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December 31, 2006
隠岐の出産 再びピンチ 派遣産婦人科医 来春から1人体制か
今年は隠岐の島のお産が注目を浴びた。私は八丈島では昔からお産が近づくと妊婦は都内に移ってお産に備える体制をとっていたという話を自治医大の先生から聞いていたので離島の医療とはそういうものなのかと考えていた。隠岐の島の人口が何人か正確には知らないが産科専門医2名を常勤で配備できるほどのお産の数があるとはとても思えない。経済的に離島の医療は成り立たないのであろうか?都市の専門化した医療とは別にプライマリーケアとしてお産も取り扱えるGP(一般医)の養成を法的ならびに人材育成の観点から怠っていた国の責任が重いのではないかと思う。離島僻地の医療なんて厚労省のお役人にはどうでもいいことなのだろう。
隠岐の出産 再びピンチ 派遣産婦人科医 来春から1人体制か - 産経新聞 2006年12月30日(土)
◆10月に再開したばかり
10月に出産が再開されたばかりの、島根県隠岐諸島の隠岐病院で、2人の派遣医師が1人になり、島での出産が再びできなくなる恐れのあることが29日わかった。隠岐病院によると、医師2人を派遣していた県立中央病院が来年4月以降、1人の医師しか派遣できなくなる可能性があると伝えてきたため。
隠岐病院を運営する隠岐広域連合の松田和久・隠岐の島町長によると、県立中央病院の産婦人科医11人のうち来春までに1人が定年で辞めるため、県立病院側から派遣が難しくなるといわれたという。
県立中央病院からの派遣医師が1人になると、隠岐病院では1人医師体制となる。隠岐病院では、医師1人では負担が大きいとして分娩(ぶんべん)を行わない方針を掲げていたために再度、島で出産ができなくなる可能性が高い。
松田町長は「島民に同じ苦労をさせないためにも、県外も含めて医師確保に努め、2人体制を維持したい」と話しつつ、「安全と判断できる出産については1人体制での分娩も検討したい」としている。
[産経新聞 ]
[回顧2006・しまねeye](1)隠岐、産婦人科医不在(連載)=島根
◆派遣、来春以降は「白紙」 離島の医療、真剣な議論を
隠岐の島町の公立隠岐病院(笠木重人院長)で4月、常勤産婦人科医が不在となった問題は、離島や中山間地の深刻な医師不足を改めて浮き彫りにした。隠岐では他県からの応援や島根県立中央病院(出雲市)からの医師派遣で、半年後に分娩(ぶんべん)再開にこぎつけた。だが、根本的な解決には遠く、島に再び荒波が押し寄せる可能性は消えない。(渡部哲也)
暖かい一日となった今月14日、隠岐病院産婦人科前の廊下は、長いすに座った女性たちが順番を待っていた。5月に訪れた時、同科辺りだけががらんとしていたのがうそのようだった。
隠岐病院は島根大医学部から産婦人科医の派遣を受けていたが、2004年に医師不足で中止に。つなぎで、中央病院が医師を派遣する間、県や同町などが各地で医師を探し、関西在住の医師が今年4月から着任する予定になった。だが、それが直前になって白紙になったことが発端だった。
同町などは3月末までの予定だった中央病院に延長を要請。それも2週間延ばすのが限界で、島で出産を扱う産婦人科医はゼロに。県や隠岐4町村で作る隠岐広域連合は、本土に渡り出産する妊婦に滞在費など1人最高17万円を助成した。
島の窮状を報道で知った静岡県の船津雅幸医師が来島したのは8月下旬。9月には船津医師の支援で、島で唯一の助産院で出産が行われた。11月から医師2人を派遣する予定だった中央病院も1人の派遣を半月前倒しし、船津医師とのコンビで分娩が再開された。
船津医師が島を離れ、11月からは中央病院が2人を派遣。現在は倉田和巳医師が来年1月3日まで常駐し、もう1人は週交代でやって来る。分娩再開後、既に12人の赤ちゃんが隠岐病院で誕生した。
島民の盛大な見送りを受けて、静岡に戻った船津医師は語る。「妊婦が家族の元を離れて出産を待つつらさは分かるだけに、医師がいる体制を続けてほしい」
だが、「安全で安心」の提供が続けられない厳しい現実がある。厚生労働省の05年医療施設調査では、産婦人科、産科を掲げる県内の病院・診療所45施設のうち、実際にお産を扱うのは26施設。県の実態調査でも10月現在、隠岐のほか浜田、大田、雲南の各圏域で産婦人科医充足率が県平均(78・2%)を下回った。
中央病院の中川正久院長は「医師不足は隠岐だけではない。来春以降の派遣体制は白紙」とする。
中央病院は月に100例を超える出産を扱うが、医師は隠岐派遣も含めて11人。うち1人でお産を扱えるのは7人だ。週交代の〈自転車操業〉に疲弊し、派遣を打ち切った4月と状況は変わらない。しかも、来年3月末に1人が退職する。
「中央病院に迷惑をかけている」。隠岐病院を運営する隠岐広域連合長の松田和久・隠岐の島町長はそう語り、「1人は自前で確保したい。公立病院の退職予定者を紹介してもらえないか働きかけている」と独自の取り組みを語るが、実現するかどうかは不透明だ。
松田町長は「産婦人科医は航路と同じで、島での定住に不可欠。医師がいなくなれば女性は住みにくく、人口減に拍車がかかり、町づくりの議論なんか出来なくなる」と訴え、「医師に数年間の離島勤務を求める『離島医療振興法』制定を国に働きかけたい」と強調する。しかし、抜本的な解決策が打ち出されるまでには時間がかかる。
中川院長は「ない袖は振れない時期は早晩くる。派遣を再開している今の間に、産婦人科機能だけでなく、今後の隠岐の医療をどうするのか真剣に考えてほしい」と訴える。来春に再び苦境に陥らないため、国を挙げた議論が求められる。
◇
2006年の県内のニュースを、各記者の取材ノートから振り返り、〈その後〉を追った。
写真=診察の打ち合わせをする倉田医師(中央)ら。今後も産婦人科医2人体制が維持できるかどうかは不透明なままだ(隠岐の島町の公立隠岐病院で)
[読売新聞 ]
ふり返る:06しまね/3 隠岐の産科医師 /島根
◇“がけっぷち”変わらず
「家族と離れて1人で出産するのは不安だった。こんな思いはもうしたくない」
年間約130件の出産を扱う隠岐病院(隠岐の島町、笠木重人院長)から4月、常勤産婦人科医が消えた。秋までに島の妊婦約60人が海を渡った。本土と隠岐を結ぶフェリーは、海が荒れると直立できないほど揺れる。今でも仕事で隠岐へ向かう際、船が揺れると、島から出る妊婦さんの苦労が頭に浮かぶ。島で出産出来ないと、妊婦さんは1カ月にわたり、家族と離れ松江や出雲のアパートやホテルで暮らさなくてはならない。
確保した医師が家庭の都合で着任できず、派遣元の県立中央病院も医師不足で派遣延長は限界だったことから島での出産ができなくなった。8月末には、静岡県の船津雅幸医師が善意で赴任。新たに産婦人科医を増員した中央病院も10月から医師を派遣し、隠岐病院にようやく産声が戻った。
現在、中央病院の医師2人が隠岐病院のお産を支えている。しかし、問題が根本的に解決した訳ではない。中央病院はハイリスクを含む年間約1000件の出産を扱う県内の拠点。中川正久院長は「医師の疲弊は派遣を断念したときと変わらない。地域医療支援も限界に近い。4月以降の派遣は不透明」と言う。
県や隠岐病院は、同病院の産婦人科医2人体制を打ち出した。笠木院長は「離島で1人だと、365日24時間緊張を強いられる。2人だと休養も取れるし、学会にも出られる。診療方針も相談できる」とし「2人体制でないと医師は来てくれない」と話す。
隠岐病院や町は今も医師の確保を試みている。県も、島根大出身者、医師会、高校のOB会などのルートを使い、地域医療に関心のある医師を探している。2カ月間、隠岐に滞在した船津医師は「隠岐の状況を知って心を痛めない医師はいない。インターネットなどで呼びかければきっと見つかる」と話す。
一方で厚生労働省は医師不足が慢性化する小児科や産婦人科で、地域の拠点病院に機能を集める緊急避難的な方策を打ち出した。医療の質を確保しつつ医師の負担を減らすため、医師を拠点病院に集める方法だが、人口が少ない離島には適さないとの声もある。
天候が悪化すると島は孤立する。「緊急時はヘリで搬送するが気象次第。嵐でも海上保安部の巡視船は出ることになっているが、100%の保証はないしどれだけ時間がかかるのか」。隠岐で勤務経験のある産婦人科医はこう指摘し、常勤医の必要性を説いた。
県内の産婦人科医師数は必要数の8割。ぎりぎりの状態の中で、へき地に赴任する医師を確保しても「派遣元の病院で医師が辞め、補充がない」「予定していた医師が急に来れなくなった」といった不測の事態に対応できない。へき地の病院でいつ出産の受け付けが中止されてもおかしくない“がけっぷち”状態に変わりはない。
行政も大学も住民も「離島の医療をどうするか」を議論し、その場しのぎではない明確な考えを持つことが必要だろう。松田和久・隠岐の島町長が「離島医療振興法の成立を」と訴えるように、国レベルでの議論も欠かせない。私は隠岐担当記者として「多くの人にこの問題を知ってもらうことに手を抜くべきでない」と改めて考えている。【久野洋】
[毎日新聞 ]
投稿者 akiuchi : December 31, 2006 04:47 AM