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December 03, 2006

藤原正彦「国家の品格」(流行語大賞)

流行語大賞に「イナバウアー」「品格」が選ばれたというニュースが流れた。「国家の品格」は買ったまま放置していたのでこれをきっかけに読んでみようと思った。藤原正彦氏は数学者ということだがその父親が新田次郎だというから驚きである。かつて学生時代に山岳部に所属していたころ新田次郎の小説を読みふけった。今から思うと加藤文太郎の「孤高の人」がやはり一番だと思うがシシュポスのように大きな荷物を山頂に担ぎ上げた「強力伝」も懐かしい。医療制度研究会の本田宏先生は藤原正彦氏の講演にいたく感動したという話をブログの中で書き込んでいたがやはり世の中のトレンドを見る目が確かだという証拠になるのだろう。彼のまとめた講演要旨を勝手に引用させていただくことにする。

流行語大賞
今年のユーキャン新語・流行語大賞が1日、都内で発表され、「イナバウアー」「品格」が大賞に選ばれた。トリノ五輪金メダリストのプロ・スケーター、荒川静香(24)は、ビデオで「(トリノでは)記録より記憶に残る演技をしたいと思っていましたが、本当によかった」とコメント。「品格」で受賞した数学者の藤原正彦氏(63)は昨年11月、新潮社から「国家の品格」を出版し、売上200万部を突破した。
 入賞は「エロカッコイイ」(倖田来未)「格差社会」(山田昌弘・東京学芸大教授)「シンジラレナ~イ」(日本ハム・ヒルマン監督)「たらこ・たらこ・たらこ」(キグルミ)「脳トレ」(川島隆太・東北大教授)「ハンカチ王子」(斎藤佑樹・早実高野球部員)「mixi(ミクシィ)」(笠原健治・ミクシィ社長)「メタボリックシンドローム」(日本内科学会)。[2006年12月1日19時34分]

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本田宏先生のブログから引用

「国家の品格」著者の藤原正彦氏の講演に感動!(2006. 11. 13)

「日本のこれから、日本人のこれから」と題して講演する藤原正彦氏。日本の医療制度問題の解決のヒントがありました。(11月9日(木)から11日(土)まで広島で開催されている第68回日本臨床外科学会・特別講演「日本のこれから、日本人のこれから」)
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 「日本を悪くしたのは国民だ、政府でも政治家でもメディアでもない」--講演はまず、衝撃的な言葉から始まりました。政治家やエコノミストは、嘘に継ぐ嘘を繰り返している、そして国民はそれを追及しない。現在の日本は米国の属国になってしまった。戦時中の日本人がタイムスリップしてきたら、がっかりするに違いない。

 「地方分権」という甘い言葉にだまされて、日本の地方は破壊され続けてきた。これらはすべて「市場原理、規制緩和、自由競争」という言葉で進められてきた。「公平に闘ったのだから、勝った者がすべて取ってもよい」という考え方は正しいのか?小学校の6年生と1年生が戦っていいのか?、規制が必要な部分もあるのだ。「新自由主義」という自由競争が進めば、太古の時代に戻ってしまう。

 共産主義にはいかに美しい論理が通っていようと、76年もかかって、人類という生物には役立たないということが明らかになった。新自由主義も同様、理屈としては正しくても、人類には役立たない理論であることがもう少しで分かるだろう。

 市場原理によって、日本のあらゆるものが変わってしまった。終身雇用制度は崩壊した。会社の人間関係が情緒から論理になってしまい米国型になった。正規社員から非正規社員が増加し、今やフリーターやニートは500万人を超えている。もちろん短期的に考えれば、能力で人を評価することは重要だろう。ただし、これをやれば皆が敵となってしまい、穏やかな心で暮らしていけなくなる。フリーターやニートは、政府のケアを必要として、結局、国の負担が増加するのだ。

 市場原理は短期的には良いかも知れないが、長期的にはいい結果をもたらさない。米国が長年かけて主張してきたことが、この数年で改革という名の下に日本で進められてきた。公共投資(もちろん無駄はいけないが)はこの10年で完全に悪者となった。「内需拡大」も叫ばれなくなった。そして日本は、米国の国債を25兆円も買って、米国の経済を助ける結果となったのだ。

 私は、経済に関してはほとんど関心がない。それは、お金と幸せは関係ないことを知っているからだ。戦後を考えてみると、貧しかったが家族には笑顔があった。それがバブル崩壊によって、経済回復のためなら何でもする国となってしまった。経済回復が至上命題になってしまったのだ。現在、経済は回復しているように見えるが、将来はこのままいかないだろう。それは日本の構造(終身雇用制等)が根本的に変えられてしまったからだ。

 この数年、日本人は、いつでも勝ち馬に乗ろう、それが賢い人間だと思うようになってしまった。たった10年前には、“風見鶏”と言われたことが今は逆だ。自らの心情を貫くのは損だと思われるような、恥ずかしい国民になってしまった。

 日本に対して、経済界・財界がいかに口を出すようになったか、何故にこうなったのか。バブルの責任を一切省みないで、教育にまで口を出すようになった(小学校に英語教育を、パソコンをなど)。小学校はもっと伸び伸びと、そして日本語をしっかり教えるべきなのに。小学校から英語では国は滅びる。しかし経済界は英語教育に熱心だ。なぜなら日本人が英語ができないと世界での商売に負けて、経済発展が阻害されるからだと。英語ができて経済が発展するなら、なぜ20世紀の英国の経済は沈滞していたのか、アジアで日本より英語が出来る国が日本より経済が発展しなかったのはなぜか。どうしてこのような大事なことを国民に伝えないのか。

 もし経済界が勧める通りに、小学校からパソコンを使っていたら、日本にはパソコンやソフトを作れる人がいなくなってしまう。高度なものを作るためには、小学校の頃こそ基本的な勉強が必要なのだ。IT(情報技術)が発展したインドでは、掛け算を99×99まで教えている。しかし日本では、小学校から企業家精神を教えろと--何を考えているのか、すべて米国の真似だ。日本の数学力は、10年前以上前には世界でダントツの1位だったのに、現在は世界で6位になってしまった。これでは日本は沈没する。日本こそ、数学が世界1位でなければやっていけない、資源がない国であるということを忘れてはならない。

 アジアでノーベル賞を取れる国だった国、日本。目の前の即物的なものに目がくらんだ価値観と教育では、日本の力は低下する。まさに現在の日本では、教育までが経済優先で痛めつけられている。

 日本は、そもそも金銭崇拝から最も遠い国だったのだ。日本人は、貧しいことを恥ずかしがらないという風土があった。貧しいことと尊敬とは、そのいい例が武士、日本では武士は尊敬を集めても金が無かった(「武士は食わねど高楊枝」)。しかし現在では、子供はつい先日までIT長者のホリエモンを夢見ていた。競争が最優先、社会には競争に適した部分とそうでない部分があることを、すっかり忘れてしまった。これはまさにエリートなき民主主義国家の悲劇と思う。

 民主主義は、あらゆるシステムの中で最低の主義である、と英国のチャーチルはいっている。しかし、人類はまだ、民主主義より良いシステムを持っていないだけなのだと。なぜなら国民は永遠に成熟しないという現実と歴史があるからだ。本当に名君がいれば、専制国家のほうがいい。第一次世界大戦も第二次世界大戦も、民主主義の国で国民の感情の爆発によって起きた。 

 つまり民主主義には、真のエリート(一般庶民とは圧倒的に違う大局観を持っている、広い教養を持っている)が不可欠なのだ。しかし日本では、敗戦後GHQによって旧制中学や高校が潰されてしまった。これが今に効いている。現在の日本には、真のエリートが不在なのだ。

 ちなみにヨーロッパでは、米国の新自由主義は嫌われている。それでも、少しずつ拝金主義がはこびるようになって、年々治安も悪くなっている。新自由主義の弊害は、世界を席巻している。

 古来より日本には、「美的情緒」という世界にも誇るものがあった。例えば、かつて日本の文学は世界を凌駕した。江戸時代の数学もそう、当時その独創性でも世界でも最高レベルだった。なぜ文学と数学が、日本でこれほど花開いたのか。その理由は数学や文学は、人の美的感受性が最も影響する分野だからだ。秋に虫の音を聞いて、人生の寂寥を感じられるのは日本の固有の文化だ。つまりヨーロッパでは、類稀なる詩人しか持たない感受性を、日本人は普通に持ってきたことを忘れてはいけない。外国人には死にかけた葉っぱと映るが、日本人には紅葉として愛でられる。このような、はかない者に美を感じる、それが日本人の情緒なのだ。桜もそう、1年のうちに5日間のみ咲いてパッと散る、自分の人生のようだと...。このような国民は世界でも珍しい。

 郷愁、懐かしさも、日本人に特有だ。武士道精神(慈愛、惻隠の情、卑怯を憎み名誉を重んじる)も。明治初期に外国を訪れた日本人は、テーブルマナーを知らなくても十分に尊敬されたらしい。その理由は、武士道精神と騎士道精神はそのほとんどがオーバーラップしていたからだ。それに対して米国では230年間、自由と平等を主張してきた。しかし現実には銃を持つ自由による高校での射殺事件、ハリケーンで死亡した国民のはほとんどが貧困層という現実を見れば、世界に主張している自由と平等が実現していないのは明らかだ。

 そもそも社会に本当に自由と平等があると思うのは間違いだ。人には平等がないから、「惻隠の情」が必要なのだ。最近、いじめが話題になっているが、昔からいじめはずっとあった。ただ最近の状況で問題なのは、それを見て見ぬふりをしている周囲の実態だ。生徒はもちろん、国民全体にも、いじめを注意する勇気がない、それが一番問題だ。

 本来、大勢で1人をいじめるのは駄目、大きなものが小さなものがいじめるのは悪、ということを、幼少から徹底してたたきこまないと、人は駄目になる。卑怯な行為、弱いものいじめは駄目、これが武士道精神だ。江戸時代に「ならぬことはならぬものです」という言葉があったが、それを子供のうちからきちんと教えないと駄目だ。人を殺してはいけない理由を説明するのではなく、それは「駄目だから駄目」でいいのだ。何事もいい理由、悪い理由を挙げれば、きりがない。

 この日本人に特有の資質をきちんと教えて、素晴らしい社会を作ることが現在求められている。老後の不安も医療の不安もない、鍵をかけなくてもいいほど治安がいい。月給が少なくてもいい。そのような国を作れば、世界が日本に注目する。なぜ素晴らしい国になったのか、日本人は論理、合理、理性を尊重しているが、それに情緒を付加しているのだと。現在の世界を救えるのは、日本人しかいないのだ。

投稿者 akiuchi : December 3, 2006 09:07 PM