医院(同十九床以下)では約37%にとどまり、十年前の約44%から減っている。一方、厚労省の人口動態統計によると、昨年もお産の半数近くは診療所で行われた。分娩を扱う診療所の減少はさらに“お産難民”を増やす。
厚労省は、都道府県ごとに拠点病院に医師とお産を集める「集約化」方針を打ち出し、自治体に年内に計画をまとめるよう求めている。分娩事故の訴訟リスクが産科を敬遠させ、産科医不足になる一因だとして、医師に過失がなくても補償金が支払われる「無過失補償制度」も来年度導入を目指している。
安全の確保は当然だが集約化が進めば、妊婦が求める「身近な場所で産める安心感」「産後や育児の継続的なケア」は得づらくなるだろう。安全を守りつつ、いかに妊婦の心身に寄り添うのか。助産師の力をどう生かすのか。産科医の配置換えでは解決しない。 =おわり
投稿者 akiuchi : 06:45 AM
フセイン元イラク大統領の死刑執行
2006年を締めくくるニュースとしてサダム・フセイン元イラク大統領の死刑執行が報じられた。アメリカ追従の日本政府としては支持するしかないのだろうが東京裁判などと同様に勝者(アメリカ、シーア派)による判決が今後どのように歴史的に評価されるのか注目したい。いずれにしろ2007年が世界にとって平和な年となることを祈りたい。宗教とは何か?国家とは何か?これから日本国はどうなるのか?来年はもう少し世界の状況にも目を向けたいと思う。「深く地域に根差して広く世界に開く」というアップルのキャッチコピーを考えたころ(=原点)にもう一度戻って来年はやり直したい。
フセイン元大統領の死刑執行・「人道に対する罪」 (日経新聞)
【バーレーン=加賀谷和樹】イラク政府は30日、イスラム教シーア派住民を虐殺した「人道に対する罪」で死刑が確定していたフセイン元大統領(69)の絞首刑を執行した。国営テレビが伝えた。判決確定からわずか4日だった。ほぼ四半世紀にわたりイラクを恐怖政治で支配してきた独裁者は、自国の法廷で犯罪者として裁かれて生涯を終えた。
イラクのマリキ首相は求心力を得るために、旧政権を支えたイスラム教スンニ派への元大統領の影響力を排除しようと死刑執行を急いだとみられる。ただ、スンニ派武装勢力の反発で治安がさらに悪化する恐れもある。裁判の公正さに対して、欧州各国や国際人権団体からの批判も広がりそうだ。
元大統領の絞首刑はバグダッド市内にある政府施設で同日午前6時(日本時間正午)ごろ、執行された。地元メディアによると、執行にはイラク高等法廷の判事や政府当局者、イスラム教聖職者の計7人が立ち会った。国営テレビでは執行直前の元大統領の姿と、処刑後の遺体の顔が映された。 (19:24)
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米「公正な裁き」、欧州は死刑批判 中日新聞
【ワシントン=久留信一】米政府は29日深夜(日本時間30日午後)、「サダム・フセインは公正な裁きを受けた」とするブッシュ大統領の緊急声明を発表し、フセイン元イラク大統領の死刑執行が正当な司法手続きによるとする立場を強調した。処刑に対する国際的な批判は強まっているが、ブッシュ政権は今後予想されるイラクの治安悪化対策に全力を挙げる構えだ。
ブッシュ大統領は声明の中で、処刑について「イラクが民主国家に進む上での重要な一里塚」と位置付け、同国が「テロとの戦い」での米国の同盟国として安定することに期待感を表明した。
裁判の公正さを疑問視し、死刑に反対してきた欧州諸国や国際人権団体などの批判に対しては、「自国民に対する恐るべき犯罪に対する代償」と指摘。処刑が「法によって統治される社会を築こうとするイラク国民の固い決意」で実現したとの立場を強調した。
一方、処刑によってイラクの治安が一層悪化する懸念も強い。ブッシュ大統領はこれまでに、イスラム教シーア派指導者のハキム師、スンニ派指導者であるハシミ副大統領と会談するなど、イラクの各派指導者に対し政治的和解に向けた協力を求めている。
さらに、イラクを今月訪問したゲーツ国防長官は現地司令官と協議し、イラクの隣国クウェートに来年1月初め、米軍待機部隊3500人を派遣することを決定した。
現在、ブッシュ政権はイラク政策修正に向けた大詰めの作業を進めている。「2008年3月までの撤退は可能」とした超党派の「イラク研究グループ」による報告書がたたき台で、当面の治安安定対策として治安部隊の一時的増強と、和解を求める政治的働きかけの両面を打ち出すとみられる。
ただ、03年3月のイラク開戦以来、駐留米軍の戦死者は3000人近くに達している。
早期撤退を求める米世論は強まっているが、フセイン元大統領処刑による混乱が長期化すれば、修正政策の作成作業がさらに困難になることも予想される。
【ロンドン=岡安大助】米国とともにイラク戦争に参戦した英国のベケット外相は30日、フセイン元大統領の死刑執行について、人道上の観点から非難する一方で「フセイン元大統領はこれまでの重大犯罪に対し、責任を取らされた。イラクには民主的に選ばれた政府があり、私たちは主権国家の決定を尊重する」との談話を発表した。
【パリ=牧真一郎】イラクのフセイン元大統領の死刑執行を受け、他の欧州諸国とともに死刑廃止を主張しているフランスは30日、「すべてのイラク人が未来を見つめ、国民の和解と統一に向けて努力することを求める」とする外務省声明を発表した。
声明では「これまで以上にイラクへの全面的な主権回復と国の安定を目指さなければならない」と国際社会の責務を指摘した。
一方、バチカン法王庁の報道官は同日、「死刑は報復の気持ちを育て、新たな暴力の種をまく危険性がある。正義を構築し、社会を和解させるための手段とはならない」と述べた。
【ベルリン=三浦耕喜】イラクのフセイン元大統領に対する死刑が執行されたことについて、ドイツ外務省は30日、「ドイツ政府は欧州連合(EU)と同じく、基本的にいかなる条件下でも死刑を認めない」との声明を発表し、死刑に反対する立場を強調した。
同時に、声明では「残忍に国民を圧迫し、罪なき数千の人々が殺され、行方不明になった」として、元大統領への断罪には一定の理解を表明。「信条、宗教にかかわりなく、すべてのイラク社会が結び合うことが決定的に重要となる」として、国民的和解を求めた。
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12月31日付・読売社説(1)
[フセイン処刑]「憎悪の悪循環をどう断ち切るか」
政治色が濃い性急な死刑執行ではなかったか。国民融和が求められるイラク再建へ、今後どのような影響を及ぼすか、見極める必要がある。
「人道に対する罪」で死刑が確定していたイラクの元大統領サダム・フセインに対する絞首刑が執行された。イラク高等法廷の上訴審で、死刑が確定してわずか4日後の執行だった。
約30年間にわたりイラクを強権支配した元大統領は、イスラム教シーア派やクルド民族に対する苛烈(かれつ)な弾圧政策で、イラクの「安定」を維持してきた。一方、スンニ派国民にとっては、スンニ派権力の象徴とみなされてきた。
死刑執行は、現在、イラクで激化する宗派抗争をさらにあおりかねない。そのため、処刑のタイミングには、政治的判断の余地もある、との見方もあった。
だが、シーア派が主導するマリキ政権は、むしろ執行を急いだ。
治安改善に有効策を打ち出せないまま求心力を失いつつある政権浮揚のため、シーア派やクルド民族の復讐(ふくしゅう)心に訴えようとしたのだろうか。現在の情勢は、フセイン個人の命運とは直接かかわりがないほど深刻化している、との判断も働いたのだろうか。
マリキ政権にとっては、大きな賭けであるのは間違いないだろう。
マリキ首相が最優先すべきは、国民和解の道を探ることだ。それなしには、政権維持は難しく、いかなる再建策も絵に描いた餅(もち)となる。
処刑後、シーア派住民が多い南部の町の市場で爆発事件が発生し、数十人が死傷した。処刑との関連は不明だが、マリキ政権は、スンニ派が元大統領の死を前面に押し出し、攻勢を強めてくることを覚悟しなければなるまい。
フセイン裁判は、イラク民主主義を試す機会でもあったが、政治指導者が介入するなど、多くの疑義が指摘された。法の支配を無視した元大統領に対し、選挙で選ばれた新生イラクの指導者は、民主的手続きを経た裁判の先例を残す好機を失った、との見方も出ている。
クルド人虐殺やクウェート侵攻など、フセイン政権による別の犯罪の真相解明が困難になった点も気がかりだ。
国際社会、とりわけ米国のイラク支援がますます大切だ。
ブッシュ大統領は、年明けにも新たなイラク政策を明らかにする予定だ。これまでのイラク政策のどこが間違っていたのか、なぜ機能しなかったのか、率直な検討が必要だろう。
柔軟で効果的な新政策を打ち出し、イラク支援の実を挙げることが重要だ。
(2006年12月31日1時32分 読売新聞)
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イランなど歓迎、欧州には戸惑い フセイン元大統領処刑(朝日新聞)
2006年12月30日23時10分
イラクのフセイン元大統領処刑の知らせに、旧フセイン政権と敵対した国は歓迎する一方、死刑を廃止している欧州などでは疑問や戸惑いの声が上がった。
イランのアセフィ外務次官は、国営イラン通信(IRNA)に「処刑は、イラクの人々の勝利だ」と語った。イスラエルのペレス副首相は公共ラジオ放送で「サダム・フセインは自ら死を招いた」と述べた。
イラク戦争を戦った英国の反応は複雑。ロイター通信によると、ベケット外相は「元大統領の恐ろしい罪の一部を、イラクの法廷が裁いた事実を歓迎する」としつつ、改めて「世界中の死刑廃止を主張する」と述べた。
フランス外務省は声明でイラク国民に「未来を見すえ、国の再建と統一に努めてほしい」と呼びかけ、「他の欧州諸国とともに死刑廃止を主張するフランスは、30日の処刑を記憶にとどめる。この決断はイラク国民と主権を持つイラク当局によるものだ」とした。
死刑に原則反対のロシアは、外務省のカムイニン情報新聞局長が「国際社会の呼びかけにイラク政府が応えなかったことは遺憾だ」と語った。パレスチナ自治政府で内閣を握るイスラム過激派ハマスの報道官は「フセイン氏は戦争捕虜。処刑は国際法に違反する」とした。
中国外務省の秦剛・副報道局長は「イラクの問題はイラク国民の決定によるべきだ」との声明を発表した。
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イラク支援を続行と首相 空自活動への影響注視
安倍晋三首相は30日午後、イラクのフセイン元大統領の死刑執行について「イラクが安定した国となることを期待しており、国際社会と連携しつつ引き続き支援していく」とのコメントを発表した。
麻生太郎外相もコメントで、在イラク日本大使館を通じて同国政府から元大統領の死刑執行を確認したとした上で、「国民融和や治安改善といった困難な課題を乗り越え、安定した国になることを期待する」と強調した。
イラクでは航空自衛隊が首都バグダッドなどへの空輸活動を続けている。空自活動の安全確保のため政府は、元大統領の死刑執行がイスラム教シーア、スンニ両派間の対立などイラク国内の治安情勢に与える影響を注視していく方針だ。
(共同)
(2006年12月30日 19時35分)
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イラク支援のNGO関係者ら「宗派間抗争の激化不安」
イラク情勢
イラクの元大統領サダム・フセインが30日、絞首刑に処せられた。
判決確定からわずか4日での死刑執行。イラクの治安が悪化する中、イラクでの支援を続けるNGO(非政府組織)の関係者らからは、「宗派間の抗争が激化しなければいいが」と不安の声が聞かれた。
「日本イラク医療支援ネットワーク」の事務局の佐藤真紀さん(45)は「イラクにとって、死刑執行がプラスかマイナスかまだ分からない。アラブの世界ではフセインの支持者はまだ多く、内戦の引き金にならないことを願うばかり」と話す。佐藤さんはこの日、支援活動のため、イラクの隣国、ヨルダンへ向かった。
イラクの子供への医療支援を続けている久山宗彦・カリタス女子短大学長(67)は「大半のイラク人は、フセインを倒さないと、平和は来ないと思っていただろうが、フセインは『自分は国を守ってきた』という自負を持って死んだのではないか。これから国民の間の対立関係を修復していくことが大事だ」と課題を挙げた。
「アラブの会」代表、中村聡志さん(41)は、「アラブの世界では斬首刑が苦痛を伴わないとされている。絞首刑が執行されたことで、米国主導の裁判だったことが明らかになった」としたうえで、「イスラム教の『犠牲祭』入りと重なった執行は、卑劣に映ったはず。混乱に拍車がかかるだろう」と懸念した。
バグダッドでは現在、陸上自衛隊などの5人が派遣され、多国籍軍と情報交換や調整を行っている。統合幕僚監部によると、市街地から離れたバグダッド空港近くで勤務している連絡官らが、「テレビで死刑執行のニュースを流しているが、米軍などに動きはなく、淡々とした普通の朝の風景だ」と伝えてきたという。
(2006年12月31日0時51分 読売新聞)
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「勝者の裁き」濃厚 フセイン裁判、米が実質的に介入(朝日新聞)
2006年12月30日22時59分
フセイン元大統領の死刑確定の際、米ブッシュ政権は「独裁者による支配を法による支配に置き換えようとするイラク国民の努力」と評価していた。処刑については「主権国家であるイラク政府が決定すること」とみなす建前から、表向き介入しない立場だった。
しかし、処刑直前まで元大統領の身柄を拘束していたのが米軍だった点に象徴されるように、イラクで「法による支配」が確立されたとは言い難い。米国防総省も議会あてイラク情勢報告書の最新版(11月30日付)の中で、イラクでの法治について「構造的な欠陥から深刻な問題が生じている」と認めざるを得ない状態だ。
このように国内の裁判所が正常に機能しない国や地域では近年、国際社会が代わって正義を実現する国際法廷が設置される場合が少なくない。元大統領が自らの統治下での非人道行為について責任を問われる立場にあるのは疑いない以上、刑事責任について国際法廷による裁きへの道が、理論的には存在した。
米国はその道を拒み、予算と人員をつぎ込んでイラク高等法廷を設立した。その根拠として「人道に対する罪」の定義などを国際人道法から採り入れてイラク国内法を整備させたが、形式上のことに過ぎなかった。
ブッシュ政権の手法に共通するのは、国際法を自国の目的に沿ってつまみ食いする姿勢だ。そもそも、主権国家だったイラクに対し、国際法上の合法性に大きな疑義を抱えたまま侵攻したのが米国だ。元独裁者の死刑執行の時だけ「主権」の壁を盾にイラク人の主体的な決定であるかのように装っても、「実質は勝者の裁き」との批判を免れない。
公正さを満たさない裁きによる今回の死刑執行は、日本人の一部に東京裁判をめぐって今も異論が残るように、スンニ派イラク人の間に禍根を残す可能性がある。元大統領を「殉教者」と見なす論法をかえって勢いづかせかねない。
投稿者 akiuchi : 05:01 AM
隠岐の出産 再びピンチ 派遣産婦人科医 来春から1人体制か
今年は隠岐の島のお産が注目を浴びた。私は八丈島では昔からお産が近づくと妊婦は都内に移ってお産に備える体制をとっていたという話を自治医大の先生から聞いていたので離島の医療とはそういうものなのかと考えていた。隠岐の島の人口が何人か正確には知らないが産科専門医2名を常勤で配備できるほどのお産の数があるとはとても思えない。経済的に離島の医療は成り立たないのであろうか?都市の専門化した医療とは別にプライマリーケアとしてお産も取り扱えるGP(一般医)の養成を法的ならびに人材育成の観点から怠っていた国の責任が重いのではないかと思う。離島僻地の医療なんて厚労省のお役人にはどうでもいいことなのだろう。
隠岐の出産 再びピンチ 派遣産婦人科医 来春から1人体制か - 産経新聞 2006年12月30日(土)
◆10月に再開したばかり
10月に出産が再開されたばかりの、島根県隠岐諸島の隠岐病院で、2人の派遣医師が1人になり、島での出産が再びできなくなる恐れのあることが29日わかった。隠岐病院によると、医師2人を派遣していた県立中央病院が来年4月以降、1人の医師しか派遣できなくなる可能性があると伝えてきたため。
隠岐病院を運営する隠岐広域連合の松田和久・隠岐の島町長によると、県立中央病院の産婦人科医11人のうち来春までに1人が定年で辞めるため、県立病院側から派遣が難しくなるといわれたという。
県立中央病院からの派遣医師が1人になると、隠岐病院では1人医師体制となる。隠岐病院では、医師1人では負担が大きいとして分娩(ぶんべん)を行わない方針を掲げていたために再度、島で出産ができなくなる可能性が高い。
松田町長は「島民に同じ苦労をさせないためにも、県外も含めて医師確保に努め、2人体制を維持したい」と話しつつ、「安全と判断できる出産については1人体制での分娩も検討したい」としている。
[産経新聞 ]
[回顧2006・しまねeye](1)隠岐、産婦人科医不在(連載)=島根
◆派遣、来春以降は「白紙」 離島の医療、真剣な議論を
隠岐の島町の公立隠岐病院(笠木重人院長)で4月、常勤産婦人科医が不在となった問題は、離島や中山間地の深刻な医師不足を改めて浮き彫りにした。隠岐では他県からの応援や島根県立中央病院(出雲市)からの医師派遣で、半年後に分娩(ぶんべん)再開にこぎつけた。だが、根本的な解決には遠く、島に再び荒波が押し寄せる可能性は消えない。(渡部哲也)
暖かい一日となった今月14日、隠岐病院産婦人科前の廊下は、長いすに座った女性たちが順番を待っていた。5月に訪れた時、同科辺りだけががらんとしていたのがうそのようだった。
隠岐病院は島根大医学部から産婦人科医の派遣を受けていたが、2004年に医師不足で中止に。つなぎで、中央病院が医師を派遣する間、県や同町などが各地で医師を探し、関西在住の医師が今年4月から着任する予定になった。だが、それが直前になって白紙になったことが発端だった。
同町などは3月末までの予定だった中央病院に延長を要請。それも2週間延ばすのが限界で、島で出産を扱う産婦人科医はゼロに。県や隠岐4町村で作る隠岐広域連合は、本土に渡り出産する妊婦に滞在費など1人最高17万円を助成した。
島の窮状を報道で知った静岡県の船津雅幸医師が来島したのは8月下旬。9月には船津医師の支援で、島で唯一の助産院で出産が行われた。11月から医師2人を派遣する予定だった中央病院も1人の派遣を半月前倒しし、船津医師とのコンビで分娩が再開された。
船津医師が島を離れ、11月からは中央病院が2人を派遣。現在は倉田和巳医師が来年1月3日まで常駐し、もう1人は週交代でやって来る。分娩再開後、既に12人の赤ちゃんが隠岐病院で誕生した。
島民の盛大な見送りを受けて、静岡に戻った船津医師は語る。「妊婦が家族の元を離れて出産を待つつらさは分かるだけに、医師がいる体制を続けてほしい」
だが、「安全で安心」の提供が続けられない厳しい現実がある。厚生労働省の05年医療施設調査では、産婦人科、産科を掲げる県内の病院・診療所45施設のうち、実際にお産を扱うのは26施設。県の実態調査でも10月現在、隠岐のほか浜田、大田、雲南の各圏域で産婦人科医充足率が県平均(78・2%)を下回った。
中央病院の中川正久院長は「医師不足は隠岐だけではない。来春以降の派遣体制は白紙」とする。
中央病院は月に100例を超える出産を扱うが、医師は隠岐派遣も含めて11人。うち1人でお産を扱えるのは7人だ。週交代の〈自転車操業〉に疲弊し、派遣を打ち切った4月と状況は変わらない。しかも、来年3月末に1人が退職する。
「中央病院に迷惑をかけている」。隠岐病院を運営する隠岐広域連合長の松田和久・隠岐の島町長はそう語り、「1人は自前で確保したい。公立病院の退職予定者を紹介してもらえないか働きかけている」と独自の取り組みを語るが、実現するかどうかは不透明だ。
松田町長は「産婦人科医は航路と同じで、島での定住に不可欠。医師がいなくなれば女性は住みにくく、人口減に拍車がかかり、町づくりの議論なんか出来なくなる」と訴え、「医師に数年間の離島勤務を求める『離島医療振興法』制定を国に働きかけたい」と強調する。しかし、抜本的な解決策が打ち出されるまでには時間がかかる。
中川院長は「ない袖は振れない時期は早晩くる。派遣を再開している今の間に、産婦人科機能だけでなく、今後の隠岐の医療をどうするのか真剣に考えてほしい」と訴える。来春に再び苦境に陥らないため、国を挙げた議論が求められる。
◇
2006年の県内のニュースを、各記者の取材ノートから振り返り、〈その後〉を追った。
写真=診察の打ち合わせをする倉田医師(中央)ら。今後も産婦人科医2人体制が維持できるかどうかは不透明なままだ(隠岐の島町の公立隠岐病院で)
[読売新聞 ]
ふり返る:06しまね/3 隠岐の産科医師 /島根
◇“がけっぷち”変わらず
「家族と離れて1人で出産するのは不安だった。こんな思いはもうしたくない」
年間約130件の出産を扱う隠岐病院(隠岐の島町、笠木重人院長)から4月、常勤産婦人科医が消えた。秋までに島の妊婦約60人が海を渡った。本土と隠岐を結ぶフェリーは、海が荒れると直立できないほど揺れる。今でも仕事で隠岐へ向かう際、船が揺れると、島から出る妊婦さんの苦労が頭に浮かぶ。島で出産出来ないと、妊婦さんは1カ月にわたり、家族と離れ松江や出雲のアパートやホテルで暮らさなくてはならない。
確保した医師が家庭の都合で着任できず、派遣元の県立中央病院も医師不足で派遣延長は限界だったことから島での出産ができなくなった。8月末には、静岡県の船津雅幸医師が善意で赴任。新たに産婦人科医を増員した中央病院も10月から医師を派遣し、隠岐病院にようやく産声が戻った。
現在、中央病院の医師2人が隠岐病院のお産を支えている。しかし、問題が根本的に解決した訳ではない。中央病院はハイリスクを含む年間約1000件の出産を扱う県内の拠点。中川正久院長は「医師の疲弊は派遣を断念したときと変わらない。地域医療支援も限界に近い。4月以降の派遣は不透明」と言う。
県や隠岐病院は、同病院の産婦人科医2人体制を打ち出した。笠木院長は「離島で1人だと、365日24時間緊張を強いられる。2人だと休養も取れるし、学会にも出られる。診療方針も相談できる」とし「2人体制でないと医師は来てくれない」と話す。
隠岐病院や町は今も医師の確保を試みている。県も、島根大出身者、医師会、高校のOB会などのルートを使い、地域医療に関心のある医師を探している。2カ月間、隠岐に滞在した船津医師は「隠岐の状況を知って心を痛めない医師はいない。インターネットなどで呼びかければきっと見つかる」と話す。
一方で厚生労働省は医師不足が慢性化する小児科や産婦人科で、地域の拠点病院に機能を集める緊急避難的な方策を打ち出した。医療の質を確保しつつ医師の負担を減らすため、医師を拠点病院に集める方法だが、人口が少ない離島には適さないとの声もある。
天候が悪化すると島は孤立する。「緊急時はヘリで搬送するが気象次第。嵐でも海上保安部の巡視船は出ることになっているが、100%の保証はないしどれだけ時間がかかるのか」。隠岐で勤務経験のある産婦人科医はこう指摘し、常勤医の必要性を説いた。
県内の産婦人科医師数は必要数の8割。ぎりぎりの状態の中で、へき地に赴任する医師を確保しても「派遣元の病院で医師が辞め、補充がない」「予定していた医師が急に来れなくなった」といった不測の事態に対応できない。へき地の病院でいつ出産の受け付けが中止されてもおかしくない“がけっぷち”状態に変わりはない。
行政も大学も住民も「離島の医療をどうするか」を議論し、その場しのぎではない明確な考えを持つことが必要だろう。松田和久・隠岐の島町長が「離島医療振興法の成立を」と訴えるように、国レベルでの議論も欠かせない。私は隠岐担当記者として「多くの人にこの問題を知ってもらうことに手を抜くべきでない」と改めて考えている。【久野洋】
[毎日新聞 ]
投稿者 akiuchi : 04:47 AM
December 30, 2006
「お産ピンチ」首都圏でも 中核病院縮小相次ぐ
東京都内のお産も閉鎖が相次いで大変なことになってきたというニュース。都立病院の出産費用が30万円と安いままに放置していることが諸悪の根源なのだと誰かが石原都知事に進言して欲しいのだが・・・
「お産ピンチ」首都圏でも 中核病院縮小相次ぐ
2006年12月30日(土)06:12 asahi.com
東京都心の都立病院などが、お産を扱うのを休止したり、縮小したりしている。それも、生命が危険な出産前の母と胎児の治療から、出生直後の新生児の治療までを一貫して担う 「周産期母子医療センター」で目立つ。大学病院の医師引きあげなど地方で深刻化していた問題が、ついに都心にまで波及してきた形だ。病院も医師も多く、埼玉や千葉などから も患者が集まる東京。中核病院のお産縮小の影響は、首都圏に及びそうだ。
都立豊島病院(板橋区)は9月から、お産を全面休止している。
同病院は、新生児集中治療室(NICU)6床を備えた地域の周産期センターで、年約900件のお産を扱ってきた。しかし現在は、他の病院から搬送されてくる低出生体重児な どをNICUで受け入れているだけだ。
定員6人の常勤医師が今夏、2人に減少。「非常勤を含めても当直などが満足にできない状態になった」(都病院経営本部)という。
都立墨東病院(墨田区)の産科は11月から、新たな患者や、予約がない外来診療を受けず、年間1000件以上あったお産を縮小している。
12床のNICUがある同病院の総合周産期センターは、いわばお産の救命救急センター。だが、常勤医は定員9人に対して5人。「周産期センターとしての役割にマンパワーを あてた」(同本部)結果、外来を縮小せざるをえなくなった。
大田区の荏原病院(都から東京都保健医療公社に移管)も、1月から産婦人科の常勤医を減らし、お産を縮小するという。東京逓信病院(千代田区)も28日、産科の診療とお産 を休止した。
影響は周辺の病院に及んでいる。豊島病院から約1キロの距離にある日大板橋病院。豊島病院がお産を休止した翌10月には、それまで月70件ほどだったお産が100件近くに 急増した。
日大病院も総合周産期センターに認定され、ハイリスク出産も多い。救急搬送されてくる妊婦を年に80~100人受け入れているが、その倍以上を断っているという。
「このまま出産数が増えるとハイリスク出産は受けられなくなり、周産期センターとしての責任が果たせない。通常のお産は、受け入れを制限する必要が出てくるかもしれない」 という。
東京は、埼玉や千葉、神奈川の妊婦の「受け皿」でもある。特に出産費用が約30万円と安い都立病院は人気で、埼玉と都心を結ぶ東武東上線沿線の豊島病院には、埼玉から来る 人も多かった。
埼玉県の医師1人あたりの「出産扱い件数」(出生届数を産婦人科医数で割った数)は昨年、全国最多。総合周産期センターは県内に1カ所だ。そのセンターを運営する埼玉医大 総合医療センターの関博之教授によると、救急患者の受け入れは、依頼の4~5割ほどという。
「東京の病院で引き受けてくれる数が減ってきて、限界のところでやっている」と話す。
投稿者 akiuchi : 09:16 PM
December 29, 2006
高い医師の自殺率:強いストレスと身近な薬物が元凶、対策は急務
日経メディカルのちょっと古い記事だが身につまされる内容だ。アメリカの医療を追いかける日本でもきっと同じ問題が起こるだろう。(既に起こっているのかもしれない)
高い医師の自殺率:強いストレスと身近な薬物が元凶、対策は急務
2005. 6. 24
医師には健康な生活を心がける人が多く、寿命も長い傾向にある。が、自殺率は一般より高い。なぜ人の命を救うことを職務とする医師が、自分の命を救えないのか。
親しい医師4人が自殺するという悲しい経験を基に、米Harvard大学のEva Schernhammer氏は、医師の自殺率がなぜ高いかを分析、医師たちのストレスを減らし、必要な時に安心して精神医学的治療を受けられる環境を整備することが必要と述べている。詳細はNew England Journal of Medicine(NEJM)誌2005年6月16日号に報告された。
医師の自殺について調べた25件の研究のメタ分析の結果は、男性医師の自殺率が一般男性の1.41倍、女性医師の場合には一般女性の2.27倍を示した。女医の自殺率は非常に高い。では、自殺リスクを高める要因にはどのようなものがあるだろう。
自殺を試みる人の30~70%が、うつ病などの情動障害や、薬物依存、統合失調症などにかかっているといわれる。医師の精神病罹患率は一般より高い。さらに、薬物濫用とアルコール中毒が、医師の自殺にしばしば関係している。女医の場合、アルコール中毒者の割合は一般女性より多い。薬物濫用は、特に精神科医、麻酔科医、救急医に多いことが示されている。
2番目に、医師たちが負っている職業上の責任が、社会からの孤立をもたらしている可能性がある。また、医師は、自分自身が精神医学的な支援を必要としている場合に、これを軽視しがちだ。逆に、そういう状態にある自分を責めることも多い。身近な人の死、離婚、失職といった人生の難局に直面したとき、鬱状態になる頻度は、一般人より明らかに高い。
独身で子供がいない場合には自殺リスクが上昇するが、男性医師より女医に、そうした状況の人が多い。逆に、家庭を持っている女性は、家庭と職場の両方で重荷に耐えることになる。女医の場合、男性優位の職場で成功することの難しさが、さらにストレスを増すと考えられる。
職場でのセクハラが、うつと自殺を引き起こす可能性がある。女医の48%が、女性であることに基づく嫌がらせを受けた経験を持ち、セクハラ経験は37%にあった、という報告がある。この研究は、嫌がらせの頻度が高いほど、うつや自殺企図の頻度も高いことを示した。さらにセクハラ発生率には減少が見られないという。セクハラは、外科や救急医療など男性優位の世界で、より多く発生している。その背景には、女性は科学に弱いというステレオタイプの見方が潜在している可能性がある。
自殺を試みる医師たちの成功率は高い。反対に、一般女性の失敗率は高いが、違いは選択した手段の確実性に依っている。女医の自殺率が高いのは、自殺を試みる人の割合が多い上に、確実な方法を選ぶからだ。最近の報告によると、医師の自殺に最も多く用いられるのは毒物だ。診療所や研究室で容易に入手でき、それらに対する十分な知識を持つことが、自殺率を高めている。
自殺予防のための対策は、現在のところほとんど行なわれていない。医師たちが精神医学的治療を受けることを妨げる障壁(たとえば、医師免許取り消しに対する恐れなど)は、排除されねばならない。秘密が守られる環境で心理療法を提供する一方、医師であるがゆえに負っているストレスについて、オープンに議論する場を用意するといった方法が有効だろう。特に女医の自殺を防ぐため、職場での平等を保証するなど、特有のストレスを減らす対策も必要だ。医師たちが、救命のための努力の対象から自分自身を排除しないよう支援していくことが大切だ。
本論文の原題は「Taking Their Own Lives - The High Rate of Physician Suicide」、抜粋は、[こちらhttp://content.nejm.org/cgi/content/short/352/24/2473]で閲覧できる。(大西淳子、医学ジャーナリスト)
(日経メディカル)
投稿者 akiuchi : 10:11 PM
渡辺喜美氏行革相就任
若い首相として期待された安部首相(52歳)の脆さが目立つ。今回辞任した佐田玄一郎行政改革担当相の後任に抜擢された渡辺喜美は栃木県出身の54歳だが果たしてどうか?ちなみに安部首相は私と同い年。税制調査会の本間会長辞任に関するコメントも「一身上の都合」というフレーズを何度も繰り返すだけで歯切れが悪かった。「愛人問題」などは個人の問題だから関知しないと突っぱねることがどうしてできなかったのだろう?やはり小泉さんのようにはうまく行かないのだろう。
『県には明るい材料』
渡辺喜美氏行革相就任
辞任した佐田玄一郎行政改革担当相の後任に二十八日、衆院栃木3区選出の渡辺喜美衆院議員が就任したことで、県政界には「就任を心から喜び申し上げる」(福田富一知事)と、歓迎ムードが広がった。
県内から閣僚が誕生するのは、第二次小泉内閣の茂木敏充沖縄・北方担当相以来。閣僚を通じて安倍内閣に意見を伝えやすくなることから、自民党の梶克之幹事長は「政府にとって大臣交代は打撃だが、渡辺大臣の就任は県にとっては明るい材料だ」と評価した。
渡辺氏の持ち味は、首相の座を前にして倒れた父親の渡辺美智雄氏譲りの行動力と、歯に衣(きぬ)着せぬモノ言いだ。
独特の言い回しがかえって周囲を困惑させることもあったが、九月に内閣府副大臣に就任してからは「おとなしく政府の要職をこなしている」というのが県幹部の定評。自民党県連幹部は「大臣就任で、やんちゃ坊主に逆戻りすることはない」と太鼓判を押した。
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首相「渡辺喜美氏、突破力のある人だから」
安倍晋三首相は28日午前、27日に辞意を表明した佐田玄一郎行政改革担当相の後任に渡辺喜美・内閣府副大臣を起用する理由について、「突破力のある人だからね」と述べた。佐田氏の辞意表明後、速やかに後任を決めたことについては、「年内には決めたいと思っていたから」と表明。渡辺氏が朝のテレビ番組で首相から就任要請を受けたと話していたとの指摘には、「ああ、そうですか」と応じた。
首相公邸を出る前、記者団の問いかけに応じた。〔NQN〕 (09:47)
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行政改革相に渡辺喜美氏、「公務員制度改革がポイント」
安倍晋三首相は28日午前、渡辺喜美内閣府副大臣を首相官邸に呼び、行政改革担当相に任命した。午後に皇居での認証式を経て正式に就任する。首相は起用理由について記者団に「突破力のある人だから」と説明。渡辺氏には「改革が後退しないようしっかりやってほしい」と改革続行を指示した。
渡辺氏は故渡辺美智雄元蔵相の長男。自民党金融調査会事務局長などを歴任し、政策通として知られる。政策論議を通じて日銀OBの塩崎恭久官房長官らと親しいことが起用につながったとみられる。首相は同日未明に自ら渡辺氏に電話し、内諾を得た。
渡辺氏は同日朝のTBS番組で「公務員制度改革が大きなポイントで、その中に天下り問題もある。どこまで切り込めるかだ」と強調した。(11:16)
国民の信頼回復を急げ
徳島新聞 - 2006年12月25日
本間会長辞任 国民の信頼回復を急げ
政府税制調査会の本間正明会長が、公務員官舎に不適切な形で入居していた問題の責任を問われ、就任から一カ月半で辞任した。
国民の信頼に応えられなかったのだから当然だ。むしろ遅すぎたといえる。
本間氏を起用した安倍晋三首相にとっては大きな痛手だ。本間氏を続投させようとして、決断力のなさを露呈した。首相の求心力の低下は避けられない。今後、任命責任も問われよう。
この問題は今月中旬、一部週刊誌が、東京都内の公務員官舎で本間氏が家族ではない女性と同居していると報道したのがきっかけだった。
本間氏は、経済財政諮問会議の民間議員を務めていた二〇〇三年一月、官舎に入居した。大阪大大学院教授であり、会議などの活動が立て込んでいたため、「短期の措置として入れていただいた」などと記者会見で釈明した。
だが、経済財政諮問会議では、公務員官舎など国有財産の売却を求める報告書をまとめていた。それにもかかわらず、七万数千円という格安の家賃で一等地の官舎に入居していたのだから、国民が怒るのも当然だ。
政府税調は国民の生活を大きく左右する税金の在り方を論議し、首相に答申する重い役割を担っている。会長はもちろん、メンバーは常に身辺を清潔にしていることが求められる。
本間氏は会見での釈明後、官舎から退去することで事態の沈静化を図ろうとしたようだ。だが、そんなことで国民の理解が得られるはずもない。
安倍首相の判断も甘かったといわざるを得ない。首相は当初、「職責を全うすることで責任を果たしてほしい」と本間氏をかばっていた。だが、与党の内部で来年の参院選などへの悪影響を懸念して、本間氏の辞任を求める声が強まった。そうなる前に、首相は辞任を促すべきだった。
本間氏は、安倍首相が掲げる「成長なくして財政再建なし」という成長重視の路線を象徴する人物だった。
安倍首相は、消費税率の引き上げなど増税に積極的だった石弘光氏の会長続投を求める財務省の案を拒み、異例の「官邸主導」で本間氏の起用に踏み切った。
本間氏は、企業減税を柱として、消費税への言及を避けた〇七年度税制改正の答申をまとめ、首相に提出していた。
一方、本間氏の辞任を促した自民党税制調査会の幹部らは、消費税増税を視野に入れており、本間氏とは路線が対立していた。今後、政府税調と財務省や自民党税調との主導権争いも強まるだろうが、本間氏の辞任で政府税調の論議が委縮するようなことがあってはならない。
安倍首相は、官僚の影響力を排した官邸主導の態勢を早急に立て直す必要があるだろう。
本間氏の後任の有力候補には、政府系シンクタンク「総合研究開発機構」の理事長を務める伊藤元重東大大学院教授が浮上している。誰が会長になっても、国民の信頼に応え、国民生活の向上につながる税制論議を行わなければならない。
安倍内閣は政府主催のタウンミーティングのやらせ質問問題や郵政造反組の復党問題で国民の反発を招いた。最近の世論調査では内閣支持率も低下している。今回の問題では、国民に十分な説明責任を果たさなければならない。
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本間会長辞任…安倍首相しどろもどろ
「公務員宿舎に愛人と同棲」と週刊誌に報じられた政府税制調査会の本間正明会長(62)が21日、問題の責任をとり、辞任する意向を安倍晋三首相に電話で伝え、首相も了承した。
政府税制調査会の会長は税金について首相に進言する諮問機関のトップ。本間氏については安倍首相自身の肝いりで起用した経緯があり、首相の対応が注目されていた。
本間氏の辞任について首相は同日夜、官邸での記者団との質疑で「(本間氏の)一身上の都合」との説明を13回繰り返ししどろもどろ。事実上の更迭に踏み切った理由や本間氏の責任、自らの任命責任を問う質問にも11回「やむを得ない」を連発して正面からは答えず、国民への説明責任を果たしたとは到底言えない対応に終始した。
これまで首相は「職務を全うすることで責任を果たしてほしい」と擁護してきたが、来年1月召集の通常国会での予算審議に悪影響が避けられないことから、交代もやむを得ないと判断。タウンミーティングでのやらせ質問に始まり、郵政造反組の復党問題などで支持率は急低下していることも“更迭”を後押しした。永田町では「首相が辞めさせると任命責任を問われるので、自ら辞職するというシナリオが数日前からあったようだ」との憶測が流れた。いずれにしても会長就任からわずか1カ月半で失態を招いたことは首相の大きなダメージとなりそうだ。
大阪大学教授でもある本間氏はこの日、同大の授業を欠席。師弟関係にある竹中平蔵前総務相が代理で授業を務めた。
後任には吉川洋東大教授らが浮上。本間氏は税調委員も辞任する。
[ 2006年12月22日付 紙面記事 ]
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本間税調会長が公務員官邸での“愛人同棲”でクビ
本間氏(円内)が“愛人同棲”していた公務員官舎=東京都渋谷区
私、コレ(小指を立てながら)で会長辞めました-。格安公務員官舎での“愛人同棲”疑惑が指摘されていた政府税制調査会の本間正明会長(62)=顔写真=が21日、事実上のクビに追い込まれた。この事態にホンマかいな~と頭を抱えている?のは安倍晋三首相(52)。会長任命の責任が問われそうで、郵政造反組の復党問題に続きイメージダウン必至だ。
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“災難”続きの安倍首相。どこか表情も冴えない?=21日夜、首相官邸
ゼイ調会長が官舎で愛人と同棲なんてゼイ沢すぎ!! 安倍首相の政権運営もゼイゼイと、息づかいが苦しくなった…。
小泉、安倍内閣の経済ブレーンとして知られる大阪大学大学院教授の本間氏が21日、税調会長辞任の意向を首相に電話で伝えた。首相も了承。一部週刊誌が本間氏の“醜聞”を報じて約10日間、11月上旬の会長就任からわずか1カ月半で、事実上の更迭となった。
醜聞とは、本間氏が公務員官舎に愛人と同居していると報じられたことだ。この官舎はJR原宿駅近くの都心ド真ん中で3LDK。民間の相場では50万円前後とされるが、家賃はなんと月7万7000円。愛人とは大阪の高級クラブ街「北新地」の女性とされる。
要はゼニ+下半身のダブル疑惑なのだ。本間氏は13日の会見で「妻とは離婚調停中」「女性とは誠実に交際している」と強調。「女性は引っ越しの手伝いに来ていただけ」と苦しい弁明に終始した。
18日までにひそかに官舎から退去したが、世論や野党は当然ながら与党内部からも批判の嵐が吹き荒れた。しかし首相は一貫して「職務を全うしてほしい」と本間氏をかばい続けてきた。
実は本間氏の会長起用は、首相の強い意向による「安倍人事」「官邸人事」だった。財務省寄りで消費税引き上げなど増税志向の石弘光前会長から、経済成長重視の首相の主導で本間氏に交代させたのだ。本間氏はさっそく法人税減税に言及するなどし、財務省筋の反発が強まった。
来夏の参院選への悪影響を懸念する声に加えて、官邸主導人事に対する一部自民党内の反発もあった。辞任要求は高まる一方で、辞任を受け入れざるを得ない状況に追い込まれた。
復党問題、やらせタウンミーティングに続く大打撃。安倍内閣の支持率が急落する中で、さらに追い打ちをかけることになるのか。野党は任命責任を追及する構えで、安倍首相は苦しい政権運営を強いられそうだ。
■本間氏「官舎同棲」問題
本間氏の「官舎同棲」問題 本間氏が東京・神宮前の公務員官舎「本郷台宿舎」に“愛人”と同棲していることが、今月11日発売の一部週刊誌報道で発覚。経済財政諮問会議の民間委員だった平成15年から入居しており、本間氏は13日の会見で「女性とは交際している。妻とは離婚協議中」と説明。一方「女性は引っ越しの手伝いに来ていただけ」と同棲は否定した。18日までに官舎を退去したが、与党内からも税調会長辞任を求める声が噴出していた。
★民主・鳩山幹事長「任命責任」を追及
安倍首相は21日夜、本間氏の辞任について「どうしても辞任したいということだったので、やむを得なかった」と述べた。自らの任命責任についても否定した。一方、民主党の鳩山由紀夫幹事長(59)は「辞任は当然だが、辞めて済む問題ではない」と、任命責任を追及していく姿勢を示した。
後任の政府税調会長には吉川洋東大教授らが浮上している。政府筋によると、本間氏は税調委員も辞任する。
◆落語家、三遊亭円楽さん
「税金の取り方を決める立場にある人間が、税金で建てた公務員官舎を格安で借りて住むというのはいかにも具合が悪いのではないか。それも『家族以外の女性と住んでいた』と週刊誌で報道されたが、もしそういう問題があるとするならば、本来は税制調査会長に指名された時点で『一身上の都合』として就任を断るべきだった」
◆評論家、大宅映子さん
「批判されて辞任するくらいなら、最初から会長を受けなければ良かった。身辺整理をして受けるのが当たり前で、信念としてやった行動なら貫いて国民に訴えればいい。中途半端だと思う。安倍首相は党内の声を抑えきれず、せっかく小泉前首相がぶっ壊した古い自民党に戻ってしまっているようだ。改革路線を進めてほしいが、押し切られそうで心配。期待していた『若さ』が裏目に出ている気がする」
投稿者 akiuchi : 09:20 PM
日本麻酔科学会の声明
日本医学会の声明を受けて日本麻酔科学会の声明が出ました。来年1月の公判開始に向けての援護射撃といったところでしょうか?
http://www.anesth.or.jp/news/000671.html
福島県立大野病院での医師逮捕について
【2006年12月15日】
社団法人日本麻酔科学会
理事長 武田 純三
この度、福島県立大野病院での医師逮捕につき、日本医学会ならびに日本周産期・新生児医学会より声明文が送られてきました。
社団法人日本麻酔科学会としては、無くなられた患者様に深く哀悼の意をささげると共に、ご家族の悲しみを察するところでありますが、これらの不当な医師逮捕に関する声明文を支援するものであります。
投稿者 akiuchi : 09:08 PM
米FDA、クローン食品に安全宣言 来年中に認可も
来年はクローン牛肉が日本にも輸入されることになるのだろうか?表示もなしで・・・遺伝子組み換え大豆の安全性もアメリカFDAのお墨付きがあっても不安はぬぐえない。アメリカの医療システムを絶賛している諸君には積極的にクローン牛や遺伝子組み換え野菜を食してもらいたい。私は表示が無ければきっと食べても何もわからないと思うがやはり抵抗あるな~
米FDA、クローン食品に安全宣言 来年中に認可も
2006年12月29日15時54分
米食品医薬品局(FDA)は28日、体細胞クローン技術を使って誕生した牛、豚、ヤギについて、その子孫を含めて肉や乳製品を飲食しても安全上の問題はないとする報告を発表した。
報告に対する一般からの意見聴取を来年4月2日まで行い、食品として販売を認可するかどうか最終決定する。認可時期は未定だが、来年中の認可も「考えられる」(FDAのサンドロフ獣医学センター長)という。認可されれば世界初。同センター長は「その場合、通常の食肉と同様に輸出されることになるだろう」としている。(時事)
投稿者 akiuchi : 08:32 PM
2006年産婦人科医療関連判例
今年ももうすぐ終わり。2月の福島県立大野病院事件の衝撃が大きかったがその他にも産婦人科医療に関して様々な裁判報道が為された。周産期医療からの産科医師撤退を促進したこれらの判例を記憶に留めて置くことにする。
『転院後輸血開始までに、数十分を要したことが死亡の原因とされた症例。
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医療ミス兵庫県に7千万円賠償命令 出産時の輸血措置で過失
2003年10月02日 The Sankei Shimbun
出産後の出血で妻=当時(34)=が死亡したのは輸血措置の過失が原因として、兵庫県尼崎市の男性(32)と子供らが同市内の産婦人科医と転送先の県立尼崎病院(尼崎市) を開設する県に慰謝料など計約9300万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、神戸地裁尼崎支部は2日、県に計約7100万円の支払いを命じた。
安達嗣雄裁判長は判決理由で「尼崎病院の医師は到着時の診察で直ちに輸血を開始すべき注意義務があったのに、時期が大幅に遅れた過失がある」との判断を示した。産婦人科医 への請求は棄却した。
判決によると、女性は2001年7月17日、産婦人科医院で男児を出産後に出血が続き、医師は輸血用血液の到着が間に合わないと判断し、尼崎病院に転送。同病院の医師は大 量出血を聞き、止血手術などをしたが、輸血を開始したのは転送から数十分以上後で、女性は18日午後、出血性ショックで死亡した。
県立尼崎病院の船田理総務部長(57)は「できるだけの処置を行ったが、主張が認められず非常に残念。判決文をよく読み、控訴を含め、今後の対応を検討したい」と話してい る。
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31週帝王切開での脳性麻痺が、児の呼吸管理の不備のためとされた最高裁判決。
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以下 S.Y.’s Blog からのコピペです。
http://d.hatena.ne.jp/shy1221/20060207#p5
<帝切障害訴訟>徳島県に1億円の賠償命令確定 最高裁
徳島県立中央病院で帝王切開して出産した子供が脳障害を持ったのは、医師の不適切な医療行為が原因として、大阪府の両親らが県に約1億5500万円の損害賠償を求めた訴訟 で、最高裁第2小法廷(今井功裁判長)は3日付で、県側の上告を棄却する決定を出した。請求を棄却した1審判決を変更し、県に約1億1300万円の支払いを命じた2審判決 が確定した。
2審・大阪高裁判決(05年9月)によると、母親は92年6月に同病院に入院、約3週間後に帝王切開を受けたが、男児は出生直後の呼吸不全が原因で脳性まひになった。1審 は病院側の過失を認めなかったが、2審は「肺機能が未成熟な段階(31週)の出産で、病院側には厳重に子どもの呼吸管理を行う注意義務があった」などと医師の過失を認めた 。【木戸哲】(毎日新聞) - 2月6日18時44分更
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『妊娠中毒症の妊婦の死亡が予見可能であったとする判決。
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病院に約7700万賠償命令 出産時母親死亡で千葉地裁
06/07/25 記事:共同通信社
千葉県いすみ市の病院で女児を出産した母親=当時(38)=が死亡したのは病院側の処置が遅れたのが原因として、遺族が約7900万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、千 葉地裁は24日、病院側の過失を認定、約7700万円の支払いを命じた。
判決理由で小磯武男(こいそ・たけお)裁判長は「医師には母親が重度の妊娠中毒症との認識があり、死亡は予見可能だった」と指摘した。
判決によると、母親は2002年10月28日、いすみ市のもりかわ医院に入院。重度の妊娠中毒症で頭痛を訴えていたが、翌29日に意識を失い、転院先で出産後に脳内出血で 死亡した。
もりかわ医院の森川義郎(もりかわ・よしろう)院長は「到底納得できず、即刻控訴したい」としている。』
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「医療事故、交通事故より慰謝料高額に」東京地裁判決 (藤山判決です。)
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http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060726i413.htm
長野県軽井沢町が運営する国保軽井沢病院で2003年10月、帝王切開で男児を出産後、出血性ショックで死亡した女性(当時32歳)の遺族が、死亡は手術ミスが原因だった として、同町と産婦人科担当医に約1億8180万円の賠償を求めた訴訟の判決が26日、東京地裁であった。
藤山雅行裁判長は、「担当医は女性の症状から腹部からの出血を疑うべきだったのに、診察をしなかった」などと病院側の責任を認め、同町などに計約7250万円の支払いを命 じた。
訴訟では、医療事故の慰謝料を交通事故より高額にすべきかどうかが争点の一つとなった。
民事裁判では、医療事故は交通事故と同じ人身事故に位置付けられ、慰謝料も同じ基準になる例が多いが、判決は「患者は医師を信頼して身を委ねており、信頼を裏切られたこと による精神的苦痛が生じるため、慰謝料は交通事故よりも高額になる場合がある」と指摘。
その上で、交通事故のケースに約300万円を上乗せした2700万円を慰謝料として認め、将来の収入(逸失利益)などを合わせ計約7250万円を損害額とした。
原告側の弁護士は、「医療事故の慰謝料の方が交通事故よりも高くなりうると一般的に示した判決は珍しい」と話している。
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横浜市側が1億円支払いで和解 横浜市立市民病院損賠訴訟
06/12/28
記事:毎日新聞社
提供:毎日新聞社
ID:434418
横浜市立市民病院損賠訴訟:市側が1億円支払いで和解----控訴審 /神奈川
横浜市立市民病院(同市保土ケ谷区)で生まれた女児(9)が重い脳性まひになったのは「帝王切開が遅れたのが原因」として、女児と両親が市側に賠償を求めた訴訟は27日、東京高裁の控訴審で和解が成立した。市側が和解金1億円を支払う。1審の横浜地裁は7月、市に1億670万円を支払うよう命じ、市が控訴していた。
市の原正道・病院経営局長は「事件発生後、年数が経過してきており、被控訴人からの早期和解の申し出などを踏まえて和解に応じた」とコメントした。【鈴木一生】
投稿者 akiuchi : 04:54 PM
日本の医療は効率的で安全だ
日経メディカルオンラインに「日本の医療は効率的で安全だ」という興味深い論文が掲載されている。これは血栓症に関して内科の先生が書き込んだものだが論文中の小見出しを読むとそのまま「日本の周産期医療は効率的で安全だ!」と常々私が考えていたことと一致してくる。欧米の医療がベストで日本の医療はレベルが低いと知ったかぶりをしている連中には再考を促したい。
マニュアル重視の米国医療、職人的な日本の医療>産科医は確かに職人だ
日本では医師も患者も安全についてとても敏感>確かにお産の安全なシステムを考えることは一番重要なことなのだがともすると根拠のない安全幻想が一人歩きしているところもある。
日本の医療の良さは医学教育から>情熱を持って医師としての産科学(医療)についてその魅力を語れる教育者がいないのではないか?
いったん失えば再構築は困難>養老養老孟司先生も講演会の中で生物を殺してはいけない。そのシステムをもう一度構築することはできないからという話をしていた。
【年末スペシャル2006 第7回】2006. 12. 26
日本の医療は効率的で安全だ
東海大内科系助教授 後藤 信哉氏
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/kikou/200612/502161.html
アテローム血栓症に関する大規模な前向き観察研究として、日本を含む44カ国で実施されているREACHスタディの1年目の結果から、日本は欧米に比べ、心血管死など重大な心血管イベントと、入院を要する重篤な出血性合併症が共に半分以下という実態が明らかになった。「この結果は日本の医療の優れた特質がもたらした」。国内外の循環器系学会で、こう主張し続けているREACHスタディの主査の一人、東海大循環器内科助教授の後藤信哉氏に聞いた。(編集部)
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ごとう しんや氏。1986年慶應大卒、同大助手を経て、2002年東海大内科学系助教授。専門は循環器内科学、血栓止血学。
REACHスタディ(囲み記事を参照)に登録された患者のプロフィルを見ると、冠動脈疾患、脳血管疾患、末梢血管疾患のいずれについても、日本人の方が欧米人より登録時の年齢は高くなっていました。動脈硬化疾患は一般に高年齢ほど進行することを前提とすると、日本人の方が心血管死亡率は世界の他の地域よりも高いと想定されます。ところが実際に、登録後1年の時点における心血管死亡率は欧米に比べて大幅に低かった点が特徴でした。
登録された患者の背景は欧米と日本では、肥満が日本人に少ない以外には大きな相違はありませんでした。高血圧や高脂血症は日本人でやや少なく、糖尿病はやや多いものの、大きな差ではありません。また、心血管死亡以外のイベントについてみると、非致死性脳梗塞の発症率は日本と欧米で有意差がありませんでした。心筋梗塞の発症率も欧米よりも有意に低いものの、(日本は欧米の)8割程度でそれほど大きな違いは見られません。日本人は欧米人に比較すると出血しやすいと言われておりましたが、入院しなければならない出血性合併症の発症率はむしろ日本人において欧米の半分と低いことも分かりました。
マニュアル重視の米国医療、職人的な日本の医療
日本と日本以外ではどこが違うのでしょうか。遺伝的な相違、生活様式の相違など、考えられる要因は多数あります。私は臨床医の一人として、日本人医師の敏感な感性と優れた医療システムの役割を重視すべきと考えています。心筋梗塞を予防することが証明されているアスピリン、スタチンともに、日本人に対する使用率は欧米より低いにもかかわらずイベントが少ない理由として、本当に必要な人に対して医師が選択して使用している、と解釈するのは都合が良すぎるでしょうか。

図1 日本と他国(主として欧米)におけるアテローム血栓ハイリスク者の投薬状況(REACHスタディのベースラインデータから)
診療ガイドラインが強調される前から、米国ではワシントンマニュアル、メルクマニュアルといった医療マニュアルがあり、マニュアルに準拠した治療の重要性が医学生にも強調されてきました。ハリソン、セシルなどの内科の教科書をみても欧米では治療の部分が重視されているのが分かります。
これに対して、日本では伝統的に病態生理、薬効薬理などの教育が強調されてきました。日本の医学教育を受けた医師は、病態生理、薬効薬理の知識に基づいて、患者さんごとに病態に基づいた個別の治療選択をする傾向があるのではないでしょうか。料理の本を読んで調理しても、料理人の感性がないとおいしい料理はできません。クックブック(マニュアル、ガイドライン)的な米国式医療に対して、職人的な日本医療の利点を示したのが今回の結果とは考えられないでしょうか。この人は大丈夫そう、この人は危ないなどと個別に考え、投薬間隔を調整するといった措置を行うきめ細かな治療は、世界に誇るべき日本の医療の伝統であると私は思っています。
日本では医師も患者も安全についてとても敏感
何となく、日本より欧米ではいい医療が行われていると思いがちですが、欧米では輸血や入院が必要な出血性合併症が年間1%前後に発生しています。日本だったら入院を要する出血が100人に1人の割合で起こる治療は受け入れ難いでしょう。出血イベントで入院しなければならないとしても、「それは輸血で乗り切れます。それより心筋梗塞や脳梗塞になったら大変でしょう」という損得勘定の割り切りは日本では難しいのではないかと思います。

図2 日本と他国(主として欧米)におけるアテローム血栓症ハイリスク者の心血管重大イベントと出血性イベントによる入院の比較(REACHスタディ1年目の結果から)
日本では、医師も患者も安全性にとても敏感です。医師は自分が行った治療で悪いことが起きないように注意しつつ、最大限の効果を狙うため、努力しています。この努力が結果として安全性の高い医療が実現しているのだと思います。
各学会は、マニュアルやガイドラインなどを相次いで策定し、医療の均質化を実現しようとしています。米国のように(医師や医療機関によって)医療の質に大きな差があれば、ガイドラインに準拠した医療を行うことは、全体を引き上げる効果があるでしょう。しかし、日本の医師は熱心で優秀で均質なので、あえてガイドラインを作っても、医療の質を全体として向上できるかどうか、疑問が残ります。特に、現在のように、日本から臨床研究データが発信されておらず、ガイドラインに取り込まれる臨床データの大半が欧米人のデータという状況では、ガイドラインの作成、使用には十分な注意が必要だと思います。
抗血栓療法は出血リスクという対価の下に抗血栓というメリットを得る治療です。出血を最小限にして、最大の抗血栓効果を得るベストの用量は、個人や民族、居住地域ごとに異なる可能性が高いと思います。日本からの情報発信ができる体制を作らないと、ガイドラインによって、日本人にベストでないバランスが強調されるという恐れがあると思います。
「武士は食わねど高楊枝」と、商人の損得勘定を低く見ていた日本では、損得勘定に基づいた治療という考え方を容易には受け入れない社会的背景があります。実際、患者さん側も治療による損を受け入れないような傾向がありますね。これが大きなプレッシャーになって、出血が少なく血栓も少ないという絶妙なバランスをとった医療が行われているのでしょう。
個々の医師の努力、患者サイドからのプレッシャー、頻繁に医療機関を訪れることができる保険制度、と日本の医療環境には世界に誇れる部分が多くあります。医療機関に患者さんがあふれ、外来の待ち時間が長いといったネガティブな面は確かにありますが、世界で一番長寿になっているのは丁寧な医療が行われているということでもありましょう。ネガティブな部分を改善する努力とともにポジティブな部分を残す努力、今の医療のいい部分を社会が褒める努力も大切だと思います。
日本の医療の良さは医学教育から
こうした日本の優れた医療は、明治以来、連綿と行われてきた医学教育に原点をたどることができると私は考えています。米国の医学教育は、早くから実際の医療現場に参加して、クリニカル・クラークシップを通してマニュアル的な医療を学びます。しかし日本では、少なくとも今までは基礎医学、特に病態生理を重視してきました。とかく批判されがちですが、基礎研究成果を上げて教授などの高位の教員となっているものが多いのも日本の特徴です。マニュアル的な医療ではなく、薬効・薬理や病態に強い教員に教育された医師は薬効薬理、病態生理に基づいた個別治療をできる能力を有するようになっているわけです。
卒後教育必修化により、卒後直後の大事な時期に一般病院で研修する方が増えてきました。その結果として、薬効薬理と病態生理に強いという今の日本の医師の世界に誇り得る資質を維持できるか、われわれは注意深く見て行く必要があると思います。
日本にエビデンスがなかったのは、個々の医師が言語化できないような情報に従って、「なんとなく危なそう」などと感性に基づいた医療をしてきたため、数値化しにくかったのだと思います。しかし実態を調査してみれば極めて良質でコストエフェクティブな医療が行われていると言えます。
このような内容を海外で話すと、しばしば、「日本人の遺伝的素因ではないか」などと反論されます。しかし、ホノルル・ハート・プログラムなどでも明らかなように、ハワイに移住した日本人は心血管疾患死が増えています。そこには、栄養的な要素だけではなく、医療の要素もあったのではないかと思っています。「データのクオリティに問題があるのではないか」という指摘もありましたが、今回のREACHスタディではフォローアップ率も高く、質の高い、信頼できるデータベースであると信じております。同じようなJ-TRACE、EVERESTという日本国内の前向き研究も始まっており、今後に期待できます
いったん失えば再構築は困難
日本の医療は、「3分間診療」などと揶揄(やゆ)されますが、欧米に比べて余分なことをしていないのだろうと思います。例えば米国では、「徴候なし(ネガティブファインディング)」という情報を必ず記載します。しかし、日本の医師ははじめからポイントだけを目指し、ネガティブファインディングは記載しません。効率がいい医療を実現しています。
これは日本の医師の感性が優れているのだと思います。あえてネガティブなことを聞かなくても診ただけで通じるということなのかもしれません。
無作為化二重盲検試験だけがエビデンスではありません。あらかじめきっちりエンドポイントを定めた前向き観察研究による国際比較は、日本の医療の優れた部分を評価するためにとても重要でした。やってみて初めて理解できたと言えます。
日本の医療の優れた面は、いったん失ったら取り戻すのは不可能です。効率的な医学教育・医療システムは明治以来の先人が築いた大切な宝物です。ちょっとあちらの方がよさそうだからといって十分に考察せずに捨てるようなことがあってはならないと思います。マスメディアが医療を取り上げる時はネガティブな面を取り上げることが多いのは残念です。
私を含め、多くの医師は献身的な、真剣な、まじめな医療を全力で実践しています。日本の医療の真の姿を、ポジティブ面を含めて公正に評価することが必要です。ヒトはネガティブに扱われるよりもおだてられた方がよく働きます。日本の医師に対してもマスメディアが褒めて、褒めることによりさらに今以上に一生懸命に働くように誘導した方が国全体としても得が大きいと思います。
日本の医療の良さは感性ですから口に出して伝えにくく、失ったら再構築は困難です。今、医療教育を担っている人々がいなくなったらもう取り戻せません。いい部分を大切にしていきたい、日本にはいい部分がたくさんある,ということに対する一つの実証として今回の研究成果を扱っていただければと思います。
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REACH研究の概要
REACH(The Reduction of Atherothrombosis for Continued Health)スタディは、アテローム血栓症リスクを持つ患者のイベント発生と治療状況を調査する国際前向き観察研究で、44カ国5473人の医師の協力を得て、2003~2004年にかけて6万8375人を登録、2年間の追跡が行われている。既に2年間の期間延長が決定しており、少なくとも4年間の追跡が実施される。日本からは5193人が登録された。全世界の1年目の結果は2006年3月に米国で開催された米国心臓学会(ACC)で、同じく全世界の2年目の結果は2006年9月にスペイン・バルセロナで開催された世界心臓病学会議(WCC/ECC)で発表された。日本の1年目の結果は、2006年9月に鹿児島で開催された日本心臓病学会で報告されている。(編集部)

図3 REACHスタディの選択基準
投稿者 akiuchi : 09:46 AM
December 28, 2006
懸念される孤独死増加 リスク、高齢者以外も
学生の頃、太宰治の「孤独地獄」という小説を読んだことがあると思い込んでいたのだが孤独地獄の作者は芥川龍之介だった。「孤独死」が日常化している現代では「孤独地獄」という言葉のインパクトもすっかり薄くなってしまったようだ。
懸念される孤独死増加 リスク、高齢者以外も 「特集」
記事:共同通信社
提供:共同通信社
【2006年12月27日】
1人暮らし世帯が増える中、誰にもみとられずに亡くなる「孤独死」の増加が懸念されている。専門家によると、孤独死のリスクは高齢だけでなく「社会からの孤立」などの条件によっても高まり、2007年から大量退職を迎える団塊世代にとっても無縁ではないという。厚生労働省も、来年度から孤独死の防止対策に乗り出す。
厚労省の推計では、65歳以上の1人暮らし世帯が5年の386万世帯から25年には、高齢世帯の37%を占める680万世帯に増加。高齢の単身者が増えれば、それだけ孤独死のリスクは高まる。
一方、東京都監察医務院によると、04年に自宅で亡くなっているのが見つかった1人暮らしの人は23区内で約3000人。半数近い46%は64歳以下で、孤独死が高齢者だけの問題でないことを示している。この年齢では原則として介護保険を利用できず、行政サービスの枠外に置かれていることも影響しているとみられる。
阪神大震災後から多くの孤独死を見てきたみどり病院(神戸市)の額田勲(ぬかだ・いさお)理事長によると、リスクの高いのは「慢性疾患があり、低所得で社会的に孤立した人」。日本女子大の岩田正美(いわた・まさみ)教授(社会福祉)は「病気やリストラで失業し、家族と別れ、生きる気力も失うというケースが目立つ」と、社会との関係を断たれた男性の孤独死の多さを指摘する。監察医務院のデータ中7割近くが男性というのも、この見方を裏付けている。
1947年から49年にかけて生まれた団塊の世代が孤独死の数を押し上げる恐れもあるという。2005年の国勢調査では、この世代の男性は、下の世代の女性が少なかったことなどが影響し9%強が未婚で、60台前半の6%程度に比べ未婚率が高い。死別、離婚なども含めた配偶者のいない人は5人に1人。岩田教授は「職場としか関係を築いてこなかった人は、(退職で)その関係が切れると孤独死予備軍になりかねない」と警鐘を鳴らす。
厚労省が来年度からスタートさせる「孤立死ゼロ・プロジェクト」は、定期的な訪問や支援ネットワーク作りなどを進める市町村に対し、事業費半額を補助。有識者会議も設置し支援策を検討する方針だ。
千葉県松戸市の常盤平団地で孤独死対策に取り組んでいる中沢卓美(なかざわ・たくみ)自治会長は「人に手を差し伸べることが、自分の孤独死を防ぐことにもなる」と、行政の施策だけでなく、個人と社会とのつながりの大切さを強調している。
孤獨地獄
芥川龍之介:作
この話を自分は母から聞いた。母はそれを自分の大叔父(オホヲヂ)から聞いたと云つ
てゐる。話の眞僞(シンギ)は知らない。唯大叔父自身の性行から推して、かう云ふ事も
隨分ありさうだと思ふだけである。
大叔父は所謂(イハユル)大通(ダイツウ)の一人で、幕末の藝人や文人の間に知己(チキ)の數
が多かつた。河竹(カハタケ)默阿彌(モクアミ)、柳下亭(リウカテイ)種員(タネカズ)、善哉庵(ゼンザイア
ン)永機(エイキ)、同冬映(トウエイ)、九代目團十郎(ダンジフラウ)、宇治(ウヂ)紫文(シブン)、都(ミ
ヤコ)千中(センチウ)、乾坤坊(ケンコンバウ)良齋(リヤウサイ)などの人々である。中でも默阿彌(モクアミ)
は、「江戸櫻(エドザクラ)清水(キヨミヅ)清玄(セイゲン)」で紀國屋(キノクニヤ)文左衞門(ブンザ'エ
モン)を書くのに、この大叔父を粉本(フンポン)にした。物故してから、もう彼是(カレコレ)五
十年になるが、生前一時は今紀文(イマキブン)と綽號(アダナ)された事があるから、今でも
名だけは聞いてゐる人があるかも知れない。--姓は細木(サイキ)、名は藤次郎(トウジラ
ウ)、俳名(ハイミヤウ)は香以(カウイ)、俗稱は山城河岸(ヤマシロガシ)の津藤(ツトウ)と云つた男であ
る。
その津藤が或時吉原の玉屋で、一人の僧侶と近づきになつた。本郷(ホンガウ)界隈(カイ
ワイ)の或(アル)禪寺の住職(ジユウシヨク)で、名は禪超(ゼンテウ)と云つたさうである。それが
やはり嫖客(ヘウカク)となつて、玉屋の錦木(ニシキギ)と云ふ華魁(オイラン)に馴染(ナジ)んでゐ
た。勿論、肉食(ニクジキ)妻帶(サイタイ)が僧侶に禁ぜられてゐた時分の事であるから、表
向きはどこまでも出家(シユツケ)ではない。黄八丈(キハチヂヤウ)の着物に黒羽二重(クロハブタヘ)
の紋付(モンツキ)と云ふ拵(コシラ)へで人には醫者だと號してゐる。--それと偶然近づき
になつた。
偶然と云ふのは燈籠(トウロウ)時分(ジブン)の或夜、玉屋の二階で、津藤(ツトウ)が廁(カハヤ)
へ行つた歸りしなに何氣なく廊下(ラウカ)を通ると、欄干(ランカン)にもたれながら、月を
見てゐる男があつた。坊主頭(バウズアタマ)の、どちらかと云へば背の低い、痩(ヤセ)ぎす
な男である。津藤は、月あかりで、これを出入の太鼓(タイコ)醫者竹内(チクナイ)だと思つ
た。そこで、通りすぎながら、手をのばして、ちよいとその耳を引張つた。驚いてふ
り向く所を、笑つてやらうと思つたからである。
所がふり向いた顏を見ると、反つて此方(コツチ)が驚いた。坊主頭と云ふ事を除いた
ら、竹内(チクナイ)と似てゐる所などは一つもない。--相手は額(ヒタヒ)の廣い割に、眉
(マユ)と眉との間が險しく狹つてゐる。眼の大きく見えるのは、肉の落ちてゐるからで
あらう。左の頬(ホホ)にある大きな黒子(ホクロ)は、その時でもはつきり見えた。その上
顴骨(ケンコツ)が高い。--これだけの顏かたちが、とぎれとぎれに、慌(アワタダ)しく津
藤(ツトウ)の眼にはいつた。
「何か御用かな。」その坊主は腹を立てたやうな聲でかう云つた。いくらか酒氣も帶
びてゐるらしい。
前に書くのを忘れたが、その時津藤(ツトウ)には藝者が一人に幇間(ホウカン)が一人つい
てゐた。この手合(テアヒ)は津藤にあやまらせて、それを默つて見てゐるわけには行か
ない。そこで幇間(ホウカン)が、津藤に代つて、その客に疎忽(ソコツ)の詫(ワビ)をした。さ
うしてその間に、津藤は藝著をつれて、匆々(ソウソウ)自分の座敷へ歸つて來た。いくら
大通(ダイツウ)でも間(マ)が惡かつたものと見える。坊主の方では、幇間から間違の仔細
(シサイ)をきくと、すぐに機嫌を直して大笑ひをしたさうである。その坊主が禪超(ゼンテ
ウ)だつた事は云ふまでもない。
その後で、津藤(ツトウ)が菓子の臺を持たせて、向うへ詫(ワ)ぴにやる。向うでも氣の
毒がつて、わざわざ禮に來る。それから二人の交情が結ばれた。尤(モツト)も結ばれた
と云つても、玉屋の二階で遇(ア)ふだけで、互に往來はしなかつたらしい。津藤は酒
を一滴も飮まないが、禪超は寧(ムシロ)、大酒家である。それからどちらかと云ふと、
禪超の方が持物に贅(ゼイ)をつくしてゐる。最後に女色に沈湎(チンメン)するのも、やは
り禪超の方が甚しい。津藤自身が、これをどちらが出家だか解らないと批評した。-
-大兵(ダイヒヤウ)肥滿(ヒマン)で、容貌(ヨウバウ)の醜かつた津藤は、五分(ゴブ)月代(サカヤキ)
に銀鎖(ギングサリ)の懸守(カケモリ)と云ふ姿で、平素は好んでめくら縞の着物に白木(シロキ)
の三尺をしめてゐたと云ふ男である。
或日津藤(ツトウ)が禪超(ゼンテウ)に遇ふと、禪超は錦木(ニシキギ)のしかけを羽織つて、
三味線(シヤミセン)をひいてゐた。日頃から血色の惡い男であるが、今日は殊によくない。
眼も充血してゐる。彈力のない皮膚(ヒフ)が時々口許(クチモト)で痙攣(ケイレン)する。津藤は
すぐに何か心配があるのではないかと思つた。自分のやうなものでも相談相手になれ
るなら是非させて預きたい--さう云ふ口吻(コウフン)を洩(モ)らして見たが、別にこれ
と云つて打明ける事もないらしい。唯、何時(イツ)もよりも口數が少くなつて、ややも
すると談柄(ダンペイ)を失(シツ)しがちである。そこで津藤は、これを嫖客(ヘウカク)のかか
りやすい倦怠<アンニユイ>だと解釋した。酒色を恣(ホシイママ)にしてゐる人間がかかつた倦怠
<アンニユイ>は、酒色で癒(ナホ)る筈がない。かう云ふはめから、二人は何時になくしんみ
りした話をした。すると禪超は急に何か思ひ出したやうな容子(ヨウス)で、こんな事を
云つたさうである。
佛説によると、地獄(ヂゴク)にもさまざまあるが、凡(オヨソ)先(マ)づ、根本(コンポン)地
獄、近邊(キンペン)地獄、孤獨(コドク)地獄の三つに分(ワカ)つ事が出來るらしい。それも
南瞻部洲下(ナンセンブシウノシモ)過五百踰繕那(ゴヒヤクユゼンナヲスギテハ)乃(スナハチ)有地獄(ヂゴクアリ)
と云ふ句があるから、大抵(タイテイ)は昔から地下にあるものとなつてゐたのであらう。
唯、その中で孤獨地獄だけは、山間(サンカン)曠野(クワウヤ)樹下(ジユカ)空中(クウチウ)、何處へ
でも忽然(コツゼン)として現れる。云はば目前の境界(キヤウガイ)が、すぐそのまゝ、地獄
の苦艱(クゲン)を現前するのである。自分は二三年前から、この地獄へ墮(オ)ちた。一
切(イツサイ)の事が少しも永續した興味を與へない。だから何時(イツ)でも一つの境界から
一つの境界を追つて生きてゐる。勿論それでも地獄は逃れられない。さうかと云つて
境界を變へずにゐれば猶(ナホ)、苦しい思をする。そこでやはり轉々としてその日その
日の苦しみを忘れるやうな生活をしてゆく。しかし、それもしまひには苦しくなると
すれば、死んでしまふよりも外(ホカ)はない。昔は苦しみながらも、死ぬのが嫌だつた。
今では……
最後の句は、津藤(ツトウ)の耳にはいらなかつた。禪超(ゼンテウ)が又三味線の調子を合
せながら、低い聲で云つたからである。--それ以來、禪超は玉屋へ來なくなつた。
誰も、この放蕩(ハウタウ)三味(ザンマイ)の禪僧がそれからどうなつたか、知つてゐる者は
ない。唯その日禪超は、錦木の許(モト)へ金剛經(コンガウキヤウ)の疏抄(ソセウ)を一册忘れて
行つた。津藤が後年零落(レイラク)して、下總(シモフサ)の寒川(サムカハ)へ閑居した時に常に机
上にあつた書籍の一つはこの疏抄(ソセウ)である。津藤はその表紙の裏ヘ「菫野(スミレノ)
や露に氣のつく年(トシ)四十」と、自作の句を書き加へた。その本は今では殘つてゐな
い。句ももう覺えてゐる人は一人もなからう。
安政(アンセイ)四年頃の話である。母は地獄と云ふ語の興味で、この話を覺えてゐたも
のらしい。
一日の大部分を書齋で暮してゐる自分は、生活の上から云つて、自分の大叔父やこ
の禪僧とは、全然沒交渉な世界に住んでゐる人間である。又興味の上から云つても、
自分は徳川時代の戲作(ゲサク)や浮世繪に、特殊な興味を待つてゐる者ではない。しか
も自分の中にある或心もちは、動(ヤヤ)もすれば孤獨地獄と云ふ語を介(カイ)して、自分
の同情を彼等の生活に注(ソソ)ごうとする。が、自分はそれを否(イナ)まうとは思はない。
何故(ナゼ)と云ヘば、或意味で自分も亦、孤獨地獄に苦しめられてゐる一人だからで
ある。
(大正五年二月)
投稿者 akiuchi : 07:39 AM
乳癌発生率の急激な減少がHRTに関連している可能性
乳癌とHRTの関係に関してはここ数年賛否両論様々な論文が出ている。短期間に7%減少という事実とHRTの中止に関して因果関係があると結論付けるのは早急だと思うがこのような論文を無視できないということもまた事実である。
乳癌発生率の急激な減少がHRTに関連している可能性
提供:Medscape
2003年に7%という驚くべき乳癌発生率の減少が認められた。これまでたった1年でこのような劇的な減少が認められたことはない。50歳以上の女性おいて最も著明な減少が認められたが、研究者らは、ホルモン療法の使用の減少がこのような有望な結果をもたらしたとしている。
Allison Gandey
Medscape Medical News
【サンアントニオ 12月14日】乳癌、特に50歳以上の女性における乳癌の発生率が低下しているようである。最近のホルモン補充療法(HRT)の使用の減少がこのような驚くべき低下をもたらした可能性があるという新たな研究結果が、第29回サンアントニオ乳癌シンポジウム(SABC、12月14日)で発表された。研究者らによれば、2003年に乳癌発生率は7%低下したという。たった1年でこのような劇的な減少が認められたことはこれまでにないことである。「2003年には何かがうまくいった」と、筆頭研究者であるMDアンダーソン癌センター(テキサス州ヒューストン)のPeter Ravdin, MDは記者に語った。「ホルモン療法の使用の減少がその原因であったと思われるが、それが事実かどうかは、我々が使用したデータでは、間接的に推測するしかない」。
これが事実であれば、「腫瘍の増殖は、ホルモン補充療法の中止によって、短期間に非常に劇的に影響を受け、腫瘍がマンモグラムで発見されるか否かを左右する」と、Ravdin博士は指摘した。セッション後の質疑応答の時間に、出席者は知見を「非常に興味深い」、「挑発的」と評した。
『Journal of Clinical Oncology』の最近の号で報告した別の研究チームも同様の結論を出した(Clarke CA et al. J Clin Oncol. 2006;24:e49-50)。「2001年から2003年の間に、ホルモン療法の使用は68%減少した。その直後に乳癌発生率は10%から11%低下した」と、筆頭著者である北カリフォルニア癌センター(Northern California Cancer Center)(フリモント)の(Christina A. Clarke, MDはニュースリリースで述べた。「2004年に引き続きこの低下がみられ、これは偶然の低下ではなかったということを示している」。
今回発表された新しい研究において、Ravdin博士ならびに米国立癌研究所(NCI)およびHarbor-University of California, Los Angeles Medical Centerの同博士の研究チームは米国の9地域を検討した。 同博士らは、「Surveillance Epidemiology and End Results(SEER)」データベースから得られたデータを解析し、乳癌発生率が1990-1998年に1年当たり1.7%増加していることを見出した。しかし、その後、発生率は低下し始め、1998潤オ2003年の間には毎年1%の減少がみられた。
ER陽性浸潤性腫瘍は陰性腫瘍よりも大きく減少
2003年に7%という最も急激な低下が認められた。この低下は、非浸潤性癌(5.5%)と浸潤癌(7.3%)のいずれにも認められた。ER陰性腫瘍の発生率よりもER陽性浸潤性腫瘍の発生率の方が大きく低下した(8%対4%)、と研究者らは報告している。50-69歳の患者に限定して解析を行った場合、このER陽性・陰性別の発生率の減少の差はさらに著明であった(12%対4%)。
「研究者らは、発生率に関する非常に良好な結果を示している」と、セッションの共同議長であるJules Bordet Institute(ベルギー、ブリュッセル)のMartine Piccart-Gebhart, MDは集会で述べた。この良好な結果には、当の研究チームでさえも驚かされた。MDアンダーソンのニュースリリースにおいて、上席著者であるDonald Berry, PhDは、これほど大きく急激な発生率低下がみられることは期待してなかったことを認めた。しかし、ホルモン療法の使用が乳癌発症の重要な寄与因子であると考えれば、つじつまが合う、と同博士は付け加えた。
ER陽性腫瘍は、ホルモンを与えなければ、増殖が止まる、と研究者らは述べている。Ravdin博士は、新世紀の早い時期に50歳以上の女性の約30%がホルモン補充療法を受け、「Women's Health Initiative」の研究結果の発表後、2002年後期にこれらの女性の約半数が治療を中止したと推定している。
その試験では、50歳以上の女性16,000例以上がホルモン補充療法を受けたが、エストロゲン+プロゲスチン併用療法が浸潤性乳癌の発症リスクを有意に増大させることが判明したため、試験は早期に中止された。「非常に多くの女性がホルモン補充療法を中止すれば、乳癌発生率の有意な低下がみられる可能性がある」と、Ravdin博士は述べた。「しかし、原因が何であれ、この低下は実質効果であり、単なる統計的異常ではない」。
29th Annual SABC: Abstract 5. Presented December 14, 2006.
Medscape Medical News 2006. (C) 2006 Medscape
Sudden Decline in Breast Cancer Could Be Linked to HRT
[ 翻訳文へ ]
提供:Medscape
A surprising 7% decrease in breast cancer incidence was observed in 2003 - a dramatic fall that never before has been observed in a single year. Researchers are attributing the promising decline, which was most noticeable in patients older than 50 years, to changes in hormone therapy use.
Allison Gandey
Medscape Medical News
December 14, 2006 (San Antonio) -- Breast cancer rates appear to be dropping - especially in women over the age of 50 years - and new research presented today suggests this surprising decline may be due to recent changes in hormone replacement therapy (HRT) use. Reporting here at the 29th Annual San Antonio Breast Cancer Symposium (SABC), researchers showed a 7% drop in disease rates in 2003 - a dramatic fall that never before has been observed in a single year. "Something went right in 2003," lead investigator Peter Ravdin, MD, from the MD Anderson Cancer Center in Houston, Texas, told reporters. "It seems that it was the decrease in the use of hormone therapy, but from the data we used we can only indirectly infer that is the case."
If this proves to be true, Dr. Ravdin noted, "the tumor growth effect of stopping hormone replacement therapy is very dramatic over a short period of time, making the difference between whether a tumor is detected on a mammogram or not." During the question period following the session, attendees called the findings "fascinating" and "provocative."
Another research team reporting in a recent issue of the Journal of Clinical Oncology came to similar conclusions (Clarke CA et al. J Clin Oncol. 2006;24:e49-50). "Hormone therapy use dropped 68% between 2001 and 2003, and shortly thereafter we saw breast cancer rates drop by 10% to 11%," lead author Christina A. Clarke, MD, from the Northern California Cancer Center, in Fremont, said in a news release. "This drop was sustained in 2004, which tells us that the decline wasn't just a fluke."
In the new study presented here, Dr. Ravdin and his team from the National Cancer Institute and Harbor-University of California, Los Angeles Medical Center looked at 9 regions in the United States. Analyzing data from the Surveillance Epidemiology and End Results (SEER) database, they found that the incidence of breast cancer increased 1.7% per year from 1990 to 1998. But then rates began to decline, and between 1998 and 2003, the incidence decreased by 1% each year.
Decrease Greater in ER-Positive Invasive Tumors
The sharpest drop of 7% was observed in 2003. This decline was seen both for in situ cancers (5.5%) and malignant cancers (7.3%). The researchers report that the decrease in incidence was greater in ER-positive invasive tumors than ER-negative tumors (8% vs 4%). When the analysis was restricted to patients 50 to 69 years of age, this difference in decline in the incidence by ER was more striking (12% vs 4%).
"The researchers present a very positive message about incidence," session comoderator Martine Piccart-Gebhart, MD, from the Jules Bordet Institute, in Brussels, Belgium, said during the meeting. This positive message surprised even the team itself. In an MD Anderson news release, senior author Donald Berry, PhD, admitted that he did not expect to observe the magnitude and the rapidity of the decline in incidence. But, he added, it makes perfect sense if it is considered that use of hormone therapy may be an important contributing factor to breast cancer development.
Research suggests that ER-positive tumors will stop growing if they are deprived of hormones. Dr. Ravdin estimates that about 30% of women over the age of 50 years had been taking hormone replacement therapy in the early years of the new millennium and that about half of these stopped treatment in late 2002 after the results of the Women's Health Initiative study were announced.
That trial looked at more than 16,000 women over the age of 50 years using hormone replacement therapy and was prematurely stopped when the combination of estrogen and progestin was found to significantly increase the risk of developing invasive breast cancer. "It is possible that a significant decrease in breast cancer can be seen if so many women stopped using therapy," Dr. Ravdin said. "But whatever the cause," he said at the meeting, "we know that this decline is a real effect, not just a statistical anomaly."
29th Annual SABC: Abstract 5. Presented December 14, 2006.
Medscape Medical News 2006. (C) 2006 Medscape
投稿者 akiuchi : 07:07 AM
December 27, 2006
日本外科学会声明(福島県立大野病院の医師逮捕・起訴の件)
日本外科学会が声明(福島県立大野病院の医師逮捕・起訴の件)を発表した。
声明
平成16年12月に福島県の県立病院で腹式帝王切開術を受けた女性が死亡した事例について、本年2月に手術を担当した医師が業務上過失致死および医師法違反の罪で逮捕され、さらに起訴された件に関して、同じく手術を業とする外科医の立場から意見を述べます。
まず始めに、この件で亡くなられた患者様、及び愛するご家族を亡くされ悲しみの中におられるご遺族に心から哀悼の意を表します。
この地区の病院唯一の産婦人科医として誠心誠意診療に当たっていた医師に対して、調査委員会が報告書を作成し、県としての処分も終えているにもかかわらず、「逃亡のおそれ」「証拠隠滅のおそれ」を理由として逮捕勾留し、より良い医療を行おうとする医師の善意と患者のための自由な医療を踏みにじる検察当局に抗議の意を表します。このことがひいてはリスクの多い外科系臨床科に属する医師の減少をもたらし、また患者のための真の医療から自己防御のための医療へと変化させ、また全国への公平な地域医療の分配をも不可能にさせて、日本の医療の荒廃をもたらしかねない事に我々は警告を発したいと考えます。
この件で問われた医師法21条による異状死の警察届出をめぐって、医療界、法曹界において混乱が続いています。混乱の第一の原因は、「異状」という言葉の曖昧さにあります。いまだ「異状」について所轄官庁から責任ある回答が見出せない状況で、医療の現場は、死因が明らかに特定できる場合を除き、過失の有無を問わず、疾患そのものによる死亡も合併症による死亡も全て警察に届出なければならないということになってしまいます。そして、全ての届出案件につき警察権力による介入が為されるとすれば、医療現場が医療知識のない警察権力の介入により撹乱され、国民のための真の医療から自己防御のための医療へと医療が荒廃してしまうおそれが多分にあります。
混乱の第二の原因は、「所轄警察署への届け出」という制度の政策的な不合理性にあります。医療機関における死亡について、解剖を含めた死因解明が適時適切に行われることの必要性については、論を俟たないものですが、現状において、「所轄警察署」には診療経過を的確に評価する機能が整備されているとは言い難く、死因解明のための制度基盤の整備が急務であります。さらに、医師法21条の警察届け出の行われた事案のうち刑事立件されるものは一部にとどまるとはいえ、現実の運用においては、届け出直後から刑事訴追を念頭においた事情聴取が行われるため、医療の透明性をめざして自らの医療行為に関し説明に赴いた医師が、最初から「被疑者」の如く扱われ、かえって過大な負担と苦痛を課するに至っています。警察に届け出後、司法解剖が行われることとなった事例においては、捜査の秘密として司法解剖の結果さえ医療機関にも患者様ご遺族にも知らされず、医療事故再発防止に役立たないだけでなく、医療従事者が何年にもわたって徒に刑事処罰の不安に慄く実情があります。
この混迷の底流に医療不信があるとするならば、我々は自らの姿勢を医療の原点に立ち戻し、医療が真に患者様の利益になるように医師としてのプロフェッショナリズムの確立に努力したいと考えます。現在我々日本外科学会は外科系関連学会とともに医療の透明性、公正性を求めて、中立的専門機関として厚生労働省の「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」を日本内科学会、基盤17学会とともに実施していますが、これをさらに発展させて、国民のために質の高い公正な医療が行われるようになるように努力するものであります。さらに現行の医療の現場に歪みをもたらしている医師法21条を正すべく、努力を続ける所存であります。
平成18年12月19日
社団法人日本外科学会
会長 門 田 守 人
投稿者 akiuchi : 09:16 PM
December 26, 2006
「どうする?日本のお産」ディスカッション大会ファイナル
本田宏先生がブログで「どうする?日本のお産」ディスカッション大会ファイナルに参加してきたという報告を書き込んでいる。私も参加したかったのだが本田先生の行動力には脱帽する。来年は私も日本のお産のために少しでも役に立ちたいと考えているのだが・・・
どうする?日本のお産
「どうする?日本のお産」ディスカッション大会ファイナルのグループディスカッション。全国から手弁当で集まった参加者が熱い議論を交わしました。(2006. 12. 25)
12月17日(日)に都内で開催された「『どうする?日本のお産』ディスカッション大会ファイナル」に参加してきました(大会ホームページはこちら)。前日夜に医療制度研究会の幹事会兼忘年会があり、少し疲労気味でしたが、現在、医療崩壊が特に深刻な産科医療に関するディスカッションですので、頑張って参加してきました。
ディスカッションの初めに、主催者のお一人である産婦人科医の早乙女智子さんから、以下のような講演がありました。
今年は、産科医の逮捕をきっかけに「産科医を辞めたい症候群」が流行した。そしてお産が安心してできない状況が昨年よりもさらに悪化し、「出産難民」が顕在化した。
今大会は、今年5月の横浜での第1回を皮切りに仙台、京都、札幌、愛知、高知などで開催され、今回のファイナルで9回目を迎えたが、延べ800人以上の参加者を記録した。激務のためか勤務医の参加は少なめで残念だったが、各地でたくさんのお母さん、助産師さん、そして政治家、行政担当者、メディアの方々などの参加により、とても有意義だった。
「また産みたい」と思うお産は、「安全で安心で楽しい」ものであるべきだ。安全を保つためには、医療だけでなく関連領域を含めた政策が必要だ。さもないと医師・助産師の労働条件改善も困難で、お母さんと医療関係者の信頼関係構築も不可能だからだ。今後は医療関係者だけでなく、お母さん、お父さん、それぞれの立場で知るべきこと、できることを考えて実行していく活動も必要だ。
国や行政には、医療費増やシステム改善などを望む。やっと行政も重い腰を上げて無過失補償制度などが検討されるようになってきた。
そして「今後もこの会の活動を続けて元気をもらいたい」と締めくくられました。この講演の後、フロアから活発に意見が出されました。その中から、いくつかをご紹介します。
○札幌から参加した女性産科医--北海道の状況も厳しいが、この大会が札幌で開催された時にテレビで報道されて、稚内などでお産の体制が守られた病院もあった。
○東京都内のお母さん--大きな病院の産科閉鎖に対して、存続を求める会を作って病院や区に対して働きかけをしている。
○高知県のお母さん--高知でこの大会が開催された後に、担当医に対して「ありがとう」カードを手渡す運動を始めた。なぜなら医師は、看護師さんや助産師さんと違って、「ありがとう」といわれる機会が少ないと聞いたから。
○茨城県の産科医--茨城県では分娩医療機関が少なかったが、県民の声と熱心な産科医の存在で、お産ができる病院が増えた。
○島根県の元内科医--現在、産科に転向し、多い時で月10回の当直をこなしている。産科でうれしいのは、新しい生命が生まれる素晴らしさを感じられること。一方で一番残念なのは、担当した赤ちゃんが亡くなることだ。
○福島県の助産師--個人医院に勤務しているが、周囲の病院が廃業し、年に200人だったお産が500人に増加した。さらに近くの公立病院でも産科がなくなる可能性がある。産科医は寿命が短いと聞くが、自分が知っている産科医も50~60歳代で倒れる人が少なくない。自分もお産が好きで24時間連続で働いてきたが、好きでやっている人に頼ってきた体制が問題だ。
○浜松市の産婦人科医師--医師になって30年、開業して20年、年間お産を500~600件担当しているが、いいお産をしてもらおうと思うと、寝ないで頑張らなければならない。しかし、これから医師になる人や助産師、看護師に、このような労働条件を押し付けるわけにはいかない。
○高知県のお母さん--高知で助産専門学校がなくなると聞いて、その存続活動を開始した。お産に必要な助産師さんの育成がしっかりとできるように働きかけていきたい。
午後は小グループに別れて「安全に安心してお産するには、仕事するには」、「助産師が役割を発揮するには」、「産む力、育てる力をつけるには」などのテーマで話し合いました(写真)。
最後に各自が「私の宣言」を書いて自ら何か行動することを約束して、閉会となりました。全国から手弁当で集まった人々が、熱心に日本の産科医療をよりよいものにするために議論をしているのが印象的でした。
現在、医療崩壊が叫ばれ、医療者の一部には諦めに似た雰囲気さえ漂っています。しかし、今こそ医療者と患者さん、さらにメディアや行政が互いに理解を深め合い、共通の目的に向かって智恵を出し合うことが必要な時なのです。
投稿者 akiuchi : 07:11 AM
December 25, 2006
今年の漢字、四字熟語
今年の漢字は「命」なのだそうだ。私は崩壊の「崩」か「壊」になるのではないかと予想していた。医療者の危機感はまだ一般のひとには伝わらないのかと思っていたら創作四文字熟語には「産無人化」「少子恒例」というわれわれの業界に関係したものが採用されていた。何だか切なくなるが確かに面白いと思ったのでここに記録しておくことにする。
【主張】創作四字熟語/豊かな漢字文化の再興を
http://cam.sumitomolife.co.jp/jukugo/2006/yusyu.html
師走に入って、漢字にまつわる2つのニュースが目に留まった。1つは、日本漢字能力検定協会による恒例の世相を表す漢字が今年は「命」に決まったというものである。悠仁親王殿下のご誕生や、いじめ自殺多発など、明暗取り交ぜて、命について考えることの多かった1年だった。
もう1つは、住友生命が公募した今年の世相を映す「創作四字熟語」である。「虚業無常」(諸行無常)、「再就団塊」(最終段階)、「産無人科」(産婦人科)、「少子恒例」(少子高齢)など、実にわさびの効いた庶民の批判精神があふれていて、思わずにやりとさせられた。
このもじりの滑稽(こっけい)味から連想されるものに江戸期の狂歌師のペンネームが挙げられる。朱楽菅江(あけらかんこう)、子子孫彦(このこのまごひこ)、釈氏定規(しゃくしじょうぎ)、酒上不埒(さけのうえのふらち)、智恵内子(ちえのないし)、昼寐興兼(ひるねのおきかね)…など、名を聞くだに噴き出してしまいそうになる。日本人が漢字を取り入れて千数百年、自家薬篭(やくろう)中のものとして自在に操ってきた漢字文化の一側面が、今に脈々と流れ来ていることに一種の感慨を抱かずにいられない。
仮名やローマ字を表音文字というのに対して、漢字は表意文字といわれるが、意味だけでなく字形と字音とを兼ねた語を表す表記符号だ。だから、今年の世相を表す文字として「命」という漢字が強い輪郭をもって印象づけられ、記憶されるのである。ちなみに阪神大震災やサリン事件のあった平成7年は「震」の字が選ばれている。
「少子恒例」のような文字遊びも、「しょうしこうれい」と、仮名で書いたのなら、なぜそこに滑稽味が生じ、なぜ笑い飛ばすような批判精神が盛れるのか誰もなかなか理解できないであろう。漫才や落語のような話芸でも、そこに笑いを生じさせるのは、無意識的に音声を漢字に翻訳することで、言葉の二重性とそのアンバランスな取り合わせを認知するからだ。
思えば戦後の国語政策は国語を表すのになくてはならないその漢字を排斥する方向で進められたのは残念なことであった。豊かな漢字力があれば文字遊びも一層興隆し、漢字文化を底上げするであろう。常用漢字の見直しに当たっては、思い切って戦後国語政策からの脱却を打ち出すようなかじの切り替えを期待したい。
[産経新聞 ]
今年の漢字
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今年の漢字(ことしのかんじ)は、財団法人日本漢字能力検定協会がその年をイメージする漢字一字の公募を全国より行い、最も応募数の多かった漢字一字を、その年の世相を表す漢字として、12月12日「漢字の日」に清水寺にて発表する行事。
1995年にスタートした企画で、毎年12月12日の「漢字の日」に京都の清水寺奥の院舞台にて、貫主により巨大な半紙に漢字一字が揮毫される。その後、本尊である千手観世音菩薩に奉納される。
第一生命のサラリーマン川柳、住友生命の創作四字熟語、自由国民社の新語・流行語大賞、東洋大学の現代学生百人一首と並んで、現代の日本の世相を反映する一つの指標として使われることが多い。
[編集] 歴代今年の漢字一覧
1995年 ― 「震」
兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)。地下鉄サリン事件により社会不安が拡大。
1996年 ― 「食」
O-157による集団食中毒が多発して学校の給食などにも影響。
1997年 ― 「倒」
大型企業倒産・銀行破綻が相次ぐ。サッカー日本代表、ワールドカップアジア地区予選で強豪倒して出場決定。
1998年 ― 「毒」
和歌山毒物カレー事件の余波で毒物混入事件が多発。ダイオキシンの不安。
1999年 ― 「末」
1900年代の最後。東海村JCO臨界事故。
2000年 ― 「金」
シドニーオリンピックで、女子柔道の田村亮子(現・谷亮子)が金メダル、女子フルマラソンの高橋尚子が金メダル。金大中と金正日による初の南北首脳会談。「きんさん」(成田きん)死去。
2001年 ― 「戦」
アメリカ同時多発テロ事件。 アメリカのアフガニスタン侵攻。世界的な不況。
2002年 ― 「帰」
初の日朝首脳会談。北朝鮮に拉致された日本人5人が帰国。
2003年 ― 「虎」
阪神タイガースが18年ぶりに優勝。
2004年 ― 「災」
新潟県中越地震。台風23号が上陸して多大な被害を与えた。美浜発電所の事故や三菱リコール隠し事件。
2005年 ― 「愛」
愛・地球博の開催。紀宮清子内親王と黒田慶樹の結婚。卓球・福原愛の中国での活躍。純愛物語電車男ブーム。
2006年 ― 「命」
悠仁親王の誕生。飲酒運転によるひき逃げ、いじめによる自殺問題などの命の不安。生まれた命、奪われた命、絶たれた命、そして、命の不安への膨らみ。
投稿者 akiuchi : 04:58 PM
ダニエル・パウター
クリスマスといっても仏教徒の小生には無関係な日と思っていたらサンタクロースが寝ている間にプレゼントを届けてくれた。どんな曲が入っているのか皆目見当が付かない。それにしても嬉しい。
ダニエル・パウター(ニュー・エディション)(初回限定盤) [Limited Edition]
~ ダニエル・パウター (アーティスト)

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CD (2006/11/8)
ディスク枚数: 1
フォーマット: Limited Edition
レーベル: ワーナーミュージック・ジャパン
ASIN: B000IJ7IU8
Amazon.co.jp ランキング: 音楽で7,501位
曲目リスト
1. ラヴ・ユー・レイトリー~初めてのラヴ・ソング
2. ソング 6
3. フリー・ループ
4. バッド・デイ~ついてない日の応援歌
5. サスペクト
6. ライ・トゥ・ミー
7. ジミー・ゲッツ・ハイ
8. スタイロフォーム
9. ハリウッド
10. ロスト・オン・ザ・ストゥープ
11. ギヴ・ミー・ライフ
12. ストゥービッド・ライク・ディス
投稿者 akiuchi : 07:55 AM
元日医総研の石原謙愛媛大 医療情報学教授の意見
朝日新聞、12月22日号、私の視点に、元日医総研の石原謙愛媛大 医療情報学教授の意見が掲載された。「混合診療」「株式会社」は日本の医療を駄目にするのだろうか?少なくとも今の日本の医療が欧米よりもましな状態にあることは間違いない。それは医療人の犠牲の上に成り立っているのだがそこについてはマスコミも政府も触れない。医療人が逃げ出す前にしっかりした対策をとらなければ日本の医療は崩壊する。.
スライド
http://www.hiroshima.med.or.jp/kenisikai/video/2004/1120/slide.pdf
投稿者 akiuchi : 05:21 AM
December 24, 2006
まず隗より始めよ
医療系のMLに現在の医師不足を解決するには「まず隗より始めよ 」ということを厚労省の役人または政治家に理解させなければならないということが書かれていた。今現在いる人材の労働条件を良くして有効に使えということらしい。確かにわれわれ産婦人科を始めとして小児科、麻酔科、救急医などが冷遇されている現状を改めないと人材は集まらない。
まず隗より始めよ
一般的には「まず身近なことから始めよ。また、物事は言い出した者から始めよということ」の意味で使われています。ところが原義は全然と言っていいほど違っていることは漢 文のお好きな先生には周知のことでしょうし、詳しい辞書には触りの部分は出ています。
出展(戦国策)にあたると、紀元前に記されたことなのに、現代においても全く色褪せない深い智恵に感嘆します。そのまま引用すると長いので、略してみると・・・
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内乱に乗じて斉に攻め込まれて敗れた燕の国を立て直そうと新たに即位した昭王は、国力を回復させるために賢者を招こうと考え、自国の郭隗を訪ねて相談した。
隗は、
「帝者たる者は師とともに、王者たるものは友とともに、覇者たるものは臣とともに、亡国者たるものは僕役(奴隷)とともにあります。自ら謙虚に膝を屈して賢者から学ぼうと すれば、自分の百倍の才を持つ者がやってきます。相手より先に働き始め、あとから休み、相手の意見を聞くようなら自分の十倍の才能を持つものがやってきます。しかし、椅子 に腰掛けたまま杖によって流し目で指図するようなら雑役人がやってきます。もしも怒りにまかせて叱責するようなら奴隷のような者しか来ません。」
昭王は、「では、いったい誰を訪ねればいいのですか」と問い返した。
隗が答えるには、
「誠に士を致さんと欲せば、先ず隗より始めよ。隗すら且つ、つかえられる。いわんや隗より賢なる者をや。あに千里を遠しとせんや(本当に賢人が欲しいのなら、まず隗より始 めよ。隗ごときの者が厚遇されるのであればと、さらに優れた人材が自ら千里の道程も遠いと思わずにやってくるでしょう)」
昭王は隗のために立派な邸宅を築き。師として仰いだ。それを聞いた諸国の賢人がぞくぞくと燕の国に集まってきた。
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優秀な人材が欲しければ、まず自分(既存の人材)を優遇せよ、ということです。
昭王を、厚生労働省あるいは国民に読み替え、人材を小児科医、麻酔科医、産婦人科医、救急医に読み替えてください。
燕 (春秋)
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燕(えん 紀元前1100年ごろ - 紀元前222年)は中国に周代、春秋時代、戦国時代に渡って存在した国。戦国七雄の一つ。河北省北部、現在の北京を中心とする土地を支配した。首都は薊(けい)。
戦国時代中期の北方目次 [非表示]
1 歴史
1.1 燕の建国
1.2 燕の興隆
1.3 燕の滅亡
2 外部リンク
[編集] 歴史
[編集] 燕の建国
燕の始祖は周建国の元勲である召公奭(召の公である奭の意 しょうこうせき)(奭は大の字の両脇に百)である。しかし周代初期の燕については解らない事が多く、実際には召公の建てた国ではないのではないかとの説もある。
春秋時代の燕については史書には記述が非常に少ない。北方の山戎に攻められた時に時の君主・燕の荘公は隣国の覇者・斉の桓公に援軍を乞い、山戎軍を撃退したことがあった。この戦いの後、燕の荘公は桓公に感謝の意を表する為に斉まで桓公の軍を送っていった。その際に軍は燕と斉の国境を越えて斉国内に入ってしまっていた。その当時の通念上、自国まで軍を見送らせることができる者は、天子(いわゆる周王)しかおらず、それについて時の名宰相・管仲に指摘された桓公は一部自領を切り取って燕に授けたという。これにより桓公は諸侯の信頼を集め、益々名声をあげたとされている。記述が少ないのは、燕と中原との間に周に服属しない民族が多数いたために情報が届かなかったためと思われる。
戦国時代に入り、紀元前323年に王(左飛)を名乗るようになった。二代目王の噲(檜の偏を口に変えた字)は宰相の子之を盲信し、堯舜に倣うと言って禅譲を行い、これにより国内は騒乱状態となった。ここに斉が付けこみ、兵を出して侵攻し、一時は滅亡状態となった。その後、太子平が子之を倒して、斉軍も撤退したので、太子は即位して昭王となった。なお太子平は子之に殺されたという説もあり、昭王は趙の武霊王が擁立した公子職という説もある。
[編集] 燕の興隆
昭王は燕を亡国寸前まで追い込んだ斉を深く憎み、いつか復讐したいと願っていた。しかし当時の斉は秦と並んで最強国であり、燕の国力では非常に難しい問題であった。昭王は人材を集める事を願い、どうしたら人材が来てくれるかを家臣の郭隗に聞いた。郭隗の返答は「まず私を優遇してください。さすれば郭隗程度でもあのようにしてくれるのだから、もっと優れた人物はもっと優遇してくれるに違いないと思って人材が集まってきます。」と答え、昭王はこれを入れて郭隗を師と仰ぎ、特別に宮殿を造って郭隗に与えた。これは後世に「まず隗より始めよ」として有名な逸話になった。郭隗の言う通りに燕には名将楽毅・蘇秦の弟蘇代など続々と人材が集まってきた。これらの人材を使い、斉包囲網を形成し、紀元前284年に楽毅率いる五ヶ国連合軍が斉軍を大破し、更に楽毅は斉の首都臨淄を陥落させ、莒(キョ)と即墨を除く斉の都市を占領した。
一躍、表舞台に躍り出たと思った燕だが、昭王が死に、子の恵王が即位すると楽毅を疑って趙に走らせてしまった。占領していた斉は楽毅がいなくなると田単によってあっという間に取り返された。
[編集] 燕の滅亡
その後は秦が圧倒的に強勢となり、紀元前228年に趙が滅ぼされると、燕は直接秦の圧力を感じる事になった。この状況を覆そうと太子丹は秦王政に対して荊軻と言う刺客を送ったが失敗し、激怒した政に燕は攻められて、首都は陥落した(紀元前226年)。太子丹は殺され、王は遼東に逃れたが、紀元前222年に秦の王賁将軍に攻められて王が捕虜となり、燕は滅んだ。
燕都・薊城の遺蹟は北京市宣武区に所在する
投稿者 akiuchi : 10:46 PM
受精卵使わずES細胞
受精卵を使わなければ倫理的な問題をクリアしてES細胞を医学に応用できるというのであれば積極的に研究を進めてもらいたい技術だ。ところで未受精卵の供給に関しては問題ないのだろうか?
受精卵使わずES細胞 国内で成功例相次ぐ
2006年12月24日08時04分

受精卵を全く、あるいはほとんど使わずに、再生医療で期待される「万能細胞」を作ろうという研究が、国内で盛んに進められている。政府の総合科学技術会議は受精卵やクローン胚(はい)を「生命の萌芽(ほうが)」と位置づけており、宗教界の一部には受精卵などの使用に強い抵抗がある。受精卵を使わなければ、こうした生命倫理問題が回避できると期待されている。
ES細胞作製の流れ
様々な組織や細胞になり得る万能細胞は、事故や病気で失われた機能を回復する再生医療の焦点だ。受精卵が分割を繰り返した「胚盤胞」を壊して作る胚性幹細胞(ES細胞)が代表格だ。
だが、理化学研究所(神戸市)の若山照彦チームリーダーらは、マウスの未受精卵に化学物質で刺激を与えて分裂を起こさせ、未受精卵からのES細胞を作った。さらに、その細胞核を別のマウスの未受精卵の核と置き換えて、再びES細胞を作る「2段階方式」を編み出した。
2段階目のES細胞が特定の神経などに分化する能力は、1段階目のES細胞の3~4倍になった。未受精卵からのES細胞は、受精卵からのES細胞より分化能力が低いのが難点だったが、若山さんの2段階目は受精卵ES細胞の最大7割程度の分化能力を示した。
一方、京都大再生医科学研究所の多田高・助教授らのグループは年明けにも、受精卵ES細胞に体細胞を融合させて、万能細胞にする研究を始める。すでにマウスでは成功している。この手法なら、受精卵の破壊は最初にES細胞をつくる時だけで済む。
同じ再生研の中辻憲夫教授らは、未受精卵からのES細胞を別々に100株用意すれば、拒絶反応に影響するHLA型(人の白血球型)をほぼそろえることが可能だとする分析結果をまとめた。日本人の90%が、自分に合ったHLA型のES細胞からつくった細胞や組織を使うことで、拒絶反応の心配が少ない移植を受けられるという。
中辻さんは「未受精卵からES細胞を作る研究は、米国でも積極的に進められている。今後、ES細胞バンクの設置が重要な課題になるだろう」と言っている。
投稿者 akiuchi : 03:37 PM
助産所との嘱託医契約について
今般の医療法改正において、助産所開設者は嘱託医と連携医療機関を定めなければならなくなったということで産婦人科医会のサイトに以下の掲示が出されました。産婦人科開業医が内診問題で苦しめれて廃院に追い込まれようとしているのと軌を一にして助産院も厳しい状況に追い込まれそうです。お産はすべて集約化、センター化して大病院で行われるのがよいという厚労省の思惑通りに事態は進行してます。その結果困るのは地域住民ということになるのですがマスコミはまだ事態の深刻さを理解していないようです。開業産婦人科医と助産院が連帯して厚労省の政策に反対するためにはお互いの存在意義を認めあわなければならないだろうと思うのだが果たしてこれからどのような展開になるのだろう?
助産所との嘱託医契約について
http://www.jaog.or.jp/JAPANESE/jigyo/TAISAKU/keiyaku/keiyaku_277.htm
投稿者 akiuchi : 09:56 AM
習慣流産の着床前診断を承認&精子の保存期間、夫の生存中に限定
生殖医療(不妊治療)に関する学会の見解が2つ報道されたので記録しておくことにする。
習慣流産の着床前診断を承認・産科婦人科学会
日本産科婦人科学会は16日、理事会を開き、3つの医療機関が申請していた流産を繰り返す習慣流産患者に対する着床前診断の実施を承認した。名古屋市立大学病院の4例など計7例で、同学会が習慣流産の着床前診断を個別の症例で認めたのは初めて。
承認したのは名古屋市立大病院のほか、セントマザー産婦人科医院(北九州市)の2例、IVF大阪クリニック(東大阪市)の1例。いずれも「転座」という染色体の異常によって流産が起きる患者で、母体に戻す前に受精卵の染色体を調べることで流産を防げる可能性が高いと判断した。 (07:00)
[12月17日/NIKKEI NET]
精子の保存期間、夫の生存中に限定 産科婦人科学会
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生殖補助医療に使われる精子の凍結について、日本産科婦人科学会は16日、都内で理事会を開き、保存期間を「本人が生きている間」に限り、死亡した場合は廃棄とする会告(指針)案をまとめた。凍結精子を使い、夫の死後に生まれた子どもの認知を、最高裁が認めないとする判決もあり、学会として、「親の希望よりも子の福祉」を優先させるという姿勢を明確にした。
指針案は今後、学会員の意見を聞いた上で、来年4月に行われる総会で正式決定される。
精子の凍結は、人工授精や体外受精などの不妊治療の際に行われる。抗がん剤や放射線などのがん治療による影響を考え、将来、子どもが欲しい場合、事前に凍結しておくこともある。
今回まとめた指針案では、今後、凍結精子を使用する場合、その時点で本人が生存していることを確認する。本人が廃棄の意思を示すか死亡した時は、廃棄される。精子の売買も認めない。
最高裁は今年9月、夫の精子を死後に利用して生まれた子どもと、父親の親子関係を認めるように訴えた妻の請求を、「死後生殖について民法は想定していない」として、認めない判決を出している。これを受け、学会としての指針を示す必要があると判断した。日本生殖医学会も、精子の凍結保存期間は本人が生存中に限るとするガイドラインをつくっている。
「asahi.com」 2006年12月16日
投稿者 akiuchi : 01:00 AM
December 23, 2006
NICUに「寝たきり」赤ちゃん 満床の背景、厚労省が実態把握へ
NICUが満床で産科救急の母体搬送を受け入れることができないという事態が発生するとわれわれ第一線の開業医はどうしようもなくなってしまう。実態を把握してその対策が実現するのはいつになるのだろう?それまで母体搬送を待っているわけにはいかないのだが・・・
NICUに「寝たきり」赤ちゃん 満床の背景、厚労省が実態把握へ
06/12/18
記事:毎日新聞社
提供:毎日新聞社
ID:424893
新生児集中治療室:NICUに「寝たきり」赤ちゃん 満床の背景、厚労省が実態把握へ
厚生労働省は、病床数不足が指摘されている「新生児集中治療室」(NICU)の実態を把握するため、全国調査を実施することを決めた。年内に調査項目を整理し、年明けにも都道府県に指示する。満床の背景とされる長期入院の重症児の現状も調べ、周産期医療体制が機能しているかを検証する。結果は早急にまとめ、体制整備に生かす方針だ。【玉木達也】
◇04年調査時「退院見込みなし76人」
NICUは低体重や先天的な異常がある新生児を救命する施設。調査は今年8月、奈良県で意識不明の妊婦がNICUのベッド満床などを理由に19病院で受け入れられずに死亡したことなどをきっかけに行う。
日本産婦人科医会や研究者が過去にNICUを対象に行った調査も参考にし、調査表を作成。NICUがある施設数やベッド数などの基本情報から、緊急性が高く要請があった妊婦をNICUで受け入れができなかった件数やその理由なども調査したい考えだ。
厚労省によると、リスクの高い出産に対応できる医療施設「総合周産期母子医療センター」は今年7月現在、39都道府県に計61施設。同センターはNICUの病床数が原則9床以上で、一般の産科病院などと連携し、周産期医療ネットワークの中心を担う。国はネットワークを07年度中に全都道府県で整備するのを目指している。しかし、奈良など8県では現在、同センターに指定された医療施設がない状態だ。
NICUを巡っては、同医会が04年に全国363施設を対象に、03年1年間の入院状況を調査。248施設が回答し、この結果、1年以上の長期入院児は130人。このうち、76人が退院の見込みがなく、さらに70人は呼吸管理が必要だった。
同医会では、人工呼吸管理ベッドが1-4床のNICUが全体の約3割のため、長期入院児が新規患者の受け入れを難しくしている原因の一つと分析している。05年7月、日本医師会などと連名で、厚労省に長期入院児が治療を受けられる後方支援施設の充実を要望していた。
……………………………………………………………………………
■解説
◇支援医療、体制整備急げ
今回の厚生労働省の実態調査は、重篤な赤ちゃんの医療をどうするのかという問題を、正面から考えるきっかけにもなりそうだ。
周産期医療の進歩で、従来は生存が難しかった重症の新生児の救命が可能になった。一方で、日本産婦人科医会の調査でも、呼吸管理が必要で「新生児集中治療室」(NICU)からの退院が難しい重症児の存在が浮上。1年以上の長期入院児130人のうち、13人は6年1カ月以上入院していた。厚労省の調査では、その深刻な状況がさらに浮き彫りになる可能性が高い。
赤ちゃんの終末医療を巡っては、厚労省の研究班が「重篤な疾患を持つ新生児の医療をめぐる話し合いのガイドライン」を作成している。その中で、生命維持治療の差し控えや中止は、子どもの最善の利益を十分に話し合い、慎重に検討すべきだと提言している。
厚労省は現在、「終末期医療に関するガイドライン」(たたき台)をホームページ上に公開し、一般から意見募集をしている。ただ、主に成人を想定しており、赤ちゃんについて議論が深まっているという状況ではない。自分で意思表示が出来ない赤ちゃんの終末医療をどうするのか。避けては通れないテーマだ。
実態調査は、妊婦が安全で安心して赤ちゃんを出産できる周産期医療体制が、十分に確保できているかを検証する作業になる。その結果を踏まえて、医師不足の解消やNICU、後方支援施設の拡充などの整備はもちろん重要だ。
NICUの現場を視察し、長期入院児の様子を見た厚労省のある幹部は「赤ちゃんの終末医療がどうあるべきかを真剣に考えなければならない」との感想をもらした。それも視野に入れた調査と対策をしなければ、周産期医療の抜本的な問題解決にはつながらないだろう。【玉木達也】
投稿者 akiuchi : 02:36 PM
December 22, 2006
奈良県大淀病院の産科閉鎖
奈良県の大淀病院の一人医長は心身ともに疲れきって退職の道を選んだのだと思う。本当にこんな状況に追い込まれている産科医を国や国民は放置しておいて一体どういうことになるのか想像力を働かせてほしい。助産師の代わりは看護婦でもできるが産科医の代わりは助産師にはできないのだということがどうしてもわからないようだ。残念としかいいようがない。「少子化」対策とは名ばかりの無駄な政策が多すぎる。この国の未来はどうなるのだろう?
**************
http://www.nhk.or.jp/osaka/lnews/01.html
今年8月、奈良県大淀町の病院で、妊婦の容体が急変し、ほかの
病院に次々に受け入れを断られた末、大阪の病院で死亡した問題
で、この奈良県の病院が来年3月いっぱいで出産の扱いを取りや
めることになり、県南部で出産を扱う病院がなくなることになり
ました。
奈良県大淀町の町立大淀病院で、今年8月、高崎実香さん(当時
32)が出産中に意識不明になり、ほかの19の病院に受け入れ
を断られて大阪の病院まで運ばれ、出産後に脳内出血で死亡しま
した。町立大淀病院では常勤の医師1人とほかの病院から派遣さ
れている非常勤の医師2人のあわせて3人で、年間150件ほど
の出産を扱っていますが、関係者によりますと死亡した高崎さん
の出産にあたっていた常勤の医師が退職する意向を示したという
ことです。
病院は、ほかに常勤の医師を確保するめどが立たないことから、
来年3月いっぱいで出産の扱いを取りやめ産科を休診にするとい
うことです。
退職の意向を示している医師は、「産科のスタッフが少なく、肉
体的に負担が大きい」と理由を説明しているということですが高
崎さんの死亡がきっかけであることも関係者にほのめかしている
ということです。
奈良県内には出産を取り扱う病院が26ありますが、県北部に集
中しており、これによって県南部で出産を扱う病院がなくなるこ
とになります。
投稿者 akiuchi : 02:47 PM
とちぎ地域医療/「国立栃木」が分娩縮小/常勤医減、休止も視野/塩谷総合は年末で休止
12月14日の下野新聞のトップ記事。栃木県内の周産期医療崩壊がいよいよ本格化してきた。果たしてこの事態を収拾する術があるのだろうか?来年は大変なことになると覚悟しなければならない。
とちぎ地域医療/「国立栃木」が分娩縮小/常勤医減、休止も視野/塩谷総合は年末で休止/県、実態把握へ
2006.12.14 朝刊 1頁 第1面 (全987字)
宇都宮市の国立病院機構(NHO)栃木病院が、来年四月以降の分娩(ぶんべん)対応の大幅縮小を決定し、八月以降の休止も視野に入れていることが十三日までに分かった。矢板市の塩谷総合病院も今年末での休止を決めた。(3面に関連記事)
県内では今春以降、分娩対応の休止に踏み切ったり、休止を検討する医療機関が相次いでいる。こうした医療機関が対応してきた分娩件数は、年間およそ計千五百件に上る。受け皿になる医療機関は限られており、さらに休止が続出すれば県内産科医療が危機的状況に陥る恐れがあることから、県も実態把握に乗り出した。
分娩対応の休止はいずれも「新医師臨床研修制度」に伴う産科常勤医不足が主因だ。宇都宮地区では今春、宇都宮社会保険病院が産婦人科診療を休止。NHO栃木病院が休止すれば、同地区の三中核病院のうち分娩ができるのは済生会宇都宮病院だけになる。
NHO栃木病院によると、現在四人の産婦人科常勤医が、派遣元の大学医学部による人材引き揚げで、来年八月からは一人になる。
同病院は年間約五百件の分娩対応をしてきたが、常勤医減に伴い、来年四月から七月までの分娩は月約十件に絞り込む。八月以降は分娩に対応できる体制ではないとして、分娩の予約を受け付けていない。
山崎晋病院長は八月以降について「常勤医を現在のように確保し、これまで通りお産を継続することは困難」と言及。十六人いる助産師の機能的登用や、近隣の中核病院との連携強化で事態の打開を図りたい考えだ。
一方年間約百件の分娩に対応してきた塩谷総合病院は今月末で休止する。産婦人科常勤医が今春、一人減の二人になりながらも継続してきたが、安全対策などの面から「責任ある医療提供が困難」と説明している。
日本産婦人科医会の野口忠男・県支部長は「現段階ならかろうじて別の施設で吸収できるかもしれないが、状況が深刻化すれば県内で分娩できる体制が損なわれることもあり得る」と指摘。
県医事厚生課は「まずは実態を正確に把握することが必要だ」として、情報の収集と分析を急いでいる。
◇ズーム◇ 新医師臨床研修制度
医師に幅広い診療能力を身に付けさせる目的で、2004年4月に導入された。国家試験合格後2年間かけ、基本的な7分野を数カ月単位で回る。今春で一巡したが、制度を機に大学に残る研修医が減り、人材不足になった大学が市中病院に派遣していた医師を引き揚げている。
下野新聞社
投稿者 akiuchi : 08:08 AM
産科医不足、大阪の都市部でも深刻 分娩制限相次ぐ
この記事の中で「年500件を扱ってきた診療所のオーク住吉産婦人科(西成区)も同4月にお産を休止する。」と紹介されているオーク住吉産婦人科のホームページにお産を休止する理由が掲示されている。今回の内診問題の影響が大きかったようだ。栃木県内でも医療機関が一番多い宇都宮市内でお産の取り扱いを止める施設が続出して大変なことになってきた。内診問題がなくても年齢的にお産から撤退する個人開業医が目白押しである。来年は本当に大変なことになりそうだ。センター化、集約化でこの危機的状況を打開できると考えている現場を知らないお役人は大馬鹿者だ。本当にいったいどうなるのだろう?
産科医不足、大阪の都市部でも深刻 分娩制限相次ぐ
2006年12月16日(関西・asahi.com)

地方で深刻化している産科医不足が、都市部でも加速してきた。一施設あたりの産科医数が東京に次いで多い大阪でも、産科を閉める病院が続出し、残ったところは分娩(ぶんべん)制限が相次ぐ。大阪市内でお産できる病院は来春、23カ所に減り、3年前の4分の3。お産の場の連携・再編は待ったなしだが、予算も医師も不足しており、拠点病院に医師を集める「集約化」のめどさえ立たない。(久保佳子、阿久沢悦子)
●市民病院も制限
地域医療の中核を担ってきた大阪市内の市民病院で現在、お産ができるのは市立総合医療センター(都島区)、住吉(住之江区)、十三(淀川区)の三つ。住吉、住之江、西成3区のお産の約2割、年約750件を扱ってきた住吉市民は9月、月二十数件と半分以下に絞る分娩制限を始めた。産科医3人が定年などで病院を去り、常勤医が3人になったからだ。
麻酔科医も1人だけで、夜間の緊急帝王切開は産科医が自ら麻酔をする。中村哲生医師は「初めて聞いた人は驚くが、ここではずっとそうだ」。応援医を1人頼んでいるが、それでも月の半分近くは当直や自宅待機で夜間も拘束される。
医師5人態勢の十三市民病院も女性医師の産休で1人減となった。淀川区内で唯一のお産ができる総合病院で、分娩数は年間約750件。出口昌昭・産婦人科部長は「市民に身近な公立病院として踏ん張ってきたが、これ以上、人が減れば分娩制限を検討せざるを得ない」。
リスクが高い分娩も扱う総合医療センター。産科医6人で年900件のお産を診てきたが、周辺の産科廃止が相次ぎ、今年上半期は25%増のペースだった。来年から正常産の受け入れ上限を月45件から39件に減らす。合併症のあるハイリスク出産や緊急搬送の計50件の枠を狭めるわけにはいかないという。
●焼け石に水
産科医が減り続ける中、大阪市は昨年8月、四つの市民病院にある産科を三つに再編。医師を住吉市民病院などに振り分け、5人以上の態勢を整えたが、わずか1年で崩れた形だ。医師らは「勤務が過酷な状態が変わらなければ再編しても効果が上がらない。焼け石に水だ」とこぼす。
医師の負担軽減に向けて市が期待するのが、医師に代わって助産師が正常産を担当する「助産師外来」。今年11月に住吉市民病院に設置され、来春には十三市民病院にもできる。さらに今年5月には、当直の応援医確保のため、産科と麻酔科の当直単価を1回最高7万5千円と約3倍に引き上げた。ただ、常勤医の確保は困難な状況だ。
●深刻さ増す南部
「安全にお世話できる受け入れ能力の限界に近づいております」。今月1日、民間の愛染橋病院(浪速区)のホームページに、来年3月まで新規の分娩予約を断る通知文が掲載された。産科医は8人。毎月約120件の予約分娩と10~20件の緊急搬送を受け入れている。分娩数は西日本一だ。
だが、産科医1人の退職が決まり、補充のめどが立たないまま、産科を休止したほかの病院から移ってくる妊婦が相次ぐ。今月は予約だけで150件を超えた。村田雄二院長は「市内の『最後の砦(とりで)』として、すべてのお産を受け入れようと思ってきたが、医療事故が起きてからでは遅い」。
来年3月、阪和住吉総合病院(住吉区)が分娩をやめ、市南部の4区にある病院の産科はすべて分娩を休止するか制限することになる。年500件を扱ってきた診療所のオーク住吉産婦人科(西成区)も同4月にお産を休止する。
市は住吉市民を周産期医療の拠点と位置づけ、常勤医を6人以上に増やすとともに、老朽化が著しい建物を改築する考えだ。ただ、返済期限が迫っている市の病院事業の不良債務は約116億円。総務省は5年以内に解消しなければ、新規起債は許可できないとしており、先行きは厳しい。
巽陽一・市医務保健総長は「お産状況の改善のためには、市内だけでなく、近隣都市を含めた産科医の集約化を考えなければならないだろう」と強調する。
オーク住吉産婦人科
http://www.oakclinic-group.com/info.html
分娩取り扱い終了のご案内
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当院は、2000年の開院から、「産科のオーク」として多くの妊産婦様のご支持をいただいて来ました。しかし残念ながら、2007年3月末をもって、分娩の取り扱いを終了することになりました。これには、次の理由があります。
厚生労働省看護課長通知によって、看護師による分娩時の内診が禁止されたこと。
信頼関係のある患者様ばかりではなくなっていること。
産科医療のシステムが破綻しつつあること。
日本中の多くの産科施設において、数十年も前から分娩時の内診は産科医の指示によって看護師が行ってきました。法文に明白な規定がないものの、当然に合法の診療行為とされてきました。しかし、平成16年になって、厚生労働省は突然「看護師による内診を禁止する」という通達を出しました。あまりに実状とかけ離れた通達であり、関係団体が再三にわたり撤回を申し入れたにもかかわらず、行政は指導を強行し、刑事事件にまでなっています。
私どもは、プライベートのクリニックであり、信頼関係の築ける方においで頂きたいと考えています。私ども医師も看護師も、生身の人間です。失敗もしますし、もっと知識や技術を持つ医師や看護師が、他の病医院に大勢おられます。誠意を尽くし、全力を尽くすことだけが、私どもが患者様にお約束できる、唯一のことです。
しかし、本当なら「よくしてくれた」と言われこそすれ、クレームを受けるいわれがない場合でさえ、「納得いかないから説明せよ」と激しい非難を受けることがあります。以前は、このようなケースは稀でしたが、最近、急増しています。近隣の病医院が産科を閉鎖していく中、仕方なく私どもを受診される方が増えているためだと思います。しかし、このままでは、当院も防衛的対策をとらざるを得ず、私どもの考える、信頼関係を前提とした安全な産科診療のスタイルを続けることが、困難になってきました。
さらに深刻なことは産科医療のシステムが崩壊しつつあることです。ご存知のとおり、産科医、小児科医の不足で、緊急時の受け入れ先がなくなろうとしています。ここ半年ほどで、緊急搬送の受け入れを次々と拒否され、いくつもの病院に連絡をとらなければならないことが増えています。
信頼を置いていただいているわけではない方に、何か起これば、刑事、行政罰の科せられる違法状態に置かれたまま、医学的リスクが更に高まっている産科の診療を続けることは、私どもにはできません。
当院が分娩をやめることで、産科医療システムの崩壊が一層進むことになるかもしれません。しかし、医療機関へのあまりに理不尽な批判、制裁が相次ぐ中、私どもにはこれ以上の努力を続けることができず、苦渋の選択をしました。これまで、当院をご支援いただいてきた皆様には、誠に申し訳ございませんが、ご理解のほどをよろしくお願いします。
今後、従来からのもう一つの専門分野である不妊治療、特に体外受精、顕微授精に、一層の力を入れることになります。培養ラボラトリーの拡張と設備、人員の増強を行い、体外受精センターを拡充します。入院設備を有することで、切迫流産や不育症の入院治療に対応が可能です。
また、不妊症の大きな原因となる子宮筋腫や卵巣のう腫などの手術治療には、サージセンター(手術センター)を設置し、さらに積極的に取り組んでいく予定です。
全身管理のできる重装備の設備と、充実のアメニティを生かし、オーク住吉産婦人科は、高度不妊治療センターとして生まれ変わります。皆様のご理解とご支援を賜りますようにお願い申し上げます。
もちろん、ご予約の皆様につきましては、最後まで責任をもって診療させていただきます。ただ、上記の点をくれぐれもご理解いただいた上で、当院をお選びいただきますように、お願い申し上げます。予定日超過2週間までは、分娩誘発を行わず自然に経過をみるため、分娩のご予約をお受けできるのは、予定日が3月15日までの患者様となります。
最後のお一人が無事にご出産を終えられるまで、現在の態勢を維持し、職員一同、全力を尽くす所存ですので、このまま当院でご出産予定の皆様も、どうぞご安心下さい。
医療法人オーク会
オーク住吉産婦人科
院長 中村 嘉孝
投稿者 akiuchi : 07:44 AM
December 20, 2006
インターネット医科大学
一般の方からの医療相談にボランティアの医師が応えるインターネット医科大学というサイトを見つけた。これはかつてNifty-Serveで始まった企画が発展したものだと思うが20年前にパソコン通信といわれた時代があったことを記憶している私も古い。
インターネット医科大学
http://health.nifty.com/i-idai/index.jsp
投稿者 akiuchi : 07:37 AM
感染症と通園期間
こどもが耳下腺炎(おたふく風邪)を発症した疑いがでてきた。「主な感染症の感染源になりうる期間と、通園通学について」という耳鼻科の先生のサイトが学校・幼稚園・保育園などの通学・通園制限に関する情報を提供してくれているので参考にさせてもらうことにした。
主な感染症の感染源になりうる期間と、通園通学について
http://homepage1.nifty.com/jibiaka50/kansenjiki.htm
投稿者 akiuchi : 07:22 AM
ワンセグ
地上波のデジタル化に伴ってワンセグ放送の受信が宇都宮でもできるようになった。携帯電話でもテレビを観ることができるということで新し物好きの小生としては早速docomoに出かけて情報収集を開始した。残念ながらいまのところドコモでワンセグに対応している機種はPanasonicの1機種のみで厚さも気になり機種変更をする気にはなれなかった。AUやSoftBankのほうが機種が選べるのかもしれない。シャープのテレビコマーシャルは魅力的だ。ワンセグ放送は携帯電話通信料とは別に無料で視聴ができるということなのできっとこれからは人気が出るだろう。ちなみに同じようなデジタル放送でモバホ!という衛星通信を使用したサービスもかつて利用したことがあるがこちらは有料なので普及しなったと思う。せっかくのワンセグサービスなのでノートPC用のUSBチューナーを手に入れて地上波デジタル放送を楽しむことにしようと思う。ワンセグでNHKを観る際にも受信料を徴収するのだろうか?
地上デジタル放送推進協議会
http://www.d-pa.org/
ドコモ
http://www.nttdocomo.co.jp/product/concept_model/p901itv/
AU
http://www.au.kddi.com/ezweb/service/ez_tv/index.html
SoftBank
http://one-seg.com/
Buffalo
「ちょいテレ」(DH-ONE/U2)は、USB2.0に対応したワンセグテレビチューナー。
http://buffalo.jp/products/catalog/multimedia/dh-one_u2/index.html
ロジテック株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:葉田順治)は、USBに対応したワンセグチューナー「LDT-1S200U」を、平成18年12月下旬より新発売します。
http://www.logitec.co.jp/press/2006/1213_03.html
モバホ!
http://www.mobaho.com/index.html
ワンセグ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
ワンセグは英語One Segmentの略で、2006年4月1日午前11:00より東京、名古屋、大阪を中心に開始された、携帯電話などの携帯機器(モバイル)向けの地上デジタルテレビジョン放送のこと。
正式には「携帯電話・移動体端末向けの1セグメント部分受信サービス」と称すが本項では一般的な呼称である「ワンセグ」で記述する。
目次 [非表示]
1 概要
2 コピー制御など
3 問題点
4 ワンセグに対応した受信機
4.1 携帯電話・PHS
4.2 ノートパソコン
4.3 専用携帯端末
4.4 カーナビゲーション・カーテレビ
4.5 携帯ゲーム機
4.6 ポータブルDVDプレーヤー
4.7 デジタルオーディオプレイヤー
4.8 電子辞書
5 技術/仕様
5.1 帯域
5.2 圧縮技術
6 脚注
7 関連項目
8 外部リンク
[編集] 概要
日本の地上デジタルテレビ放送(ISDB-T)では、一つのチャンネルが13のセグメントに分かれた構造となっており、そのうち、ハイビジョン放送 (HDTV) では12セグメント、通常画質の放送では4セグメント割り当てられている。モバイル端末(主に携帯電話)向けは画面が小さいため低解像度でよく、小型機器の性能に都合が良いため、1セグメントが割り当てられており、この「1セグメント」を略して「ワンセグ」と呼ばれている。持ち運びできる新しいメディアとして期待されている。UHF電波を利用するため、テレビの視聴とデータ放送は無料である。(ただしデータ放送から詳しいコンテンツを受信するために放送局とパケット通信する場合はパケット通信料がかかる。この場合、画面にサーバー受信可否を問う画面が必ず表示される。)
従来のアナログ放送と異なり、移動時でも安定した受信が可能であることから、携帯電話等の携帯機器での受信や、車載受像機が商品化されている。また、都営地下鉄でも地下鉄構内での再送信による受信の実験を行ったことがある(現在は終了)。2006年4月1日に、2006年4月までに地上デジタルテレビジョン放送が始まっている地域の放送区域で本放送が開始された。ただし、移動体端末での受信の為、路上・屋内など地上10m未満の高さで受信する場合、放送区域内でも受信時に電界強度が弱い場合は受信できない。また、NHKデジタル総合テレビでは、当分の間は原則として基幹局(札幌・仙台・放送センター・名古屋・大阪・広島・松山・福岡)以外の放送局では、その放送局の基幹局の番組を流す。(例:水戸・甲府・長野・新潟は放送センター、神戸・京都・大津・奈良・和歌山は大阪放送局の放送をサイマル放送。)
ワンセグで楽しむことができるコンテンツは、家庭のテレビで通常に見られる地上テレビ(NHKや日テレ、フジテレビなど)と同じ番組が見られるだけでなく、各テレビ局が番組を楽しむためにワンセグ専用に特別制作しデータ放送コンテンツも無料で楽しむことができる。
テレビ各局はこのワンセグ専用のデータ放送もしのぎを削って制作に力を入れているが、現時点では日本テレビ放送網が群を抜いている。日本テレビはこのコンテンツで、モバイルコンテンツフォーラムが主催するモバイルプロジェクトアワード2006や、2006年グッドデザイン賞も受賞。リクルートやNTTドコモとの連携も展開。NHKや民放各局もそれぞれの特色を活かした展開をはかっている。 ワンセグ専用データ放送には「放送と通信の連携機能」がふんだんに用意されており、このことからデータ放送に対しては携帯電話事業者各社からも、また次世代のモバイル関連ビジネス活性化の観点からも各所から大きく期待されており、今後テレビ各局によるさらなる活性化が予測される。
海外でも移動体向けの地上デジタルテレビ放送が始まりつつあるがその方式には大きく分けて日本方式(ワンセグ:ISDB-Tの部分受信)、欧州方式(DVB-H)、韓国方式(T-DMB)の3つがある。このうちセグメントの部分受信という方式を採っているのは日本方式だけである。ワンセグは既存の地上デジタルテレビ放送と同じアンテナから送出されるので、放送局側の準備が整い次第、地上デジタルテレビ放送が受信できる地域ではワンセグも受信できることになる。(一部ハイビジョン放送の放送開始から遅れる地域もある) なお、ワンセグは 欧州方式(DVB-H)、韓国方式(T-DMB)に比べて、画質が落ちるが、エリアが圧倒的に広い。
地上デジタルと同様にタイムラグが発生するために、NHK総合・青森放送・東北放送・テレビ埼玉・信越放送・サンテレビでは時刻出しを行っていない。(サンテレビは地上デジタルでも行っていない。)
[編集] コピー制御など
ワンセグにおける限定受信システムについては、2006年現在、ほぼすべての端末においてB-CASカードなどは不要となっている。
携帯電話などにストリーミング録画する場合、メールに添付したり、外部の記録媒体に移動することはできない(直接録画は可)。
2006年9月Logitecより日本初のPC用USBワンセグチューナーが発売された。この製品は当初再生専用として発売されたが、同年12月に録画機能を含めたアップデートが予定されている。
2006年10月バッファローよりワンセグ放送をパソコンで録画できるUSBチューナが発売された。(韓国製DMBチューナーのOEM)録画されたファイルは著作権保護のため暗号化されて保存し、再生には録画に使用したパソコン及びチューナーが必要となる。
2006年11月エスケイネットよりワンセグ放送をパソコンで録画できるPCカード型チューナが発売された。(シャープ製チューナー採用)録画されたファイルは著作権保護のため暗号化されて保存し、再生には録画に使用したパソコン及びチューナーが必要となる。
[編集] 問題点
小型画面を対象にしているといえども、映像・音声ともにビットレートや解像度が低いゆえ画質は良いとは言えず、フレーム数も少ないためスポーツなどの高速映像がコマ落ちするという欠点もあり、状況によりアナログ放送のほうが高画質という評価もある。携帯機の大画面化が進む以上、画質の向上も求められている。
移動時には電波状況が刻々と変化するため、瞬時に弱電界に入ると音声が途切れ途切れになり視聴者に不快感を与えることがある。
ワンセグ用のEPGは10番組先しか送信されない。(ただし携帯電話やパソコン向けのチューナーは、インターネット経由で補うことが多い。)
[編集] ワンセグに対応した受信機
[編集] 携帯電話・PHS
au by KDDI (EZテレビ)
W33SA/SA II (三洋電機)(アナログテレビ放送も受信可能) - CDMA 1X WIN端末
W41H (日立製作所) - CDMA 1X WIN端末
W43SA (三洋電機) - CDMA 1X WIN端末
W43H (日立製作所) - CDMA 1X WIN端末
W44S (ソニーエリクソン)(デジタルラジオ放送も受信可能) - CDMA 1X WIN端末。
NTTドコモ
P901iTV (パナソニックモバイル)(アナログテレビ放送も受信可能) - FOMA端末。
(P903iTV) (パナソニックモバイル) - FOMA端末。2007年初旬発売予定
(SH903iTV) (シャープ) - FOMA端末。2007年初旬発売予定
(D903iTV) (三菱電機) - FOMA端末。2007年初旬発売予定
ソフトバンクモバイル
905SH (シャープ)(アナログテレビ放送も受信可能) - SoftBank 3G端末。
911SH (シャープ) - SoftBank 3G端末。
WILLCOM
W-ZERO3[es] (シャープ) - USB接続の専用チューナーを装着して視聴する。
[編集] ノートパソコン
ワンセグチューナーが内蔵もしくは付属のノートパソコン
VAIO type Tシリーズ , type UXシリーズの一部(ソニー)
FMV BIBLO LOOX Tシリーズ , LOOX Pシリーズ , MGシリーズの一部(富士通)
Inspironシリーズ(デル、BTOでExpressCard型チューナーを追加可能)
LaVie Aシリーズ , G Type Aシリーズ(NEC、PCカード型チューナーが付属)
ノートパソコン用USB接続型/PCカード型ワンセグチューナー
LDT-1S100U[1](ロジテック、USB接続型)
LDT-1S200U[2](ロジテック、USB接続型)
ちょいテレ(DH-ONE/U2)[3](バッファロー、USB接続型)
W-one(GH-1ST-U2K) [4](グリーンハウス、USB接続型)
VGA-TV1S[5](サンワサプライ、USB接続型)
PCTV-hiwasa(LOG-J100)[6](ログファーム、USB接続型)
SEG CLIP(GV-1SG/USB)[7](アイ・オー・データ機器、USB接続型)
MonsterTV 1D(SK-MTV1D)[8](エスケイネット、PCカード型)
PIX-ST011-PC0[9](ピクセラ、PCカード型)
[編集] 専用携帯端末
ピクセラは2006年5月に専用携帯端末を発売すると2005年12月に発表した[10]が、地上デジタルラジオの本放送開始が計画通り実施されず、同製品の機能評価が完了していないため」として発売を2006年秋以降に延期した[11]。型番未定。テレビ放送に加え地上デジタルラジオ、アナログFMラジオにも対応。
[編集] カーナビゲーション・カーテレビ
松下電器産業(Panasonic)が業界初の車載用地上デジタルチューナーを発売。ファームウェアの更新によりワンセグにも対応している。また、ナビと標準装備のモデルも発表されている。詳細はStradaの項目を参照。
三洋電機製ポータブルカーナビゲーションシステム「ゴリラNV-HD830DT」。ポータブルナビとして世界初のチューナー内蔵型。
パイオニア (carrozzeria) :車載用地上デジタルチューナー「GEX-P7DTV」放送波経由による無償のバージョンアップによりワンセグに対応。また、通常放送(12セグ)とワンセグの自動切換時にミュート画像(黒画面)を挟まないスムーズな切換ができるよう性能を向上した。カーナビ本体に内蔵しているタイプも発売している。
原田商事 「パルウス」:市販のカーテレビやカーナビに接続するタイプの後付ワンセグ専用チューナー。5万円を切る低価格が売り。
インターテクノロジー 「CAMEO」:「DT12500」 車載用ワンセグチューナー。12/24V対応の数少ないユニット。外部入力端子も備える。低価格ながらSDカードにてバージョンアップも可能な高機能商品。
[編集] 携帯ゲーム機
任天堂が、ニンテンドーDS・DS Lite向けに2007年春にDS地上デジタル放送 受信カード(仮称)を発売予定。当初は2006年秋に発売される予定だったが、2007年春に延期された。価格はニンテンドーDS Liteの約半額(およそ8000円)を予定。
[編集] ポータブルDVDプレーヤー
2006年3月に松下電器産業がワンセグチューナー内蔵機「DVD-LX97-S」を発売。
[編集] デジタルオーディオプレイヤー
東芝が GigabeatV30Tを発売。視聴や録画に対応。当初の発売開始予定が2006年6月下旬であったが、生産の遅れで同年7月15日に発売されている。
[編集] 電子辞書
シャープがワンセグチューナーを搭載した電子辞書「Papyrus PW-TC900」を2006年12月8日に発売。
[編集] 技術/仕様
開発に至るまではMPEG-4のライセンス問題やH.264ではCPUやLSIの性能を高くしなければいけないなどの問題も生じた。更に移動体の中でハイビジョン放送(12セグメント)の受信実験をしたところ、専用アンテナをつければ十分に受信できるという結果が出た。このことから必要性を疑われることもあった。
[編集] 帯域
移動体での受信では固定で受信する通常の放送やハイビジョンに比べて受信環境が厳しくなる。その為、変調にはノイズに強いものが採用された。なお、日本の地上デジタル放送(ISDB-T)では13セグメントを最大3つの階層に分割し階層毎に使用セグメント数、変調方式、畳み込み符号の符号化率などを変えることができる。
セグメント数
1 (channel #0 center area)
変調方式
QPSK (Quadrature Phase Shift Keying)
畳み込み符号化率 (Convolutional code rate)
2/3
ガード比
1/8
ビットレート
最大416kbps (52KB/s)
[編集] 圧縮技術
映像圧縮技術には、MPEG-4の2倍、MPEG-2に対しては4倍以上という圧縮品質を実現したH.264が採用された。 さらに音声にはAACが採用されている。なお、低ビットレートにおいて音質を改善する追加技術SBRの適用に関しては放送局による。
動画規格
H.264/MPEG-4 AVC Baseline Profile
解像度
320×240(最大)
動画ビットレート
128kbps (16KB/s)(例)
フレームレート(コマ数)
15fps(1秒あたり15枚)
音声規格
MPEG-2 AAC (SBR技術の適用は放送局による)
音声仕様
モノラル、ステレオ、デュアルモノ
音声ビットレート
64kbps (8KB/s)(例)
メタデータ記述規格
BML(Broadcast Markup Language)
メタデータビットレート
約60kbps (約7.5KB/s)(例)
[編集] 脚注
↑ LDT-1S100U
↑ LDT-1S200U
↑ DH-ONE/U2
↑ GH-1ST-U2K
↑ VGA-TV1S
↑ 「PCTV-hiwasa」(LOG-J100)
↑ SEG CLIP(GV-1SG/USB)
↑ MonsterTV 1D
↑ PIX-ST011-PC0
↑ ピクセラ2005年12月の発表
↑ ピクセラ発売延期の発表(2006年5月23日)
[編集] 関連項目
テレビ
デジタルテレビ
デジタルラジオ
地上デジタルテレビジョン放送
1セグドット
通信と放送の融合
モバHO!
限定受信システム
ロケーションフリーテレビ
[編集] 外部リンク
1セグドット
ワンセグ.com
ワンセグ
箱根の山でもワンセグ放送は受信できるか(ITmedia調査)
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%82%B0" より作成
カテゴリ: 携帯電話 | テレビ
投稿者 akiuchi : 06:43 AM
December 19, 2006
輝けるディーヴァ~ベスト・オブ・サラ・ブライトマン &オフコースi(アイ)
12月19日CD2つ購入。癒しになるか?
輝けるディーヴァ~ベスト・オブ・サラ・ブライトマン
~ サラ・ブライトマン (アーティスト), スティーヴ・ハーレー (アーティスト), ポール・マイルス=キングストン (アーティスト), ウィンチェスター・カテドラル・クワイア (アーティスト), ホセ・クーラ (アーティスト)

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商品の詳細
CD (2006/10/4)
ディスク枚数: 1
レーベル: 東芝EMI
ASIN: B000HOJC08
おすすめ度: カスタマーレビュー数:21 (カスタマーレビューを書く)
Amazon.co.jp ランキング: 音楽で18位
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曲目リスト
1. ファントム・オブ・ジ・オペラ(オペラ座の怪人)
2. ミュージック・オブ・ザ・ナイト
3. ピエ・イエス(オリジナル・ヴァージョン)
4. リヴ・フォーエヴァー
5. テ・キエレス・ボルベール
6. ジャスト・ショウ・ミー・ハウ・トゥ・ラヴ・ユー
7. デリヴァー・ミー
8. ネッラ・ファンタジア
9. スカボロー・フェア
10. 青い影
11. イッツ・ア・ビューティフル・デイ
12. ホワット・ユー・ネヴァー・ノウ
13. クエスチョン・オブ・オナー
14. タイム・トゥ・セイ・グッバイ
15. イル・ミオ・クオーレ・ヴァ(「タイタニック」~マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン イタリア語ヴァージョン)
16. サラバンド
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商品の説明
メーカー/レーベルより
レーベルを超えて実現したサラ・ブライトマン初の本格的ベスト!
・テレビ朝日サッカー放送テーマ・ソング/トヨタ自動車MARK-XテレビCM曲「クエスチョン・オブ・オナー」収録
・スバル・ランカスターCM曲(1998-1999) PANASONIC VIERA CM曲(2004)「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」収録
・TBSテレビ放送50周年スペシャルドラマ 「青春の門-筑豊篇-」主題歌「青い影」収録(2005/3/21,3/22放送)
・日本盤のみボーナス・トラック2曲収録(CDのみ)
・テレビ朝日系 ニュースステーション テーマ曲(2001)「サラバンド」収録
・「イル・ミオ・クオーレ・ヴァ(『タイタニック』~マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン イタリア語ヴァージョン)」収録
【アーティストについて】
「月」がテーマの『ラ・ルーナ』(2000/9/6発売)は発売後数ヶ月でゴールド獲得。2001年の「ラ・ルーナ・ワールド・ツアー」日本公演もソールドアウト、大絶賛された。また、トランス界の著名リミキサーとの協力によるリミックスCDエクストラも大好評で、収録曲「ア・クエスチョン・オブ・オナー」が大きな話題に。彼女の才能の広さを見せつけた。
さらに、2001年11月17日、豊田スタジアムのオープニング記念公演のため来日、三大テナーの一人ホセ・カレーラスと夢の共演。TVや新聞などで大きく取り上げられた。また、NHKの人気朝帯ドラマ「ちゅらさん」の中でサラの曲が使われると、1000本以上の問い合わせが殺到した。
2001年11月28日発売の前作『アヴェ・マリア~サラ・ブライトマン・クラシックス』は発売後すぐにゴールド・ディスク(10万枚)に到達。ネスレ「クレマトップ」のCM曲「私を泣かせてください」、ウエラのCM曲「アヴェ・マリア」などもこのアルバムに収録されている。このアルバムは現在すでに20万枚を突破、30万枚に向け着実にセールスを伸ばしている。
また、2002年、フランク・ピーターソンの書下ろしによるテレビ朝日「ニュース・ステーション」テーマ曲「サラバンド」が実現。7/1にOAをスタートした途端、「誰が歌っているの?」「この曲は買えるの?」という問い合わせが殺到。また、前述のリミックスCDエキストラ収録の楽曲「クエスチョン・オブ・オナー」は、テレビ朝日のサッカー番組でテーマとして使われ、そのたびに問い合わせが殺到。
2003年、『ハレム』発売。エキゾチズム溢れる瑞々しい魅力でまたも大ヒット。9月には「JAL萬福寺音舞台」(京都)出演のため来日。
2004年『ハレム・ワールド・ツアー』をCD、DVDで発売。そして日本にも同ツアーで来日。ゴージャスな舞台で観客を圧倒したのは記憶に新しい。
2006年、ドイツでワールド・カップ・サッカーが開催される今年、サッカーのアンセムとして大人気を博している名曲「クエスチョン・オブ・オナー」を収録しているオリジナル・アルバム『クエスチョン・オブ・オナー』が遂に日本上陸!(ヨーロッパのみ1996年リリースの幻のアルバム)
Album Details
Japanese pressing includes two bonus tracks, 'IL MIO CUORE VA' and 'SARAHBANDE'. EMI. 2006.
サラ・ブライトマン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
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サラ・ブライトマン(Sarah Brightman, 1960年8月14日 - )は、イギリスのソプラノ歌手。
目次 [非表示]
1 略歴
2 ディスコグラフィ
2.1 キャスト・レコーディング
2.2 ソロ・アルバム
2.3 シングル
2.4 ビデオ
3 外部リンク
略歴
13歳の時にピカデリーシアターの「I and Albert」で劇場デビュー。16歳でダンスグループの「バンズ・ピープル」の一員となる。18歳の時に「サラ・ブライトマン・アンド・ザ・ホット・ゴシップ(サラ・ブライトマン・アンド・ザ・スターシップ・トゥルーパーズに改名)」として全英チャート最高6位のヒットを放つ。
21歳で、ロンドンのミュージカル「キャッツ」のオリジナルキャストとしてジェミマ役で出演し、その後様々なミュージカルに出演。
1984年、23歳の時にアンドリュー・ロイド・ウェバーと結婚(1990年離婚)。その後クラシック歌唱の練習を始め、1986年開幕のロイド・ウェバーのミュージカル「オペラ座の怪人」のオリジナルキャストとしてクリスティーヌ役で出演し、一躍トップ歌手となる。
1991年にはNHK紅白歌合戦にゲスト出演し、オペラ座の怪人より「ミュージック・オブ・ザ・ナイト」を歌った。
1992年に行われたバルセロナオリンピックではスペインのオペラ歌手ホセ・カレーラスとのデュエットで同五輪のテーマソング『アミーゴス・パラ・シエンプレ - Amigos Para Siempre』を閉会式で見事に歌い上げ、観衆からの拍手の嵐に包まれた。
アルバム『Dive』(1993年)よりフランク・ピーターソン(ブライトマンのボーイフレンドでもある)とのコラボレーションでソロ活動を専心する。中でもアンドレア・ボチェッリとのデュエット「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」は1500万枚以上のセールスを記録した。
日本では「ニュースステーション」のオープニングテーマ曲「サラバンド」、トヨタ・マークXのCMソング、テレビ朝日のサッカー中継、大韓航空機撃墜事件特集番組のテーマ曲「クエスチョン・オブ・オナー」でもおなじみ。
ディスコグラフィ
キャスト・レコーディング
キャッツ ― オリジナル・ロンドン・キャスト - Cats(Original London Cast) (1981)
Nightingale - Original London Cast (1983)
レクイエム - Andrew Lloyd Webber : Requiem (1985)
ファントム・オブ・ジ・オペラ(オペラ座の怪人)/オリジナル・ロンドン・キャスト - The Phantom of the Opera - The Original London Cast (1986)
Carousel (1987 Studio Recording Cast) (1987)
ソロ・アルバム
夏の最後のバラ~フォークソング集:ベンジャミン・ブリテン編 - The Trees They Grow So High (1988)
The Songs That Got Away (1989)
As I Came of Age (1990)
アンドリュー・ロイド・ウェッバー・ソング・ブック - Sings the Songs of Andrew Lloyd Webber (1992)
Dive (1993)
Surrender (1995)
クエスチョン・オブ・オナー - Fly (1995)
タイム・トゥ・セイ・グッバイ - Timeless (Time To Say Goodbye) (1996)
エデン - Eden (1998)
ラ・ルーナ - La Luna (2000)
The Very Best of 1990-2000 (2001)
アヴェ・マリア~サラ・ブライトマン・クラシックス~ - Classics (2001)
もし私がふたたび恋に落ちたら - Encore (2002)
ハレム - Harem (2003)
ハレム・ワールド・ツアー - The Harem Tour - Live From Las Vegas (2004)
アンドリュー・ロイド・ウェバー・ソングブック 2~ラヴ・チェンジズ・エヴリシング - Love Changes Everything: The Andrew Lloyd Webber Collection, Volume 2 (2005)
輝けるディーヴァ ~ベスト・オブ・サラ・ブライトマン - Diva: The Singles Collection (2006)
シングル
I Lost My Heart To A Starship Trooper (1978)
The Adventures of a Love Crusader (1979)
Love In A UFO (1979)
My Boyfriend's Back (1981)
Not Having That! (1981)
Him (1983)
Rhythm of the Rain (1983)
A Room With A View (1987)
Anything But Lonely (1990)
Something To Believe In (1990)
Amigos Para Siempre (1992)
Captain Nemo (1993)
The Second Element (1993)
A Question Of Honour (1995)
Heaven Is Here (1995)
How Can Heaven Love Me (1995)
Time To Say Goodbye (1996)
Just Show Me How To Love You (1997)
Tu Quieres Volver (1997)
Who Wants To Live Forever (1997)
Eden (1998)
There For Me (1998)
Deliver Me (1999)
So Many Things (1999)
The Last Words You Said (1999)
Scarborough Fair (2000)
クエスチョン・オブ・オナー - A Whiter Shade Of Pale / A Question Of Honour (2001)
Harem (2003)
It's a Beautiful Day (2003)
What You Never Know (2003)
Free (2004)
Snow on the Sahara (2004)
ビデオ
イン・コンサート - In Concert (1998)
ライブ・イン・コンサート~エデン・ツアー~ - One Night In Eden : Live In Concert (1999)
ラ・ルーナ・コンサート - La Luna Live In Concert (2001)
ハレム~デザート・ファンタジー - Harem: A Desert Fantasy (2004)
ハレム・ワールド・ツアー - The Harem World Tour Live from Las Vegas (2004)
輝けるディーヴァ ~ベスト・オブ・サラ・ブライトマン - Diva: The Video Collection (2006)
外部リンク
オフィシャル・ホームページ
東芝EMI内
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%9E%E3%83%B3" より作成
カテゴリ: 編集保護中の記事 | イギリスの歌手 | ソプラノ歌手 | 1960年生
i (ai) (DVD付) [Best of] [Box set]
~ オフコース (アーティスト, Adapter), 小田和正 (その他)

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商品の詳細
CD (2006/12/6)
ディスク枚数: 2
フォーマット: Best of, Box set
レーベル: 東芝EMI
ASIN: B000JCE41K
おすすめ度: カスタマーレビュー数:46 (カスタマーレビューを書く)
Amazon.co.jp ランキング: 音楽で5位
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曲目リスト
ディスク:1
1. 愛を止めないで
2. Yes-No
3. 言葉にできない
4. 秋の気配
5. さよなら
6. めぐる季節
7. 水曜日の午後
8. 僕の贈りもの
9. 別れの情景(2)-もう歌は作れない-
10. 愛の唄
全16曲を見る
ディスク:2
1. 僕等の時代
2. YES-YES-YES
3. 時に愛は
4. 愛の中へ
5. 哀しいくらい
6. せつなくて
7. 一億の夜を越えて
8. いくつもの星の下で
9. Christmas Days
10. I LOVE YOU
全16曲を見る
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商品の説明
メーカー/レーベルより
コンサート史上初、連続10日間
伝説の武道館から25年…世代を超えて伝える
オフコース初の本格的ベストアルバム
そして、最高のラヴソングアルバム
*ここがちがうぞ今回のBEST!
オフコースの全てを曲、DISCO&BIO、映像で伝える
まさにパーフェクトかつオールタイムな作品です!
1: 今までのベストとは一線を画す、全ての時代を網羅した東芝EMIとしてよりリリースする初のオールタイムベスト・アルバムである。
2: HPでのファンの人気投票上位曲を反映するなど、ファンとつくったベストであり、アルバム・アーティストであるオフコースの世界を今に伝える選曲
3: DVD「TRACE THE HISTORY OF OFF COURSE」付!
* パーフェクトBIO&DISCO、貴重写真、伝説の武道館映像ほか 収録」
「愛を止めないで」
「さよなら」
「Yes-No」
「言葉にできない」
「1982・6・30 武道館コンサート」より収録
【アーティストについて】
80年代ブーム再来とかで、街にはディスコが続々とオープンしたり、音楽も80年代の曲が街から聞こえてきます。CMでも80年代の曲をリメイクして流しています、そういえば映画(小説)「世界の中心で愛を叫ぶ」の舞台も80年代です。80年代は人々が60年代後半~70年代初頭の激動の季節を経て、「やさしさ」や「愛」を求め大切にした時代です。「恋愛小説」や「ラヴ・ソング」がとても似合う時代なのです。毎日毎日殺伐としたニュースがTVから伝えられる昨今、知らず知らずのうちに人々は「愛と優しさの80年代」を求め、癒されているのではないでしょうか...。そして80年代の中心にはいつもオフコースの音楽が在りました。「80年代の中心でオフコースは愛を叫ぶ」…です。心にしみるメロディー、美しい歌声としなやかなサウンドは聴くものの心を時に激しく揺さぶり、時に優しく癒してきました。静かに始まった支持はやがて圧倒的なものになっていき、フォーク・ソングがニュー・ミュージック、J-POPへと発展拡大していく日本のポップ・ミュージックの歩みそのままにオフコースは時代をリードしていったのです。名曲の数々は今も熱烈に支持され続けています。全ての曲があの「やさしさ」や「愛」を求めた時代の空気に満ち満ちたまさに「ラヴソングの結晶」的アルバム「i」。リアルタイム世代には切ない想い出を新しい世代に「エヴァーグリーンポップス」の真髄を伝える作品です。
投稿者 akiuchi : 11:16 PM
December 15, 2006
泣いて馬謖を斬る
Hさんと経営の話をしていたところ『泣いて馬謖(ばしょく)を斬(き)る』という言葉がでてきた。経営者としては辛い選択だが組織を維持するためには逃げるわけには行かないという時が確かにある。「三国志」をまた読んでみようと思った。
『泣いて馬謖を斬る』
私情において忍びないが、全体の統制を保つために、仮令(たとえ)愛する者でも止むを得ず処罰する。
類:●涙を揮って馬謖を斬る
故事:「蜀志-馬謖伝」 諸葛孔明の部下の武将・馬謖が、命令に背(そむ)いて大敗を招いたとき、孔明はその責任を追及して馬謖を斬った。
出典:蜀志→三国志(さんごくし) 192 呉下の阿蒙 参照。
泣いて馬謖を斬る
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
泣いて馬謖を斬る(ないてばしょくをきる)は、故事成語のひとつ。
[編集] 成語の経緯
出典『三国志』「蜀志馬謖伝」
三国時代の武将である馬謖が、街亭の戦いで諸葛亮の指示に背いて独断で布陣し敗戦を招いた責任で処刑された。愛弟子であった馬謖の処刑に際し諸葛亮は涙を流したという。他の武将達の中には「馬謖ほどの有能な将を」と処刑を慰留する者もいたが、諸葛亮は「軍律の遵守が最優先」と処刑に踏み切った。
[編集] 『三国志』と『三国志演義』における記述の違い
この故事に関する記述は、『三国志』と『三国志演義』の間で少し異なっている。
『三国志』では、「諸葛亮は彼(馬謖)のために涙を流した」と書かれている。 つまり、軍律を守るために、目をかけていた馬謖を処刑することとなり、彼のことを思って諸葛亮は泣いたとされている。
しかし、『三国志演義』での諸葛亮は、何故泣くのかを蒋琬に聞かれ、「馬謖のために泣いたのではない」と答えている。諸葛亮は、このとき既に亡くなっている前主君・劉備に、「馬謖を重く用いてはならない」という主旨の言葉を残されていた。そして、その言葉を守らなかった自分の不明を嘆き、泣いたとされている。
現在の日本での使われ方は、下記のようになっており、『三国志』での描写に則したものであると言える。
[編集] 現在の日本における一般的な使い方
「どんなに優秀な者であっても、私怨私情で法や規律を曲げて責任を不問にすることがあってはいけない」という意味で使用されることが多い。
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A3%E3%81%84%E3%81%A6%E9%A6%AC%E8%AC%96%E3%82%92%E6%96%AC%E3%82%8B" より作成
カテゴリ: 三国志
投稿者 akiuchi : 02:06 PM
[社説]医療事故調査委 信頼できる制度へ課題もある
確かにお産を扱う医者がもっとも恐れているのは訴訟だろう。医療事故調査委員会が一日も早く機能することを期待したい。
[社説]医療事故調査委 信頼できる制度へ課題もある 読売新聞 2006年12月14日(木)
医療への信頼を取り戻すために、重要な取り組みだろう。
厚生労働省が昨年9月から、モデル事業としてスタートさせた医療版の事故調査委員会である。事務局となった日本内科学会が実施状況をまとめた。
調査委は病理解剖学などの医療関係者と法律家で構成し、診療中の不審死(医療関連死)の原因を調査する。1年余りの間に計36件の医療事故について検証に着手し、7件の報告書を公表した。
このうち1件は、手術した医師の技術が未熟だったことが患者死亡の原因とし、当初は「問題なし」としていた病院側の調査結果をくつがえした。
診療ミスとは認定しなかった他の報告書も、「患者急変時の連絡体制を整備すべきだ」「患者・家族にもっと丁寧な説明が必要だった」など、病院に対して厳しく改善点を指摘している。第三者機関として中立的と受け止めうる内容だ。
モデル事業は、東京都、大阪府、愛知県など、6都府県と札幌市で行われている。だが、現状はまだ件数が少なく、正式な制度へと発展できるかどうかは未知数だ。実施地域を広げ、検証事例をもっと積み上げる必要があろう。
医師が最善を尽くしても患者が命を落とすことはある。一方で、病院や医師のミスが原因で患者を死なせるケースもある。しかし、遺族が両者を見分けることは難しい。
現在、中立的な調査制度がないため、病院側の説明に納得できなければ、遺族は民事訴訟を起こすか、警察に告訴するしかない。これでは、医師と患者の相互不信は募るばかりだ。
医療に関係する訴訟は、2005年は999件に上り、10年前の2倍以上に増えた。こうした状況は、医師不足の一因ともなっている。訴訟リスクを恐れて分娩(ぶんべん)を手がける産婦人科医が減少していることは、その一例だ。
調査委の調べで病院の責任の有無が分かれば、遺族は納得しやすい。裁判より速やかに、補償などの話し合いを進めることもできる。病院側も遺族とのトラブルを長引かせずに済み、再発防止の体制作りに迅速に取り組めるだろう。
ただし正式な制度として確立するためには、課題も多い。
仮に訴訟と同じ年間1000件が調査委に持ち込まれるとすれば、相当に多くの人材と費用がいる。中立性と権威のある人選も重要だ。
調査報告書にどのような法的効力を持たせるか、刑事責任を追及する捜査当局との関係をどうするか、といった点も慎重な検討が必要になろう。
[読売新聞 ]
投稿者 akiuchi : 07:16 AM
[どうする地方](15)産科医不足 安心のお産、連携頼り
高知、浜松、宮城と日本のお産を巡る厳しい状況を紹介。浜松の大谷先生のところはセンターから1kmの距離で開業しているからできるとしかいいようがない。62歳の一人医長を助けるためにはじめたという宮城県の院内助産所も危なっかしいな。やはりお産が儲かるということにならなければ産科医は増えないのだろうか?
[どうする地方](15)産科医不足 安心のお産、連携頼り 読売新聞 2006年12月14日(木)
お産を扱う病院や診療所が各地で急速に消えつつある。地方では車で1時間以上走らないと、産む場所を確保できない場合も増えた。過酷な勤務などが原因で産科医が激減しているためだ。奈良県大淀町では8月、分娩(ぶんべん)中に意識不明になった妊婦が19病院から転院を断られて死亡、大きな社会問題になった。危機的な状況にある産科医療をどうすれば立て直せるのか。地方病院の実情と、病院・診療所の連携や助産師の活用で苦境をしのぐ現場から、対策を探った。
◆産声が激務の支え/高知・安芸
日本産科婦人科学会が昨年実施した調査で分娩取り扱い施設の常勤医師数が全国最下位、分娩施設数(助産所を含む)は下から3番目だった高知県。その中でも産科医不足の深刻な地域が、安芸市を中心とした東部の安芸地区(安芸保健医療圏)だ。約1130平方キロ、大阪市のほぼ5倍に及ぶ広大な地域の中で出産を扱う施設は同市内の県立安芸病院だけ。ここで篠原康一医長(39)は2004年春から、同科1年目の医師と2人で産婦人科医療を支え続けてきた。
勤務ダイヤは厳しい。平日は午前8時半から午後5時過ぎまで外来患者約40人、病棟患者約10人の診察や、週2回の手術を担当。その後もカルテ記入などの雑用で同10時ごろまでの残業が多い。帰宅して一息ついても、救急患者治療のための緊急呼び出しはしばしば。土、日曜日の午前中は病棟回診や不妊外来で出勤、夜間当番を週に5~6回は担当する。年末年始も休みはなく、秋に3日間解放されるのが唯一の長期休暇だ。
同病院での出産は月に十数件。陣痛促進剤などを使わない自然分娩を原則にしており、深夜や未明の分娩も多い。助産師とのチームワークでこなすが、帝王切開などリスクのあるケースもあり処置に追われる。「1日平均14時間は働いているかな。赴任以来、ぐっすり眠れた記憶がない。けれど、もう慣れました」と苦笑いした。
激務の支えは誕生の瞬間。「赤ちゃんの元気な産声を聞き、母親のほっとした笑顔を見ると疲れが吹っ飛びます。家族の一生の記憶に残る出産という大仕事を支援する職業に誇りを感じる」と話す。
しかし、篠原医師が過労で倒れたら、同病院産婦人科は休診に追い込まれかねない。
一方、安芸地区に住む妊婦の不安も大きい。同病院から約60キロ離れ、徳島県境に近い東洋町に住む主婦、大黒里絵さんは9月末に同病院で長男を出産した。「安芸病院までは車で1時間半かかり、臨月に入ってからは、救急車かマイカーの中で産むことになるかもと毎日びくびくしていた。産気づいてすぐ、夫に送ってもらえて事なきを得ました。もう1人産むつもりですが、次はどうなるかと今から心配。安心して産める場を何とか確保してほしい」と訴える。
厚生労働省は産科医不足を緩和する対策の一つとして、各地域の拠点病院に医師を集め、勤務環境の改善と医療の安全性を確保する集約化・重点化計画を打ち出している。しかし、産婦人科医が少ない地方では、計画の推進が極めて難しい。家保英隆・高知県医療薬務課長は「高知市を中心とした地域以外では、集約化せよと言われても、それに見合う医師がもともといないのだから無理。現状維持が精いっぱい」と打ち明ける。
◆病院・診療所で分担/静岡・浜松
静岡県浜松市の県西部浜松医療センター産婦人科の外来待合室。他の病院なら患者が詰めかける午前中でも閑散としている。スペースも通常の3分の1ほど。妊婦健診などの通常診療は周りの診療所にまかせて、出産は同センターでと役割を分担する「オープンシステム」が定着しているからだ。
同科の医師5人が外来を担当するのは週各1~2回だけ。「診療所との連携のおかげで、外来にあてる手間暇を省けて体力を温存でき、リスクの高い入院患者や深夜の救急患者の診療に打ち込める。その分、医療の安全性が高まる」。前田真・周産期センター所長(54)は、システムの利点を説明する。
同センター産婦人科(30床)では、赤ちゃんの約70%が同システムで生まれ、このうちハイリスク妊婦約220人の出産も無事故でこなしている。年間出産件数(約1100)は前田医師が赴任した12年前の5倍に増加、救急患者も愛知県東部から神奈川県小田原市付近までカバーし、24時間受け入れている。浜松市内では、このシステムが1990年代後半から普及し始め、産科を持つ6病院すべてが診療所にベッドを開放している。
患者はまず診療所を受診。正常出産が見込めれば、そのまま診療所で定期健診を受け、陣痛が始まると、事前に決めておいた病院に入院する。初診や健診時にリスクの恐れがわかれば、診療所の紹介で医療センターなどへ入院。原則として院内主治医と、紹介した開業医が院外主治医として共同で診療する。予定された帝王切開など比較的簡単な手術は院外主治医が執刀、前置胎盤など難しい手術は共同であたることが多い。
同センターから約1キロ離れた「おおたにレディースクリニック」院長、大谷嘉明医師(50)は、11年前の開業と同時に同センターと連携を始めた。
分娩設備を持たず、年間500件近い出産はほとんど同センターにまかせるが、全面委託ではなく、外来診療を終えた午後8時過ぎから毎日欠かさず同センターへ出向いて自分の患者(約10人)を約1時間かけて回診する。手術が必要になれば、火、金曜の午後に執刀。センターの産科医が助手を務め、麻酔医や看護師が支援する。
大谷医師は「診療と分娩を1人で担当するのは心身の負担が大きく、診療に集中できるのはすごくありがたい。手術の際は信頼できるスタッフと高度な医療機器に囲まれ、難産にも安心して取り組めて手術の腕を保てる」と話す。
地方でも産科医が4~5人以上いる受け入れ病院が近くにあれば、オープンシステムを運用できると大谷医師は見る。可能な地域では導入を進めてはどうだろう。
◆助産師パワー活用/宮城・白石
「お父さん、次はほっぺをふいてあげて」。助産師の渡部輝子さんに抱かれ、生後初めての沐浴(もくよく)を体験する赤ちゃん。父親の佐藤聖さんがガーゼで顔を優しくなでると、気持ちよさそうな表情を見せた。そばで妻の春美さんがほほえみながら見守った。
公立刈田綜合病院(宮城県白石市)が昨年10月から、東北地方で初めて開設した院内助産所「マタニティーホーム」で誕生した9人目の新生児だ。春美さんは「15年ぶりのお産で、予定日より遅れて不安でしたが、助産師さんが体位や足の踏ん張り方を丁寧に教えてくれてリラックスできました。100%満足です」と振り返った。
同病院では妊娠20週目で、正常妊娠であり自然分娩が可能と診断された妊婦に、医師に診てもらいながら産むか、助産ケア中心の院内助産所にするかをまず選んでもらう。助産所を希望すれば、その後は専任助産師の渡部さん、遠藤文子さん、梶川里子さんがほぼマンツーマンで対応、腹部計測などの定期的な健康診査を担当する。
入院は陣痛が始まってから。トラブルが起きる恐れがありそうな場合を除き、産科医は出産に立ち会わない。お産は陣痛室に敷いた3畳間のふとん上で。3人は妊婦の体位を変えたり手足を支えたりして赤ちゃんが産声を上げるまで介助する。自然分娩だから、夜間や未明の取り上げもしばしばで付き添いが1日以上になることも。出産後は母親が赤ちゃんに添い寝し、母乳をいつでも与えられる。
同ホームでは妊婦の主体性を第一に考え、妊婦自身が立てたバースプランの希望がかない、自分で産んだと実感できるようにサポートしている。3人のケアに対し「非常に心強かった」「夫と家族が立ち会えて感動の出産だった」などの感謝の声が寄せられている。
同病院産婦人科では、医師が水上端(ただし)部長(62)だけの「1人医長」体制が15年間も続いている。水上部長は診療や手術に加え、夜間救急患者の治療も担当し24時間のオンコール(待機)状態を強いられている。院内助産所は、水上部長の激務の緩和と、減少気味の分娩数の増加を目的に導入された。しかし、助産所出産の割合は今のところ、同病院での年間分娩数(約100件)の約10%足らず。負担軽減にはまだあまり役立っていないのが現状だ。
産科医をすぐ増やせる妙案がない中で、助産師パワーを活用する院内助産所や助産師外来の開設は、産科医不足を緩和する効果的な対策の一つといえる。岡崎肇院長は「自然出産できる院内助産所のよさを広くアピールして助産所出産を増やしたい。他の公立病院でも院内助産所の導入を考える時期に来ているのでは」と提言する。
《直言直論》
◆報酬優遇で支援を
分娩を扱う病院の38%では常勤産科医が2人以下で、過酷な勤務を強いられている。疲弊した末に辞職して開業するケースも多く、現場に残った医師の負担がさらに重くなる悪循環が繰り返されている。産科医療が崩壊しつつあると警告する専門家は多い。
産科医がこれほど減った要因の一つは、若手医師が産科を嫌う傾向が高いからだ。その背景には産科特有の不利な条件がある。
出産は昼夜を問わないうえ、妊娠経過が順調でも、出産直前に予想外の異変が起きることがあり、勤務が不規則で激務になりがち。その割には報酬面で恵まれていない。さらに、出産は安全なものという思い込みが国民に定着しているせいか、医療事故が起きると訴えられるリスクが高い。医師1000人あたりの訴訟件数は外科より多く、麻酔科の5倍にのぼる。
産科医不足を改善できる効果的な対策はあるのか。厚労省が都道府県による緊急対策として打ち出した集約化・重点化構想は、大都市近郊や地方都市など産科医が一定数残っている地域では、ある程度の効果が見込まれる。妊婦にとっては出産できる近くの病院が消える場合もあるが、やむを得ない当面の措置といえる。都道府県は早急に進めるべきだ。産科婦人科学会も同様の提言をしている。
しかし、問題はへき地。現状維持もおぼつかない地域が多い。厚労省が、都道府県だけでは対応しにくい緊急対策として計画中の医師派遣(紹介)システムや女性医師バンク、助産師の活用制度などの実現を急がなければならない。
こうした対策と並行して、現場で孤軍奮闘してくれている産科医の士気を保つ必要がある。その気になれば今すぐできる支援策は、報酬を他の診療科より格段に優遇することだ。その財源の一つと考えられるのが分娩料の大幅な値上げ。実現への条件整備として、産科婦人科学会は出産育児一時金(現行35万円)の引き上げを求め、60万円程度が適当としている。
人口減少社会を食い止めるには産科医療の再構築が欠かせない。国や自治体はそのための予算を思い切って増額すべきではないか。(主任調査研究員 傍島茂雄)
〈産婦人科を巡る状況〉
医療施設で働く医師総数が毎年3500人~4000人増えている中で、産婦人科医は減少。厚労省の調査によると、04年度は1万163人で94年に比べ8%もダウンした。主要診療科の中で医師が減っているのは産婦人科と外科だけだ。高齢化も進み、産科婦人科学会員のうち50歳以上が全体の53%(外科学会では同40%)。30歳未満の若手産婦人科医はわずか5%で、女性が72%を占める。こうした事情に伴い、分娩施設が急減。同学会の調査(05年現在)では病院、診療所数が93年に比べそれぞれ29%、28%もなくなった。
◎「どうする地方」は毎月1回、掲載します。ヨミウリ・オンライン(http://osaka.yomiuri.co.jp/local/)でご覧いただけます。
図=安芸保健医療園
図=分娩施設数の地域格差
図=診療科別の医療訴訟件数
写真=入院患者を回診する篠原医師(右)=高知県安芸市の県立安芸病院で
写真=わが子に沐浴をさせる佐藤さん夫妻。左は助産師の渡部輝子さん(宮城県白石市の公立刈田綜合病院で)
写真=大谷嘉明医師
[読売新聞
〈解〉産婦人科を巡る状況
医療施設で働く医師総数が毎年3500人~4000人増えている中で、産婦人科医は減少。厚労省の調査によると、04年度は1万163人で94年に比べ8%もダウンした。主要診療科の中で医師が減っているのは産婦人科と外科だけだ。高齢化も進み、産科婦人科学会員のうち50歳以上が全体の53%(外科学会では同40%)。30歳未満の若手産婦人科医はわずか5%で、女性が72%を占める。こうした事情に伴い、分娩施設が急減。同学会の調査(05年現在)では病院、診療所数が93年に比べそれぞれ29%、28%もなくなった。
[読売新聞 ]
投稿者 akiuchi : 07:13 AM
December 14, 2006
ノロウイルス
全国でノロウイルスによる集団感染性胃腸炎が発生している。栃木県でも高齢者施設で集団発生をしているという。このウイルス検査はどういうわけか保険適応になっていない。病院、保育所の厨房は警戒しなければならない。とりあえずの予防策は手洗いの励行ということになるのだろうか。
ノロウイルス:3施設で集団感染 /栃木
県は8日、県北の高齢者福祉施設と県南の障害者福祉施設で、20~100代の入所者ら計78人に、ノロウイルスによる集団感染性胃腸炎が発生したと発表した。1人が入院している。
県健康増進課によると、県北の高齢者施設は11月22日以降、入所者38人、職員12人が、また県南の障害者施設は今月1~7日、入所者24人、職員4人が発症。両施設とも入所者からノロウイルスが検出された。
同課は、福祉施設でノロウイルスの集団感染多発を受け、週明けにも県内の施設関係者を集め、防止策の徹底を図る。
一方、宇都宮市内の高齢者福祉施設でも80~90代の入所者29人、職員11人の計40人にノロウイルスによる集団感染性胃腸炎が発生。いずれも軽症。宇都宮市保健予防課によると、今年度、同市内のノロウイルスによる集団感染は初めて。【関東晋慈】
12月9日朝刊
(毎日新聞) - 12月9日11時1分更新
<ノロウイルス>全国で大流行 患者数が最高を記録
ノロウイルスが主な原因となって、下痢や嘔吐(おうと)などを起こす感染性胃腸炎が大流行している。国立感染症研究所が全国約3000カ所の小児科で実施している定点調査では、11月20~26日の患者報告数が1地点当たり19.8人となり、81年の調査開始以来最高を記録した。発症のピークは例年、12月中旬から下旬にかけてで、今後さらに増える可能性が高い。厚生労働省は手洗いの励行など予防措置の徹底を呼びかけている。
感染研によると、感染性胃腸炎の患者数が例年より増え始めたのは10月上旬から。西日本を中心に流行が始まり、中部や関東地方にも拡大した。10月下旬からは昨年同時期の2倍を超えている。
ノロウイルスは、生ガキなど加熱が不十分な貝類を食べることで感染するほか、患者の便や吐しゃ物から二次感染する。
11月26日までの1週間で1地点当たりの患者数が多かった都道府県は、富山(42.4人)▽群馬(33.8人)▽三重(33.5人)▽福井(33.2人)▽宮崎(32.7人)など。通常は1~2日で症状が治まるが、大阪や奈良では高齢者が死亡するケースも出た。
厚労省は、食前や患者の便などを処理した後の手洗いの徹底や、食品の十分な加熱などを呼びかけている。【西川拓】
(毎日新聞) - 12月9日10時40分更新
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ノロウイルス
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ノロウイルスの透過型電子顕微鏡写真

ノロウイルス(Norovirus)は、非細菌性急性胃腸炎を引き起こすウイルスの一種。カキなどの貝類による食中毒の原因になるほか、感染したヒトの糞便や嘔吐物、あるいはそれらが乾燥したものから出る塵埃を介して経口感染する。ノロウイルスによる集団感染は世界各地の学校や養護施設などで散発的に発生している。
目次 [非表示]
1 分類と歴史
2 ウイルスの特徴
3 ノロウイルス感染症
3.1 症状
3.2 感染経路
3.2.1 感染型食中毒
3.2.2 伝染性胃腸炎
3.3 診断
3.4 治療
3.5 感染予防
4 関連項目
5 参考図書
6 外部リンク
[編集] 分類と歴史
1968年、米国オハイオ州ノーウォークの小学校において集団発生した胃腸炎の患者から発見され、1972年に電子顕微鏡によりその形態が明らかにされたウイルスが「ノーウォークウイルス(Norwalk virus)」と名づけられた。この後、このノーウォークウイルスとよく似た形態のウイルスによる胃腸炎や食中毒の例が、世界各地で報告され、それぞれその土地の名前を冠して呼ばれた。これらは、そのウイルス粒子を電子顕微鏡下で観察したときの形から小型球形ウイルス(Small Round-Structured Virus, SRSV)とも呼ばれたが、ウイルス粒子の表面に32個のコップ状のくぼみがあることから、ラテン語でコップを意味するcalixにちなみ、カリシウイルスという科に分類された。
1977年、札幌で幼児に集団発生した胃腸炎から、ノーウォークウイルスとよく似た小型球形ウイルスが病原体として発見され、サッポロウイルス(Sapporo virus)と名付けられた。しかし、サッポロウイルスには電子顕微鏡下で「ダビデの星(Star of David)」と形容される特徴的な構造が見られ、その他の特徴からも、カリシウイルス科の中でもノーウォークウイルスとの違いが大きいものと考えられた。そこで、それまで見つかっていたものを「ノーウォーク様ウイルス(“Norwalk-Like virus”, NLV)」、ダビデの星型の構造を持つものを「サッポロ様ウイルス(“Sapporo-like virus”)」という仮称を用いて分類するようになった。
2002年、第12回国際ウイルス学会(パリ)において、それまでノーウォーク様ウイルスと呼ばれていたものを「ノロウイルス属(Norovirus)」、サッポロ様ウイルスと呼ばれたものを「サポウイルス(Sapovirus)」という名称で呼ぶことが定められた。2005年現在、カリシウイルス科には4属のウイルスが含まれるが、そのうちヒトの疾患に関係するものは、このノロウイルス属とサポウイルス属の2属である。他のカリシウイルス科にはラゴウイルス属(Lagovirus)とベシウイルス属(Vesivirus)が認定されている。
エンベロープを持たないプラス一本鎖RNAウイルス
カリシウイルス科(Caliciviridae)
ノロウイルス属(Genus:Norovirus, “Norwalk-like virus”)(SRSV: Small Round-Structured Virus)
ノーウォークウイルス(Species: Norwalk virus)
サポウイルス属(Genus: Sapovirus, “Sapporo-like virus”)
サッポロウイルス(Species: Sapporo virus)
ラゴウイルス属(Genus Lagovirus)
RHDV(Rabbit hemorrhagic disease virus)
ベシウイルス属(Genus Vesivirus)
VESV(Vesicular exanthema of swine virus)
[編集] ウイルスの特徴
ノロウイルスは、ウイルスの分類上、プラス鎖の一本鎖RNAウイルスに分類される、エンベロープを持たないウイルスである。ウイルス粒子は直径30-38 nmの正二十面体であり、ウイルスの中では小さい部類に属する。電子顕微鏡下では、32個のコップ状のくぼみのある球形の粒子として観察される。小型球形ウイルスという名称はこの形態的特徴に由来し、ウイルス学上での正式なものではないが、食品衛生学分野では用いられることがある。
通常、ウイルスについての詳細な研究を行うには、適切な動物培養細胞を探して感染させ、ウイルスを増殖させることが必要だが、ノロウイルスについては実験室的に増殖させる方法がまだ見つかっていない。このため、検査や治療方法に対する研究が他のウイルスと比べて遅れているのが現状である。
[編集] ノロウイルス感染症
ノロウイルスはヒトに経口感染して、伝染性の消化器感染症を起こす。死に至る重篤な例はまれであるが、治療法は確立されていない。
[編集] 症状
ノロウイルスを含む食品などを摂取した後1-2日の潜伏期間を経て、急性胃腸炎の症状が現れる。この潜伏期間は、他の細菌性の感染型食中毒に比べると短い部類にあたる。多くの場合、嘔吐、下痢、腹痛が見られ、微熱を伴うこともある。症状の始まりは突発的に起こることが多く、夜に床についていたら突然腹の底からこみ上げてくるような感触がきて吐き気を催し、吐いてしまうことが多い。しかもそれが一度で終わらず何度も激しい吐き気が起ったり吐いたりして、吐くためにトイレの便器のそばを離れられないといったことも起きる。しかも、無理に横になろうとしても気持ち悪くて横になれず、吐き気が治まった後は、急激且つ激しい悪寒が続き、さらに発熱を伴うこともある。これらの症状は通常、1、2日で治癒し、後遺症が残ることもない。ただし免疫力の低下した老人では、死亡した例も報告されている。
また感染しても発症しないまま終わる場合(不顕性感染)や、風邪と同様の症状が現れるのみの場合もある。よく、「嘔吐、下痢、腹痛を伴う風邪」という表現があるが、それはノロウイルスなどによる感染症である可能性も低くなく(エンテロウイルス等の他の原因もある)、単なる風邪ではない場合がある。ただし、これらの人でもウイルスによる感染は成立しており、糞便中にはウイルス粒子が排出されている。
[編集] 感染経路
ノロウイルスによる感染症は、その感染経路から
食中毒: ウイルスを蓄積したカキなどの生食およびウイルスで汚染された食品を喫食して経口感染するもの
感染性胃腸炎: 1によって感染した患者(あるいは1から2を経て感染した患者)の糞便や嘔吐物に排出されたウイルスから経口感染するもの
の二つに分けられることがある。販売あるいは調理提供する食品そのものの衛生管理の(食品衛生学的な)立場からは1のケースが特に問題とされるが、医学上は1と2のケースに明確な違いはない。
[編集] 感染型食中毒
ノロウイルスによる食中毒は、カキやアサリ、シジミなどの二枚貝によるものが最も多いと言われている。日本では主として秋から冬場に発症する例が多いが、これは、カキを生食する機会が冬場が多いからではないかと考えられている。
ノロウイルスは貝類自体には感染しないと考えられている。すなわち、これらの貝の体内でノロウイルスが直接に増殖することはないとされる。しかしこれらの貝では消化器官、特に食物の細胞内消化を行う中腸腺に、生物濃縮によって海水中から濾過摂食されたノロウイルスが蓄積することが知られており、このことが食中毒の原因だと考えられている。
[編集] 伝染性胃腸炎
2のケースの感染は糞口感染とも呼ばれる。ノロウイルスはヒトの腸壁細胞に感染して増殖し、新しく複製したウイルス粒子が腸管内に放出される。ウイルス粒子は感染者の糞便と共に排出されるほか、嘔吐がある場合は胃にわずかに逆流した腸管内容物とともに、嘔吐物にも排出される。糞便や嘔吐物がごくわずかに混入した飲食物を摂取したり、汚物を処理したときに少数のウイルス粒子が手指や衣服、器物などに付着し、そこから食品などを介して再び経口的に感染する。
またノロウイルスの場合、少数のウイルスが侵入しただけでも感染・発病が成立すると考えられており、わずかな糞便や嘔吐物が乾燥した中に含まれているウイルス粒子が空気を介して(空気感染で)経口感染することもあると考えられている。
発病した人はもちろん、不顕性感染に終わったり胃腸症状が現れなかった人でも、無症候性キャリアとして感染源になる場合があり、食品取り扱い時には十分な注意が必要である。
[編集] 診断
ノロウイルスは、その培養(増殖)方法がまだ見つかっていないため、糞便中のウイルス粒子を直接(増やさずに)検査する必要がある。従来は、電子顕微鏡下で糞便中に小型球形のウイルス粒子が見られるかどうかを、感染の指標としていた。ただしELISA法や、ノーウォークウイルスの遺伝子配列を元にしたRT-PCR法も開発され、診断に用いられている。
[編集] 治療
2006年現在、ノロウイルスに有効な抗ウイルス薬は存在しない。下痢がひどい場合には水分の損失を防ぐために輸液などを対症療法的に用いる場合がある。また止瀉薬(下痢止め)の使用については、ウイルスを体内にとどめることになるので用いるべきでないと言う専門家もいるが、その是非については不明である。
[編集] 感染予防
ノロウイルスの主たる感染経路は、カキなどの貝類(食中毒)と、糞便や嘔吐物からヒトの手指などを経て口から入るもの(感染者からの伝染)であるため、特に飲食物を扱う人が十分に注意を払うことが、効果的な感染予防になる。
特に調理者が十分に手洗いすること、そして調理器具を衛生的に保つことが重要である。ノロウイルスはエンベロープを持たないウイルスであるため、逆性石けん(塩化ベンザルコニウム)、消毒用エタノールには抵抗性が強いが、手洗いによって機械的に洗い流すことが感染予防につながる。
また、ノロウイルスは加熱によって感染性を失うため、特にカキなどの食品は中心部まで充分加熱することが食中毒予防に重要である。生のカキを扱った包丁やまな板、食器などを、そのまま生野菜など生食するものに用いないよう、調理器具をよく洗浄・消毒することも大事である。
感染者の糞便や嘔吐物を処理する場合は、手袋を使用し直接手で触れないよう注意し、作業後は手をよく洗うよう心掛ける。汚染された場所を消毒する際、前出のようにノロウイルスは逆性石けんや消毒用エタノールに対する抵抗力が強いため、これらによる消毒はほとんど効果がない。しかし、次亜塩素酸ナトリウムに対する抵抗力は比較的弱く、これによる消毒は比較的有効である。ノロウイルスは、症状が消失した後も48時間はウイルスが排出されることに留意しなくてはならない。
なお、2006年現在ノロウイルスに対する有効なワクチンは開発されていない。また、このウイルスに対する免疫は感染者でも1-2年で失われるといわれており、ワクチンによる予防の有効性に対しては疑問が持たれる。
[編集] 関連項目
食中毒
ウイルス
ウイルスの分類
[編集] 参考図書
丸山務他 『ノロウイルス現場対策—その感染症と食中毒 つけない・うつさない・持ち込まない』 幸書房、2006年3月 ISBN 4782102623
[編集] 外部リンク
厚生労働省:食中毒・食品監視関連情報
食品安全委員会:食品健康影響評価のためのリスクプロファイル ~カキを主とする二枚貝中のノロウイルス~
国立感染症研究所
ノロウイルスの検出法について(厚労省通知)
速報記事(ウイルス)
感染症情報センター 病原微生物検出情報(月報 IASR)特集
ノロウイルス感染集団発生 2000年1月~2003年10月
ノロウイルス感染集団発生 2003年9月~2005年10月
感染症情報センター 感染症発生動向調査週報(IDWR)◆感染症の話
ノロウイルス感染症(2004年第11週号)
アメリカ疾病予防管理センター(CDC) Norovirusのページ(英語)
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%AD%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9" より作成
カテゴリ: ウイルス | 食中毒
投稿者 akiuchi : 10:48 PM
HIV除去し体外受精計画 夫婦とも感染、国内初
夫、妻ともにエイズに感染している夫婦の体外受精で生まれてくる子供の安全性は心配ないのか気にかかるがこのような問題が現実に起きているというエイズの浸透ぶりにも驚かされる。もう「対岸の火事」では済まされないということなのだろう。
HIV除去し体外受精計画 夫婦とも感染、国内初
夫、妻ともエイズウイルス(HIV)に感染しているが子供を望んでいる30代の夫婦が、赤ちゃんへの感染の危険を最小限にするため、精子からHIVを除去した上での体外受精の実施を東京都内の病院に依頼したことが12日、分かった。実現すれば、夫婦とも感染者の例では国内初の試みになるとみられる。
病院は東京都杉並区の荻窪病院。主治医の花房秀次血液科部長が院内の倫理委員会に実施を申請し、検討が進んでいる。
夫婦は関東地方在住で、いずれも血液製剤により成人する前に感染した。免疫状態は良好なため抗ウイルス薬はまだ服用していないが、夫は血液中のウイルス量が増え始めており、「性交渉による妊娠は、夫の強いウイルスに新たに感染することで、妻の安定した状態を悪化させる恐れがある」(同部長)という。
花房部長らのチームは、試薬や遠心分離などで精液からHIVを除去する技術を開発。夫が感染者である計55組の夫婦に人工授精や体外受精を実施し、これまでに37人の赤ちゃんが生まれたが、妻と赤ちゃんへの感染例はないという。
妻のみが感染者である夫婦に対しても、人工授精の結果、感染のない赤ちゃんが生まれたとの報告があるが、夫婦双方が感染している場合については国内で生殖技術の利用の是非をめぐる検討が進んでおらず、実施されてこなかったとみられる。
花房部長は「夫婦とも感染者でも治療法の進歩で生存期間は今後も延びると期待され、子供を持つことは人生における自然な願いだ。少しでも安全性を高めるため、患者が望むなら医療は積極的に補助すべきだ」と話している。
◆幅広い議論を
厚生労働省研究班でHIV感染者の生殖医療についての研究を担当している田中憲一新潟大教授(産婦人科)の話 「夫婦ともに感染者というケースで生殖医療の相談が来ているという話は承知している。子供の福祉という観点からも幅広い議論が必要な問題だと思う」
[産経新聞 ]
投稿者 akiuchi : 09:52 PM
<出産医療事故>産婦人科医の公判前整理手続き 福島地裁
いよいよ注目の裁判が来年1月26日に初公判を迎える準備が終了した。裁判所がしました6つの争点というものが何か?詳しい情報を知りたい。
<出産医療事故>産婦人科医の公判前整理手続き 福島地裁
12月14日21時6分配信 毎日新聞
福島県立大野病院で04年、帝王切開の手術中に女性(当時29歳)が死亡した医療事故で、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた同病院の産婦人科医、加藤克彦被告(39)の公判前整理手続きが14日、福島地裁で開かれた。裁判所は、6点を争点として示した。手続きは終了し、来年1月26日に初公判が開かれる。
投稿者 akiuchi : 09:46 PM
がん難民、推計68万人 3カ所回り医療費1・7倍
「お産難民」という言葉にも抵抗を覚えたが「がん難民」はいくらなんでもひどすぎる。マスコミはもう少し言葉の使い方にデリケートであるべきだ。比喩として使うにしてもこの「がん難民」は根本的に誤用だと思う。自分で勝手に医療機関をワンダリングしているだけじゃないのかな?難民条約ぐらいマスコミはきちんと勉強しろといいたい。
がん難民、推計68万人 3カ所回り医療費1・7倍 「説明や方針納得できず」 民間研究機関が調査 (1)
06/12/08
記事:共同通信社
提供:共同通信社
ID:416328
納得できる治療を求めて悩んでいる「がん難民」はがん患者の53%で、全国で推計約68万人に上ることが7日、民間研究機関の日本医療政策機構(代表理事・黒川清(くろかわ・きよし)前日本学術会議会長)の分析で分かった。
がん難民は平均3カ所の医療機関を受診し、医療費は、それ以外のがん患者の1.7倍。がん難民に着目した調査は珍しく、同機構は「がん難民解消の政策に生かしてほしい」としている。
調査は2005年1-6月、約30の患者会やインターネットを通じて実施。がん患者1186人の回答を分析した。
明確な定義がないがん難民について「医師の治療説明に不満足、または納得できる治療方針を選択できなかった患者」と規定。いずれかに該当する人は625人、全体の53%に上った。治療方針に納得していない患者に限ると27%。2年の厚生労働省の調査で日本のがん患者は約128万人いることから、約68万人ががん難民と推計した。
受診した医療機関数は、最も多かった患者で19カ所。がん難民の平均は3.02カ所、それ以外のがん患者は1.95カ所だった。
がん難民の91%は「日本のがん医療の水準に不満」と回答。必要な情報として「専門医の有無」「医師・病院ごとの治療成績」などを求める割合が高かった。
これまでにかかった保険診療費はがん難民が平均141万円、それ以外は96万円。自由診療分や健康食品代などを加えた総医療費は、それぞれ305万円と176万円だった。
同機構は、がん難民を100パーセント解消すれば年間約5200億円の医療費が削減できると推計している。
▽がん難民
がん難民 複数の医療機関を渡り歩いたり「治療は尽きた」と言われても、なお最新の治療法を探し求めたりするがん患者を指して使われることが多いが、定義は定まっていない。背景には地域や医療機関によって医療水準に格差があるとの指摘もある。今年6月には、がん対策基本法が成立。厚生労働省は、予防や早期発見と合わせて全国的な治療水準の向上を目標に掲げ、専門医の育成や相談体制の整備、全国250の「がん診療連携拠点病院」の設置を進めている。
難民
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難民(なんみん、英:refugee)は、戦争、宗教や民族対立などの理由だけでなく天災や貧困、飢餓などの理由で住む場所を追われた人々を指す。しかし現在の国際法においては紛争や政府の弾圧など迫害を受けるものに対する救済の義務が立法化されているため、狭義の政治難民を難民と呼ぶ。
目次 [非表示]
1 概説
1.1 難民の地位に関する条約(難民条約)
1.2 難民の地位に関する議定書(難民議定書)
1.3 日本の対応
2 比喩
3 脚注
4 関連項目
5 外部リンク
[編集] 概説
「難民の地位に関する条約」(難民条約)の対象の難民は、「人種・宗教・国籍・政治的信条などが原因で、自国の政府から迫害を受ける恐れがあるために国外に逃れた者」とされている。これは政治難民(英:PoliticalRefugee)と呼ばれる。しかし難民のもともとの定義は政治に限定されているわけではない。歴史的には天災、飢餓や伝染病、国内外の紛争から逃れるために住む場所を追われた者が難民(もしくは流民、英:displaced person)の多数を占めた。これらの災害難民は多くの場合国内の別の地域に移動するため内部難民(InternalRefugee)などと呼ばれる。また近年では経済的貧困を逃れるため理由での難民も経済難民(英:EconomicRefugee)と呼ばれる。1997年の時点で世界の難民は約2610万人とされている。国際連合難民高等弁務官事務所(略称:UNHCR)によると、2004年12月31日時点で世界の難民は923万6500人とされている。地域別ではアフリカが最大で全難民の30%が居住しており、ついでヨーロッパの25%である。難民認定を受けられないと保護が受けられない例も多く、狭義では認定を受けた者のみを難民と呼ぶ例もある。そのため法的低位として難民申請者(庇護希望者[1])、国内避難民[2](国内難民)などの呼び方がされる場合もある。
なお、亡命という語には政治的、信条的な理由により自主的に出国するという語感があるが、法的には難民と同じである。英語でも難民と同じく「refugee」と言うが、亡命の語感を生かす場合は「self exile」(自主的追放)を使う。
[編集] 難民の地位に関する条約(難民条約)
1951年7月28日にスイス・ジュネーブにて行われた「難民及び無国籍者に関する国際連合全権会議」において採択された。「難民法のマグナ・カルタ」と呼ばれる。難民の定義、難民保護のための行政措置、ノン・ルフルマンの原則(送致・送還の禁止の原則)が定められた。ただし、この条約は対象地域を欧州に限定することができ(しないこともできる)、さらに、対象となる難民も1951年1月1日前に発生したもののみに限定されていた。日本における法令番号は「昭和56年条約第21号」。
[編集] 難民の地位に関する議定書(難民議定書)
1967年1月31日に国際連合によって作成された。難民条約における対象地域の限定を原則解消し、対象難民の時限的限定を排除した。日本における法令番号は「昭和57年条約第1号」。
[編集] 日本の対応
1981年10月3日の難民条約加入(対象地域を欧州に限定しない旨宣言)、1982年1月1日の難民議定書加入(条約・議定書とも日本国における発効は1982年1月1日)を契機として、それまでの「出入国管理令」を題名も含めて大幅改正した「出入国管理及び難民認定法」(入管法)によって難民の認定手続等を定めている。しかし、入国管理当局の認定基準が非公開且つ厳格で、難民調査官及び法務大臣という法務省官吏のみが調査・認定権限を有し、他国、特に欧米諸国に比べ受入れ人数が少なすぎるという批判がある(ただし、他国からウサギ小屋とまで揶揄されるほどの日本の住宅環境から見れば、受け入れられる難民の数は自ずと限定されるという反論もある)。
このため、2005年5月から、外部の学識経験者等(文化人、弁護士等を含む)が難民審査参与員として難民認定手続に関与する制度が導入されている。
[編集] 比喩
元いた所にいられなくなり行き場を失った人を、難民に例えることがある。
よく閲覧していたウェブサイト・電子掲示板等が荒らしにあったり管理者の都合で閉鎖されたりして、行き場を失ったネット住民を「難民」と呼ぶ。
2ちゃんねるにはサーバーダウンなどで書き込めなくなった掲示板の住人のために難民板が用意されている。
[編集] 脚注
[ヘルプ]↑ 庇護希望者(Asylum-seeker):UNHCRによれば、自国を追われ、他国に難民として保護を求めている人々を言う。UNHCRが難民と認定しても、その国の政府が難民と認めない場合がある。
↑ 国内避難民(IDP, Internally Displaced Person):難民とは国境を越えて初めて難民として認定される。しかし国内にとどまりながらも故郷を追われ、難民と同じような状況にある人々がいる。UNHCRによれば、このような人々のことを言う。
[編集] 関連項目
国際連合難民高等弁務官事務所
アフガン紛争
インドシナ難民
パレスチナ問題
難民キャンプ
脱北者
[編集] 外部リンク
国際連合難民高等弁務官事務所(2004 Global Refugee Trends)
難民支援協会(日本のNGO)
日本外務省
難民事業本部(アジア教育福祉財団)
難民の地位に関する条約
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%A3%E6%B0%91" より作成
カテゴリ: 難民 | 外国人 | 人間の移動
投稿者 akiuchi : 08:41 PM
医師不足:解消対策、自治医大卒業生を活用 県議会地域医療特別委が提言 /栃木
栃木県は自治医大卒業生を小児科、産婦人科に誘導するという方針。強制ではなく魅力ある「産婦人科」でなければ後で自治医大卒業生を後悔させることになる。果たしてそれだけの魅力が今の産婦人科医療にあるか疑問。
医師不足:解消対策、自治医大卒業生を活用 県議会地域医療特別委が提言 /栃木
12月14日13時1分配信 毎日新聞
◇小児・産婦人科へ誘導
今年3月に設置された県議会の地域医療・保健対策特別委員会が13日、報告書をまとめ、閉会した。報告書には、県内の小児科医、産婦人科医が不足している実情を踏まえ、自治医大(下野市)卒業医師に対する両科への誘導や地域医療への貢献を求める対応など、県側への提言が盛り込まれた。【関東晋慈】
報告書によると、県内主要28病院の常勤医師数は、04年8月~06年同月の2年間で5・5%減少。中でも、小児科が49人から43人(12・2%減)、産婦人科は51人から45人(11・8%減)と10%以上減少し、減少幅が目立っている。
現状を受け報告書では、医師育成策として、7割以上が内・外科に進んでいる自治医大卒業医に対し、小児・産婦人科への道を開いて誘導することや、授業料を免除する代わりに在学期間の1・5倍のへき地勤務の義務化や、卒業後も地域貢献を求める――などの対応を提言した。
県医事厚生課は「来年度から、報告書の内容を盛り込む施策を検討したい」としている。一方、同大付属病院の島田和幸病院長は「これまで県は卒業医を外科へ勧める傾向があり、小児、産婦人科に進みたいという医師が道を閉ざされる恐れもあった。強制しない形で、提言を施策に反映させてほしい」と話した。
同委員会は、県内の医師不足などの課題に対処するため、医療提供体制の整備に向けた調査研究を目的に設置され、計8回開催された。
12月14日朝刊
投稿者 akiuchi : 08:12 PM
December 13, 2006
カロリー制限にはご用心 骨密度が減少と米チーム
私もここ1年くらいで急激なダイエットをして一気に20kg近く体重を落としたのだがそのために体のあちこちに変調をきたしている。最近辛いのは膝関節の痛みだがやはり運動をして筋肉を鍛えなければならないのだろう。わかってはいるのだができないところが難しい。
カロリー制限にはご用心 骨密度が減少と米チーム
06/12/12
記事:共同通信社
提供:共同通信社
ID:419189
【ワシントン11日共同】運動による減量では骨の硬さを示す骨密度が保たれたが、食事のカロリー制限による減量では骨密度が減少したとの比較研究を、米ワシントン大のチームが11日付の米医学誌に発表した。
研究チームは「骨粗しょう症の危険性が高まる中年期の減量は細心の注意を払って行う必要がある」と指摘、安易な低カロリーのダイエットを戒めている。
論文によると、平均年齢が57歳の男女48人について、食事のカロリーを最初の3カ月は16%、続く9カ月を20%減らしたグループと、従来と同じカロリーの食事を取るが運動によってエネルギー消費量を最初の3カ月は16%、続く9カ月は20%増やしたグループ、従来の生活習慣を維持したグループとに分け、1年後に体重と骨密度を測定した。
その結果、カロリーを減らしたグループでは体重が平均8.2キロ減ったが、骨粗しょう症になるとダメージを受けやすい腰椎(ようつい)や股(こ)関節、大腿(だいたい)骨上端で骨密度が約2%減少していた。
運動をしたグループは体重が平均6.7キロ減ったが骨密度に変化はなく、生活を維持したグループは体重も骨密度もほとんど変化はなかった。
【編注】米医学誌は「Archives of Internal Medicine」
投稿者 akiuchi : 10:28 AM
無資格内診させていた「堀病院」=伊藤直孝(横浜支局)
12月10日の神奈川県産婦人科医会会長八十島先生のインタビューを読んだところでは毎日も内診問題に理解を示しているのかと思ったがこの記者の目を読むとそれが甘かったということを知らされる。内診問題で診療所のお産を否定することがこれからの日本の周産期医療崩壊を加速するという視点がどうしてこの毎日の記者にはないのだろう?助産所とセンター病院集約化の結果はもっと悲惨なことになると私は思う。
産科希望の研修医は減少傾向にあるという記事も出ているがその理由を記者は真剣に考えて欲しいと思う。お産に寄り添う助産師だけではお産の安全は確保できないのだ。
12月10日のインタビュー
http://blog.med-apple.co.jp/mailmaga/diary/archives/2006/12/post_113.html
記者の目
無資格内診させていた「堀病院」=伊藤直孝(横浜支局)
◇「助産師軽視」、真実を語れ--産科医療、再考のために
やむにやまれずの行為だったのか。信念があって、そうしたのか。ただ「真実」を聞きたい。
神奈川県警は11月27日、横浜市瀬谷区の産婦人科病院「堀病院」で助産師資格を持たない看護師らが産道に指を入れお産の進み具合を診る「内診」を繰り返していたとして、堀健一院長(79)ら11人を保健師助産師看護師法(助産師業の制限)違反容疑で横浜地検に書類送検した。
強制捜査が始まったのは8月24日。同県警が堀病院を家宅捜索するや、産科医団体は助産師不足などを理由に反発した。堀院長も「助産師が不足していた」と語り、記者会見ではこんなやりとりもあった。
--なぜ助産師が根付かなかったのか。
院長 昨年まで、医師が新生児を取り上げることを前提に助産師を集めていた。「おいしいところ」を医者がやるので励みが少なかったのか、来てもすぐやめてしまう。給料をけちったからではない。
--なぜ取り上げを医師のみに任せたのか。
院長 サービスです。医師がやる方が妊婦が安心するだろうと思っていた。
--助産師は何をしていたのか。
院長 一緒ですよ。内診したりして。
--分娩(ぶんべん)室に助産師を入れなかったのでは。
院長 そんなことはない。
だが、その後の取材で、堀病院は助産師が院内にいても分娩に積極関与させず、マニュアルを作成して看護師らに内診をさせていた実態が明らかになった。横浜市の調査では、5月から家宅捜索翌日までの約4カ月間で、非常勤を含め計6人いた助産師が分娩室に日勤したのはわずか3日。多くが新生児室や母乳相談を担当させられていた。一方、県警が押収した分娩経過図表によると、過去2年半で無資格内診は計3万9000回にも上っていた。
記者会見での話とは明らかに矛盾するこうした実態について、堀院長は改めて説明する必要があるはずだ。だが、院長は8月25日の記者会見以降、公の場で説明をしていない。私たちは文書や電話で再三取材申し込みをしたが、応じてもらっていない。
助産師はお産を中心に女性に寄り添う仕事で、学校で計720時間以上の専門教育を受け、国家試験を受ける。「内診はただの観察ではない」「助産師の専門性が理解されていない」。事件後、助産師からは堀病院への不信の声を数多く聞いた。現場で働く助産師は全国で約2万6000人。約79万人の看護師や約27万人の医師に比べはるかに小さな集団で、結びつきは強い。堀病院の助産師軽視ぶりが仲間うちで伝わり、助産師が集まらなかったことは容易に想像できる。
日本看護協会の楠本万里子常任理事によると、お産には安全を考えて医師が中心に行う分娩と、妊婦の自発性や自然に任せる分娩という二つの考え方がある。堀病院が母子の安全を第一に考え、医師中心のお産に取り組んでいたのであれば異論はない。だが、堀院長は家宅捜索後、記者団が「妊婦さんは助産師が内診をやっていると思っていたんじゃないですか」と問うと、「妊婦さんは法律的なことは分からない」と言い切った。家宅捜索後に堀病院を視察したある産科医は「設備が整い医療の質は高いが、助産師が妊婦に寄り添って励まし、経過を見続けるようなケアの部分が弱いと感じた」と話す。
堀病院の総分娩件数は昨年までの過去10年間で3万800件と国内トップクラスだ。人口360万人の横浜市で出産数の約1割を担う。1959年の開業間もないころ、破水した妊婦をたびたび車で迎えに行ったという堀院長も「ざっくばらんで飾らない性格」と評判は高い。一般病院で約2割(05年厚生労働省調査)とされる帝王切開率も4%(00~05年平均)と低く、家宅捜索後の妊婦転院も計92件にとどまったという。
事件後、横浜市は相次ぐ妊婦からの相談を休日返上で受け付け、日本助産師会神奈川県支部は助産師確保について堀病院に協力を申し出た。こうした支援を受けるのも、堀病院がお産場所の確保に大きな役割を果たしてきたからだ。
助産師の偏在、分娩施設減少などで産科医療の危機が叫ばれて久しい。産科医や助産師をどう確保するのか。看護師内診も、助産行為として認めない現行の厚労省解釈のままでいくのか、日本産婦人科医会が主張するよう診療の補助行為とみて認めるべきなのか。
今回の事件は、望ましいお産について議論を尽くすための好機だと思う。そして何より「出産数日本一」の病院長の率直な説明こそ、産科医療を考えるための貴重な証言になるはずだ。
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「記者の目」へのご意見は〒100-8051 毎日新聞「記者の目」係へ。メールアドレスkishanome@mbx.mainichi.co.jp
毎日新聞 2006年12月13日 東京朝刊
「産科希望の研修医は数%」 神奈川県
記事:毎日新聞社
提供:毎日新聞社
【2006年12月12日】
問われる「日本一」:堀病院・無資格助産事件 「産科希望の研修医は数%」 /神奈川
◇4大学の医学部長ら、高い女性離職率も指摘
産科医不足が叫ばれる中、県内で医学部を持つ大学でも、産科医を希望する研修医はわずかであることが分かった。
松沢成文知事が横浜市立、北里、聖マリアンナ医科、東海の4大学の医学部長らと4日に開いた懇話会で、産科医希望者は研修医の「5%弱」(聖マリアンナ医大)「2-3%しかいない」(北里大)と厳しい報告が相次いだ。
県によると、県内の医師数は94-04年の10年間で19・6%増加したが、産科・産婦人科医は700人から663人と5・3%減少した。
懇話会で、横浜市大は「8人いる産科医のうち2人が来年廃業し、5人が休業、1人が結婚退職するが、新たな入局者は2人だけ」と嘆き、聖マリアンナ医大も「産科医の44%が女性だが、離職率が高い」と明らかにした。
松沢知事は結婚退職するなどした女性医師の再就職に向け、県と大学が連携した再教育制度を打診した。しかし、一部の大学は研修医の流出などを理由に難色を示した。【稲田佳代】
投稿者 akiuchi : 09:22 AM
日本産科婦人科内視鏡学会の技術認定医
日本産科婦人科内視鏡学会の技術認定医一覧が読売新聞に紹介されていた。ひとりひとりの症例数も含めてデータが一般に公開される時代になったのだと知って吃驚。このデータを見て患者が病院の医師を選ぶということになるのだろうか?
病院の実力](39)婦人科でも広がる内視鏡(連載) 読売新聞 2006年12月10日(日)
◆専門医それぞれに得意分野
子宮筋腫(きんしゅ)や子宮内膜症、良性の卵巣腫瘍(しゅよう)などの手術には、従来の開腹手術のほかに、おなかを大きく切らずに治療する内視鏡手術という方法もある。体への負担が軽くすむが、専門医が少ない。日本産科婦人科内視鏡学会の技術認定医を紹介する。
婦人科の病気の手術は現在も、開腹手術が主流だ。しかし腹腔(ふくくう)内にカメラを入れてモニターを見ながら行う内視鏡手術も少しずつ広がっている。開腹手術とは異なる技術が必要だが、患者にとって傷が小さくてすむなどの利点があるためだ。
専門とする医師には、それぞれ得意とする病気や方法がある。それを示すため、読売新聞社は今年10月、技術認定医196人全員にアンケートを送付。うち132人から有効回答を得た(回収率67%)。表には回答者全員の実績を掲載した。
◆子宮筋腫
子宮筋腫は、子宮の筋肉にできる良性の腫瘍で、小さなものも含めると成人女性の3~4人に1人が持つと言われる。自覚症状がない場合が多いが、過多月経や不正出血、貧血が起きたり、筋腫が子宮の外側を圧迫して頻尿や便秘になったりすることもある。
かつては「握りこぶし大」以上なら一律に手術という医師が多かったが、最近は症状がなければ、半年から1年ごとの検診で様子をみるのが一般的だ。
手術には子宮全部を切除する全摘術と、子宮を残し、筋腫だけを切り取る核出(かくしゅつ)術がある。核出術の方が技術的に難しいことが多く、治療法の選択は患者の希望だけではなく、医師の技術水準にもかかわっている。複数の医師に相談して、じっくりと治療法を決めたい。
◆子宮内膜症
子宮内膜症は、子宮の内側を覆う内膜に似た組織が、卵巣や骨盤内などにでき、月経周期に合わせて増殖や出血を繰り返す病気だ。命にはかかわらないが、激しい月経痛、排便痛、性交痛などの強い症状が出ることがある。
薬物療法のほか、手術で病巣を除去したり、電気メスやレーザーで焼いたり、癒着をはく離したりすることで症状を軽減できる。こうした手術には、細かい病巣を拡大して映す内視鏡手術が有効だ。
◆件数の見方
日本産科婦人科内視鏡学会の技術認定医は、100例以上の経験と、手術のビデオを審査委員がチェックする試験に合格しなければならない。「安全かつ確実に手術が行えるかどうか」(堤治・同学会技術認定委員長)が合否の最大の基準で、合格率は約6割だ。
一覧表の件数は、自分が執刀した手術件数で、指導のために助手を務めた数は原則として含まれていない。このため、後進の育成に力点を置く認定医の件数は低くなる場合がある。
全員が実技審査を受けた認定医なので、件数の多少で比べるのではなく、子宮筋腫や子宮内膜症の件数の比率から、得意分野を知る参考にしてもらいたい。
小型カメラを使う内視鏡手術は、腹部に数か所の穴を開けてメスやカメラを入れる腹腔鏡と呼ばれるものが一般的だが、膣(ちつ)から入れる子宮鏡や卵管鏡という限られた用途の器具もある。
子宮鏡は内側に飛び出た子宮筋腫や内膜のポリープなどの治療。卵管鏡は、卵管のつまりや癒着を解消させる。
同学会は技術認定医の一覧をホームページ(http://square.umin.ac.jp/jsgoe/)で公開しており、アンケートに回答が得られなかった医師もいるので、受診前に技術認定医かどうかは確認しておきたい。(館林牧子)
◇主な医師の婦人科内視鏡治療の実績(2005年1~12月実績)
A=内視鏡下手術総数
B=子宮筋腫治療数、( )内は子宮筋腫核出手術数
C=子宮内膜症治療数
A B C
北海道 市立旭川 林博章 173 51( 19) 22 注1
札幌鉄道 寒河江悟 35 5( 5) 7
旭川医大 山下剛 28 20( 0) 3
青森 弘前大 藤井俊策 90 35( 31) 25
福井淳史 22 7( 7) 5
岩手 県立磐井 鍋島寛志 84 21( 7) 13
県立釜石 小笠原敏浩 52 12( 12) 26
宮城 吉田Lク 吉田仁秋 71 10( 6) 26
村川晴生 68 16( 16) 2 ★
スズキ記念 田中耕平 85 45( 43) 11 ★
秋田 秋田赤十字 太田博孝 81 36( 33) 13
茨城 山懸 小野寺正行 20 0( 0) 5
栃木 済生会宇都宮 飯田俊彦 108 30( 25) 13
群馬 前橋赤十字 山田清彦 216 74( 49) 67
舘出張佐藤 佐藤雄一 77 21( 21) 5
群馬大 伊藤理広 54 9( 9) 12
上条女性ク 上条隆典 19 4( 4) 9
埼玉 埼玉医大総合医療セ 林直樹 138 59( 46) 31
斉藤正博 16 1( 1) 4
越谷市立 小堀宏之 141 41( 37) 40
丸山記念総合 丸山正統 94 19( 19) 15 ★
防衛医大 古谷健一 84 3( 3) 60
自治医大大宮医療セ 今野良 68 7( 4) 29
上尾中央総合 中熊正仁 33 2( 2) 13
千葉 千葉徳州会 清水洋 202 74( 60) 66
帝京大ちば総合医療セ 梁善光 101 5( 4) 25
東京 順天堂大 武内裕之 314 173(146) 94
北出真理 174 113(111) 38
菊地盤 126 67( 67) 37
島貫洋人 104 38( 38) 28
東邦大大森 森田峰人 375 240(210) 60
浅川恭行 285 130(108) 73
駿河台日大 長田尚夫 533 268(236) 60 ★
永石匡司 17 12( 8) 2
慶応大 浅田弘法 196 94( 71) 53
末岡浩 120 0( 0) 2 ☆
東京大 藤原敏博 114 32( 24) 53
大須賀穣 107 41( 20) 54
堤治 21 7( 3) 10
赤枝医院 赤枝朋嘉 221 97( 88) 45 ★
東京日立 合阪幸三 214 50( 50) 85
日本医大 明楽重夫 141 53( 39) 34
竹下俊行 66 26( 22) 8
大森赤十字 内出一郎 163 40( 29) 74
うすだLク 臼田三郎 58 15( 14) 13 ★
東邦大大橋 川村良 44 4( 4) 10
国立国際医療セ 五味淵秀人 37 5( 5) 12
荻窪 北村誠司 35 11( 11) 2 ★
都済生会中央 岸郁子 30 10( 9) 7
神奈川 川崎市立川崎 林保良 281 256(256) 0 ★
木挽貢慈 51 25( 12) 19
聖マリアンナ医大 斉藤寿一郎 116 25( 22) 42 ★
田村みどり 90 14( 12) 17
日本医大武蔵小杉 可世木久幸・松島 隆
200 100( 70) 40 ★
湘南鎌倉総合 井上裕美 180 75( 71) 42
帝京大溝口 西井修 164 69( 54) 22 ★
矢崎 田中雄大 139 69( 40) 22
北里大 川内博人 108 18( 16) 36
石川雅一 25 8( 6) 6
川崎市立多摩 栗林靖 120 37( 36) 10 ★
東海大 鈴木隆弘 70 14( 4) 16
聖マリアンナ医大横浜市西部 藤脇伸一郎 48 27( 27) 3 ★
横浜総合 渡辺潤一郎 43 14( 4) 3
富山 県立中央 舟本寛 207 57( 27) 22
谷村悟 50 33( 23) 7 ★
石川 県立中央 平吹信弥 48 28( 7) 5
長野 ひろおかさくらLWク 増沢秀幸 95 11( 4) 42
岐阜 岐阜市民 山本和重 354 143( 68) 27 ★
県立多治見 竹田明宏 183 100( 69) 37 ★
静岡 聖隷浜松 尾崎智哉 83 5( 5) 28
小島Lク 小島栄吉 76 29( 26) 21
聖隷三方原 望月修 50 3( 3) 9
愛知 藤田保健衛生大 広田穣 222 72( 38) 56
塚田和彦 57 23( 17) 17
成田 大沢政巳 129 21( 21) 50
可世木 可世木成明 73 31( 31) 20 ★
さわだWク 沢田富夫 37 0( 0) 0 ☆
三重 済生会松阪総合 竹内茂人 40 8( 8) 13
滋賀 野洲 木村俊雄 88 28( 4) 12
滋賀医大 高橋健太郎 37 6( 6) 13
京都 国・京都医療セ 杉並洋 146 64( 37) 67
谷口文章 128 44( 32) 25 ★
佐伯医院 佐伯理男 171 78( 71) 51 ★
伊藤 伊藤将史 93 37( 31) 32
府立医大 北脇城 46 11( 2) 13
大阪 大阪中央 伊熊健一郎 367 123(103) 93
松本貴 250 101( 52) 68
近畿大 塩田充 240 87( 40) 55
星合昊 95 37( 14) 32
大阪医大 奥田喜代司 128 54( 28) 23
寺井義人 7 5( 2) 0 注2
府立急性期・総合医療セ 竹村昌彦 52 16( 16) 7 ★
サンタマリア 井本広済 41 20( 5) 9
しんやしき産婦人科 新屋敷康 36 3( 1) 15
谷口 谷口武 36 5( 5) 5
府立成人病セ 上浦祥司 14 0( 0) 6
兵庫 英Wク 苔口昭次 168 0( 0) 0 ☆
奈良 はらだ医院 原田清行 118 52( 33) 41
久永婦人科ク 久永浩靖 83 0( 0) 39
近畿大奈良 小畑孝四郎 64 17( 14) 13
和歌山 岩橋医院 岩橋五郎 74 44( 44) 17
県立医大 粉川克司 60 6( 4) 16
鳥取 鳥取大 原田省 62 17( 12) 23
岩部富夫 37 13( 11) 5
島根 県立中央 吉野直樹 41 1( 1) 11
岡山 倉敷成人病セ 安藤正明 594 297( 95) 150
津山中央 楠本知行 31 6( 1) 3
広島 国・東広島医療セ 児玉尚志 83 33( 12) 9
広島市民 野間純 56 15( 10) 8
広島大 原鉄晃 51 5( 5) 3 ★
徳島 徳島赤十字 別宮史朗 63 13( 6) 11
愛媛 矢野産婦人科 矢野浩史 140 20( 20) 7 ☆★
松山赤十字 妹尾大作 109 35( 23) 21 ★
ハートLク 西睦正 3 2( 1) 0
高知 高知大 深谷孝夫 120 30( 23) 22
福岡 浜の町 福原正生 162 34( 21) 48
江上りか 157 45( 38) 45
中村元一 152 40( 24) 35
渡辺良嗣 138 22( 18) 58
公立八女総合 畑瀬哲郎 109 29( 11) 27
九州中央 野崎雅裕 41 2( 1) 8
高木 野見山真理 38 8( 8) 5
長崎 長崎市立市民 藤下晃 150 36( 19) 18
長崎大 平木宏一 110 29( 27) 8 ★
増崎英明 33 8( 4) 8
よしだLク 吉田正雄 18 4( 0) 5
熊本 ART女性ク 小山伸夫 32 6( 6) 10
大分 セント・ルカ産婦人科 宇津宮隆史 214 8( 8) 113
鹿児島 鹿児島大 沖利通 108 31( 27) 6 ★
出水総合医療セ 山崎英樹 92 51( 8) 3
沖縄 琉球大 神山茂 64 8( 8) 12
「国・」は独立行政法人国立病院機構。「セ」はセンター、「ク」はクリニック、「L」はレディース、「W」はウィメンズ、ウイメンズ。
★は子宮鏡下手術が20件以上の医師、☆は卵管鏡下手術が全体の件数の3分の1を超える医師。注1は昨年4月~今年3月実績、注2は昨年10~12月実績。複数の医師が同一施設にいる場合、施設全体の治療数が多い順に並べた。
◇次回(1月7日)は心臓外科手術
過去の「病院の実力」は、ヨミウリオンライン(http://www.yomiuri.co.jp/iryou/medi/jitsuryoku/)でご覧になれます。
写真=腹腔鏡を使って行われる子宮内膜症の手術。腹部に小さな穴を開けて挿入したカメラの映像を見ながら操作を行う(東大産婦人科提供)
[読売新聞 ]
投稿者 akiuchi : 12:56 AM
December 12, 2006
いじめ自殺 あえて親に問う (吉本隆明)
文藝春秋1月号「いじめ自殺 あえて親に問う-虐める子も虐められる子も育てられ方が問題だ-」(吉本隆明)を読む。虐められる子も虐める子もどちらも親の育て方が悪いという吉本隆明の主張はかなり過激だがどうもその根拠となる胎児期からの親との関係というものが本当に原因といえるのか?実際の事例の分析がないだけにちょっと首を傾げたくなる主張だ。
投稿者 akiuchi : 09:55 PM
December 10, 2006
堀病院・無資格助産事件 「今は現状追認を」
堀病院内診問題に関して産科医に厳しい報道をしている毎日新聞が医会会長の八十島先生のインタビューを掲載している。「このままでは県内でお産ができる場所がなくなる。地検はこのことをよく考えていただきたい。」「助産師が充足するまでは(看護師が内診をしてきた)現状を追認してほしい。」という訴えを果たしてどこまで理解しているのか?いささか疑問が残るが送検後の判断(起訴か否か)が出る前にこのような記事を毎日が載せているという所は一歩前進として評価していいのかも知れない。
問われる「日本一」:堀病院・無資格助産事件 「今は現状追認を」 /神奈川
◇堀院長には反省点も--県産科医会・八十島会長
横浜市瀬谷区の産婦人科病院「堀病院」の無資格助産事件で、県産科婦人科医会の八十島唯一(やそじまただいち)会長(74)が毎日新聞のインタビューに応じ、「これまで看護師の内診(産道に手を入れてお産の進み具合を診ること)で医療安全が損なわれたことはない。助産師偏在が著しい今は、現状を追認してほしい」と国に苦境を訴えた。一方、保健師助産師看護師法違反容疑で書類送検された堀健一院長(79)については「もう少し、助産師に協力させていれば良かった」と反省点も言及した。【伊藤直孝、写真も】
――事件はどのような影響があったか。
県内の分娩(ぶんべん)施設にアンケートすると「看護師内診が認められなければ分娩をやめる」という施設が10%もあった。医師の指示で看護師が子宮口の開き具合を計測することは、保助看法で認められた診療の補助行為。日本産婦人科医会の調査でも、看護師による内診で医療安全が損なわれたという報告はない。看護師の内診がいけないという厚生労働省の突然の通知には戸惑いを感じる。
今年は福島県で産科医が逮捕される事件もあった。県内4医大で産科医志望の研修医は、昨年の12人から7人に減った。こうした事件と無関係ではない。会の調査では、県内の分娩受け入れ可能数は10年後に7万件から6万件に減る。このままでは県内でお産ができる場所がなくなる。地検はこのことをよく考えていただきたい。
――堀病院では助産師が分娩そのものにかかわる機会が少なかった。助産師の専門性を否定していたのでは。
もう少し助産師を多く雇用して、協力させれば良かったと思う。だが堀院長に聞いたところ、堀院長は看護師を徹底的に教育し、医師の監視のもとで子宮口の開き具合の計測をさせ、最後の取り上げは全件医師が行っていた。医師が中心になってお産をみるという堀院長の信念は正しい。
現場の実感では助産師が圧倒的に少なく、しかも偏在があり個人病院や診療所には来ない。
――助産師からは堀病院への不信感の声を聞く。広く助産師を集めるためにも、事件について堀院長から改めて説明が必要ではないか。
考え方を表明して理解していただくことが必要だと思うが、今は地検の処分前で難しいだろう。
――今後は国にどういう施策を望むか。
日本の新生児死亡率、妊産婦死亡率は非常に低く、世界のトップレベルを維持してきた。助産師が充足するまでは(看護師が内診をしてきた)現状を追認してほしい。
[毎日新聞 ]
投稿者 akiuchi : 11:36 PM
December 09, 2006
ため口(おもしろ語源探求)
職員の口のきき方がひどいので「ため口」という言葉の意味を調べようと辞書を調べたら該当する字句はないと出てきた。Googleで検索をかけたところ語源に関する面白いサイトを見つけた。奈良県の高校の先生が作成した「語楽ホームページ」だ。インターネットの世界ではこういう知識が集積されて共有されるというところが本当にすごいと思う反面、何でも簡単に調べられるという欠点もある。情報の洪水の中で重要な情報を入手する方法が問われているのだと思う・・・と偉そうなことをいっている私の文章もため口かな?ちなみに「口をきく」は「口を利く」と書くのが正しい。「口を聞く(聴く)と書きそうな私の国語力は最低。」
おもしろ語源探求
http://www3.kcn.ne.jp/~jarry/jkou/iimn.html
ためぐち
ていねいな言葉づかいをしないで、対等な口をきくこと。
江戸時代の大坂。職人や商人の家につとめる奉公少年(丁稚=でっち)たちに手渡すお駄賃のことを「ため」といいました。
番頭たちは、下働きの丁稚たちに対しては乱暴な口をきくのがあたりまえ。目下のものに対する乱暴な言葉づかいが「ため口」にあたります。
古い国語辞典には掲載されていないので、
最近多用されるようになった言葉だということがわかります。
一部の人が使っていたのが急に広まったのでしょうね。
確かに言葉の響きがなんとなく意味とぴったり合う、不思議な言葉です。
投稿者 akiuchi : 10:53 AM
December 08, 2006
「不可抗力的事故」と声明 福島の医療事故で医学会
産婦人科医不足、周産期医療崩壊を加速させることになった福島事件に関して日本医学会が声明を発表した。来年1月の公判の行方が注目される。検察側証人として法廷に出てくる産科医師は一説によるとN大学のT教授ということになっているようだが果たして真相は?
「不可抗力的事故」と声明 福島の医療事故で医学会
06/12/07
記事:共同通信社
提供:共同通信社
ID:415380
福島県立大野病院で帝王切開を受けた女性が死亡し、執刀医が業務上過失致死と医師法違反の罪で起訴された医療事故で、日本医学会(高久史麿(たかく・ふみまろ)会長)は6日、「担当医が不可抗力的事故で逮捕されたことは誠に遺憾」とする声明を発表した。
声明は、来年1月26日に福島地裁で開かれる初公判を前に発表。「担当医は懸命な努力をしたにもかかわらず、医師不足や輸血用血液確保の困難性などが不幸な結果をもたらした」とした上で「たまたま重篤な合併症や死亡事例に遭遇したことで逮捕されるようでは、消極的、防御的医療にならざるを得ない」としている。
また各地で問題になっている産科医不足にも触れ「若い医師は事故の多い診療科の医師になることを敬遠しており、ますます医師は偏在する」と指摘している。
声明文-福島県立大野病院の医師逮捕・起訴に関して- 日本医学会(2006年12月6日)
平成18年12月6日
声明文
日本医学会長
高久 史麿
本年2月,大野病院産婦人科医師が業務上過失致死と医師法第21条違反で逮捕されたことにつきまして,すでに多くの関連団体・学会から声明文・抗議文が提出されたことはご存じの方が多いと思います.
事例は前置胎盤と術中に判明した予測困難な癒着胎盤が重なった事例であったと報告されています.この事例は担当医が懸命な努力をしたにもかかわらず医師不足や輸血用血液確保の困難性と地域における医療体制の不備が不幸な結果をもたらした不可抗力的事例であり,日本における医療の歪みの現れといわざるを得ません.地方や僻地では一人の医師が24時間365日体制で過酷な労働条件の中で日本の医療を支えています.過酷な医療環境の中で地域の医療に満身の努力をされ,患者側からも信望の厚かったといわれる医師が,このような不可抗力的事故で業務上過失致死として逮捕されたことは誠に遺憾であります.むしろ過酷な環境を放置し,体制整備に努力しなかった行政当局こそ,その非を問わなければならないでしょう.不可抗力ともいえる本事例で結果責任だけをもって犯罪行為として医療に介入することは決して好ましいと思いません.
本事例は業務上過失致死のみならず医師法第21条違反にも問われております.この第21条は明治時代の医師法をほぼそのまま踏襲しており,犯罪の発見と公安の維持が目的であったといわれています.異状死の定義については平成6年の日本法医学会の異状死ガイドライン発表以来数多くの学会で論争が続いている問題であります.日本法医学会の「過失の有無に係わらず異状死として警察に届け出る」については,昨年9月にスタートした厚生労働省の医師法第21条の改正も視野に入れた「医療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」を含め,本件逮捕以降,政府・厚生労働省・日本医師会・各学会等関連団体で検討に入ったばかりであり,異状死の定義も定かでなくコンセンサスの得られていない医師法第21条を根拠に逮捕することは,その妥当性に問題があるといわざるを得ません.過失の有無にかかわらず届け出なければ届出義務違反で逮捕される.届け出たら重大な医療過誤が疑われ,業務上過失致死罪に問われる.医師は八方塞がりであります.純然たる過失のない不可抗力であっても,たまたま重篤な合併症や死亡事例に遭遇したことで逮捕されるようでは必要な医療を提供できず,大きな国家的・国民的喪失となります.消極的・防御的医療にならざるを得ず,このような逮捕は萎縮医療を促進させ,医療の平等性・公平性のみならず医療・医学の発展そのものを阻害します.若い医師は事故の多い診療科の医師になることを敬遠しており,ますます医師は偏在することになります.
日本医学会は異状死の問題に関する委員会でこの問題を検討しますが,今回,大野病院産婦人科医師の公判が近々に始まることを契機として以下の学会から同様の要望が出ていますので,これらの要望をまとめる形で日本医学会から声明を発します.
記
日本整形外科学会
日本周産期・新生児医学会
日本消化器外科学会
日本超音波医学会
日本小児神経学会
投稿者 akiuchi : 05:39 AM
December 07, 2006
判断遅れ仮死状態で出産 北大病院で医療事故
北大でも吸引分娩>帝切で医療事故がおこって大変なことになっているようだ。8月のニュースでも東京の愛育病院で鉗子分娩事故の報道があったが集約化してもお産はやはり100%安全ということはないのだと思う。ローリスクのお産に関していえば診療所と大病院の差はない、もしくは経験豊富な診療所に分があるのではないかとさえ私は考えている。
判断遅れ仮死状態で出産 北大病院で医療事故
06/12/06
記事:共同通信社
提供:共同通信社
ID:414116
北海道大学病院は5日、出産の際に胎児が低酸素状態になっている可能性があったのに帝王切開をする判断が遅れ、仮死状態で生まれる医療事故があったと発表した。同病院は新 生児の母親や家族に経過を説明し謝罪した。
北大病院によると、9月に入院した道内の40代女性の出産時に、胎児の心拍数が少なくなるなどの異常が見られた。しかし、担当した産科の医師らはすぐに帝王切開を選択せず 、胎児の頭を引っ張って取り出す方法を試みた。このため出産が遅れ胎児は自発呼吸ができない状態で出生、現在も人工呼吸器をつける重篤な状態が続いているという。
北大病院は医療中の医師や助産師間の連携を強めるなど、今後再発防止策を検討すると説明した。
新生児が仮死状態 北大病院、家族に謝罪
06/12/06
記事:毎日新聞社
提供:毎日新聞社
ID:414102
医療ミス:新生児が仮死状態 北大病院、家族に謝罪
札幌市北区の北大病院(宮坂和男院長)で9月、道内の40代の女性が出産した際、医師の対応に不手際があり、新生児が仮死状態で生まれたことが5日、分かった。同病院はミスを認め、家族に謝罪した。
同病院によると、女性は妊娠40週目に破水を起こして同病院に入院。分娩(ぶんべん)の進行が遅く、30代の主治医らが陣痛促進剤を投与したが、間もなく胎児の心拍数が弱まる症状が表れた。その後も陣痛促進剤の投与や吸引分娩を試みたがうまくいかず、帝王切開で出産。新生児は仮死状態で生まれ、現在も人工呼吸器の装着が必要な状態という。母体に影響はなかった。
投稿者 akiuchi : 09:18 AM
HIV母子感染率
12月1日は「世界エイズデー」だがすっかり一頃の関心は薄れてみんなあまり気にしなくなってしまっているようだ。獨協医大の稲葉先生もじわじわと増えていると指摘しているので油断はできない。私が妊婦健診でHIV検査を始めて10年以上になるが今までポジティブが出たという経験は幸いにしてないがこれからもこの状態が続いてくれることを祈りたい。
HIV母子感染率 2-3割→0.6%に 帝王切開+抗ウイルス剤で/厚労省
HIV(エイズウイルス)感染者が出産する際に2~3割の比率で起きる恐れがある母子感染も、帝王切開と抗ウイルス剤の投与を組み合わせるなどの予防策をとれば、感染率が0・6%まで抑えられることが、厚生労働省研究班(主任研究者=稲葉憲之・独協医科大病院長)の全国調査でわかった。子供を持つことをあきらめるHIV感染者が多いとされてきただけに、その考え方そのものを変える可能性がある結果として注目される。
母子感染の原因の一つは、出産時に母体からの出血が新生児の体内に取り込まれることだとされる。このため、出血対策としての帝王切開や、妊婦のウイルス量を減らす抗ウイルス剤投与が行われている。
研究班が全国の産婦人科などを対象に1998年から実施している調査によると、昨年度までに報告された感染妊婦の総数は468例。うち実際に出産にこぎつけ、しかも生まれた子の感染の有無を把握できた209例について分析した。
それによると、HIV感染を踏まえた計画的な帝王切開による出産は173例で、うち母子感染事例は、わずかに1例(0・6%)。これに対し、感染妊婦の自然出産は22例で、うち母子感染は5例(23%)だった。残り14例は緊急の帝王切開による出産で、母子感染は1例(7%)だった。
[読売新聞 ]
HIV感染の妊婦じわり増加
2年連続で年間千人超
エイズウイルス(HIV)に感染した妊婦の報告数が04年以降、じわじわと増加していることが、厚労省研究班の4日までの調査で分かった。
国内では新たに報告されたHIV感染者、患者の合計が04年から2年連続で年間1000人を超えている。稲葉院長は「HIV感染者を減らすことが感染妊婦の減少にもつながるので、行政と民間が一体となった啓発、教育活動が重要」と指摘している。
(共同通信)
投稿者 akiuchi : 07:32 AM
December 05, 2006
イギリスで病気になってはいけない
日本の医療システムは崩壊の危機を迎えているが厚労省や一部のお偉いさんが目指している(と思われる?)欧米型のそれが果たしていいのかというと、とてもそうとは思えない。日本には日本の地理・歴史・文化に根差した医療システムがあって当たり前なのにどうもそれが通用しないという苛立ちを最近よく覚える。イギリスに留学してこどもが川崎病を発症して苦労した小児科の先生が「こんなことだとは思わなかった!」というサイトでNHSの問題点を公開している。日本の医療システムが最高だとは言わないが少なくともイギリスよりはましなところが多いのは間違い無さそうだ。
こんなことだとは思わなかった!
http://www.geocities.jp/jgill37jp/
「かつての大英帝国」、「産業革命発祥の地」、「紅茶の国」、「ベッカムやダイアナ妃の出身地」、「ゆりかごから墓場まで」、「ロックとミュージカルの国」、「多くのノーベル賞学者を輩出した文化国家」...人によってイギリスという言葉から連想することは様々だろうが、多くの人は「日本よりも進歩した欧米諸国の1つ」といった好意的なイメージで捉えていることだろう。
しかしひとたびイギリスで生活してみると、思い描いていたイメージと実際の姿とのギャップに戸惑わない人はいないのではないか?
このサイトは医師でもある作者が3年間イギリス南部のサザンプトン(Southampton)に暮らしたあいだに体験したこと、感じたことを記載し、この期間に味わったカルチャー・ショックについてありのままに伝えることを目的としている。
by まさ
イギリスの暮らし
イギリスで病気になってはいけない 留学中に長女が大病を患った時の体験談です。
イギリスの病院に行ってはいけない
日本の医療は大丈夫?
イギリスで病気になってはいけない
留学中に長女が大病を患った時の体験談。
このHPのメイン・コンテンツです。
http://www.geocities.jp/jgill37jp/dates.html
イギリスでの妊娠・出産は安全か?
http://www.geocities.jp/jgill37jp/delivery.html
投稿者 akiuchi : 03:22 AM
小松秀樹先生・本田宏先生ダブル講演会
「医療崩壊」に関して現在注目の二人がいっしょに発言をする興味深い講演会が開かれるという。これは無理をしてでも出かけてご意見を拝聴してこなければならない。
http://www.docportal.jp/modules/news/article.php?storyid=5
お知らせ : 小松秀樹先生・本田宏先生ダブル講演会開催について
投稿者: webmaster 投稿日時: 2006-8-4 11:45:56 (78 ヒット)
小松秀樹先生・本田宏先生ご講演
1月13日 土曜日
安田生命ホール(新宿)17時~20時
http://meijiyasuda-life-hall.com/
座長 東京大学大学院医学系研究科公衆衛生学 井上和男助教授
(へき地・離島救急医療研究会幹事・世話人)
演題 「医療を崩壊させないために」
演者 済生会栗橋病院副院長 本田 宏先生(17:00~18:10)
演者 虎ノ門病院泌尿器部長 小松秀樹先生(18:20~19:30)
参加ご希望の方へ
参加対象:医療に関心のある方
定員:280名 参加費:3000円
参加ご希望の方は、メディカルコンパスHPをご参照ください。
*280名に成り次第締め切らせていただきます。
*定員に満たない場合、1月10日(水)に最終の空き状況をHPでお知らせします。
投稿者 akiuchi : 02:27 AM
December 04, 2006
産科救急問題 奈良に限らない危うさ 読売新聞
「お産には命の危険がつきまとう。安心して産める環境作りは、少子化対策のとば口でもある。。産科医の養成は長期的な視点に立たざるをえないが、セーフティーネットの構築は喫緊の課題だ。そのためには、どの程度の予算が必要なのか。他に有効な手だてはないのか。国や自治体は、早急に具体策を探らねばならない。 」・・・・何度も繰り返しいっていることだが、「喫緊の課題」を解決する方法は現在がんばっている診療所のお産を守ることしかないのだ!その観点からも内診問題に行政はしっかりとした態度をとらなければならない。どうしてマスコミはそこまで言及することができないのだろう?
[自由席]産科救急問題 奈良に限らない危うさ 読売新聞 2006年12月3日(日)
◇論説委員 永田広道
奈良県大淀町立大淀病院で、深夜の出産時に意識不明となった妊婦が、県内や大阪府内の計19病院で転院を断られた末に死亡した問題は、産科救急システムのもろさを露呈した。死亡率などから見れば「世界一の安全」を誇りながらも、課題が山積する産科医療。妊婦は、その“落とし穴”に、はまったかに見える。
今年3月、ある提言書が奈良県の医療行政担当者らにショックを与えた。県医療審議会に設けられた専門家作業部会リポート「周産期医療の充実に向けて」は、お産現場の危機感を映し出していた。
県内のNICU(新生児集中治療管理室)は、一般病床に移す途中の後方病床を含めて40床。MFICU(母体・胎児集中治療管理室)は後方を含め4床しかない。
出生児1万人あたりの設置数は、NICUが全国平均の半分ほどで、後方病床数は全国最低だ。
本来必要とされる病床数は、NICU119床、MFICU27床である。数字の隔たりはあまりに大きい。実際、大阪府を中心とした県外への母体搬送は年々増加し、すでに40%近くに上っていた。
厚生労働省が、極めてリスクの高い妊婦や胎児のために設置を求めた「総合周産期母子医療センター」も近畿で唯一未整備であり、計画さえ具体化していなかった。
提言を受け、柿本善也知事が6月、2007年度までのセンター設置を表明したが、対応遅れのそしりは免れない。8月に発生した搬送問題は、いつ起こってもおかしくない状況下にあったのだ。
日本産婦人科医会の神谷直樹常務理事は「奈良の問題は、大都市でもどこででも起こりえる」と漏らす。妊婦が運び込まれた大阪府でも計17病院が収容できなかった。多くは「満床」だったからだ。
府内は、高リスクの妊婦を治療できる43病院の空床情報などをネット上で共有するシステムを整えている。が、分娩(ぶんべん)施設は減少の一途にあるうえ、相次ぐ損害賠償訴訟や刑事事件による産科医の委縮も加わり、高リスク対応病院への依存度は高まる一方だ。
実際、システムによる府内の搬送は、00年度の1124件から、昨年度1779件に急増した。
問題発覚後、奈良県は、基幹2病院で産科が満床でも救急救命センターで受け入れを図るようにした。近畿各府県も、相互搬送のあり方を検討し始めた。
「根本的な解決策は、センター機能を持つ公立病院などが、常に空床と予備スタッフを確保しておくことだ」と神谷氏は話す。しかし、空床のために一般のお産を断れるのか。減益にもなる。深刻な産科医不足の中、スタッフは夜昼となく分娩と“格闘”している。
財政、人員の両面で解決できないのが現実なのだ。ともに「破綻(はたん)寸前」と訴える声は少なくない。
お産には命の危険がつきまとう。安心して産める環境作りは、少子化対策のとば口でもある。
産科医の養成は長期的な視点に立たざるをえないが、セーフティーネットの構築は喫緊の課題だ。そのためには、どの程度の予算が必要なのか。他に有効な手だてはないのか。国や自治体は、早急に具体策を探らねばならない。
[読売新聞 ]
投稿者 akiuchi : 07:48 AM
現場からの医療改革推進協議会 第一回シンポジウム
「医療崩壊」に関わるシンポジウムがあちこちで開催されるようになってきた。この「現場からの医療改革推進協議会」シンポジウムは東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム部門のスタッフが企画したようだが福島事件のサイト「周産期医療の崩壊をくい止める会」の事務局と同じスタッフが関わっているので今後の活動に期待したい。
東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム部門
現場からの医療改革推進協議会 第一回シンポジウム
http://plaza.umin.ac.jp/~expres/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=FrontPage
「周産期医療の崩壊をくい止める会」
http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=FrontPage
現場からの医療改革推進協議会第一回シンポジウムを、2006/11/25, 26に東京大学医科学研究所大講堂にて開催致しました。ご参加を賜りました皆様、誠にありがとうございました。発表・討議内容スライド・動画音声を、MPmeisterで編集し、会員用ページにて掲載予定です。
パンフレット(発表抄録掲載)
表紙 PDFファイル(ダウンロード)
本文 PDFファイル(ダウンロード)
プログラム
PDFファイル(ダウンロード) HTMLファイル
日時:2006年11月25日(土)、26日(日)10:00~18:00
場所:東京大学医科学研究所大講堂
目的
医療は医学を中心としたいくつかの社会のシステムを包含するため、医療現場における諸問題を解決するためには、医学関係のみならず政策、メディア、教育、等の異なる分野の有機的な連携が必須である。
本シンポジウムでは、医療現場における問題事例を取り上げ、医療現場の主人公である患者とそれを直接支える医療スタッフたちが、現場の視点から具体的な問題提起を行い、その適切な解決策を議論する機会と場を創出することを目的とする。
発起人(50音順) 敬称略
海野信也(北里大学産婦人科 教授)、大嶽浩司(マッキンゼー・アンド・カンパニー コンサルタント)、上 昌広(東京大学医科学研究所 客員助教授)、亀田信介(医療法人鉄蕉会亀田総合病院 院長)、黒岩祐治(フジテレビ報道局 解説委員)、阪井裕一(国立成育医療センター手術・集中治療部 部長)、鈴木 寛(中央大学公共研究科 客員教授、参議院議員)、土屋了介(国立がんセンター中央病院 院長)、中田善規(帝京大学麻酔科 医療情報システム研究センター所長)、西田幸二(東北大学眼科 教授)、林 良造(東京大学公共政策大学院 教授)、舛添要一(参議院議員)、松本慎一(藤田保健衛生大学外科 教授)、森 勇介(大阪大学大学院工学研究科 助教授)、森澤雄司(自治医科大学感染管理学 助教授)、和田仁孝(早稲田大学大学院法務研究科 教授)
事務局
上 昌広、鈴木 寛
東京大学医科学研究所
探索医療ヒューマンネットワークシステム部門
〒108-8639 東京都港区白金台4-6-1
プログラム(敬称略)
11月25日(土)
10:00 開会の辞
林 良造 (東京大学公共政策大学院 教授)、土屋了介 (国立がんセンター中央病院 院長)、黒岩祐治 (フジテレビ報道局 解説委員)
10:30~12:00 日本の医療現場崩壊の実態
小松秀樹(虎の門病院泌尿器科 部長)、中田善規(帝京大学麻酔科 教授)、大嶽浩司(マッキンゼー・アンド・カンパニー コンサルタント)
昼食
13:00~15:00 市民のメディカル・リテラシーの向上、メディアの役割
①福島県立大野病院事件の報道
②オキサリプラチン、タルセバ-「NHKスペシャル シリーズ日本のがん医療を問う」
③討論
上 昌広(東京大学医科学研究所)、小林一彦(JR東京総合病院血液内科 医長)、黒岩祐治(フジテレビ)、鈴木 寛(参議院議員)、埴岡健一(東京大学医療政策人材養成講座 特任助教授)、戸矢理衣奈(アイリス)、川口 恭(ロハスメディア)、宗像 孝(フジテレビ)
15:10~16:40 未承認薬の問題
宮腰重三郎(東京都老人医療センター血液内科 科長)、Yong Sa Lim(RHC代表取締役社長)、押味和夫(順天堂大学内科学血液学 教授)、小野俊介(東京大学薬学医薬品評価科学講座 助教授)
16:50~17:20 日本の感染症問題
森澤雄司(自治医科大学感染管理学)
17:30~18:00 医療サービスと生活動線~がん治療をモデルとした新たな医療提供体制の研究~
上 昌広(東京大学医科学研究所)
厚生労働科研「がん医療水準均てん化推進事業」
共催 日本対がん協会
11月26日(日)
10:00~12:00 医療情報(EBMを越えて)
大澤幸生(東京大学大学院工学系システム量子工学専攻 助教授)、澤 智博(帝京大学麻酔科・医療情報システム研究センター 助教授)、中田善規(帝京大学麻酔科 教授・医療情報システム研究センター所長)、亀田信介(医療法人鉄蕉会 亀田総合病院)
昼食
13:00~14:40 小児科・産科の医療供給体制の整備
亀田信介(医療法人亀田総合病院)、阪井裕一(国立成育医療センター)、海野信也(北里大学産婦人科 教授)、足立信也(参議院議員)
14:40~15:20 提唱 患者学“Medicina Nova”
田中祐次(東京大学医科学研究所)
15:30~18:00 医療事故後制度改革:福島の事件をきっかけとして
①提案 和田仁孝(早稲田大学大学院法務研究科 教授)、岩瀬博太郎(千葉大学医学部法医学 教授)、上 昌広(東京大学医科学研究所) (「現場からの医療改革推進協議会」医療事故対応ワーキンググループ)
②討論
足立信也(参議院議員)、海野信也(北里大学産婦人科 教授)、鈴木 真(亀田総合病院産婦人科 部長)、仙谷由人(衆議院議員)、舛添要一(参議院議員)、鈴木 寛(参議院議員)
閉会の辞
鈴木 寛
*********
スタッフ
客員助教授 上 昌広
客員助手 田中 祐次
客員助手 松村 有子
リサーチフェロー 児玉 有子
リサーチフェロー 西村 有代
リサーチフェロー 堀米 香奈子
客員研究員 中村 利仁
客員研究員 久住 英二
客員研究員 日野 佑介
投稿者 akiuchi : 06:56 AM
December 03, 2006
漢方薬の問題 -高橋 晄正さんの訃報
宇井純氏の死とともに思い出した高橋晄正氏も2年前に逝去されて今はこの世の人ではなかった。学生時代に弘前大学で社保研主催の特別講義を受けた記憶がある。晩年はあまり名前も聞かなくなったのでどうしていたのか少し不思議に思っていたのだが横浜国大の中西準子先生の雑感に詳しい解説が追悼文として掲載されていた。漢方薬を批判して市民運動から干されたという生き方に高橋晄正らしさを感じた。学生時代に大きな影響を受けたジャーナリスト本多勝一の『はるかなる東洋医学へ』を読んだときのうんざり感はこの辺の問題と関係があるのだと思う。本多勝一も堕落したものだ!
雑感282-2004.11.24「漢方薬の問題 -高橋 晄正さんの訃報に接して-」
http://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/zak281_285.html
11月10日、各紙は高橋 晄正さんの訃報を掲載した。亡くなったのは11月3日、心不全のためとある。86歳だったとのことで、若い方の多くは、名前も知らないかもしれないが、薬害のことで活躍し、医学に科学を持ち込んだ功績で有名。
非常に有能な人だったが、東大医学部での最後のポジションは講師だった。講師より上にはいけなかった。余りにも有能なために、そして、薬害と闘ったがために、日本の古い医学の体制と闘ったがために。
個人的な思い出
高橋さんは、本当に頭の良い人だった。かつて、こういう話を聞いたことがある(直接伺った話ではあるが、或いは、記憶違いがあるかもしれない)。
高校のとき、自分はノーベル賞をとろうと思って物理学を勉強していた。ところが、ある時、これではノーベル賞はとれないと思った(*)。そこで、医学部に進もうと考えた。そして、東大医学部に進んだ。
ところが、医学が“科学”でないこと、臨床の大家が、自分の直感的な判定に盲目的に自信をもっており、それで薬効が判定され、医学がその経験の伝承に終わっていることに驚き、がっかりした。人間の命を守る医学に“科学”を持ち込みたいと考えて、統計学や推計学を取り入れて、「計量診断学」の体系を作り上げた。
統計学を使うと、薬効ありとされているものが、そうではないとなることに気づき、それで、薬の薬効はどのくらいか?また、副作用は?という解析に入っていった。
スモン病(整腸剤キノホルムの副作用でおきた神経障害)裁判に積極的に関与した。また、グロンサンやアリナミンの薬効は証明できない、二重目隠し法(二重盲検法)で調べられていない(当時)、副作用もあると言い始めて、所謂「薬害」専門家みたいになっていった。
このことで、東大医学部・製薬会社と対決することになった。それが、マスコミと決定的に対決することになるとは、その時は理解していなかった。製薬会社は、民放、各種新聞雑誌の大スポンサーだから、薬の問題をとりあげることが、結局NHKを除く全マスコミと対決することになることを後で知った。これは厳しかった。本人の弁である。
(*)なぜ、ノーベル賞はとれないと思ったかについてどのような説明を高橋さんがしたか、どうも思い出せない。誰かが解いてしまった問題を自分はどうしても解けなかったのか、戦時下であったためか、体力的なことか、伺ったときは、なるほどと思ったのだが、今は、思い出せない。
薬害
東大では物療内科に属する医師だった。病院で患者さんを診る仕事もしていた。私が最初に高橋さんの文章を見たのは、グロンサンに薬効がないという内容だった。当時、統計学の重要性も知らなかったのだが、高橋さんの論理のするどさに感銘を受けた。
薬効判定に二重目隠し法などが取り入れられていなかった時代のことである。我が国で、このような科学的な検証方法が取り入れられるようになったのは、国際的な圧力(日本の方法では、外国の試験ではパスしない)と、高橋さんの功績である。高橋さんの主張は、西欧の流れを汲んでいるが、西欧医学の中でも新鮮な主張があった。
グロンサン問題以前から、サリドマイドやスモンなどの薬害問題に取り組み、1970年には、「薬を監視する国民の会」を作り、また、「くすりのひろば」というレベルの高い小冊子を出していた。それは西洋医学、現代医学の批判という側面を強くもつ内容だった。そして、私が高橋さんの名前を知る頃には、市民運動の中では、まさに神様のような存在になっていた。
漢方薬
ところが、1980年代後半になって、高橋さんは市民運動から厳しく批判され、攻撃される存在になってしまっていたらしい。ある時、友人からそのことを聞かされて驚いた。「どうして?」「高橋さんが、漢方薬の批判をはじめたから。確かに、高橋さんの言うとおりだと思うけど、あそこまで強く批判しなくともいいと思うのだが。今までの高橋シンパは、ほとんど批判派になっている、なぜ、かくも孤立化の道を選ぶのか?」と友人は言った。
私は、高橋さんが漢方薬について書いた物を読んでみた、ごく当たり前のことが書いてあった。漢方薬も薬だから、効く場合もあるが、呑み方や量を間違えると害になる、漢方薬は、西洋医薬に求められている「二重目隠し法」での効能検査が行われていない(**)、にもかかわらず、一括保険適用になった。
漢方は、複合薬だから、その成分の一つがその人の病気に効く場合も、他の成分は害になることもある。複合薬だから、効果的だというのはおかしい、むしろ、危険である。効能が弱いので長期に服用することになるが、この長期服用がむしろ問題を起こしやすい、すべての薬を長期に服用していいか、どうか、疑問があるということが書かれていた。敢えて孤立化というのではなく、当たり前のことを言っているだけだ、私はそう思った。
(**)現在では、漢方薬についても、二重目隠し法で効能試験が行われているものがある。しかし、その結果を見ると、通常“この薬はxxに効きます”と言われている効能と余りにも、隔たりがあることがあり、これはこれでいいのか?疑問が残る。
講義
高橋さんの退官後かなり経った頃、確か1993年頃ではなかったかと思うが、私の研究室で長時間、講義をお願いした。
まず、統計学の講義。この時のテキストを、私は今でも使っていて、BSEのリスク計算のときもひっぱり出した。
つぎに、ダイオキシンのリスクについて(ダイオキシンのリスクは高いという立場だった)。
三番目に、漢方薬について。
そのとき、高橋さんがサイン入りの本を下さった。「恐るべき検証結果 漢方薬は危ない-薬効、副作用、安全性のウソを問う-」(ISBN 4-7667-0226-3)(発行所 経済界、1992)である。この本は、今でもAmazon.comで買うことができる。
漢方薬の問題点の例
この本には、漢方薬の薬効評価の非科学性が書かれている。その他に、使い方を誤ると大変なことになる例がいくつか書かれている。その一つがチョウセンニンジンである。ニンジンには、血圧を上げてしまう効果があると書かれている。
「気分を高揚させる効果」があるので、病気が快癒していると感じがちだが、それは必ずしも病気が治っているのではないこと、特に血圧の上昇には注意が必要と書いている。確かに、二重目隠し法で検査した場合に、ニンジンに認められた効果は、この「高揚感」だった。
この講義は学生達に大きなショックを与えた。いつも、ニンジン入りのお茶やチョコレートなどをおみやげに買ってきていた韓国からの留学生もすっかり元気を無くした。漢方を信じている学生もしょげかえっていた。
「何故、漢方薬の研究をはじめたのか?」と私は聞いた。「当初は、西洋医学の欠点を補うものが漢方にあると思って勉強を始めた」との答えだった。
研究者を切り捨てる市民運動
市民運動のまさに神様であった高橋さんは、漢方薬の危険性を指摘するようになってから、市民運動から「敵」のように攻撃されるようになった。市販の(西洋医学の)薬の薬効試験に問題があると指摘したことで、市民運動では尊敬された。
しかし、西洋医学の薬の問題点を摘出し、検証するために使われた同じ科学を用いると漢方にも問題があることが分かった。いや、もっと大きな問題があった。だから、訴えた、漢方薬は危険と。
それを市民運動は認めない。西洋医学はダメだが、漢方は良いと思っているから。
よくあることだ。できれば、かつて高橋さんを崇拝した人々が、漢方についての高橋さんの警告にも耳を傾ける日まで、生きてほしかった。それが実現しない内に、行かれてしまったのは残念である。
残念だが、高橋 晄正さんのご冥福を祈りたい。功績を称えたい。苦言を甘受したい。
追記:高橋さんは、グロンサンにもアリナミンにも薬効がない、副作用の可能性があると主張した。この二種の薬は今でも販売されており、薬効については、今でもしばしば疑問が出されているが、副作用はないとされている。
では、高橋さんの提起した副作用とは何だったのか?このことを説明したいと思ったが、どうも今ある資料では“憶測”に近くなるのでここでは止めることにした。書き方によっては高橋さんの仕事に対してネガティブな印象を与えるし、また、逆に、書き方によっては、今でも売られている医薬品に傷をつけかねない。
その後の状況を必ずしも、私が丁寧に追っていないので、私の知っていることに偏りがある可能性も大きい。そこで、今回はやめることにした。よく知っていることなら、このことについて勇気をもって書くべきだと思ったが、どう考えても自分の不勉強さではだめと判断し、あきらめた。どなたか、代わりにこのことについて書いてくれると嬉しい。
***
主要な業績の説明
「武谷弁証法を経とし、推測統計学を緯とした」高橋の研究は、一貫して、科学的医学の方法の確立と実践であった。その業績は、計量診断学、薬効評価、食品公害の原因究明等、多分野にわたるが、使用した方法と基本理念は同一のものである。高橋の出発点は、医学が科学であるならば、新米の医者でも老練な大家でも同じ診断に至る方法があるはずだという信念を実行に移したことである。また、治療や予防においても、その効果を推計学で評価しようとして、とくに薬物療法の評価については二重盲検試験が必須であることを強く主張した。そのうえで、非科学的医学を生む医学界の構造を批判し、それを自分の研究の成果に基づいた市民運動として持続させた。また、漢方医学に早くから注目しつつも、代替医療として賞賛する方向へは向かわず、科学的評価を経ない漢方薬を否定した。
多くの啓蒙書を含む著書を執筆し、厚生省や医学者への公開質問状、大学、市民講演会などあらゆるメディアを用いて、科学的評価に耐えない医療がいかに危険か、無意味かを訴え続けている。科学的認識に基づき、医学の不確実性を克服しようとした高橋にとって、医療の科学性と倫理性は密接に結びついたものである。その上で、大学、医師会、厚生省、製薬会社等の企業が、非科学的医学のための連携組織となっていることの反社会性を告発している。
●計量診断学
高橋が臨床医の個人技ではない科学的医学の方法を確立しようとしたとき、拠り所としたのは、『少数例のまとめ方』を著していた増山元三郎からの指導であり、フィッシャーの実験計画法であった。最初に試みたのは、肝臓病の診断である。患者データから手回し計算器を使って特別函数を求め、それによって肝機能を診断する。結果は、経験豊かな医師に匹敵するほどの正確な診断ができた。さらに、心臓病や脳腫瘍でも、計量診断学の方法が有効なことを確かめた。高橋は、以上について著書『新しい医学への道』(紀伊国屋書店、1964年)にまとめた。これは高橋の進む道を宣言した記念碑的著作である。
●二重盲検試験の必要性を主張
高橋は、「使った、治った、効いた」の「3た論法」で薬を使うのではなく、二重盲検法(評価しようとする薬Aと有効成分の入っていない偽薬<プラセーボ>Bを用意し、患者を2群に分けてA、Bいずれかを使用するが、試験終了までは担当医も患者も使用中の薬がAとBのどちらかわからない目隠し状態にしておいて、両者の有効性、安全性を比較する方法)による評価を経るべきであると主張した。患者の自然回復力、医師、患者双方の予断や期待による思いこみを排除する科学的方法であるとして、高橋はこれを高く評価し、当時もっと簡単な比較試験さえ行われずに承認、市販され、大量に使われていた強肝薬、保健薬などを無効かつ危険な薬として、名指しで批判した。
効かない!? 漢方薬Q&A
高橋晄正 著,ラジオ技術社
漢方の体系,思想,果たして漢方は効くのかどうか,「漢方薬に副作用はない」というのは本当か,など漢方に科学の光をあてた良書です。「はるかなる東洋医学へ」(本多勝一,朝日新聞社)などに感銘を受けてしまった人は,毒消しのためにこの本を読まれることを強くお薦めします。
『はるかなる東洋医学へ』(本多勝一)をきる!
この題目は「ハインズ博士『超科学』をきる」を完全に意識しています。
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「悪書」とは何か?この問いに対する答えは,本をどう評価するかによると思いますが,「世間に不正確な情報を流布する」ことを「悪書」の定義とするならば,この「はるかなる東洋医学」は大変な悪書です。しかも,ことは医療に関係することですから尚更罪は重い。
さて,この「悪書」では,
個人的な体験を一般化する
少数の失敗例をもって「西洋医学」を体系ごと否定する
定義の曖昧な「気」等を用いて理屈付けする
東洋医学に二重盲検法は馴染まない,など現代科学の検証を逃れる屁理屈をこねる
漢方薬には副作用がない,などと事実に反することを書いている
科学的な嘘が多過ぎる
など,本多勝一氏が似非科学を信奉する人であることを御自ら余すところなく実証しています。これは滅多にない貴重な本でありますので,懐疑主義者を自任するGとIが,その内容の凄まじさを紹介してゆきたいと思います(これは両者の合作です)。
世の中の”本多信者”の皆さん,目を覚ます良い機会です。まずは冷静になって以下の文章をお読みください。
なお,Gこと後藤文彦の「買ってはいけない! 本多勝一著『はるかなる東洋医学へ』」も是非参照ください。
投稿者 akiuchi : 11:32 PM
宇井純氏が死去
今年逝去された方の中に宇井純氏の名前を見つけた。東大自主講座「公害原論」。ちょうど私が大学を卒業する年にアジアにおける日本企業の公害輸出が問題になっていた。直接お会いすることはなかったが東大近くの事務局を訪れて資料を入手した記憶がある。東大では「助手」として一貫して反権力の立場を貫いた。東大物療内科で講師を続けていた高橋晄正死の自宅を訪ねたのも同じころだったと記憶している。公衆衛生学を選択して「公害」をライフワークのテーマにしようと考えていた若いころの思い出とともに宇井純氏のご冥福を祈ることにする。
横浜国立大学中西準子氏のHP
雑感366-2006.11.13「宇井さんありがとう -宇井純さんの死を悼む-」
http://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/zak366_370.html#366-A
沖大名誉教授・宇井純氏が死去
公害問題を追究
自主講座「公害原論」で知られ、沖縄などで多くの公害反対運動にかかわった環境科学研究者で沖縄大名誉教授の宇井純(うい・じゅん)氏が十一日午前三時三十四分、胸部大動脈りゅう破裂のため東京都港区の東京慈恵会医大病院で死去した。七十四歳。栃木県出身。葬儀・告別式は十六日午前十時から東京都品川区西五反田五ノ三二ノ二○、桐ケ谷斎場で。喪主は妻紀子(のりこ)さん。
東大卒業後、化学会社に勤めた後に大学に戻り、一九六五(昭和四十)年から工学部助手。水俣病の調査研究に携わる一方、世界保健機関(WHO)の研究員として欧州の公害を調査した。
その経験を踏まえ、七○年から東大の教室を一般に開放して自主講座「公害原論」を開講。行政や企業ではなく、住民の側に立った科学を提唱、八五年までの十五年間で二万人が聴講したとされる。講義録は公害反対運動の指針として読まれ、各地の住民運動に大きな影響を与えた。
八六年から沖縄大教授。さんご礁を守る新石垣空港反対運動にもかかわり、九一年には国連環境計画(UNEP)が環境保護に貢献した個人・団体に贈る「グローバル500」を受賞した。
沖縄で環境保護のネットワークづくりを試みたほか、新潟水俣病の民事訴訟に補佐人として加わるなど「行動する学者」として知られた。著書は自主講座の講義録「公害原論」のほか「公害の政治学」「日本の水はよみがえるか」など多数。
◇ ◇ ◇
県内の環境保護に奔走/「行動の人」市民支え
住民の側に立った科学を提唱した沖縄大学名誉教授の宇井純さんが亡くなった。東京大学を辞職後、一九八六年から二〇〇三年まで沖縄大に在任。急速な開発で破壊が進む沖縄の自然を憂慮し、県内の環境保護活動を理論的・技術的に支えた「行動の人」だった。新石垣空港反対運動にかかわったほか、深刻化する赤土問題や畜産排水問題などに技術面から向き合い、各地で実践を進めた。
全国一律の基準を沖縄に当てはめる公共事業のあり方に疑問を投げ掛け、時に国や県などとも激しく対峙した。宇井さんの下で学んだ沖縄大職員の後藤哲志さん(37)は「いかにしたら沖縄が自立・持続できるかを常に考えていた」と指摘する。
退官時に沖縄タイムスのインタビューで、「いつの時代も、批判者は少数派だが、科学はそれを乗り越え進化してきた」と批判精神の大切さを訴えた。環境問題に取り組む市民活動を育て、関係者のネットワークづくりや県外のネットワークとの連携にも貢献した。「ちゅらさ石けん工房」主宰の仲西美佐子さん(56)=恩納村=は「環境問題に多くの人の目を向けさせてくれた。奥の深い方だった」としのぶ。
宇井さんは沖大祭最終日の十二日、学生主催の大学のあり方を考えるシンポジウムで基調講演する予定だった。主催者は健在だったころの講演のビデオを上映して、追悼する。シンポジウムは、午後零時半から同大三号館一〇一教室である。
権威に屈さず
東大時代の教え子、桜井国俊・沖縄大学長(62)の話 馬力があって粘り強く、権威に屈しない人だった。水俣病問題では、原因企業にとって“とんだ野郎”になりたいという意味を込め「富田八郎」のペンネームで論文を発表していた。宇井さんがオランダで学んできた雨水や下水の循環再利用方法が、本学の建物にも応用されている。
志継いでいく
沖縄環境ネットワークの福地曠昭さんの話 人生を沖縄にささげた人だ。「沖縄の公害問題は、米軍基地や人権問題にも通じる」と語っていた。指導を受けた者も多く、私たちが志を継いで沖縄の環境問題を掘り下げなくてはならない。
久茂地川フェスティバル実行委員の崎山正美さん(57)=糸満市=の話 水問題に取り組む中で、刺激を受けたことはたくさんある。赤土問題では、発生源から小まめに対策していく愛知県・矢作川の事例を紹介してもらい、突破口が開けた。
水俣病患者の会会長浜元二徳さん(70)=熊本県水俣市=の話 とても物腰が穏やかで、患者の苦しみをよく聞いてくれる人だった。わたしたちを率いて一九七二年にストックホルムで開催された国連人間環境会議に乗り込み、水俣病問題を強く世界に訴えてくれた。
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宇井純
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宇井 純(うい じゅん、1932年6月25日 - 2006年11月11日)は、公害問題研究家。沖縄大学名誉教授。元東京大学工学部都市工学科(衛生工学コース)助手(実験担当)。東京都出身。
1956年、東京大学工学部応用化学科卒業。日本ゼオンに勤務した後、1959年に東京大学大学院工学系研究科に戻り、応用化学科、土木工学科に所属し、1965年に新設の都市工学科助手となる。
従来の科学技術者の多くが公害企業や行政側に立った「御用学者」の活動をしてきたと批判し、公害被害者の立場に立った視点を提唱し、新潟水俣病の民事訴訟では弁護補佐人として水俣病の解明に尽力するなどの活動を展開した。 ペンネームとして富田八郎(よみは「とみたはちろう」、または「とんだやろう」)を用いたことがある。
1970年より、公害の研究・調査結果を市民に直接伝え、また全国の公害問題の報告を現場から聞く場として公開自主講座「公害原論」を東京大学工学部82番教室にて夜間に開講。 以後15年にわたって講座を続け、公害問題に関する住民運動などに強い影響を与えた。こうした活動は大学当局にとっては非公認の活動であり、都市工学科の内部では「万年助手」の地位にとどめられる。外部からは、同時期に都市工学科の万年助手であった中西準子とともに「東大都市工学科の良心」とみなされることもあった。
1986年、21年間にわたった東大助手の職を辞し、沖縄大学法経学部教授に就任。沖縄の環境問題をはじめとして世界的な環境問題に取り組むとともに、公害論の授業(月曜日2コマ及び6コマ)を担当した。 また公開ゼミナール「沖縄の水」(月曜日7コマ)では、実践的環境公害問題研究を行っていた。このゼミナールは学生から、「限りなく体育系」と呼ばれていた。
2003年、沖縄大学を退職し名誉教授の称号を授与された。
2006年11月11日、胸部大動脈瘤(りゅう)破裂のため、東京都港区の病院で死去した。74歳。
[編集] 主な受賞暦
1973年 毎日出版文化賞(公害原論講義録の出版に関して)
1980年 スモン基金奨励賞
1991年 国連開発計画「グローバル500賞」
[編集] 主要著書
『公害の政治学 水俣病を追って』(三省堂新書 1968年)
『公害原論』(亜紀書房 1971年)
『大学解体論』(生越忠との共著 亜紀書房 1975年)
『キミよ歩いて考えろ : ぼくの学問ができるまで 』(ポプラ社 1997年)
『谷中村から水俣・三里塚へ : エコロジーの源流』(編集 社会評論社 1991年)
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薬害批判の先頭に立った高橋晄正さん(83歳)逝去。(04/11/10掲載)
医学・薬学問題の評論家で、薬害批判の先頭に立ってこられた高橋晄正さんが11月3日、心筋梗塞で逝去された。享年83歳。
高橋さんは、1970年、「薬を監視する国民運動の会」と言う市民団体を設立、厚生省の薬事行政などを批判する活動をつづけたが、1973年5月3~4日には、東京・全逓会館で開かれたベ平連主催の「〈ベトナムに平和を〉市民会議」(全国から250人が参加)に出席、アリナミンなどの有害薬や石油タンパクの野放し状態について鋭い告発の報告をされている。
著書には、『新版 からだが危ない―身辺毒性学』 (1991/11 三省堂)、『薬品食品公害の二〇年―「薬のひろば」活動の記録 シリーズ市民の活動 (9)』(1993/03 松籟社)、『新しい医学への道―現代医学の矛盾』(1994/01 紀伊国屋書店)など多数。
投稿者 akiuchi : 10:59 PM
藤原正彦「国家の品格」(流行語大賞)
流行語大賞に「イナバウアー」「品格」が選ばれたというニュースが流れた。「国家の品格」は買ったまま放置していたのでこれをきっかけに読んでみようと思った。藤原正彦氏は数学者ということだがその父親が新田次郎だというから驚きである。かつて学生時代に山岳部に所属していたころ新田次郎の小説を読みふけった。今から思うと加藤文太郎の「孤高の人」がやはり一番だと思うがシシュポスのように大きな荷物を山頂に担ぎ上げた「強力伝」も懐かしい。医療制度研究会の本田宏先生は藤原正彦氏の講演にいたく感動したという話をブログの中で書き込んでいたがやはり世の中のトレンドを見る目が確かだという証拠になるのだろう。彼のまとめた講演要旨を勝手に引用させていただくことにする。
流行語大賞
今年のユーキャン新語・流行語大賞が1日、都内で発表され、「イナバウアー」「品格」が大賞に選ばれた。トリノ五輪金メダリストのプロ・スケーター、荒川静香(24)は、ビデオで「(トリノでは)記録より記憶に残る演技をしたいと思っていましたが、本当によかった」とコメント。「品格」で受賞した数学者の藤原正彦氏(63)は昨年11月、新潮社から「国家の品格」を出版し、売上200万部を突破した。
入賞は「エロカッコイイ」(倖田来未)「格差社会」(山田昌弘・東京学芸大教授)「シンジラレナ~イ」(日本ハム・ヒルマン監督)「たらこ・たらこ・たらこ」(キグルミ)「脳トレ」(川島隆太・東北大教授)「ハンカチ王子」(斎藤佑樹・早実高野球部員)「mixi(ミクシィ)」(笠原健治・ミクシィ社長)「メタボリックシンドローム」(日本内科学会)。[2006年12月1日19時34分]
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本田宏先生のブログから引用
「国家の品格」著者の藤原正彦氏の講演に感動!(2006. 11. 13)
「日本のこれから、日本人のこれから」と題して講演する藤原正彦氏。日本の医療制度問題の解決のヒントがありました。(11月9日(木)から11日(土)まで広島で開催されている第68回日本臨床外科学会・特別講演「日本のこれから、日本人のこれから」)
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「日本を悪くしたのは国民だ、政府でも政治家でもメディアでもない」--講演はまず、衝撃的な言葉から始まりました。政治家やエコノミストは、嘘に継ぐ嘘を繰り返している、そして国民はそれを追及しない。現在の日本は米国の属国になってしまった。戦時中の日本人がタイムスリップしてきたら、がっかりするに違いない。
「地方分権」という甘い言葉にだまされて、日本の地方は破壊され続けてきた。これらはすべて「市場原理、規制緩和、自由競争」という言葉で進められてきた。「公平に闘ったのだから、勝った者がすべて取ってもよい」という考え方は正しいのか?小学校の6年生と1年生が戦っていいのか?、規制が必要な部分もあるのだ。「新自由主義」という自由競争が進めば、太古の時代に戻ってしまう。
共産主義にはいかに美しい論理が通っていようと、76年もかかって、人類という生物には役立たないということが明らかになった。新自由主義も同様、理屈としては正しくても、人類には役立たない理論であることがもう少しで分かるだろう。
市場原理によって、日本のあらゆるものが変わってしまった。終身雇用制度は崩壊した。会社の人間関係が情緒から論理になってしまい米国型になった。正規社員から非正規社員が増加し、今やフリーターやニートは500万人を超えている。もちろん短期的に考えれば、能力で人を評価することは重要だろう。ただし、これをやれば皆が敵となってしまい、穏やかな心で暮らしていけなくなる。フリーターやニートは、政府のケアを必要として、結局、国の負担が増加するのだ。
市場原理は短期的には良いかも知れないが、長期的にはいい結果をもたらさない。米国が長年かけて主張してきたことが、この数年で改革という名の下に日本で進められてきた。公共投資(もちろん無駄はいけないが)はこの10年で完全に悪者となった。「内需拡大」も叫ばれなくなった。そして日本は、米国の国債を25兆円も買って、米国の経済を助ける結果となったのだ。
私は、経済に関してはほとんど関心がない。それは、お金と幸せは関係ないことを知っているからだ。戦後を考えてみると、貧しかったが家族には笑顔があった。それがバブル崩壊によって、経済回復のためなら何でもする国となってしまった。経済回復が至上命題になってしまったのだ。現在、経済は回復しているように見えるが、将来はこのままいかないだろう。それは日本の構造(終身雇用制等)が根本的に変えられてしまったからだ。
この数年、日本人は、いつでも勝ち馬に乗ろう、それが賢い人間だと思うようになってしまった。たった10年前には、“風見鶏”と言われたことが今は逆だ。自らの心情を貫くのは損だと思われるような、恥ずかしい国民になってしまった。
日本に対して、経済界・財界がいかに口を出すようになったか、何故にこうなったのか。バブルの責任を一切省みないで、教育にまで口を出すようになった(小学校に英語教育を、パソコンをなど)。小学校はもっと伸び伸びと、そして日本語をしっかり教えるべきなのに。小学校から英語では国は滅びる。しかし経済界は英語教育に熱心だ。なぜなら日本人が英語ができないと世界での商売に負けて、経済発展が阻害されるからだと。英語ができて経済が発展するなら、なぜ20世紀の英国の経済は沈滞していたのか、アジアで日本より英語が出来る国が日本より経済が発展しなかったのはなぜか。どうしてこのような大事なことを国民に伝えないのか。
もし経済界が勧める通りに、小学校からパソコンを使っていたら、日本にはパソコンやソフトを作れる人がいなくなってしまう。高度なものを作るためには、小学校の頃こそ基本的な勉強が必要なのだ。IT(情報技術)が発展したインドでは、掛け算を99×99まで教えている。しかし日本では、小学校から企業家精神を教えろと--何を考えているのか、すべて米国の真似だ。日本の数学力は、10年前以上前には世界でダントツの1位だったのに、現在は世界で6位になってしまった。これでは日本は沈没する。日本こそ、数学が世界1位でなければやっていけない、資源がない国であるということを忘れてはならない。
アジアでノーベル賞を取れる国だった国、日本。目の前の即物的なものに目がくらんだ価値観と教育では、日本の力は低下する。まさに現在の日本では、教育までが経済優先で痛めつけられている。
日本は、そもそも金銭崇拝から最も遠い国だったのだ。日本人は、貧しいことを恥ずかしがらないという風土があった。貧しいことと尊敬とは、そのいい例が武士、日本では武士は尊敬を集めても金が無かった(「武士は食わねど高楊枝」)。しかし現在では、子供はつい先日までIT長者のホリエモンを夢見ていた。競争が最優先、社会には競争に適した部分とそうでない部分があることを、すっかり忘れてしまった。これはまさにエリートなき民主主義国家の悲劇と思う。
民主主義は、あらゆるシステムの中で最低の主義である、と英国のチャーチルはいっている。しかし、人類はまだ、民主主義より良いシステムを持っていないだけなのだと。なぜなら国民は永遠に成熟しないという現実と歴史があるからだ。本当に名君がいれば、専制国家のほうがいい。第一次世界大戦も第二次世界大戦も、民主主義の国で国民の感情の爆発によって起きた。
つまり民主主義には、真のエリート(一般庶民とは圧倒的に違う大局観を持っている、広い教養を持っている)が不可欠なのだ。しかし日本では、敗戦後GHQによって旧制中学や高校が潰されてしまった。これが今に効いている。現在の日本には、真のエリートが不在なのだ。
ちなみにヨーロッパでは、米国の新自由主義は嫌われている。それでも、少しずつ拝金主義がはこびるようになって、年々治安も悪くなっている。新自由主義の弊害は、世界を席巻している。
古来より日本には、「美的情緒」という世界にも誇るものがあった。例えば、かつて日本の文学は世界を凌駕した。江戸時代の数学もそう、当時その独創性でも世界でも最高レベルだった。なぜ文学と数学が、日本でこれほど花開いたのか。その理由は数学や文学は、人の美的感受性が最も影響する分野だからだ。秋に虫の音を聞いて、人生の寂寥を感じられるのは日本の固有の文化だ。つまりヨーロッパでは、類稀なる詩人しか持たない感受性を、日本人は普通に持ってきたことを忘れてはいけない。外国人には死にかけた葉っぱと映るが、日本人には紅葉として愛でられる。このような、はかない者に美を感じる、それが日本人の情緒なのだ。桜もそう、1年のうちに5日間のみ咲いてパッと散る、自分の人生のようだと...。このような国民は世界でも珍しい。
郷愁、懐かしさも、日本人に特有だ。武士道精神(慈愛、惻隠の情、卑怯を憎み名誉を重んじる)も。明治初期に外国を訪れた日本人は、テーブルマナーを知らなくても十分に尊敬されたらしい。その理由は、武士道精神と騎士道精神はそのほとんどがオーバーラップしていたからだ。それに対して米国では230年間、自由と平等を主張してきた。しかし現実には銃を持つ自由による高校での射殺事件、ハリケーンで死亡した国民のはほとんどが貧困層という現実を見れば、世界に主張している自由と平等が実現していないのは明らかだ。
そもそも社会に本当に自由と平等があると思うのは間違いだ。人には平等がないから、「惻隠の情」が必要なのだ。最近、いじめが話題になっているが、昔からいじめはずっとあった。ただ最近の状況で問題なのは、それを見て見ぬふりをしている周囲の実態だ。生徒はもちろん、国民全体にも、いじめを注意する勇気がない、それが一番問題だ。
本来、大勢で1人をいじめるのは駄目、大きなものが小さなものがいじめるのは悪、ということを、幼少から徹底してたたきこまないと、人は駄目になる。卑怯な行為、弱いものいじめは駄目、これが武士道精神だ。江戸時代に「ならぬことはならぬものです」という言葉があったが、それを子供のうちからきちんと教えないと駄目だ。人を殺してはいけない理由を説明するのではなく、それは「駄目だから駄目」でいいのだ。何事もいい理由、悪い理由を挙げれば、きりがない。
この日本人に特有の資質をきちんと教えて、素晴らしい社会を作ることが現在求められている。老後の不安も医療の不安もない、鍵をかけなくてもいいほど治安がいい。月給が少なくてもいい。そのような国を作れば、世界が日本に注目する。なぜ素晴らしい国になったのか、日本人は論理、合理、理性を尊重しているが、それに情緒を付加しているのだと。現在の世界を救えるのは、日本人しかいないのだ。
投稿者 akiuchi : 09:07 PM
◆「無過失補償制度」の自民党案に対する日医の見解について
産科医不足の原因として挙げられてる訴訟リスクの特効薬として注目されている「無過失補償制度」の全貌がだんだん明らかになってきた。果たしてこれで訴訟が本当に減ることになるのだろうか?
参考;
「無過失補償制度」の自民党案のサイト
http://www.jimin.jp/jimin/seisaku/2006/seisaku-027.html
◆「無過失補償制度」の自民党案に対する日医の見解について
木下勝之常任理事は、自由民主党の「医療紛争処理のあり方検討会」が、「産
科医療における無過失補償制度の枠組み案」を取りまとめたことを受けて、11月
29日の記者会見で、「日医の基本的考え方を入れ、国が予算を付けて無過失補償
制度を立ち上げようというところまできた。これから、実際の運用面等を詰めて
いきたい」と述べ、同枠組み案が取りまとめられたことを評価した。
日医では、分娩に関連して生ずる脳性麻痺に対して、医師の過失の有無にかか
わらず補償金を給付する、「分娩に関連する脳性麻痺に対する障害補償制度」を
制度化するための原案を本年8月に取りまとめ、同月2日、平成19年度予算の概
算要求に対する要望として、川崎二郎前厚生労働大臣に提出。また、同8日には
記者会見(http://med.or.jp/teireikaiken/index.htmlを参照)を開催し、制度
化の早期実現に向けた提言を行っている。その後、厚生労働省・自民党とともに
無過失補償制度の制度化に向けた検討を重ね、今回の枠組み案がまとめられるに
至った。
枠組み案では、通常の妊娠・分娩にもかかわらず脳性麻痺となった児を補償の
対象とし、補償額については数千万円を想定しているが、発生件数等を見込んで
適切に設定するとしている。制度の運営主体については、「運営組織」を設置し、
その運営組織が、補償対象かの審査や医療事故の分析を実施することとしている。
また、この制度には医療機関や助産所単位で加入することとし、運営組織を通じ
て保険会社に保険料を支払うことを原則とする。保険料の負担に伴い分娩費用が
上昇した場合は、出産育児一時金での対応を検討するとした。
木下常任理事は、制度の基本理念である「患者の救済」「安心して分娩できる
体制」を実現するためにも「運営組織は、日医も関与するが、公平で中立的な組
織でなければならない」という視点は貫いていきたいと述べ、制度の創設に対す
る決意を表すとともに、産科医療だけでなく他の科にも無過失補償制度の流れを
広げていく大きな視点で捉えているとの認識を示した。
問い合わせ先:日本医師会医賠責対策課 TEL:03-3946-2121(代)
投稿者 akiuchi : 08:42 PM
忘年会
12月2日(土)の午後、群馬県の開業産科医の先生方4名がアルテミスに見学に来られた。群馬県は診療所のお産が7割と高率で病院の産科は栃木県と同様に閉鎖になっているところが多いという厳しい状況にあるという。お産を扱う有床診療所が社会から正当に取り扱われない限りお産を扱う施設の減少傾向に歯止めはかかりそうにない。何度も繰り返すが病院と診療所の有機的な繋がりがなければ日本の周産期システムはこれから悪化の一途をたどることになるだろう。
6時半からきうち産婦人科医院の忘年会。千葉から三宅先生、神奈川から八幡先生も駆けつけてくれた。小児科、麻酔科など多くの先生やスタッフのおかげできうち医院は来年19周年を迎えることになる。私はその1年前から院長代理として働いていたので来年3月には20年が経過することになる。本当に感慨深いものがある。これまできうち医院に関わったすべての職員に感謝!
投稿者 akiuchi : 06:17 PM
堀病院・無資格助産事件 副院長が研修会で講演
厳しい状況の中で助産師会や看護協会主催の集まりに顔を出して「ラブコール(?)が足りない」と罵られても健気に健闘している堀病院の副院長は偉いと思った。何だか憂鬱になってくる医師-助産師関係だ。
問われる「日本一」:堀病院・無資格助産事件 副院長が研修会で講演 /神奈川
◇ラブコールは空回り?
◇「助産師必要」の熱意が足りない--参加者は辛口コメント
「ラブコール」は届かなかった?――。院長ら計11人が保健師助産師看護師法違反容疑で書類送検された堀病院(横浜市瀬谷区)の堀裕雅副院長(48)が2日、同市内で開かれた助産師の研修会で「産婦人科開業医から助産師へのラブコール」と題して講演した。同病院幹部が公の場に出るのは送検後初めて。話は病院紹介が主で、参加者から「ラブコールが足りない」と辛口の評価を受けた。【伊藤直孝、写真も】
研修会は、助産師資格を持つが子育てなどで現場を離れている「潜在助産師」が対象。日本助産師会県支部が助産師不足・偏在を解消しようと、1日に続いて開いた。
11月27日に送検された堀健一院長(78)の息子である堀副院長は、過去10年間で堀病院の総分娩(ぶんべん)数が3万800件に上る点や、帝王切開率が低い点などをPR。同病院の“代名詞”である救急車による妊婦送迎について「病院付近が農道のころ、父が車を運転して妊婦さんを迎えに行ったのが始まり」と紹介した。
事件への言及は避けたが、助産師との質疑応答で“本音”が見え隠れ。「分娩の受け入れ制限をしているか」との質問に「一切ない。8月は分娩予定者が300件を超え部屋がなくなりそうだったが、報道で減った」。「大病院は助産師の意見が医師に押しつぶされることが多いが、堀病院はどうか」との問いには「内容によります。人数が多いと思うようにいかない」と答えた。
終了後、日本看護協会の楠本万里子常任理事は「助産師が必要というラブコールが足りず残念」と苦言を呈した。藤沢市の助産師(30)は「堀病院は良い事業をしていることは分かったが、お産は医師主体なのかなと思った」と話した。
12月3日朝刊
(毎日新聞) - 12月3日11時0分更新
投稿者 akiuchi : 06:10 PM
デザイン・日本・亀倉雄策
宇都宮美術館で亀倉雄策デザイン展を見て来た。土門拳との人脈など知らない話もいろいろあった。やっぱり秋(もう冬か?)はアートだ。私もグラフィックデザイナーになりたかったなどと勝手なことを思ったりして冬の美術館をあとにした。
宇都宮美術館
http://u-moa.jp/jp/index.html
デザイン・日本・亀倉雄策

■展覧会解説
亀倉雄策[1915-1997]は、東京オリンピックや日本万国博覧会のポスター、NTTのマークなどの傑作を手がけた、日本のグラフィックデザイン界を代表するデザイナーです。また、日本宣伝美術会や日本グラフィックデザイナー協会[JAGDA]などの活動に中心的なメンバーとして参加するなど、日本のデザインの牽引役でもありました。
戦前期の「日本工房」の仕事をはじめとして、戦後は世界デザイン会議でのスピーチ「KATACHI」や東京オリンピックのポスターデザインなどを通じて、亀倉は「日本」という場所でデザインをしていく充実感あるいは緊張感を絶えず感じながら、モダンデザインの思想と日本の伝統的な美意識の融合という可能性を追求していきました。
本展は、亀倉の代表的なポスターやブックデザインなどと共に、未公開の作品・資料をあわせた約400点によって、亀倉のデザイン活動の軌跡をつぶさにご紹介いたします。



会 期 : 2006年11月19日(日)~2007年1月21日(日)
開館時間 : 午前9時30分-午後5時[入館は午後4時30分まで]
休館日 : 毎週月曜日、祝日の翌日[11月24日、1月9日]
年末年始[12月29日~1月3日]
観覧料 : 一般700円(560円)/大学生・高校生500円(400円)/小学生・中学生200円(160円)
※()内は20名以上の団体料金
※身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている方とその介護者[1名]は無料
※宇都宮市内の小学生・中学生・高校生は無料
※毎月第3日曜日[11月19日、12月17日、1月21日]は、「家庭の日」支援のために、小・中・高生に同伴された大人の方の観覧料が半額となり、小・中・高生は市内・市外を問わず無料となります。
主 催 : 宇都宮美術館
後 援 : (社)日本グラフィックデザイナー協会
協 力 : 亀倉雄策資料室、新潟県立近代美術館、(社)日本グラフィックデザイナー協会 栃木地区、栃木県デザイン協会
広報協力 : 宇都宮パルコ
関連イヴェント : ■「亀倉雄策のデザイン」 [講演会]
日時:11月19日[日]午後2時から[開場:1時30分~]
■「亀倉雄策の横顔―その発想と表現技術」 [座談会]
日時:12月3日[日]午後2時から[開場:1時30分~]
■「JAGDA栃木の日 JAGDA栃木の誕生秘話
―それは亀倉雄策の一言からはじまった」
日時:1月7日(日)
第1部 午前10時~11時30分
JAGDA栃木会員によるトークセッション 「亀倉雄策・栃木・デザイン思い出話」
第2部 午後2時~3時
JAGDA栃木会員による「デザイン・日本・亀倉雄策展」ギャラリートーク
■ギャラリートーク
日時:毎週土曜日 午後2時~
詳しくはイヴェント案内へ
投稿者 akiuchi : 04:25 PM
December 02, 2006
明日の記憶
若年性アルツハイマーをテーマにした渡辺謙の「明日の記憶」(DVD)を見た。最近物忘れがひどくなってきた身としてはとても他人事とは思えない切ないストーリーだった。思い起こせば私がこのブログを毎日書き込むようにしている理由も物忘れが激しいからメモを残すためにはじめたものだ。妻のことも認識できなくなり自分が自分でなくなった時。それでも寄り添ってくれる妻の存在。夫婦とは、家族とは、会社とは何か?医療崩壊、学校崩壊、家庭崩壊と様々な崩壊現象が取りざたされる中では「人格崩壊」が一番厳しい。「再生」が不可能な崩壊(collapse)を英語ではmeltdownというらしい。昔観たロバート・デニーロの「レナードの朝」を思い出した。
明日の記憶 公式サイト
http://www.ashitanokioku.jp/

明日の記憶
思い出のすべてを、あなたへ託す。
決して忘れられない、傑作の誕生―
“人を愛すること、そして一緒に生きていく”ことをあなたに問いかけたい。
“生きることの辛さ、切なさ、そして素晴らしさ”をあなたに伝えたい。
原作は第18回山本周五郎賞を受賞し、2005年〈本屋大賞〉の第2位に輝く荻原浩の傑作長編『明日の記憶』(光文社刊)。重いテーマの中に心和ませる上質なユーモアを織り込み、喪失を乗り越えていく夫婦の情愛を、映像化するのは、『トリック』『ケイゾク』『池袋ウエストゲートパーク』を手がけ、本作で新境地を切り拓く才人・堤幸彦監督。
映画『明日の記憶』は「人を愛するとは。」「共に生きるとは。」という人間の愛の本質に真っすぐに斬りこみ、根源的な問いを投げかける。深いドラマ性と卓越したストーリーが多彩なキャストの熱演で美しく綴られ、涙あふれる物語として2006年初夏、一生胸に残る感動を紡ぎだす。
<ストーリー>
広告代理店に勤める佐伯雅行は、今年50歳になる。ありふれてはいるが穏やかな幸せに満ちていた。そんな彼を突然襲う〈若年性アルツハイマー病〉。
「どうして俺がこんな目に……なんで、俺なんだ!!」。こぼれ落ちる記憶を必死に繋ぎ止めようとあらゆる事柄をメモに取り、闘い始める佐伯。毎日会社で会う仕事仲間の顔が、通い慣れた取引先の場所が……思い出せない……知っているはずの街が、突然”見知らぬ風景“に変わっていく。夫を懸命に受け止め、慈しみ、いたわる妻。彼女は共に病と闘い、来るべき時が来るまで彼の妻であり続けようと心に決める。「お前は平気なのか?俺が俺じゃなくなってしまっても」。一緒に積み重ねてきた人生をいつか忘れてしまうのだ。ひりつく想いでそう訊く夫に、彼女は静かに答える。「私がいます。私が、ずっと、そばにいます。」そして、幾度もの夏が訪れる……。〈記憶〉を喪失しても、なお忘れなかったものが、いつも美しい夕映えの空気に映えていた。
<キャスト・スタッフ>
監督:堤幸彦
出演:渡辺謙 樋口可南子
吹石一恵 及川光博 香川照之 渡辺えり子 大滝秀治 ほか
原作:荻原浩【光文社刊】
脚本:砂本量 三浦有為子
<コメント・プロフィール>渡辺謙【佐伯雅行】
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昨年秋、“SAYURI”の撮影中にこの原作と出会いました。読んだ後、暖かい涙が頬を濡らしたのを覚えています。原作の荻原浩さん、東映の力をお借りして映画化に至りました。深刻なテーマでありながら、人間が持つ根源的な強さ、家族、夫婦の意味、そしてそれらがもつ暖かさをスクリーンで表現できると 今、確信しています。堤監督、そして素晴らしいキャストにも参加していただきました。 是非完成をお待ちください。
1959年新潟県出身。トムクルーズと共演した「ラストサムライ」(03)で2004年第76回アカデミー賞助演男優賞にノミネートされる。以後2005年「バットマン ビギンズ」「SAYURI」とハリウッドの大作に立て続けに出演し今年公開される。本作品が初の映画主演作品となる。
樋口可南子【佐伯枝実子】
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私の役は記憶を失っていく夫を支える妻の役です。夫を深く愛している優しい女性です。この作品は、自分が壊れていくような錯覚さえ覚える怖い作品ですが、病を受け入れ、乗り越えていく姿は胸が痛くなるくらい感動しました。この夫を渡辺謙さんが演じると思うだけで胸がドキドキします。最後までがんばって謙さんについていって、原作に負けない、いい夫婦にしたいです。
1958年新潟県出身。映画・ドラマに映画ドラマに多数出演し、多くの映画賞を受賞。主な出演作に「座頭市」(89)「陽炎」(91)「阿弥陀堂だより」(02)などがある。2005年には「阿修羅城の瞳」に出演。
堤 幸彦監督
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私は主人公の年齢と同じであり、人生後半への希望より不安が先立つ中、渡辺謙さんよりこの原作を紹介され映画化の熱意を聞いた。その内容には鳥肌が立ち、かつ、「生きていくために最も大事なもの」を感じとることができた。大変な難題だが襟を正し、謙虚な気持ちで取り組んでいきたい。
1955年生まれ。愛知県出身。「金田一少年の事件簿」(95)以降、従来のドラマとは明らかに一線を画するトリッキーな作品を生み出し「ケイゾク」(99)「池袋ウエストゲートパーク」(00)「トリック」(00)と立て続けに時代を象徴する話題作を世に送り出し、その後も多方面で活躍し常に注目を浴びている。最近では「トリック劇場版2」(06年公開)、ドラマ「世界の中心で、愛をさけぶ」(04)「H2」(05)などの演出を手がけている。
原作者 荻原 浩
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映像化の話をいただいた当初は「これを映画にできるのかな」と、言葉を表現手段とする人間として、少々へそ曲がりなことを考えていました。渡辺謙さんにお会いし、ご本人の口から次々と飛び出すアイデアを聞いて、正直、驚きました。そういう手があったのか、と。言葉でなくてはできないことがあるように、映像でなくては表現できないことがあるのですね。完成が楽しみです。一観客として、映画館の片隅で観てみたいと思います。
1956年生まれ。広告制作会社を経て1997年「オロロ畑でつかまえて」で小説すばる新人賞を受賞。軽妙洒脱、上質なユーモアに富んだ文章には定評があり、行間に人間の哀歌が漂う。次々と新しいテーマに挑む現在最も注目されている作家。本作は全国書店員が選んだいちばん!売りたい本を選定する「本屋大賞2005」で第2位に選ばれ、また第18回山本周五郎賞を受賞。
配給:東映株式会社
撮影:2005年6月20日~8月上旬(予定)
公開:2006年5月13日(土)全国東映系ロードショー
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若年性アルツハイマー病
http://monowasure.jp/demantia/young.html
アルツハイマー病
Alzheimer's Disease(AD)
◆病態と診断
A.診断
アルツハイマー病(AD)の特徴は,①記憶障害やさまざまな認知機能障害(失語・失行・失認など)のために日常生活に支障をきたす,②緩徐に発症し進行する,③局所神経症状がみられない,④痴呆をきたす他の原因が除外できる,である.さらに,基本的なことであるが,痴呆に類似した状態を呈する他疾患(せん妄・老年期うつ病など)を除外しなければならない.
B.病態
AD脳の特徴は,老人斑,神経原線維変化,そして神経細胞の脱落の3つである.老人斑の主成分はアミロイドβ蛋白(Aβ),神経原線維変化の主成分は異常リン酸化タウ蛋白である.神経細胞はシナプスや神経突起の減少を伴って変性し,最終的に神経細胞死に至る.特に侵されやすいのは,前脳基底部(マイネルト核)から大脳皮質に投射しているコリン作動性ニューロン系であり,痴呆の中核症状である認知機能障害が引き起こされる.さらに他の神経伝達系(ノルアドレナリン,ドパミン,セロトニンなど)の障害も加わり,さまざまな行動心理学的症候(周辺症状としての非認知機能障害)が引き起こされると考えられている.
◆治療方針
A.薬物療法
1.認知機能障害(中核症状)に対して AD治療薬は,アセチルコリンエステラーゼ(AchE)阻害薬であり,コリン欠乏仮説に基づいたコリンの補充療法である.わが国では,唯一ドネペジル(アリセプト⇒)が軽症から中等症AD患者に対し1日量5mgまで認可されている.痴呆症状の進行を抑制させる効果により,患者ならびに家族のQOLが維持されることが期待できる.
処方例
アリセプト⇒錠(3mg) 1錠 分1 1-2週間投与から開始する 末梢性コリン系副作用(下痢,悪心・食欲不振など)の出現がなければアリセプト⇒錠(5mg) 1錠 分1 継続投与し,末梢性コリン系副作用が懸念される場合はアリセプト⇒錠(3mg) 1錠 分1のまま継続投与し経過観察
2.非認知機能障害(周辺症状)に対して 痴呆の行動心理学的症候(知覚や思考内容,気分あるいは行動の障害)は,家庭生活や施設生活に破綻をきたす原因となる.
薬物療法の前に,身体疾患や他の併用薬物の悪影響の軽減・除去などの身体状態の管理や生活状況調整が重要である.
a.幻覚・妄想
処方例 下記のいずれかを用いる
1)リスパダール⇒錠(1mg) 1/2-1錠 分1-2 夕食後または朝・夕食後
2)セロクエル⇒錠(25mg) 1/2-2錠 分1-2 夕食後または朝・夕食後
3)ジプレキサ⇒錠(2.5mg) 1-2錠 分1 夕食後
4)セレネース⇒錠(0.75mg) 1-2錠 分1-2 夕食後または朝・夕食後
少量から開始する.過鎮静や錐体外路系副作用に注意する.
b.抑うつ状態・意欲低下
処方例 下記のいずれかを用いる
1)デプロメール⇒錠(25mg) 1-4錠 分1-2 夕食後または朝・夕食後
2)パキシル⇒錠(10mg) 1-2錠 分1 夕食後
3)レスリン⇒錠(25mg)1-2錠 分1 夕食後,または分2 朝・夕食後
4)テトラミド⇒錠(10mg) 1-2錠 分1-2 夕食後または朝・夕食後
3),4)は不安・焦燥感が強い場合に使用する.その際めまい・ふらつきに注意する.
c.不眠
処方例下記のいずれかを用いる
1)マイスリー⇒錠(5mg) 1-2錠 分1 眠前
2)アモバン⇒錠(7.5mg) 1錠 分1 眠前
3)レンドルミン⇒錠(0.25mg) 1錠 分1 眠前
筋弛緩作用の少ない,短時間作用型薬剤を選択する.
d.せん妄・興奮
処方例 下記のいずれかを用いる
1)グラマリール⇒錠(25mg) 2-3錠 分2-3 朝・夕食後または朝・昼・夕食後
2)リスパダール⇒錠(1mg) 1/2-2錠 分1-2 夕食後または朝・夕食後
3)セレネース⇒錠(0.75mg) 1-4錠 分1-2 夕食後または朝・夕食後
過鎮静,錐体外路系副作用に注意する.
e.治療上の注意 上記薬物の一部で細粒や水薬など剤形が多様化されている.患者の状況に応じ剤形を選択する.
いずれの剤形においても上記用量を目安とする.いずれの場合でも多剤併用は避けるべきである.また,薬剤の管理と服薬には家族の協力が不可欠である.
なお,上記a-dの薬物はいずれもADに対する保険適用は認められていないため,状態像の追加表記あるいは病状詳記が必要である.
B.非薬物療法
「人間らしく生きる権利の回復」を目的に,リハビリテーション療法(回想法,リアリティオリエンテーション,音楽療法,デイケアなど)が行われている.精神症状や問題行動の軽減・予防と残存機能,特に感情・情緒面の安定や意欲の向上を介したQOLの維持向上が期待される.
C.家族(介護者)の心理的支援のポイント
a)1人で悩ませない(仲間づくりを勧める,家族会など).
b)できる限り今までの生活ペースを守りながら介護するよう指導する.
c)家族による介護には,正しい介護も間違った介護もない(家族の気持ちにまず共感を示す).
d)こだわらずに,柔軟に考えさせる(既成概念,価値観にとらわれない).
e)介護者に自分の健康管理を徹底させる(負担軽減のために福祉サービス・社会資源を積極的に利用させる).
(この5つのポイントは長谷川和夫監修:老年期痴呆診断マニュアル,日本医師会発行,による)
==============================
薬局からの服薬指導・薬剤情報(高柳和伸)
アリセプトが処方される場合
・この薬剤はADによる認知機能や行為遂行能力の障害を改善する薬剤であり,ADそのものの進行は食い止められないことを患者や家族に説明する.
・効果発現までに約3か月を要し,途中で服用を中断しない症例で効果が長続きすることから,医師の指示どおりに服薬を継続することが大切であることを指導する.
・薬剤の効果により注意力や活動性が高まる結果として,かえって興奮や落ち着きのなさが増した報告がある.短期間で精神症状の悪化などがある場合は,投与の再検討が必要となるので患者モニタリングを行い,主治医と協議する.
今日の診療プレミアム Vol.15 DVD-ROM版 (C) IGAKU-SHOIN Tokyo
レナードの朝

出演: ロバート・デ・ニーロ, ロビン・ウィリアムス, ジュリー・カブナー
監督: ペニー・マーシャル
形式: Color, Widescreen, Dolby
言語 英語, 日本語
画面サイズ: 1.78:1
ディスク枚数: 1
販売元: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
DVD発売日: 2006/7/26
時間: 120 分
ASIN: B000FF6VLW
Amazon.co.jp ランキング: DVDで15,868位
Amazon.co.jp
実話をもとに、ロバート・デ・ニーロ、ロビン・ウィリアムズという大物同士の共演で描く感動作『レナードの朝』。精神病院に赴任した医師セイヤーは、体を自由に動かせない患者たちにボールを受け止める反射神経があることを発見。さらに、30年間も半昏睡状態で病院暮らしを余儀なくされていたレナードに新薬を投与することで、彼を奇跡的に目ざめさせるのだが…。
『ビッグ』『プリティ・リーグ』といったコメディタッチのヒューマンドラマが得意なペニー・マーシャルが、人間の尊厳についての問いかけを患者と医師の交流を通して美しく描いている。ロバート・デ・ニーロの壮絶な熱演に目がいくが、受けに回ったロビン・ウィリアムズの抑えた演技も実に素晴らしい。ペネロープ・アン・ミラー演じる父の見舞いに病院を訪れる女性とレナードとの食堂でダンスシーンは、忘れがたい名場面だ。そこに流れるピアノの調べがあまりにもせつなく、思わず胸をしめつけられる。(麻生結一)
内容(「Oricon」データベースより)
嗜眠性脳炎で30年間半昏睡状態の患者を目覚めさせるため立ち上がる新任医師の姿を描いた、感動の人間ドラマ。ロバート・デ・ニーロ、ロビン・ウィリアムスほか出演。
投稿者 akiuchi : 02:19 PM
2006年9月25日号アエラ
少し古い記事だがアエラに掲載された堀病院内診事件の解説記事を入手したのでここに転記しておくことにする。毎日新聞などのレベルの低いマスコミと比べると問題を冷静に分析している。本質は助産師対産科医ではなく日本の周産期システムはどうあるべきかということなのだ。
2006年9月25日号アエラ
「理想の出産」の現場 堀病院事件から学ぶ=訂正あり
助産師の資格がない看護師に妊婦の状態を調べさせた。
そんな嫌疑で、横浜市の堀病院が警察の家宅捜索を受けた。
助産師がいなければ、なにもできないのか。
妊婦や家族、そして出産現場に大きな波紋が広がっている。
(編集部 古川雅子、大岩ゆり 写真 尾上達也)
年間3000件近い出産を取り扱い、自称「出産数日本一」の堀病院(横浜市)に
8月下旬、神奈川県警の家宅捜索が入った。病棟や職員宅など24カ所を数十人の警
察官が捜索した。
捜索の容疑は何かと言えば、通称「保助看法」と呼ばれる「保健師助産師看護師
法」違反だ。
助産師の資格を持たない看護師が2003年12月29日、陣痛の始まった女性
(37)の子宮口の開き具合を測定するなど、お産の進み具合を調べる「内診」をし
た。それが助産師や看護師の職務などを規定する保助看法に違反している、という容
疑だ。
「これで家宅捜索されるなら、もうお産は取り扱えません」
「最近、産婦人科医仲間と話すと、みんな暗いです。福島県の産婦人科医の逮捕に
続く今回の堀病院の事件。産科医は日本にもう要らないということでしょうか」
堀病院の事件を知った全国の産婦人科医たちは、驚きや怒り、不安などで騒然とし
た。というのも、看護師が内診する病院や診療所は決して少なくないからだ。
看護師と助産師はどのように違うのだろうか。助産師は基本的には、看護師の資格
を持った上で助産師の国家試験に合格した「女子」。看護師の中の女子エリートとい
える。職能団体は助産師も看護師も共通で、「日本看護協会」だ。
問題となっている「内診」は、陣痛が始まった後、膣内に指を2本入れ、妊婦の子
宮口がどれぐらい開いているか、赤ちゃんがどれぐらい膣口に向かって下りてきてい
るかなどを診る行為だ。これが分娩を助ける「助産」行為かどうかをめぐり、ここ数
年、産婦人科医と助産師・厚生労働省が激しく対立している。
産科医と助産師のズレ
保助看法には内診については明確な定義がない。
産科医たちの認識はこうだ。
「内診はそれほど難しい手技ではない。看護師が行っている採血や静脈注射の方が
よっぽど難しい」
分娩を扱う産科の現場では保助看法が施行された1948年以降、看護師による内
診が行われてきた。特に陣痛が始まってから子宮口が全開するまでの「第1期」の内
診については看護師にもできる、というのが医会の公式見解だ。
陣痛開始から出産終了までには時間がかかる。経産婦でも5~8時間、初産の場合
は12~16時間。第1期が特に長く、経産婦でも平均5時間、初産婦は平均8時間
かかる。ゆっくり進行するので、測るべき部分を測って医師に報告してくれれば急に
問題が起きることはない、という考え方だ。
一方、厚労省や助産師側の見解は異なる。
「内診は、分娩に異常がないかをみる重要な判断を伴う行為です。特に、少しずつ
回転しながら下りてくる赤ちゃんの『回旋』をみるのは難しい。教育課程や国家試験
の問題に助産行為がまったく入っていない看護師が行うべきではありません」(厚労
省看護課)
「内診は助産である」という法解釈を厚労省が示したのは02年。助産師や医師以
外は内診などをしてはいけないという理解でいいのか、という鹿児島県保健福祉部長
の「照会」に対する厚労省看護課長の「回答」という形だった。鹿児島県は、県内の
医療事故がきっかけで、照会したのだった。
この回答について、医会は静観していた。内診によって分娩の進行が正常かどうか
を「判断」するのは助産師か医師の仕事だが、判断を伴わない計測や観察だけの内診
なら看護師でもかまわない、と解釈できたからだ。
ところが04年、今度は愛媛県からの照会に対する回答という形で出された厚労省
看護課長の見解は、「判断を伴わない内診も助産師や医師しかできない」という内容
だった。これに対しては医会や日本医師会が激しく反発。変更を求める意見書などを
出した。
05年に厚労省で開かれた検討会でも、何回も内診問題が議論されたが、結論は出
なかった。
「別途議論する、ということです。いつになるかは分かりません。それまでは今の
解釈が適用されるということです」(厚労省看護課)
堀病院の事件は、くすぶっていた火に油を注いだ。家宅捜索に対して医会が抗議の
声をあげ、神奈川県の医会が「堀病院を全面的に支援する」と宣言したかと思えば、
助産師側の日本看護協会も声明を出して対抗している。
出産長びき脳性麻痺に
年間約500件のお産を扱うオーク住吉産婦人科(大阪市)では、看護師も内診す
る。看護師には最低6カ月かけて指導し、徐々に経験を積ませる。助産師も募集して
いるが、00年の開院以来、数人しか就職しなかった。今も1人だ。
というのは、中村嘉孝院長(39)が採用面接の際、「自然な分娩」など助産師自
身の「お産方針」は尊重しない、母子の安全確保が最優先、という医院の方針をまず
明確にするからだ。怒って席を立つ助産師が多いという。
中村さんがこのような方針をとることにしたのは、以前勤めていた小さな産科医院
で、次のような「事件」に遭遇したからだ。
助産師の多くは大病院に就職するため、その産科医院では助産師がなかなか雇えな
かった。「会陰切開の判断」を任せることを条件に、働いてもいいという助産師がよ
うやく現れた。
ある通常の出産での出来事だ。
「いきみすぎなくていいのよ」
助産師は長時間、妊婦を励まし続けた。が、初産だったので産道の出口の会陰部分
が伸びず、数時間かかってしまった。会陰は切らずにすんだが、赤ちゃんは脳性麻痺
になった。長時間、圧迫されて低酸素状態になっていたからだ。
「助産師を雇わないのは人件費を節約するためではなく、母子の安全を犠牲にして
まで自分のお産方針に固執する助産師より、指示した通り動いてくれる看護師の方
が、結局は母子の安全を守れるから、という医師が多い」(中村さん)
●看護師の怖い思い
内診などを任される看護師はどう考えているのだろうか。医師から分娩室勤務を頼
まれて、怖い思いをした看護師もいる。
分娩数が年間数百ある地方の個人病院では、数年前、助産師は常時数人しか確保で
きず、助産師が24時間カバーするシフトも組めない態勢だった。苦肉の策が、昼間
は看護師による内診でカバーする、というものだった。
医師から内診の指導を受けたその看護師が本番に臨んだところ、子宮口が6センチ
開いたところで急にお産が進んで生まれてしまった。医師が到着するまで、看護師は
生きた心地がしなかったという。以来、この病院で看護師による分娩室勤務はなく
なった。
当時、その病院に勤務していた助産師は、こう振り返る。
「看護師さんの落ち込んだ顔は、いまでも忘れられません。効率を優先して、リス
クと責任を伴う業務をさせられる看護師側の気持ちも考えてあげないと」
内診問題に限らず、産科医と助産師は「同じ言語で話せない」と揶揄されるよう
に、両者はそもそも「分娩観」にも大きな違いがある。産科医が重視するのは、分娩
監視装置のモニターなどで数値化される異常の見分けであり、内診行為も「計測」の
一部と考える。助産師は、陣痛開始から胎盤がすべて出るまでトータルに見ていて、
内診は「診療」の一部だと考えている。
助産師教育の実習の中では、内診の方法を学ぶとともに、「できるだけ内診をしな
いための方法」も学ぶ。助産師は、産婦の自然ないきみ、息遣い、表情、陣痛の程度
など、総合的な「観察」により、分娩の進行状況を予測し、それをもとに内診して状
態を把握する。
「内診だけをして分娩進行がわかるわけではありません。ベテランほど、妊産婦さ
んをよく観察しますから、内診は少ないですよ」
山本助産院(横浜市)の山本詩子院長はこう指摘する。
●イエスマンにならない
英語で助産師を「ミッドワイフ」(女性とともにある人という意味)というが、常
にそばにいて女性に寄り添う職業という意識が助産師には強い。お産の進みが悪けれ
ば「もうちょっと歩いてみる?」などと、処し方をアドバイスし、妊産婦さんのケア
をする。
「分娩監視装置が発する情報以外から見えているものもある。スタンスが違うから
こそ、助産師はイエスマンにはならないんです」
助産師の経験もある東京医療保健大学看護学科の坂本すが教授はこう語る。
戦前の自宅分娩でも9割の赤ちゃんは無事に誕生した。医療の進展で、出生時の母
子の死亡率が先進国の中でも最低限になってきた今、お産は安全なのが当たり前に。
安全以外に、快適さや満足感が求められる時代になった。
その延長線上にあり、病院出産のアンチテーゼとして人気があるのが、「出産は病
気ではなく、自然の摂理」という認識のもとに多くの助産師が推進する「自然な出
産」だ。助産院の人気も高い。
助産院は、産婦人科医ら嘱託医がいないと開院できないが、嘱託医などになってい
る産婦人科医たちは複雑な思いを抱く。出産時の大出血など予測不能な事態に陥った
場合には、助産院では対処しきれず、嘱託医や嘱託医の紹介する大病院に転送され
る。
「防ぎようのない事態は仕方ありませんが、助産師の危機意識の不足や、自然分娩
への固執が原因の事故も時にみられます。後処理を全部医師に押しつけられたのでは
たまりません。助産院の嘱託医のなり手が最近少ないのは、こういった事情があるか
らです」
ある総合病院に勤める産婦人科医はこう解説する。
北里大学病院(神奈川県)が1998~2002年に助産院から受け入れた妊産婦
は21人で、19%にあたる4人が亡くなった。一方、一般病院などから受け入れた
妊産婦は742人で、亡くなったのは34人(4・6%)だった。
助産院から受け入れた中には、陣痛が始まって以来4日間、水中分娩を試みたが生
まれずに北里病院に送られ、緊急帝王切開をしたという例もあった。赤ちゃんは重度
の感染症にかかっており、5日目に亡くなったという。
また、前置胎盤や双子のように、本来なら助産院で扱ってはいけない分娩を扱って
いたために、問題が起きた場合もあった。
産科医の不足、助産師の不足や偏在など、産科をめぐる課題は多い。ただ、工夫し
て上手に助産師を活用している産科病院もある。
●医・助・看のチームで
例えば山本さんの嘱託医である池川クリニック(横浜市)では、子育て中の「潜
在」助産師を活用。パートタイマーの待遇で採用し、上手にシフトを組むことで、常
時、助産師がいる態勢が築けた。かつては助産師の数はゼロだったが、いまでは、常
時十数人の助産師が登録している。
産科医と助産師とがうまく協働していく方法として、佐野病院(神戸市)が199
7年から先行して始めた「院内助産所」は、多くの産科医も「理想的な産科のあり
方」と評価する。
ここでは、産婦人科とは別に「助産科」を設置し、あたかも病院の中で助産院を開
設しているかのように、助産師が自立して妊産婦のケアを行う。妊婦は妊娠24週ま
では医師の健診を受け、ローリスクだとお墨付きがもらえたら、希望により助産科で
の受診にシフトできる仕組みだ。
9月上旬、助産科で第一子を産んだ関口雅子さん(31)の場合は、微弱陣痛と破
水による感染の兆候が見られたため、助産師の判断で産婦人科に連絡を入れ、すぐさ
ま助産科に駆けつけた産婦人科リーダーの三浦徹さんが診察。関口さんの希望を聞い
た上で陣痛促進剤による誘発分娩に踏み切った。
三浦さんはこう振り返る。
「私は助産師の本来の仕事の領域には踏み込まず、しっかりお任せします。今回も
私が手を出したのは陣痛誘発の時だけ。あとはただそばにいるだけで、助産師が取り
上げまでやってくれました。こうしたあり方こそ、異常産を診る産科医と正常産の専
門家である助産師との本当の意味でのコラボレーションだと思います」
関口さんは笑顔で語った。
「出産時に助産師さんの手厚いケアを受けつつ、もし何かあっても敷地内に産婦人
科の先生がいるという安心感がありました。いいとこどりのお産かもしれませんね」
今回の内診問題の議論が、産科医と助産師との縄張り争いに終始してしまっては元
も子もない。前出の坂本さんは指摘する。
「今回は、医師と助産師と看護師とがチームを組んで働くと
「今回は、医師と助産師と看護師とがチームを組んで働くという意識で出直すいい
チャンス。何よりも妊産婦の安全を第一に考え、利用者にいいケアを模索していくべ
きです」
出産場所
病院 診療所 助産院 自宅など
1950年 2.9 1.1 0.5 95.4%
1960 24.1 17.5 8.5 49.9
1970 43.3 42.1 10.6 3.9
1980 51.7 44.0 3.8 0.5
1990 55.8 43.1 1.0 0.1
2000 53.7 45.2 1.0 0.2
2003 52.2 46.6 1.0 0.2
(厚生労働省の資料より)
助産師の卒業後の進路
病院 97.4%
診療所 2.2
その他 0.4
(厚生労働省の資料より)
【写真説明】
今でも不足しているお産施設。「看護師の内診」問題の影響でさらに減る可能性も
佐野病院(神戸市)にあるアットホームな畳敷きの「助産科」。隣の産婦人科医の
健診は1回10分程度だが、助産科なら予約制で45分もかけてくれる
<訂正>
9月25日号「『理想の出産』の現場」の記事で、北里大学病院が受け入れた妊
産婦のうち、助産院からの4人と一般病院などからの34人が亡くなったとあります
が、亡くなったのは妊産婦ではなく赤ちゃんです。
投稿者 akiuchi : 02:01 PM
着床前診断(神戸の大谷院長)と代理出産
長野県の根津先生とともに学会に反抗して自らの信念のもと診療を続ける神戸の大谷医師。彼らの原動力は一体何なのだろう?日本人にもこのように流れに逆らって組織に反抗して生きる人々がいるということはその是非はともかくとして見習わなければならないところだと思う。学会を越えて法整備という方向も出てきたようだ。
着床前診断:神戸の大谷院長、さらに36例 毎日新聞 2006年12月1日(金)
大谷産婦人科(神戸市)の大谷徹郎院長は30日、習慣流産など染色体異常が原因で妊娠が難しい夫婦の体外受精卵を着床前診断し、11月までに25組の夫婦から36人の子どもが生まれたと発表した。いずれも日本産科婦人科学会に申請しないままの実施だった。大谷院長は、今年1月までに11組の夫婦から15人の子どもが生まれたことを明らかにしており、未申請の着床前診断を継続していることが明らかになった。
習慣流産をめぐっては同学会が4月、夫か妻の染色体異常が原因の場合に限って着床前診断の対象に加える会告(学会指針)を決めたが、実施前に学会に申請し、承認を得るよう求めている。
大谷院長は04年に男女産み分け目的で着床前診断を実施し、学会を除名されている。【大場あい】
[毎日新聞 ]
代理出産:審議、学術会議に要請--法相と厚労相
長勢甚遠法相と柳沢伯夫厚生労働相は30日、日本学術会議(金澤一郎会長)に対し、不妊の夫婦に代わって別の女性が妊娠・出産する代理出産の是非など生殖補助医療に関する審議を要請した。代理出産については、厚労省の審議会が禁止を求める報告書を03年にまとめたが、海外での出産や、国内での実施例が相次いでおり、幅広い専門家による検討を求め、今後の制度作りに生かす。
学術会議は年内にも、法律、哲学、生命倫理、産婦人科などの専門家による委員会を設置。両省の審議会で生殖補助医療について議論をしたが、各分野の専門家に偏っていたため、幅広い分野の専門家に参加してもらう。約1年間で是非などについて取りまとめる。金澤会長は「法整備を前提とするのではなく、学術的・総合的観点から議論していきたい」と話している。【永山悦子】
投稿者 akiuchi : 10:34 AM
産婦人科・小児科の医師不足、現場は悲鳴 拠点集約も対応遅れ
11月末に厚労省が発表した2005年の調査を受けた記事。今頃「現場は悲鳴」と騒いでも、時既に遅し!厚労省が主導する「集約化」も絵に描いた餅にしかならないだろう。県立大野病院の事件がまだ生々しい福島県。佐藤先生のコメントが痛々しい。誰が責任をとるのか?行政、医師会、看護協会、マスコミ、警察・・・結局誰も責任を取らずに地域住民(妊婦さんたち)が泣きをみるだけのような気がする。都立病院も医師不足状況は田舎といっしょ。果たして若い医者が産婦人科を選んでくれるように魅力ある産婦人科診療なるものがあるのだろうか?
厚労省が発表した2005年の調査
http://blog.med-apple.co.jp/mailmaga/diary/archives/2006/12/2005.html
産婦人科・小児科の医師不足、現場は悲鳴 拠点集約も対応遅れ
医師不足が深刻な産婦人科や小児科。厚生労働省が30日発表した医療施設調査でも、減少傾向は裏付けられた。診療科の看板を下ろす病院が相次いでいる医療現場からは、「医師不足は今に始まった問題ではない。もう手遅れ」という悲鳴も聞こえる。〈本文記事2面〉
福島県では、昨年から今年春にかけて6病院が産婦人科を廃止した。医師の開業や他病院への移籍、死亡などが理由だ。大学病院に新しい医師の派遣を求めても、「余力はない」「1人だけの体制では、医師の負担が大きく危険」と、断られたという。
厚労省は産婦人科や小児科について、地域の拠点となる病院に医師を集める「集約化」を都道府県に指導しており、福島県も計画を策定中だ。
しかし、医師を派遣する側の福島県立医科大の佐藤章教授(産婦人科)は、「7、8年前から、県や市町村に、産科医を拠点の病院に集中させてほしいと申し入れていたが、自治体側は『うちの病院には派遣して』と言うばかり。今になって、集約化といっても、絶対数が足りなくなっており、手の施しようもない」と、対応の遅れを批判している。
[読売新聞 ]
お産可能な施設 全産婦人科の半分以下に/2005年厚労省調査
産科・産婦人科のある医療機関が減り続け、このうち、お産のできる施設が昨年初めて半分を割ったことが30日、厚生労働省がまとめた2005年の医療施設調査でわかった。小児科も減少傾向にある一方で、小児科中心の診療所は増えており、過酷な勤務の病院から、専門性を発揮できる診療所に、小児科医が流れていることを示している。
調査によると、産科・産婦人科を掲げている病院は1616施設で、前年より50施設減った。診療所も加えた産科・産婦人科5997施設のうち、お産を扱っているのは2933施設と全体の48・9%。1984年の調査開始以来、初めて半分に満たなかった。
また、小児科のある病院も、05年は3154施設と、前年より77施設減少。診療所も2万5318施設で、前回調査(02年)より544か所減った。〈関連記事37面〉
〈病院と診療所〉
医療法によると、病院は患者20人以上の入院施設を持ち、診療所は入院施設がないか、20人未満が入院できる医療施設。医療施設調査では、昨年の病院数は9026施設(前年比51施設減)、診療所は9万7442施設(同391施設減)。このうち、入院施設がない診療所は86.2%。
[読売新聞 ]
医師育成を統一化 都立11病院、来年度から
レベルの高い専門医を自前で育てるため、都は来年度から、都立11病院の医師を統一的に育成する研修制度「都立病院医師アカデミー」をスタートさせる。専門分野を集中的に学べるカリキュラムを提供して、働く場としての魅力アップを図り、産婦人科などの医師不足を解消する効果も狙う。来年度はカリキュラムの整備費などとして約1億円を予算計上する。
都立病院ではこれまで初期研修を終えた若手医師の教育は、病院ごとに実施。加えて高度な内容を学べる上級の研修は1病院の小児科にしかなかった。
都では、この教育内容を統一化。人数枠も増やし、例えば、がんの専門医を目指す場合は、がん医療で実績がある駒込病院で教育を受けさせたり、救急医療分野に進みたい医師の受け入れ先は総合救急診療科がある墨東、広尾、府中の3病院にしたりする。
また、上級研修を、できるだけ多くの分野に広げ、がん治療でも肝臓や膵臓(すいぞう)など、臓器ごとの専門医を育成できるようにする。
都立病院での正規採用の医師の充足率は、産婦人科67・4%、麻酔科77・2%など、一部の分野では定員割れが深刻。都は上級研修を創設することで、採用への応募者が増えることも期待している。
[読売新聞 ]
投稿者 akiuchi : 10:08 AM
鹿児島県鹿屋市:胎児と新生児が死亡する2件の医療事故
今回の内診問題のきっかけとなった鹿児島県鹿屋市の医療事故(2000年)について調べてみた。Kレディースクリニックは常勤医師が3名もいて月に60のお産を扱うクリニックだという。2つの事故が相次いだことは内診問題とは直接関係ないということで結局不起訴になった。別件で医者を取り締まろうという悪い風潮の始まりがここにある。
[医療を問う]看護師が違法診療、胎児ら2人死なす--鹿児島の産婦人科
2002.11.08 東京朝刊 29頁 社会 (全874字)
鹿児島県鹿屋市の産婦人科医院で胎児と新生児が死亡する2件の医療事故が相次ぎ、看護師に妊婦の内診や分べんの介助をさせる違法行為が繰り返されていたことが分かった。同県は助産師を置くよう医院を指導したが、改善されていない。患者側は「同じ事故が続くおそれがある」として院長(50)らを刑事告訴する方針。【医療問題取材班】
◇県指導“無視”--助産師置かず
2件の事故の損害賠償訴訟の訴状によると、00年6月15日深夜、医院の医師が不在だったため、看護師3人が妊婦(22)を内診し、母体と胎児の状態を診る分べん監視装置を着けた。約3時間後、看護師が胎児の心音の異常に気づき、院長に連絡したが、胎児は死亡していた。裁判では医院側が診療を看護師に任せた責任を認め、今年7月に和解が成立した。
この事故の6日前には、新生児が頭がい内出血による仮死状態で生まれ、転院先で死亡した。この際、看護師2人が妊婦(32)の腹部を強く押して出産を促す助産行為をしていた。「保健師助産師看護師法」では医師と助産師以外の助産行為を禁じている。
両親はこの違法行為に加え、医師が胎児の状態を見落とし、陣痛促進剤も用法で禁じられている筋肉注射をし、容体を悪化させたのが原因として昨年11月に提訴した。
この医院では2件の事故後も違法な助産行為が続いていたことが分かり、同県は今年3回にわたって指導した。
この問題は1日の衆院厚生労働委員会でも取り上げられ、坂口力厚労相は「(助産師など)正規の人がいなければ、(医療事故に)拍車をかける。県の指導が不十分なら国が出向いてでもちゃんとやらなければならない」と答弁した。
医院は19床で、医師3人、看護師と准看護師は約20人。月に60件前後の出産がある。院長は毎日新聞の取材に「助産師の募集をしているが、国立病院などに人材を取られている。2件の訴訟にはコメントを控えたい」と話している。
「陣痛促進剤による被害を考える会」代表の出元明美さんは「開業医は経営を優先して助産師を雇わない傾向があり、それがミスにつながっている」と指摘している。
毎日新聞社
投稿者 akiuchi : 02:20 AM
堀病院の無資格助産事件(共同通信)
平成14年の鹿児島=不起訴、16年の千葉=院長のみ罰金刑確定、そして18年の豊橋=起訴猶予と看護師の内診に関する事件がこれまで問題になってきた中で千葉のみが有罪になっているという点で千葉のS院長のいい加減な対応(罰金50万円払えば終わり)が禍根を残すことになった。おそらく並行して進んでいた民事裁判とのからみで早く刑事事件も終わりにしたかったのだろうが別件に関しては罪を認めるべきではなかった。感情的な毎日新聞の記事と比べて共同通信の記事は今回の内診問題を冷静に伝えて横浜地裁の裁定に注目するという論調でまとめている点にマスコミ報道のスタンスの違いを感じる。毎日新聞よ、奢るなかれ!
院長ら11人を書類送検 恒常的に看護師らが内診 堀病院の無資格助産事件 {1}
記事:共同通信社
提供:共同通信社
【2006年11月27日】
横浜市の堀病院の無資格助産事件で、神奈川県警生活経済課は27日、保健師助産師看護師法違反の疑いで、堀健一(ほり・けんいち)院長(78)と助産師資格を持つ看護部長(69)、看護師、准看護師ら計11人を書類送検した。
同課は8月に同法違反容疑で堀病院を家宅捜索。出産記録の分析などから、医師か助産師にだけ認められる「内診」という助産行為を堀院長が看護部長を通じて指示し、恒常的に看護師や准看護師に行わせていたことが判明。厚生労働省が2002年と04年に看護師による内診を禁じる通知を出したのに、無資格助産を繰り返した点などを「悪質」と判断した。
03年11月から06年8月の間に内診を受けた妊婦計約7900人のうち、約7500人が看護師らによる内診だったという。
同課の聴取に堀院長は「すべて私の責任」と認めているが、通知については「厚労省の要望という認識しかなかった」と、違法性の認識が明確ではなかったという趣旨の供述をしているという。看護部長ら10人は全員容疑を認めているという。
調べでは、堀院長らは2003年12月、出産で入院した女性=当時(37)=について、子宮口の開きなどお産の進み具合を確認する内診を看護師と准看護師計4人に行わせたのをはじめ、今年5月までに妊婦計17人の出産で無資格助産を繰り返した疑い。
女性は出産後、大量出血し、別の病院に転院。04年2月に多臓器不全で死亡した。
看護師による内診は各地の医療機関で長年行われてきており、横浜地検は無資格助産の危険性などを慎重に検討し、立件の可否を最終判断するとみられる。
▽出産時の内診
出産時の内診 産道に手を入れて子宮口の開きや胎児の頭の位置など、お産の進み具合を確認する助産行為。厚生労働省は2002年と04年に「看護師が行ってはならない」と都道府県に通知した。日本産婦人科医会などは、助産師不足で廃業する産婦人科が多い現状を訴え、陣痛から子宮口全開までの「分娩(ぶんべん)第1期」は、医師の指示下で看護師による内診を認めるよう主張。一方、子宮口全開から出産までの「分娩第2期」については求めていない。助産師団体などは「内診は出産時の危険の予知と回避のための助産業務で、看護師は代行できない」としている
無資格助産事件の経過 {2}
記事:共同通信社
提供:共同通信社
【2006年11月27日】
2002年4月 鹿児島県鹿屋市の産婦人科医院で看護師による内診が発覚。県警は03年、院長ら5人を保健師助産師看護師法違反容疑で書類送検。後に全員不起訴
11・14 厚生労働省が「内診は助産行為に当たり、看護師が行ってはならない」と通知
03・8・20 千葉県警が同法違反容疑で同県茂原市の産院院長ら8人を書類送検。院長は罰金刑確定。残りは不起訴
12・29 横浜市の堀病院で、准看護師らが院長の指示で女性=当時(37)=を内診
04・9・13 厚労省が看護師による内診を禁じる2回目の通知。日本産婦人科医会が撤回求める
05・4・28 厚労省で同法の在り方について検討会。11月までに「看護師による内診」を認めるか意見まとまらず
06・8・24 神奈川県警が同法違反容疑で堀病院を家宅捜索
10・18 愛知県警が同法違反容疑で同県豊橋市の産婦人科医院院長ら3人を書類送検。後に全員が起訴猶予処分に
11・27 神奈川県警が同法違反容疑で横浜市の堀病院の院長ら11人を書類送検
注目される横浜地検の判断 分かれる同種事件の処分 {3}
記事:共同通信社
提供:共同通信社
【2006年11月27日】
医師か助産師にのみ許される助産行為の「内診」を看護師らに行わせたとして、院長ら11人が書類送検された堀病院の無資格助産事件。これまで同種事件の刑事処分の内容は分かれている。「日本一」の出産数をうたう病院で起きた事件は、産科医療の在り方をめぐる論争にまで発展、横浜地検の判断が注目される。
2002年に発覚した鹿児島県鹿屋市の産婦人科医院のケースでは、書類送検された院長ら計5人全員が不起訴処分に。一方、千葉県茂原市の産院院長が書類送検された事件(3年)では、04年に罰金50万円が確定した。
今月10日には、愛知県豊橋市の産院院長ら3人を、名古屋地検が起訴猶予にした。犯罪の成立は認めたが「違法性の認識が明確でなく、証拠上(看護師らによる内診に)健康被害の危険性は認められない」という理由だった。
厚生労働省は02年と04年、都道府県にあてた通知で看護師による内診を禁じた。堀病院の堀健一(ほり・けんいち)院長(78)は8月の家宅捜索直後の記者会見で「法律違反と知っていた」と話したが、その後の県警の聴取に「厚労省の要望という認識だった」と供述したという。
助産師不足を背景に無資格助産は各地の医療機関で行われてきた実態がある。日本産婦人科医会などは「内診は子宮口の開き具合などの『計測』で、体を傷つける危険性はない。医師の指示下で看護師が行える」と主張している。
横浜地検は堀院長らの違法性の認識、看護師による内診の具体的な危険性などを検討し最終判断するとみられる。
投稿者 akiuchi : 01:40 AM
December 01, 2006
送検された「日本一」:堀病院無資格助産事件毎日新聞)
毎日新聞が得意になって堀病院事件の顛末について連載している。毎日新聞は正義の味方のつもりなのだろうがこの事件を契機に日本の周産期医療崩壊が一気に加速されているという現状認識は全くないようだ。こんなノー天気なジャーナリストに国民の健康を任せていて本当にいいのだろうか?なぜもっと本質に迫る記事がかけないのだろう?・・・なんてことを書くと次はきっと私のところがターゲットにされてしまうのかもしれないという恐怖感を覚える。ブラックジャーナリズムという言葉を彼らに進呈したいくらいだがそれではいくらなんでもひどすぎるかな?単にジャーナリストとしてのレベルが低いという単純な次元の問題なのかも知れない。小松先生の本を是非一度読んで欲しいと切望する。
************
送検された「日本一」:堀病院無資格助産事件/1 強制捜査の陰で /神奈川
堀病院(横浜市瀬谷区)の無資格助産事件は、看護師による内診の是非やお産における助産師、看護師の役割などについて広く波紋を広げた。県警の書類送検を機に、改めてその意味を検証する。
◇県警、石橋をたたく
「あす、堀病院を家宅捜索します。患者さんがパニックになる恐れがある。対応をよろしくお願いします」
横浜市医療安全課の職員が、県警生活経済課の捜査員からひそかに電話で通告されたのは、8月23日のことだった。県警幹部は「妊婦に悪影響を与えてはいけないし、転院希望の妊婦も出てくる。ケアをお願いする必要があった」と振り返る。
翌24日朝。小雨がちらつく中、スーツ姿の捜査員数人が堀病院の正面玄関に入った。妊婦を乗せた救急車のサイレンがひっきりなしに鳴る。続いて上着を脱いだ捜査員60人が通用口から病院に入った。マタニティードレスに身をまとった妊婦がけげんそうに見つめたが、捜査員には厳命が下っていた。
「必要以上に院内を歩き回るな」
出産数「日本一」を誇る同病院への捜索は、異例とも言うべき“配慮”の下に進められた。
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捜索容疑は保健師助産師看護師法(保助看法)30条違反。同条は助産師と医師以外は「助産」をしてはならないと定めている。
だが、捜索を受けた日の夜、堀健一院長(78)は集まった報道陣に繰り返した。「うちが特殊か、調べて下さい。ほとんどの所でやってますよ。看護師が内診(産道に指を入れて子宮口の増大を確認する行為)をしたからといって、安全なお産とは関係ない」
強気とも言うべき院長の発言の裏には、保助看法が「助産」について明確な規定をしていないという事情がある。
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内診が「助産」に当たるとの解釈を厚生労働省が明示したのは、4年ほど前だ。02年11月、厚労省は鹿児島県の照会に回答する形で「妊婦に内診を行って子宮口の増大を確認する行為は助産に当たる」と通知した。
さらに04年9月、同省は医師の指示の下で行われた内診も助産行為であり、看護師には認められないとの通知を都道府県に出した。現在も「内診は助産師が教育、経験、知識を踏まえて安全に行えるもの。現段階で保助看法の見直しは考えていない」(同省看護課)との姿勢だ。
一方、産婦人科医らで作る日本産婦人科医会は「看護師の内診が認められないとなれば、多くの診療所や病院で分娩(ぶんべん)が立ちゆかなくなる」と同省の見解に反発。陣痛開始から子宮口全開までの「分娩第1期」の内診は看護師にも認めるよう主張してきた。
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県警はこうした対立にも“配慮”し、堀病院への捜索容疑に子宮口全開から出産までの「分娩第2期」に行われた准看護師の内診も含めた。医療界からの捜査批判を最小限に食い止めたいとの思惑が見え隠れする。
石橋をたたいて渡るような県警の捜査。だが、それでも強制捜査に踏み切ったのには、わけがあった。=つづく
11月28日朝刊
(毎日新聞) - 11月28日13時1分更新
送検された「日本一」:堀病院無資格助産事件/2 分娩記録は語る /神奈川
◇軽視された助産師
県警が堀病院の強制捜査に入った“原動力”となったのは、B4判2枚のペーパーだった。
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03年12月29日。大和市内の実家から通院していた名古屋市の女性(当時37歳)が、堀病院で女児を出産した。女性は出血が止まらず、別の病院に搬送されたが、04年2月に多臓器不全により死亡した。出産と死亡の因果関係は不明だ。
今年6月、県警はこの女性の「分娩(ぶんべん)経過図表」を入手した。
2枚の図表によると、女性は陣痛促進剤の点滴と分娩誘発器具の挿入を受け、午後2時に自然破水。同5時45分、子宮口が約10センチまで全開し、分娩第2期(子宮口全開から出産まで)に入ったことを示す「10センチ」の線上に×印がつけられた。同6時5分、32分にも×印がある。いずれのサイン欄にも同一人物の名前が片仮名で走り書きされている。勤務表を見ると、この人物は助産師資格のない准看護師であることが分かる。
無資格内診の動かぬ証拠だった。
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県警は堀病院に勤務していた看護師らの事情聴取に乗り出した。
「初めは内診をしろと言われてエッ、と思ったが、じきに慣れた」
「患者をだましている気がする」
堀健一院長(78)らの指示で行われていた無資格内診を裏付ける証言が次々と集まった。県警幹部が明かす。「少なくとも現行法上は違法とされる行為が、日本一を標ぼうする産科病院で公然と行われていた。この実態に光を当てる必要があった」
7月末。県警は家宅捜索の方針を固めた。
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他の分娩資料やカルテからは、別の事実も浮かんだ。
亡くなった女性が分娩第2期に入った午後5時45分は、堀病院は準夜勤体制(午後3時半~午前0時半)で、医師1人、看護師3人、准看護師4人、それに助産師1人の計9人が勤務していた。
午後7時41分、女性は女児を出産し、男性医師が取り上げた。女性は子宮が収縮せずに出血する「弛緩(しかん)出血」が始まり、ガーゼ挿入やマッサージなどの止血処置を受けた。
午後8時48分、院内で別の出産があり、同じ医師が取り上げた。医師は女性のもとに戻って止血に当たり、別の女性医師も呼び出された。
午後9時26分、院内でさらに別の女性が出産した。この女性の新生児を取り上げたのは助産師だった。
分娩台帳によると、この日は計16件のお産があったが、助産師が取り上げたのはこの1件のみ。医師が女性の止血にかかりきりになった時、初めて助産師が分娩に関与していた。
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「医師が(赤ちゃんの)取り上げをするのがサービスと思っていた。その方が患者さんが安心すると思った」
県警の家宅捜索を受けた翌日の8月25日。記者会見を開いた堀院長は釈明した。
だが、県警の調べでは、堀病院には院長の指示とみられる看護師、准看護師用の「内診マニュアル」が複数作成されていた。日本助産師会県支部の山本詩子支部長は言う。「助産師はお産の手伝いをしたいと、専門トレーニングを受けてきた人たち。お産にかかわるのは、助産師のアイデンティティーなんです。だから、堀病院では助産師が根づかなかったのでは」
なぜ、堀院長は院内の助産師を分娩に積極関与させなかったのか。毎日新聞は文書や電話で取材を申し込んできたが、堀院長は応じていない。
22日現在、堀病院で勤務する助産師は常勤5人、非常勤5人。県警の捜索時から非常勤が4人増えた。=つづく
11月29日朝刊
(毎日新聞) - 11月29日12時3分更新
送検された「日本一」:堀病院無資格助産事件/3 立ち入り調査 /神奈川
◇及び腰の自治体
「わたしが勤めていた診療所は、堀病院と同じことをやっています」
堀病院の家宅捜索から4日後の8月28日。助産師であるその女性は、震える声で横浜市の福祉保健センターに“告発電話”をかけた。
「(母体から)赤ちゃんが出てくるまでは看護師が診るから」
同市内の産科診療所に勤めていた彼女は同月上旬、院長からそう言われて「違法行為の黙認はできない」と退職したばかりだった。
告発電話で当時の状況を30分近く説明した。だが、職員は一通り聞くと「どうやって調べたらいいんですか?」。女性の名前や連絡先を聞くこともなく、電話を切ろうとしたという。
女性は市の対応に怒りを隠さなかった。
「告発する恐ろしさで手も声も震えた。無資格助産を目の当たりにし、安全に母子を守ることができないと判断した時、保健所(福祉保健センター)が正しく機能してくれなかったら、どこに助けを求めたらいいのでしょう」
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医療法は、保健所を設置する自治体に対し、医療機関に随時立ち入り調査ができる権限を認めている。
さらに01~02年、厚生労働省は看護師の無資格助産が発覚した場合、刑事告発も辞さないよう自治体に求めた。必要に応じて通告なしに立ち入り調査をするようにも通知している。
県警の調べでは、堀病院は03年11月以降、妊婦約7500人に対して計約3万9000回にわたり、無資格の看護師らが産道に指を入れて子宮口の開き具合を確認する「内診」を繰り返していたという。
横浜市は、無資格助産を見抜けなかったのか。
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横浜市は例年10~12月、市内約140病院で医療法に基づく立ち入り調査を実施している。各区の福祉保健センター職員6~7人が半日がかりでカルテなどの文書の確認や設備点検をしている。
だが、堀病院に家宅捜索が行われるまで、市は無資格助産を調査項目に挙げていなかった。捜索後の臨時調査も、すべて事前に医療機関側に通告してから立ち入った。女性が勇気を奮って告発した診療所にも同じ対応だった。市の葛巻丈二朗・医療安全課長は言う。
「(無資格助産は)確認が難しく項目に入れていなかった。医療行為は広範にわたり、定例の調査でそこまでチェックするのは難しい。立ち入り調査の目的は、犯罪捜査ではなく行政指導だ」
同じ政令市である川崎市は、堀病院の捜索後も臨時調査をしなかった。
「医療法では、分娩(ぶんべん)数に合う助産師の必要数が定められていない。調査は国が全国的な基準を作ってやるべきだ。県や市のレベルの問題ではない」
地域医療課の担当者の言葉だ。
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「安全なお産」を訴える「陣痛促進剤による被害を考える会」代表の出元明美さんはこうした自治体の説明に「適切な立ち入り調査をする手順は厚労省の通知で示されており、これを自治体が理解していない」と反論したうえで、こう指摘する。
「自治体は集団検診などで地元の医師に“お願い”をすることも多く、立ち入り調査をすることに遠慮があるのではないか。だが、自治体が違法行為を放置すれば、いずれは大きな事故につながる。もっと市民の安全を守る意識を持って立ち入り調査をしてほしい」
厚生労働省は今後、自治体に対し、助産師数が極端に少ない分娩施設を重点的に調査するよう指導する方針だ。=つづく
11月30日朝刊
(毎日新聞) - 11月30日12時1分更新
送検された「日本一」:堀病院無資格助産事件/4止 山積する課題 /神奈川
◇命、どこに託す
「今までOKだったのになんであかんの。内診くらいいいだろう」
中部地方の産科診療所。堀病院が捜索を受けた報道を見た院長がそうつぶやく姿を、20代の助産師の女性は忘れない。
彼女によると、この診療所は夜勤で医師、助産師がいないことが多く、看護師が新生児の取り上げをすることも珍しくなかった。堀病院の捜索後、夜勤で分娩(ぶんべん)があった場合は医師を呼び出すようになった。院長は「不便だ」とこぼしている。
院長には逆らえない。でも、堀病院の捜索を見て、助産師仲間とひそかに言い合った。
「やっと、わたしたちの言いたいことが理解された……」
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日本看護協会によると、03年度に就業していた助産師は全国で約2万6000人。就業していない「潜在助産師」を含めると約5万5000人に上る。厚生労働省看護課は「マクロな観点では数は足りている」と見る。
だが、全国の産婦人科医で作る日本産婦人科医会は03年の調査で、産科診療所では助産師の充足率が40%に過ぎないとし、偏在が著しいと主張。看護協会も「産科診療所で助産師の不足感が高まっている」と認める。
県内で助産師養成の中心を担う県立衛生看護専門学校(横浜市中区)では現在、定員40人を大きく下回る28人の女性が学ぶ。
例年約250人が受験するが、実習の受け入れ先が減少。定員数を確保できない事態に陥っている。八木美智子副校長が打ち明けた。
「安全意識への高まりもあり、分娩施設側が受け入れ人数を抑制する傾向がある」
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堀病院の捜索を受け、医師団体は「助産師が不足している中、大がかりな捜査は分娩機関に深刻な悪影響をもたらす」などと一斉に反発した。
ただ堀病院の場合、助産師は、いた。県警や横浜市の調べでは、助産師が勤務しているのに、分娩には関与させていなかった。捜査に反発した医師たちはこの“特殊事情”にあまり言及しない。
県西部の公立病院に勤める50代の産科医が指摘する。「助産師は妊婦に付き添い自然な分娩を目指すが、医師は安全を第一に考える。助産院が自然分娩にこだわり搬送が遅れ、苦い思いをした産科医は少なくない。そういう医師ほど助産師を敬遠する」
産科医は長く、看護師に助産師の役割の一部を担わせてきた。日本産婦人科医会は1960年代から、現場の助産師不足を克服するため各都道府県に産科看護学院を設置。研修会を開き、修了者を「産科看護師」として認定していた。2001年に厚労省が禁止の通知を出すまで、現場で内診などを長く担当させてきた。
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激務に疲れてやめていく産科医。定員を確保できない助産師養成所。連携できない産科医と助産師。
ある助産師は言う。
「お産は医師のものでも、助産師のものでもない。妊婦さん自身が、生まれてくる新しい命をどこに託すのか、よく考えなければ」
堀病院は現在、助産師と看護師を名札で区別し、夜勤では助産師1人を必ず配置している。捜索後から11月21日までの計781件のお産では、内診はすべて医師か助産師が行った。調査した横浜市は「状況は改善された」と見ている。=おわり
この企画は伊藤直孝、鈴木一生、堀智行、野口由紀、池田知広、山衛守剛が担当しました。
12月1日朝刊
(毎日新聞) - 12月1日12時1分更新
投稿者 akiuchi : 05:40 PM
女性医師による産婦人科診療
女性産婦人科医師のY先生と話す機会があった。彼女は中部地方の大学を出た後に聖路加国際病院で研修を受けてドイツへ留学。現在は東京で女性専門外来を担当しているという。一人目をドイツで出産して帰国。一ヶ月前に日本で第2子を出産した。お産のすばらしさを熱っぽく話してくださった。ここのところ産科医療には悲観的になっていたが少し元気をもらうことができたようだ。周産期医療もこれからの時代は彼女たちが主役になるのだろう。
投稿者 akiuchi : 07:42 AM
農村で尽力・若月俊一先生逝去に思う
ちょっと古い話になるが今年の8月に逝去された佐久病院の若月俊一先生の印象を記しておきたい。私が佐久病院に初めて出かけていったのは1980年の夏。医学生向けの合宿に参加してそのまま12月から研修医として採用してもらって医師としての第一歩を歩み始めた記念すべき病院が佐久病院だった。産婦人科医の当直室に泊り込んで半年間。農村医学より国際保健志向が強かった私は結局自治医大を経由して国立国際医療センターへと移ってしまったがあの時の濃密な体験は今も忘れることはできない。病院をやめる挨拶をした時に若月院長にいわれた言葉は「ヒューマニズム」だった。すっかり私も老いぼれてあの当時の熱い思いは一体どこへ行ってしまったのだろうかとふと空しくなる。堕落したな~。医師不足、医師の偏在(都市集中)が問題にされる現在、僻地医療の領域で若手医師をひきつけた佐久病院の若月俊一先生の功績を再評価して日本の医療崩壊の防止に役立てなければならない。
**************
クローズアップ2006:誰もが受けられる医療を 農村で尽力・若月俊一さん死去 毎日新聞 2006年8月23日(水)
◇医師偏在が拡大、都市との格差深刻
農村など地方の病院や、勤務の厳しい診療科で医師不足が深刻になっているのは、若い医師の都会勤務希望や激務を避けたいという要望が原因だといわれる。22日、「農民とともに」を合言葉に、戦後の地域医療や保健活動に尽力した長野県佐久市の県厚生連佐久総合病院名誉総長、若月俊一(としかず)さん(96)が、肺炎のために亡くなった。若月さんの活動を通じて、地域医療の現状と課題に迫った。
「医学とは、人々の幸せと命を守るものだ」。若月さんは「実践医学」を訴えて、農村医療にまい進した。若月さんが設立した日本農村医学会の山根洋右(ようすけ)理事長は「誰もが身に着けている肌着のように、等しく受けられる医療の質の担保がその土台にあった。最低限の医療すら受けられなかった農民に、他地域と変わらぬ医療を提供した」と説明する。
しかし、農村など地域医療の現場では、都市部との格差が新たな問題となっている。出産や緊急時の救急医療にも対応できない病院がある。地方や勤務実態の厳しい診療科を避ける医師が増えたことが主な理由だ。
藤崎和彦・岐阜大教授(医学教育学)は「若手医師がさまざまな診療科を経験する臨床研修が(04年から)必修化されたことで、受け入れ態勢のしっかりした都会の病院に若手医師が集まり、地方の病院離れが顕著になった」と指摘する。
国は農村や離島などへき地での医師不在を解消するため、1956年度からへき地保健医療計画を立てている。ところが、勤務先をえり好みする医師の増加で、今年度から5カ年を期間とする第10次計画では、へき地周辺部での医師の確保も課題になっている。
このため、同計画では医師の確保法として▽へき地の医療機関における臨床研修の推進▽大学医学部で地域を指定した入学者選抜▽地方出身者に対する大学医学部の修学資金の貸与――などを挙げている。
こうした状況について前沢政次・北海道大教授(地域医療学)は「若月先生は自ら地域に出ていった。時代は変わったが、医師と患者が同じ人間として作り上げる、若月先生が実践した農村医療の精神を、現在の地域医療にも生かしていくべきだ」と話す。
山根さんによると、佐久総合病院と同様に、農村医療を支えてきた各地のJA厚生連経営の病院は、近隣の都市部の住民にとっても欠かせない地域医療の拠点として、病気予防の啓発や健診受診率アップなどに取り組んでいるという。山根さんは「農村医療を担ってきた病院は、その経験を踏まえつつ、都市と農村を一体にとらえた医療を進めるべきだ」と話す。【永山悦子、大場あい】
◇集団健診、評価高く--長野・旧八千穂村の高齢者ら
若月さんが始めた旧八千穂村の全村健康管理で集団健診を受けた須田琴代さん(84)は22年前、初期の胃がんが見つかったが処置が早く、再発もせずに元気で過ごしている。「健診では自分の体の状態がわかるから、安心できる。悪いところがあれば病院にかかるよう手配してくれる」と話す。佐々木のぶ子さん(70)は、この健診の最初から受診している。「この地域では風邪くらいでは病院にいかない。だから、年1回の健診は健康状態を知る上で、欠かせない」とありがたがっている。
芥川賞作家で若月さんの伝記「信州に上医あり」を描いた佐久総合病院の内科医、南木佳士(本名・霜田哲夫)さんは「若月先生は強烈な個性を持ち、いくつもの顔を持った人。周囲を啓もうして地域医療のために尽くした」と話す。【藤澤正和】
◇地域で実践、若手も育成
「若月先生を慕って長野に集い、全国で地域医療を支える医師は多い」。若月さんを師と仰ぎ、地域医療に身を投じた諏訪中央病院の鎌田實名誉院長は、そうしのんだ。
若月さんは東京帝国大医学部を卒業した後、戦時中の1945年3月に佐久総合病院に外科医として赴任した。当時は、農民たちも忙しさや貧しさなどで病院に通院したがらなかった。
このため、田畑で使う牛車に医療器具を積み込んで周辺の村々を訪ね歩く出張診療を行った。医師が出かけて寄生虫駆除やけんしょう炎などを治療するこの「農村医療」を確立した。また、病院職員が演劇や人形劇をして、病気の予防知識を普及させるユニークな取り組みを行った。
59年からは「予防は治療に勝る」として、近隣の旧八千穂村(現在は佐久穂町)の「全村健康管理」を実施した。15歳以上の村民を対象に、健康診断を実施するだけでなく、一人一人の健康台帳を作成。健診だけでなく、生活ぶりや環境要因なども記入した。さらに、村民に健康意識を持たせるため、各自が記入する健康手帳も取り入れた。
この方式は、長野県全体に広がり、さらに全国のモデルになった。若月さんの考えを慕う若手医師は佐久総合病院に集い、80年に地域医療研究会を設立するなど全国各地で今も地域医療を実践している。
鎌田名誉院長は「若月先生が実践した地域に出かけていく医療は住民の健康づくりを促すものだったが、その考えは今、日本が直面しているお年寄りを支える在宅医療にも生かされる」と話している。【山本建】
◇「象牙の塔」脱し、患者と向き合う--日野原重明・聖路加国際病院理事長の話
若月先生は「象牙の塔」ではなく、在野で日本の農村医学を確立した。常に「実践」の人だった。大学で進められる理論中心の医療ではなく、患者と向き合う中でそのニーズにあった医療を作り上げていった。大学では学生運動が激しかった時代も、農村の医療を向上させようとする在野の若月さんの取り組みは中断することがなかった。
若月さんは予防から治療、リハビリテーションまでの一貫した医学を作り上げ、この日本の農村医学は、世界でも注目されるようになった。また、人格的にも非常に優れた人で、若い人が若月先生の下に自然と集まり、佐久を農村医療のメッカに育てた。
[毎日新聞 ]
投稿者 akiuchi : 07:24 AM
徳田前議員が難病を告白
特洲会の虎田徳雄氏に会ったのは大学を卒業する1980年の春。東京の本部事務所で面接をしてもらった。握手をされた手が外形に似合わず妙に柔らかかった。結局徳洲会とは縁がなかったが、あれから26年が過ぎたのだと思うと感慨深いものがある。それにしてもあのエネルギッシュな徳田虎雄氏が4年も前から難病のALSで闘病中とは人生何が起こるかわからない。そういえば当時徳洲会の徳田虎雄氏とともに医学生のカリスマだった長野の佐久病院院長・若月俊一先生が今年の8月に逝去された。改めてご冥福を祈りたい。
**********
徳田前議員が難病を告白 人工呼吸器付け、あいさつ
06/11/30
記事:共同通信社
提供:共同通信社
ID:408593
前衆院議員の徳田虎雄(とくだ・とらお)氏(68)が29日、全身の筋肉が動かなくなる進行性の難病、筋委縮性側索硬化症(ALS)にかかり闘病中であることを、横浜市で開かれた患者団体「日本ALS協会」の設立20周年記念式典に参加して告白した。
徳田氏は車いすで秘書らに伴われ、壇上へ。人工呼吸器を付けており会話はできないため、事前に用意した文章を一文ずつ指さし、秘書が代読。「駆け出しの患者です」と切り出し「人生は苦しいことが多いほど豊かになる。神はぼくをもっと幸せにするためにこの病気を与えた」などと笑顔を見せた。
その後、会場を回り患者一人一人と手を握り合った。
医療法人徳洲会によると、徳田氏は2002年春に発症。その後、症状が進行して自発呼吸が難しくなり、気管切開をして人工呼吸器を付けた。徳洲会理事長の職務をこなす以外はここ2、3年、人前に出ることはなかったが、この日はほかの患者に会いたいと思い立ったという。
自由連合代表だった徳田氏は、04年2月ごろから病気を理由に療養し、昨年8月に政界引退を表明した。
「農民とともに」若月俊一さん 佐久で「お別れの会」 3200人献花=長野 読売新聞 2006年10月8日(日)
佐久総合病院(佐久市臼田)の院長、名誉院長、総長、名誉総長を務め、8月22日に死去した若月俊一さん(享年96)の「お別れの会」が7日、県厚生連と同病院、若月家の合同葬として病院教育ホールで行われた。
白菊で浅間山をかたどった祭壇には、遺骨が安置され、遺影が飾られた。仏式による葬儀に続き、一般住民や現役・OB職員ら約3200人が献花した。式典には各界代表350人が参列、村井知事が「先生は農村医学という新しい分野を確立され、本県の健康長寿の基礎を築いてくれました。全県民と共にご冥福(めいふく)を祈ります」と弔辞を述べた。若月さんが作詞した病院歌「農民とともに」の合唱も披露された。
付属看護学校体育館に会場を移した「御斎(おとぎ)の席」では、思い出のビデオが上映される中、故人がこよなく愛した酒を酌み交わし、みんなで「農民医療の父」をしのんだ。
[追悼抄]8月 佐久総合病院名誉総長・若月俊一さん 農民と共にある医療
◇わかつき・としかず(8月22日、肺炎で死去、96歳)
農村医療の先駆者は、自分が育てた長野県佐久市の病院で眠るように最期を迎えた。遺言から、遺体は病理解剖された。「『後輩に少しでも執刀や所見の経験を』という配慮でしょう。とても厳粛でした」と、主治医だった北沢彰浩・地域ケア科医長(41)。遺体が院内に安置されると瞬く間に、“教え子”ら1500人が列を作った。
東京出身。学生時代、マルクス主義に傾倒した。同じ病院で老人保健施設長を務める長男、健一さん(65)は「医療の民主化、平等への思いが強かったと言っていた。それが農民の救済へと駆り立てたのでしょう」と振り返る。
東京帝大医学部を卒業してから9年後の1945年(昭和20年)3月。恩師の勧めもあり、この地に来た。
当時、入院患者は病院の廊下で炊事をしていた。疎開者は食べ物がなく苦労していると知り、戦後すぐ保険を使った給食を始めた。
医者を呼ぶとカネがかかる。我慢する。そして手遅れに。「それでは」と、牛車を押して出張診療を始めた。旧八千穂村(佐久穂町)では59年、約1200世帯6300人すべての診察カードが作られ、定期健診が始まった。村の衛生指導員だった出浦経幸さん(72)は、「どんな家にも飛び込む気さくな先生だった。冗談を言っては笑わせていた」と懐かしむ。
健診の取り組みは全国に広まった。
日本農村医学会を設立し、後継者の育成にも傾注。院内で体験を語る「若月塾」は、92年から26回を数えた。赴任翌年から院長を務め、3人だった医師は約200人、病床約1000の医療機関に発展させた。
「大将は才覚ある実業家、かつ優秀な政治家だった。それが病院長の仕事に幅と厚みを持たせた」。同じ長野県厚生連傘下の北信総合病院元院長、清水善次さん(83)はそう“診断”する。
そんな若月さんに、「何ともタフ」とうならせる習慣があった。宴会で酒を飲んだ後の午前2時、3時、病院の自室に戻り、立って原稿を書いた。「座ると眠くなる」。90歳ごろまで続いた。
98年に名誉総長となって一線を退いてからも病院に折に触れて顔を出し、後輩を見守り続けた。2年ほど前から体調を崩し、昨年10月の学会の宴席が公の場での最後の姿となった。
著書は若手医師をとりこにした「村で病気とたたかう」など22冊にのぼった。ヒューマニズムを貫き、色紙を求められると、「健康は平和の礎」と記した。
10月7日、最後のお別れ会が病院で開かれる。列には旧八千穂村民も加わる。(長野支局 新開収)
写真=佐久総合病院の名誉総長に就任した際、パーティーで看護師らに囲まれる若月さん(1998年4月撮影、同病院提供)
[読売新聞 ]
写真=白菊で浅間山をかたどった若月さんの祭壇に、大勢の人が献花に訪れた
[読売新聞 ]
悼:佐久総合病院名誉総長・若月俊一さん=8月22日死去・96歳
◇「平等な医療」精神残し--若月俊一(わかつき・としかず)さん
「山の中の医者で一生を送る」。終戦間近の1945年3月、35歳の青年医師はそう誓い長野県の農村へ赴任した。農村医療の先駆者として大きな足跡を残し、61年後の8月24日、亡きがらは、自ら作詞した「農民とともに」の合唱で病院関係者に見送られた。
当時、町工場を回って実施していた労災調査に治安維持法違反の疑いがかかり、約1年の拘置から解放されたばかり。心身共に疲れ切っていた時に、恩師の東京帝大付属病院教授が出した助け舟が「信州の農民のために働く気はないか」。開設間もない臼田町(現佐久市)の佐久病院(現佐久総合病院)勤務だった。
「農村では小作人の立場になる。演説はしないで演劇をやること」。敬愛する宮沢賢治の教えを実践した。悪くならない限り医者にかかろうとしない農民のために、牛車などに医療器具を積み込んでは農村を回り、あぜ道でも診療を続けた。医師や看護師と創作劇を演じながら、啓発を図り、農村に必要な医療を模索した。
そして生まれたのが「予防は治療に勝る」の信念だった。59年に人口6350の八千穂村(現佐久穂町)で健康管理事業を始める。
15歳以上の全員を対象に集団健診を実施。血圧など基礎データのほか、食生活などを記入した個人個人の健康台帳を作った。村民には健康手帳を配り、自ら日々の状態を記入させた。病気の早期発見につながって医療費軽減にも役立ち、試みは後に全国へ広がった。
医療の一線を退いても「初心を忘れてはならない」と患者との対話を重ね、その時間を大切にした。自ら創立した日本農村医学会では、昨年10月の長野県軽井沢での学会にも参加。公の場での最後の姿となった。
どこでも平等な医療を受けられることを実践した「若月精神」。手塩にかけた病院は、当初のベッド数20床足らずから、1000床を超す総合病院となり、最先端医療導入を目指して移転計画を進めている。
苦楽を共にした松島松翠・名誉院長は「若月精神を風化させてはならない。その精神をどう発展させていくか、議論する必要がある」と決意する。【藤澤正和】
[毎日新聞 ]
[編集手帳]信州に上医あり…若月俊一さん逝く
全国的にどれだけ知られているか、それぞれの地名にも有名無名の差はある。佐久総合病院は間違いなく信州・佐久地方の知名度を上げたものの一つだろう◆同病院名誉総長の若月俊一さんが96歳で亡くなった。会見した長男の健一さんは「酒宴で思い切り飲み、みんなと大いに語り合うのが大好きだった」と語り、夏川周介院長は「道理から外れたことに対しては、徹底して怒った」と追想した◆同病院の医師で芥川賞作家の南木佳士さんが若月さんの評伝「信州に上医あり」(岩波新書)を書いている。多くの職員とともに、農村医療と言えば佐久を連想するほどの病院を築き上げた秘密がよくわかる◆「若月の発想の原点は常に住民のニーズにある。地域住民の求めに応じてきた結果、佐久病院は自然に大きくなっていった」という一節がある。農民の悩んでいることなら何でも取り上げたという◆様々な医療問題が噴出しているが、厚生労働省は住民の願うような制度作りをしているか。病院や医師の仕事ぶりは、どうだろうか。そんなことを考えさせられた◆島崎藤村も堀辰雄も「佐久ぐらい、雲の美しい所はない」と言ったという若月さんの文章も紹介されている。東京が故郷だった若月さんは、きっとそうと信じつつ千曲川流域のこの土地で生涯を全うしたのかもしれない。
[読売新聞 ]
若月俊一さん死去:「道切り開いた人」--佐久総合病院の南木医長 /長野
生涯を農村医学の発展に尽くした佐久総合病院の若月俊一名誉総長が22日、96年の生涯を閉じた。若月さんの評伝「信州に上医あり」などを著した同病院内科医長、南木佳士(本名・霜田哲夫)さん(54)に、若月さんの素顔を語ってもらった。【藤澤正和】
私は、若月さんの著書「村で病気たたかう」(71年、岩波新書)を読み、「そんな理想的な病院があるのか確かめたくて」、77年から勤務した。すでに病院は農民とともに歩む医療現場として、全国に知れ渡っていた。若月さんは強烈な個性を持ち、いくつもの顔を持っていた人。俗っぽくもあり何とも言えない魅力的な人だった。
小説「ダイヤモンドダスト」で芥川賞を受賞した私を若月さんは部下というより作家と見てくれた。ご自身も文学をやりたかったが、「文学では飯が食えないから医者になった」と話していた。芥川賞をとった時、「東京にいなくてもちゃんと出来るんだよな」と喜んでくれた。
「農村医学をやってきた先生は、実際に田んぼに入ったことがおありですか」と意地悪な質問をしたことがある。正直に「1回だけ」とおっしゃられた。地域に同化して小さな医療をやる人もいれば、周囲を啓蒙して大きなことをやっていく人もいる。先生は後者の典型だった。
細部にこだわらず、大きな木を切り開いて先に進む。後に続いて道をならす実務は、私たちより上の引退された優秀なスタッフが支えていた。私たちの世代はその遺産を受け継いでいるので、楽だったといえる。「金と人事はオレがやる」が口癖。「黒いネコでも白いネコでも、金を出すところなら、どこからでも取ってくるぞ」と言っていた。いろいろな人に魅力を持たれた人だと思う。
先生が名前を覚えていた私たちの世代は、年をとり、若月先生の時代とともに、自分もその時代の終わりを体感している。
[毎日新聞 ]
投稿者 akiuchi : 06:59 AM
生殖医療 法整備に現場の声、必要 森崇英(寄稿)
京大名誉教授の森先生が代理母出産に関する厚労省、学会の見解を批判している。同じ立場(?)の慶応大学名誉教授飯塚先生の訃報も報じられているが根津先生の信念が日本の生殖医療を変えようとしているのだろうか?
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[論点]生殖医療 法整備に現場の声、必要 森崇英(寄稿) 読売新聞 2006年11月29日(水)
10月15日、諏訪マタニティークリニック(長野県)の根津八紘院長は、50歳代の女性が娘夫婦の受精卵を使って代理出産した事例を公表した。同院長が以前公表した、姉妹間の卵子提供による体外受精に続く今回の代理出産は、非配偶者間の生殖補助医療が議論の段階を越え、実施ルールの法整備の検討段階に入ったことを示している。
代理出産は、医学的には実施可能であるにもかかわらず、倫理・法律面で社会的認知が得られていない生殖補助医療の典型である。代理出産について、厚生労働省案では「ヒトを生殖の手段とすることになるので禁ずる」、日本産科婦人科学会も指針で「子の福祉を最優先する」としてやはり禁止している。
しかし、筆者は「生殖の尊厳」という基本理念を提唱し、その理念の下に、代理出産など非配偶者間生殖補助医療の包括的ルールを作るのが良いし、可能だと考えている。「子が生まれること、子を産むこと自体の尊さ」というのが、生殖の尊厳の考え方である。
厚生労働省や日本産科婦人科学会の見解は崇高ではあるが、夫婦に認められるべき「生殖の尊厳」を認めないことになり、代理出産を禁止する絶対的な根拠とはなり得ない。もし今回の事例の夫婦が実子を得る機会を奪われたとしたら、その夫婦は一生悔いるであろうし、それに対し社会は責任をとることが出来るのだろうか。
代理出産の社会的認知度を意識調査でみると、一般国民を対象とした2003年の厚生労働省調査では「利用する」「配偶者が認めれば利用する」が合わせて41・2%に達した。一方、不妊治療中の患者を対象とした日本受精着床学会の2003年調査では、4人のうち3人までが容認し、3分の1の患者が、それしか治療法がないのなら治療を受けると回答している。不妊患者の意識とはなお開きがあるにしても、一般国民にも理解が広がっている。
今回の事例に関しては、代理出産した女性の医学的チェックがとりわけ問題となりうる。閉経後の女性であれば、妊娠中毒症、流・早産は高率に発症するので、医学的リスクが大きい。
当事者へのカウンセリングも重要になる。生殖医療の専門家の間では、不妊夫婦の悩みを解決するべく積極的にカウンセリングを行っており、ここ数年、専門学会の設立や専門カウンセラーの養成など急速に充実してきている。今回のような例でも、例えば極端な場合、生まれてくる子供に先天異常がある場合や両親の離婚時などの対処について、事前の話し合いがおろそかになってはならない。
これまでこの種の生殖医療については、「社会的合意形成のため、もっと議論を」と先送りの繰り返しであった。「代理出産を支持する世論もみられる」との厚生労働大臣の発言もあって、今後本格的なルール作りが始まるであろうが、ぜひ生殖医療の現場の実態と意見を積極的に吸い上げるべきである。
そのために、政府が独立した常設の生殖医学機構(仮称)を創設することを求めたい。関係各層から任期制で専任担当者を充てるが、患者や現場の医療従事者を必ず参加させ、政策決定過程に意見を反映させる。
体外受精児は、今や出生児65人に1人の割合にまで達し、少子化対策としての社会医学的意味も大きくなりつつある。今回の事例を機に、夫婦間の生殖補助医療も含めて、現場主義の立場からもう一度見直して法整備を急いでいただきたい。
◇もり・たかひで 徳島大、京都大両教授(産婦人科)、日本不妊学会理事長などを歴任。73歳。
写真=森崇英氏(京大名誉教授、国際体外受精学会長)
[読売新聞 ]
【訃報】飯塚理八氏 不妊治療の第一人者
飯塚理八氏(いいづか・りはち=慶応大名誉教授、産婦人科学)29日、呼吸不全のため死去、82歳。通夜は12月4日午後6時、葬儀・告別式は5日午前11時、東京都港区南青山2の33の20、青山葬儀所で。喪主は妻、登代子(とよこ)さん。
日本の不妊治療の第一人者。高確率で女子を産むためのパーコール法を開発、日本産科婦人科学会会長などを歴任した。
[産経新聞 ]
投稿者 akiuchi : 05:23 AM
周産期母子医療センター2008年開設 県立医大=奈良
奈良県もやっと重い腰を上げたようだ。「県が産婦人科医ら11人で発足させた「県周産期医療対策ワーキンググループ」は3月、県内の人口からMFICU27床、NICU119床と現状の3倍以上の病床が必要と提言している。 」ということだが果たしてそれだけのベッドを運営するマンパワーはどこから供給されるのだろうか?「厚生労働省は、緊急かつ高度な産科救急と母体搬送に対応するため、平成16年の「子ども・子育て応援プラン」で、総合周産期母子医療センターを中心としたネットワークの整 備を、平成19年度中に完了するよう全都道府県に求めている。ただ、奈良県のほか、秋田、山形、岐阜、佐賀、長崎、宮崎、鹿児島の8自治体ではまだ、整備されていない。」と過去のエントリーに書き込んだがその他の県ではどうなのか?事件が起きないと重い腰を上げないのが行政のスタンス?
医師の確保課題 周産期母子医療センター2008年開設 県立医大=奈良 読売新聞 2006年11月29日(水)
◆県補正予算案に設計費 妊婦、新生児用に後方病床
大淀町立大淀病院で出産の際に意識不明になった高崎実香さん(当時32歳)が相次いで転院を断られ、搬送先で死亡した問題などを受け、県が2008年1月、橿原市の県立医大病院に開設を決めた総合周産期母子医療センター。近畿で唯一、未整備との状態は解消され、この問題で明らかになった危険な状態に陥った妊婦の県外搬送の改善にも期待がかかる。柿本知事は「正常分娩(ぶんべん)には十分な設備があるのに、そういった人も出産を恐れてしまっている」と早期開設を表明したが、施設整備が進んでも、医師らの確保などで困難が予想されている。
県によると、12月の特別会計補正予算案でセンターの設計費1200万円を計上。来年1~3月に基本設計を実施し、その後建設に取りかかる。当初の整備予定を可能な限り繰り上げたという。
計画では、厚生労働省が示す基準を満たすため、母体・胎児集中治療管理室(MFICU)を3床増やして6床にし、MFICUを出られるまで回復した妊婦らが移る「後方病床」を12床設ける。さらに、これまでなかった新生児集中治療管理室(NICU)用の後方病床も、30床新設する。
一方、これらの増床により、小児科医3人、産科医5人、看護師約60人の増員が必要。県は「人員確保はかなりの困難が予想され、開設当初の後方病床は人員が確保でき次第、稼働していく」としている。
また、県が産婦人科医ら11人で発足させた「県周産期医療対策ワーキンググループ」は3月、県内の人口からMFICU27床、NICU119床と現状の3倍以上の病床が必要と提言している。
これに対し、県は08年以降、県立奈良病院を地域周産期母子医療センターと指定することなども決定しており、今後も整備を続けていくとしている。
写真=県立医大病院で現在使われているMFICU3床(いずれも同病院提供)
写真=MFICU3床がある県立医大病院5階産科病棟
写真=総合周産期母子医療センターが新設される県立医大病院
[読売新聞 ]
投稿者 akiuchi : 05:12 AM
厚生労働省がまとめた2005年の医療施設調査
2005年9月の統計調査の結果が厚労省から発表された。産科施設の減少傾向がいよいよ深刻になってきたことがわかる。栃木県においては2005年9月以降新たに産科閉鎖をしている病院、診療所が圧倒的に多いので実際の数はもっと少なくなっているだろう。厚労省が主導する「中核病院への集約化」大成功といったところだろうが現場では大混乱必至!
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<産婦人科分べん>初めて50%下回る 出産数減少の影響か
厚生労働省は30日、産婦人科(産科を含む)の医療施設のうち、分べんを実施した施設が05年で、統計を取り始めた84年以降、初めて50%を下回ったと発表した。背景には、少子高齢化による出産数の減少や中核病院への集約化などが考えられるという。施設数自体も84年に比べ、約4割減少。「産婦人科離れ」が改めて浮き彫りになった。
厚労省によると、産婦人科を標ぼうする医療施設は、05年が5997カ所で、このうち、分べんを実施した施設の割合は48.9%。84年当時は9612カ所で、同割合は61.6%だった。実施1施設当たりの分べん件数(05年9月)は、全国平均が29.0件に対し、都道府県別では神奈川(38.7件)、埼玉(37.2件)、茨城(36.2件)が多く、徳島(19.8件)、佐賀(20.1件)、長崎(20.2件)が少なかった。
全体の医療施設は05年が17万3200カ所(前年比515カ所増)。病院が9026施設(同51カ所減)で、一般診療所が9万7442カ所(同391カ所増)、歯科診療所は6万6732カ所(同175カ所増)。
病院の診療科目別(重複計上)でみると、前年比で最も増加したのが心療内科で10.4%増の540カ所。一番減少したのは13.8%減の性病科で56カ所。施設数が多いのは、内科(7310カ所)▽外科(5268カ所)▽整形外科(5205カ所)などだった。【玉木達也】
(毎日新聞) - 11月30日23時14分更新
産婦人科は減少続く、半分以上がお産「扱わず」
産科・産婦人科のある医療機関が減り続け、このうち、お産のできる施設が昨年初めて半分を割ったことが30日、厚生労働省がまとめた2005年の医療施設調査でわかった。
小児科も減少傾向にある一方で、小児科中心の診療所は増えており、過酷な勤務の病院から、専門性を発揮できる診療所に、小児科医が流れていることを示している。
調査によると、産科・産婦人科を掲げている病院は1616施設で、前年より50施設減った。診療所も加えた産科・産婦人科5997施設のうち、お産を扱っているのは2933施設と全体の48・9%。1984年の調査開始以来、初めて半分に満たなかった。お産には、一定の危険が伴うため、医療事故で訴訟を起こされることや、24時間体制の勤務を避ける傾向が現れたとみられる。
(読売新聞) - 11月30日22時13分更新
「分娩実施」は半数以下 産科、産婦人科数も最低に 医師不足深刻、集中進まず 厚労省の05年医療施設調査 (1)
記事:共同通信社
提供:共同通信社
【2006年12月1日】
全国の産科、産婦人科のうち、昨年9月の1カ月間に実際に分娩(ぶんべん)を手掛けたのは約49%にとどまることが30日、厚生労働省の医療施設調査で分かった。調査は1984年から3年に一度実施しているが、半数を割ったのは初めて。産科、産婦人科の施設数も過去最低を記録。各地で深刻化する産科医不足が、統計上裏付けられた。
調査対象は全国の産科、産婦人科(約6000カ所)。総分娩数は約8万5000件で、84年の調査から約3万1000件の減少。分娩を手掛けた施設数を、すべての産科、産婦人科の施設数で割った「分娩実施率」は、調査開始の84年には61・6%だったが、今回は3年前の前回(51・7%)より約3ポイント下がり48・9%。産科医不足で体制が整わず分娩を行わない施設が増えているとみられる。
規模別の実施率は、一般病院(20床以上)が81・7%、一般診療所(19床以下)が36・8%だった。
施設当たりの分娩件数は都市部が多い順に神奈川(38.7件)、埼玉(37.2件)、茨城(36.2件)、東京(35.2件)と上位を占める一方、地方は少ない順に徳島(19.8件)、佐賀(20.1件)、長崎(20.2件)、秋田(21.5件)と低迷。国が地方に求めている「中核病院や大病院への医師の集約化」が十分に浸透していない傾向もうかがえた。
このほか、帝王切開による分娩件数は一般病院が約9600件(21・4%)、一般診療所が約5200件(12・8%)で、ともに過去最高を記録。厚労省は「高齢出産や不妊治療による多胎児の妊娠が増加し、安全なお産を考えた結果ではないか」とみている。
昨年10月1日時点での全国の産科、産婦人科の施設数は、一般病院が1616カ所、一般診療所が4381カ所。84年調査との比較では一般病院が約950カ所、一般診療所が約2700カ所も減少した。
▽産科医不足
産科医不足 長時間労働や分娩(ぶんべん)事故に伴う訴訟リスク、結婚や子育てによる女性医師の休職などを背景に、産科医が減少。厚生労働省の検討会は8月にまとめた報告書で「このままの状況が続けば、地域によっては妊婦にとって産科医療の利便性が損なわれることが想定される」と指摘した。国は対策として、分娩事故で医師に過失がなくても患者に補償金を支払う「無過失補償制度」を2007年度中に創設する方針を決定。都道府県に対し、小児科・産科医の中核病院への集約化を進め、周辺の病院と患者の相互受け入れを実現する地域医療ネットワークづくりを求めている