February 11, 2007
TBS世界遺産(第530回2007年02月04日)プラハ歴史地区(チェコ)
世界遺産はやはりすごい!”天文時計”を見にプラハに行ってみたい。
第530回2007年02月04日
プラハ歴史地区(チェコ)
http://www.tbs.co.jp/heritage/archive/20070204/onair.html
遺産名:
プラハ歴史地区
Historic Centre of Prague
所在地:チェコ(Czech Republic)
分 類:C(ii)C(iv)C(vi)
登録年:2006
放送日:2007年02月04日
放送回:第530回
投稿者 akiuchi : 08:08 PM
February 05, 2007
ソロモン流「書道家・武田双雲」
テレビ中毒人間にとってHDレコーダーは大きな負担。録画した番組を見る時間がない・・・本を買ってきて放置しておくのと同じ。ソロモン流で紹介された書道家・武田双雲。世の中にはいろいろな人間がいる。テレビ東京が今面白い。納豆ダイエットで評判を落したテレビ局があったが情報番組としてはテレビ東京が群を抜いているなと思う。日経の力か?
http://www.tv-tokyo.co.jp/soromon/back/index.html
武田双雲
昭和50年熊本市生まれ。
3歳から母である書家:武田双葉に書を叩き込まれる。
現在は湘南にて創作活動を続ける。
・2003年上海美術館より「龍華翠褒章」を授与。
・イタリアフィレンツェ「コスタンツァ・メディチ家芸術褒章」受章
・著書「たのしか」(作品集・ダイヤモンド社)
「「書」を書く愉しみ」(光文社新書)
「書愉道」(池田書店)
・フジロックフェスティバル、モスクワ、ブリュッセルなどのイベントにて、
数多くのパフォーマンス書道の実績を持つ。
B'z、野村萬斎など様々なアーティストとのコラボレーションを実践。
・ホテルオークラ、ホテルニューオータニ、東京全日空ホテル、
成田空港などで斬新な個展を開催。
・愛 地球博メインパビリオン題字揮毫
・吉永小百合主演映画「北の零年」、三島由紀夫原作映画「春の雪」の
題字を手がける。
投稿者 akiuchi : 05:16 AM
January 09, 2007
「難婚世代」
1月8日(月)の朝日新聞一面に「難婚世代」という記事が載っていた。新年企画「ロストジェネレーション-25~35歳」の一環として結婚しない男女の生態について解説している。いわゆるアキバ系オタクといわれる世代が正職に就けずにひとりで親の支援を受けているという。これでは確かに少子化の進行はくい止められない。日本経済の根本的な問題に少子化は大きく関わっているということなのだろう。
投稿者 akiuchi : 08:02 AM
December 29, 2006
渡辺喜美氏行革相就任
若い首相として期待された安部首相(52歳)の脆さが目立つ。今回辞任した佐田玄一郎行政改革担当相の後任に抜擢された渡辺喜美は栃木県出身の54歳だが果たしてどうか?ちなみに安部首相は私と同い年。税制調査会の本間会長辞任に関するコメントも「一身上の都合」というフレーズを何度も繰り返すだけで歯切れが悪かった。「愛人問題」などは個人の問題だから関知しないと突っぱねることがどうしてできなかったのだろう?やはり小泉さんのようにはうまく行かないのだろう。
『県には明るい材料』
渡辺喜美氏行革相就任
辞任した佐田玄一郎行政改革担当相の後任に二十八日、衆院栃木3区選出の渡辺喜美衆院議員が就任したことで、県政界には「就任を心から喜び申し上げる」(福田富一知事)と、歓迎ムードが広がった。
県内から閣僚が誕生するのは、第二次小泉内閣の茂木敏充沖縄・北方担当相以来。閣僚を通じて安倍内閣に意見を伝えやすくなることから、自民党の梶克之幹事長は「政府にとって大臣交代は打撃だが、渡辺大臣の就任は県にとっては明るい材料だ」と評価した。
渡辺氏の持ち味は、首相の座を前にして倒れた父親の渡辺美智雄氏譲りの行動力と、歯に衣(きぬ)着せぬモノ言いだ。
独特の言い回しがかえって周囲を困惑させることもあったが、九月に内閣府副大臣に就任してからは「おとなしく政府の要職をこなしている」というのが県幹部の定評。自民党県連幹部は「大臣就任で、やんちゃ坊主に逆戻りすることはない」と太鼓判を押した。
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首相「渡辺喜美氏、突破力のある人だから」
安倍晋三首相は28日午前、27日に辞意を表明した佐田玄一郎行政改革担当相の後任に渡辺喜美・内閣府副大臣を起用する理由について、「突破力のある人だからね」と述べた。佐田氏の辞意表明後、速やかに後任を決めたことについては、「年内には決めたいと思っていたから」と表明。渡辺氏が朝のテレビ番組で首相から就任要請を受けたと話していたとの指摘には、「ああ、そうですか」と応じた。
首相公邸を出る前、記者団の問いかけに応じた。〔NQN〕 (09:47)
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行政改革相に渡辺喜美氏、「公務員制度改革がポイント」
安倍晋三首相は28日午前、渡辺喜美内閣府副大臣を首相官邸に呼び、行政改革担当相に任命した。午後に皇居での認証式を経て正式に就任する。首相は起用理由について記者団に「突破力のある人だから」と説明。渡辺氏には「改革が後退しないようしっかりやってほしい」と改革続行を指示した。
渡辺氏は故渡辺美智雄元蔵相の長男。自民党金融調査会事務局長などを歴任し、政策通として知られる。政策論議を通じて日銀OBの塩崎恭久官房長官らと親しいことが起用につながったとみられる。首相は同日未明に自ら渡辺氏に電話し、内諾を得た。
渡辺氏は同日朝のTBS番組で「公務員制度改革が大きなポイントで、その中に天下り問題もある。どこまで切り込めるかだ」と強調した。(11:16)
国民の信頼回復を急げ
徳島新聞 - 2006年12月25日
本間会長辞任 国民の信頼回復を急げ
政府税制調査会の本間正明会長が、公務員官舎に不適切な形で入居していた問題の責任を問われ、就任から一カ月半で辞任した。
国民の信頼に応えられなかったのだから当然だ。むしろ遅すぎたといえる。
本間氏を起用した安倍晋三首相にとっては大きな痛手だ。本間氏を続投させようとして、決断力のなさを露呈した。首相の求心力の低下は避けられない。今後、任命責任も問われよう。
この問題は今月中旬、一部週刊誌が、東京都内の公務員官舎で本間氏が家族ではない女性と同居していると報道したのがきっかけだった。
本間氏は、経済財政諮問会議の民間議員を務めていた二〇〇三年一月、官舎に入居した。大阪大大学院教授であり、会議などの活動が立て込んでいたため、「短期の措置として入れていただいた」などと記者会見で釈明した。
だが、経済財政諮問会議では、公務員官舎など国有財産の売却を求める報告書をまとめていた。それにもかかわらず、七万数千円という格安の家賃で一等地の官舎に入居していたのだから、国民が怒るのも当然だ。
政府税調は国民の生活を大きく左右する税金の在り方を論議し、首相に答申する重い役割を担っている。会長はもちろん、メンバーは常に身辺を清潔にしていることが求められる。
本間氏は会見での釈明後、官舎から退去することで事態の沈静化を図ろうとしたようだ。だが、そんなことで国民の理解が得られるはずもない。
安倍首相の判断も甘かったといわざるを得ない。首相は当初、「職責を全うすることで責任を果たしてほしい」と本間氏をかばっていた。だが、与党の内部で来年の参院選などへの悪影響を懸念して、本間氏の辞任を求める声が強まった。そうなる前に、首相は辞任を促すべきだった。
本間氏は、安倍首相が掲げる「成長なくして財政再建なし」という成長重視の路線を象徴する人物だった。
安倍首相は、消費税率の引き上げなど増税に積極的だった石弘光氏の会長続投を求める財務省の案を拒み、異例の「官邸主導」で本間氏の起用に踏み切った。
本間氏は、企業減税を柱として、消費税への言及を避けた〇七年度税制改正の答申をまとめ、首相に提出していた。
一方、本間氏の辞任を促した自民党税制調査会の幹部らは、消費税増税を視野に入れており、本間氏とは路線が対立していた。今後、政府税調と財務省や自民党税調との主導権争いも強まるだろうが、本間氏の辞任で政府税調の論議が委縮するようなことがあってはならない。
安倍首相は、官僚の影響力を排した官邸主導の態勢を早急に立て直す必要があるだろう。
本間氏の後任の有力候補には、政府系シンクタンク「総合研究開発機構」の理事長を務める伊藤元重東大大学院教授が浮上している。誰が会長になっても、国民の信頼に応え、国民生活の向上につながる税制論議を行わなければならない。
安倍内閣は政府主催のタウンミーティングのやらせ質問問題や郵政造反組の復党問題で国民の反発を招いた。最近の世論調査では内閣支持率も低下している。今回の問題では、国民に十分な説明責任を果たさなければならない。
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本間会長辞任…安倍首相しどろもどろ
「公務員宿舎に愛人と同棲」と週刊誌に報じられた政府税制調査会の本間正明会長(62)が21日、問題の責任をとり、辞任する意向を安倍晋三首相に電話で伝え、首相も了承した。
政府税制調査会の会長は税金について首相に進言する諮問機関のトップ。本間氏については安倍首相自身の肝いりで起用した経緯があり、首相の対応が注目されていた。
本間氏の辞任について首相は同日夜、官邸での記者団との質疑で「(本間氏の)一身上の都合」との説明を13回繰り返ししどろもどろ。事実上の更迭に踏み切った理由や本間氏の責任、自らの任命責任を問う質問にも11回「やむを得ない」を連発して正面からは答えず、国民への説明責任を果たしたとは到底言えない対応に終始した。
これまで首相は「職務を全うすることで責任を果たしてほしい」と擁護してきたが、来年1月召集の通常国会での予算審議に悪影響が避けられないことから、交代もやむを得ないと判断。タウンミーティングでのやらせ質問に始まり、郵政造反組の復党問題などで支持率は急低下していることも“更迭”を後押しした。永田町では「首相が辞めさせると任命責任を問われるので、自ら辞職するというシナリオが数日前からあったようだ」との憶測が流れた。いずれにしても会長就任からわずか1カ月半で失態を招いたことは首相の大きなダメージとなりそうだ。
大阪大学教授でもある本間氏はこの日、同大の授業を欠席。師弟関係にある竹中平蔵前総務相が代理で授業を務めた。
後任には吉川洋東大教授らが浮上。本間氏は税調委員も辞任する。
[ 2006年12月22日付 紙面記事 ]
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本間税調会長が公務員官邸での“愛人同棲”でクビ
本間氏(円内)が“愛人同棲”していた公務員官舎=東京都渋谷区
私、コレ(小指を立てながら)で会長辞めました-。格安公務員官舎での“愛人同棲”疑惑が指摘されていた政府税制調査会の本間正明会長(62)=顔写真=が21日、事実上のクビに追い込まれた。この事態にホンマかいな~と頭を抱えている?のは安倍晋三首相(52)。会長任命の責任が問われそうで、郵政造反組の復党問題に続きイメージダウン必至だ。
◇
“災難”続きの安倍首相。どこか表情も冴えない?=21日夜、首相官邸
ゼイ調会長が官舎で愛人と同棲なんてゼイ沢すぎ!! 安倍首相の政権運営もゼイゼイと、息づかいが苦しくなった…。
小泉、安倍内閣の経済ブレーンとして知られる大阪大学大学院教授の本間氏が21日、税調会長辞任の意向を首相に電話で伝えた。首相も了承。一部週刊誌が本間氏の“醜聞”を報じて約10日間、11月上旬の会長就任からわずか1カ月半で、事実上の更迭となった。
醜聞とは、本間氏が公務員官舎に愛人と同居していると報じられたことだ。この官舎はJR原宿駅近くの都心ド真ん中で3LDK。民間の相場では50万円前後とされるが、家賃はなんと月7万7000円。愛人とは大阪の高級クラブ街「北新地」の女性とされる。
要はゼニ+下半身のダブル疑惑なのだ。本間氏は13日の会見で「妻とは離婚調停中」「女性とは誠実に交際している」と強調。「女性は引っ越しの手伝いに来ていただけ」と苦しい弁明に終始した。
18日までにひそかに官舎から退去したが、世論や野党は当然ながら与党内部からも批判の嵐が吹き荒れた。しかし首相は一貫して「職務を全うしてほしい」と本間氏をかばい続けてきた。
実は本間氏の会長起用は、首相の強い意向による「安倍人事」「官邸人事」だった。財務省寄りで消費税引き上げなど増税志向の石弘光前会長から、経済成長重視の首相の主導で本間氏に交代させたのだ。本間氏はさっそく法人税減税に言及するなどし、財務省筋の反発が強まった。
来夏の参院選への悪影響を懸念する声に加えて、官邸主導人事に対する一部自民党内の反発もあった。辞任要求は高まる一方で、辞任を受け入れざるを得ない状況に追い込まれた。
復党問題、やらせタウンミーティングに続く大打撃。安倍内閣の支持率が急落する中で、さらに追い打ちをかけることになるのか。野党は任命責任を追及する構えで、安倍首相は苦しい政権運営を強いられそうだ。
■本間氏「官舎同棲」問題
本間氏の「官舎同棲」問題 本間氏が東京・神宮前の公務員官舎「本郷台宿舎」に“愛人”と同棲していることが、今月11日発売の一部週刊誌報道で発覚。経済財政諮問会議の民間委員だった平成15年から入居しており、本間氏は13日の会見で「女性とは交際している。妻とは離婚協議中」と説明。一方「女性は引っ越しの手伝いに来ていただけ」と同棲は否定した。18日までに官舎を退去したが、与党内からも税調会長辞任を求める声が噴出していた。
★民主・鳩山幹事長「任命責任」を追及
安倍首相は21日夜、本間氏の辞任について「どうしても辞任したいということだったので、やむを得なかった」と述べた。自らの任命責任についても否定した。一方、民主党の鳩山由紀夫幹事長(59)は「辞任は当然だが、辞めて済む問題ではない」と、任命責任を追及していく姿勢を示した。
後任の政府税調会長には吉川洋東大教授らが浮上している。政府筋によると、本間氏は税調委員も辞任する。
◆落語家、三遊亭円楽さん
「税金の取り方を決める立場にある人間が、税金で建てた公務員官舎を格安で借りて住むというのはいかにも具合が悪いのではないか。それも『家族以外の女性と住んでいた』と週刊誌で報道されたが、もしそういう問題があるとするならば、本来は税制調査会長に指名された時点で『一身上の都合』として就任を断るべきだった」
◆評論家、大宅映子さん
「批判されて辞任するくらいなら、最初から会長を受けなければ良かった。身辺整理をして受けるのが当たり前で、信念としてやった行動なら貫いて国民に訴えればいい。中途半端だと思う。安倍首相は党内の声を抑えきれず、せっかく小泉前首相がぶっ壊した古い自民党に戻ってしまっているようだ。改革路線を進めてほしいが、押し切られそうで心配。期待していた『若さ』が裏目に出ている気がする」
投稿者 akiuchi : 09:20 PM
December 25, 2006
今年の漢字、四字熟語
今年の漢字は「命」なのだそうだ。私は崩壊の「崩」か「壊」になるのではないかと予想していた。医療者の危機感はまだ一般のひとには伝わらないのかと思っていたら創作四文字熟語には「産無人化」「少子恒例」というわれわれの業界に関係したものが採用されていた。何だか切なくなるが確かに面白いと思ったのでここに記録しておくことにする。
【主張】創作四字熟語/豊かな漢字文化の再興を
http://cam.sumitomolife.co.jp/jukugo/2006/yusyu.html
師走に入って、漢字にまつわる2つのニュースが目に留まった。1つは、日本漢字能力検定協会による恒例の世相を表す漢字が今年は「命」に決まったというものである。悠仁親王殿下のご誕生や、いじめ自殺多発など、明暗取り交ぜて、命について考えることの多かった1年だった。
もう1つは、住友生命が公募した今年の世相を映す「創作四字熟語」である。「虚業無常」(諸行無常)、「再就団塊」(最終段階)、「産無人科」(産婦人科)、「少子恒例」(少子高齢)など、実にわさびの効いた庶民の批判精神があふれていて、思わずにやりとさせられた。
このもじりの滑稽(こっけい)味から連想されるものに江戸期の狂歌師のペンネームが挙げられる。朱楽菅江(あけらかんこう)、子子孫彦(このこのまごひこ)、釈氏定規(しゃくしじょうぎ)、酒上不埒(さけのうえのふらち)、智恵内子(ちえのないし)、昼寐興兼(ひるねのおきかね)…など、名を聞くだに噴き出してしまいそうになる。日本人が漢字を取り入れて千数百年、自家薬篭(やくろう)中のものとして自在に操ってきた漢字文化の一側面が、今に脈々と流れ来ていることに一種の感慨を抱かずにいられない。
仮名やローマ字を表音文字というのに対して、漢字は表意文字といわれるが、意味だけでなく字形と字音とを兼ねた語を表す表記符号だ。だから、今年の世相を表す文字として「命」という漢字が強い輪郭をもって印象づけられ、記憶されるのである。ちなみに阪神大震災やサリン事件のあった平成7年は「震」の字が選ばれている。
「少子恒例」のような文字遊びも、「しょうしこうれい」と、仮名で書いたのなら、なぜそこに滑稽味が生じ、なぜ笑い飛ばすような批判精神が盛れるのか誰もなかなか理解できないであろう。漫才や落語のような話芸でも、そこに笑いを生じさせるのは、無意識的に音声を漢字に翻訳することで、言葉の二重性とそのアンバランスな取り合わせを認知するからだ。
思えば戦後の国語政策は国語を表すのになくてはならないその漢字を排斥する方向で進められたのは残念なことであった。豊かな漢字力があれば文字遊びも一層興隆し、漢字文化を底上げするであろう。常用漢字の見直しに当たっては、思い切って戦後国語政策からの脱却を打ち出すようなかじの切り替えを期待したい。
[産経新聞 ]
今年の漢字
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今年の漢字(ことしのかんじ)は、財団法人日本漢字能力検定協会がその年をイメージする漢字一字の公募を全国より行い、最も応募数の多かった漢字一字を、その年の世相を表す漢字として、12月12日「漢字の日」に清水寺にて発表する行事。
1995年にスタートした企画で、毎年12月12日の「漢字の日」に京都の清水寺奥の院舞台にて、貫主により巨大な半紙に漢字一字が揮毫される。その後、本尊である千手観世音菩薩に奉納される。
第一生命のサラリーマン川柳、住友生命の創作四字熟語、自由国民社の新語・流行語大賞、東洋大学の現代学生百人一首と並んで、現代の日本の世相を反映する一つの指標として使われることが多い。
[編集] 歴代今年の漢字一覧
1995年 ― 「震」
兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)。地下鉄サリン事件により社会不安が拡大。
1996年 ― 「食」
O-157による集団食中毒が多発して学校の給食などにも影響。
1997年 ― 「倒」
大型企業倒産・銀行破綻が相次ぐ。サッカー日本代表、ワールドカップアジア地区予選で強豪倒して出場決定。
1998年 ― 「毒」
和歌山毒物カレー事件の余波で毒物混入事件が多発。ダイオキシンの不安。
1999年 ― 「末」
1900年代の最後。東海村JCO臨界事故。
2000年 ― 「金」
シドニーオリンピックで、女子柔道の田村亮子(現・谷亮子)が金メダル、女子フルマラソンの高橋尚子が金メダル。金大中と金正日による初の南北首脳会談。「きんさん」(成田きん)死去。
2001年 ― 「戦」
アメリカ同時多発テロ事件。 アメリカのアフガニスタン侵攻。世界的な不況。
2002年 ― 「帰」
初の日朝首脳会談。北朝鮮に拉致された日本人5人が帰国。
2003年 ― 「虎」
阪神タイガースが18年ぶりに優勝。
2004年 ― 「災」
新潟県中越地震。台風23号が上陸して多大な被害を与えた。美浜発電所の事故や三菱リコール隠し事件。
2005年 ― 「愛」
愛・地球博の開催。紀宮清子内親王と黒田慶樹の結婚。卓球・福原愛の中国での活躍。純愛物語電車男ブーム。
2006年 ― 「命」
悠仁親王の誕生。飲酒運転によるひき逃げ、いじめによる自殺問題などの命の不安。生まれた命、奪われた命、絶たれた命、そして、命の不安への膨らみ。
投稿者 akiuchi : 04:58 PM
December 15, 2006
泣いて馬謖を斬る
Hさんと経営の話をしていたところ『泣いて馬謖(ばしょく)を斬(き)る』という言葉がでてきた。経営者としては辛い選択だが組織を維持するためには逃げるわけには行かないという時が確かにある。「三国志」をまた読んでみようと思った。
『泣いて馬謖を斬る』
私情において忍びないが、全体の統制を保つために、仮令(たとえ)愛する者でも止むを得ず処罰する。
類:●涙を揮って馬謖を斬る
故事:「蜀志-馬謖伝」 諸葛孔明の部下の武将・馬謖が、命令に背(そむ)いて大敗を招いたとき、孔明はその責任を追及して馬謖を斬った。
出典:蜀志→三国志(さんごくし) 192 呉下の阿蒙 参照。
泣いて馬謖を斬る
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泣いて馬謖を斬る(ないてばしょくをきる)は、故事成語のひとつ。
[編集] 成語の経緯
出典『三国志』「蜀志馬謖伝」
三国時代の武将である馬謖が、街亭の戦いで諸葛亮の指示に背いて独断で布陣し敗戦を招いた責任で処刑された。愛弟子であった馬謖の処刑に際し諸葛亮は涙を流したという。他の武将達の中には「馬謖ほどの有能な将を」と処刑を慰留する者もいたが、諸葛亮は「軍律の遵守が最優先」と処刑に踏み切った。
[編集] 『三国志』と『三国志演義』における記述の違い
この故事に関する記述は、『三国志』と『三国志演義』の間で少し異なっている。
『三国志』では、「諸葛亮は彼(馬謖)のために涙を流した」と書かれている。 つまり、軍律を守るために、目をかけていた馬謖を処刑することとなり、彼のことを思って諸葛亮は泣いたとされている。
しかし、『三国志演義』での諸葛亮は、何故泣くのかを蒋琬に聞かれ、「馬謖のために泣いたのではない」と答えている。諸葛亮は、このとき既に亡くなっている前主君・劉備に、「馬謖を重く用いてはならない」という主旨の言葉を残されていた。そして、その言葉を守らなかった自分の不明を嘆き、泣いたとされている。
現在の日本での使われ方は、下記のようになっており、『三国志』での描写に則したものであると言える。
[編集] 現在の日本における一般的な使い方
「どんなに優秀な者であっても、私怨私情で法や規律を曲げて責任を不問にすることがあってはいけない」という意味で使用されることが多い。
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A3%E3%81%84%E3%81%A6%E9%A6%AC%E8%AC%96%E3%82%92%E6%96%AC%E3%82%8B" より作成
カテゴリ: 三国志
投稿者 akiuchi : 02:06 PM
December 09, 2006
ため口(おもしろ語源探求)
職員の口のきき方がひどいので「ため口」という言葉の意味を調べようと辞書を調べたら該当する字句はないと出てきた。Googleで検索をかけたところ語源に関する面白いサイトを見つけた。奈良県の高校の先生が作成した「語楽ホームページ」だ。インターネットの世界ではこういう知識が集積されて共有されるというところが本当にすごいと思う反面、何でも簡単に調べられるという欠点もある。情報の洪水の中で重要な情報を入手する方法が問われているのだと思う・・・と偉そうなことをいっている私の文章もため口かな?ちなみに「口をきく」は「口を利く」と書くのが正しい。「口を聞く(聴く)と書きそうな私の国語力は最低。」
おもしろ語源探求
http://www3.kcn.ne.jp/~jarry/jkou/iimn.html
ためぐち
ていねいな言葉づかいをしないで、対等な口をきくこと。
江戸時代の大坂。職人や商人の家につとめる奉公少年(丁稚=でっち)たちに手渡すお駄賃のことを「ため」といいました。
番頭たちは、下働きの丁稚たちに対しては乱暴な口をきくのがあたりまえ。目下のものに対する乱暴な言葉づかいが「ため口」にあたります。
古い国語辞典には掲載されていないので、
最近多用されるようになった言葉だということがわかります。
一部の人が使っていたのが急に広まったのでしょうね。
確かに言葉の響きがなんとなく意味とぴったり合う、不思議な言葉です。
投稿者 akiuchi : 10:53 AM
December 03, 2006
藤原正彦「国家の品格」(流行語大賞)
流行語大賞に「イナバウアー」「品格」が選ばれたというニュースが流れた。「国家の品格」は買ったまま放置していたのでこれをきっかけに読んでみようと思った。藤原正彦氏は数学者ということだがその父親が新田次郎だというから驚きである。かつて学生時代に山岳部に所属していたころ新田次郎の小説を読みふけった。今から思うと加藤文太郎の「孤高の人」がやはり一番だと思うがシシュポスのように大きな荷物を山頂に担ぎ上げた「強力伝」も懐かしい。医療制度研究会の本田宏先生は藤原正彦氏の講演にいたく感動したという話をブログの中で書き込んでいたがやはり世の中のトレンドを見る目が確かだという証拠になるのだろう。彼のまとめた講演要旨を勝手に引用させていただくことにする。
流行語大賞
今年のユーキャン新語・流行語大賞が1日、都内で発表され、「イナバウアー」「品格」が大賞に選ばれた。トリノ五輪金メダリストのプロ・スケーター、荒川静香(24)は、ビデオで「(トリノでは)記録より記憶に残る演技をしたいと思っていましたが、本当によかった」とコメント。「品格」で受賞した数学者の藤原正彦氏(63)は昨年11月、新潮社から「国家の品格」を出版し、売上200万部を突破した。
入賞は「エロカッコイイ」(倖田来未)「格差社会」(山田昌弘・東京学芸大教授)「シンジラレナ~イ」(日本ハム・ヒルマン監督)「たらこ・たらこ・たらこ」(キグルミ)「脳トレ」(川島隆太・東北大教授)「ハンカチ王子」(斎藤佑樹・早実高野球部員)「mixi(ミクシィ)」(笠原健治・ミクシィ社長)「メタボリックシンドローム」(日本内科学会)。[2006年12月1日19時34分]
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本田宏先生のブログから引用
「国家の品格」著者の藤原正彦氏の講演に感動!(2006. 11. 13)
「日本のこれから、日本人のこれから」と題して講演する藤原正彦氏。日本の医療制度問題の解決のヒントがありました。(11月9日(木)から11日(土)まで広島で開催されている第68回日本臨床外科学会・特別講演「日本のこれから、日本人のこれから」)
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「日本を悪くしたのは国民だ、政府でも政治家でもメディアでもない」--講演はまず、衝撃的な言葉から始まりました。政治家やエコノミストは、嘘に継ぐ嘘を繰り返している、そして国民はそれを追及しない。現在の日本は米国の属国になってしまった。戦時中の日本人がタイムスリップしてきたら、がっかりするに違いない。
「地方分権」という甘い言葉にだまされて、日本の地方は破壊され続けてきた。これらはすべて「市場原理、規制緩和、自由競争」という言葉で進められてきた。「公平に闘ったのだから、勝った者がすべて取ってもよい」という考え方は正しいのか?小学校の6年生と1年生が戦っていいのか?、規制が必要な部分もあるのだ。「新自由主義」という自由競争が進めば、太古の時代に戻ってしまう。
共産主義にはいかに美しい論理が通っていようと、76年もかかって、人類という生物には役立たないということが明らかになった。新自由主義も同様、理屈としては正しくても、人類には役立たない理論であることがもう少しで分かるだろう。
市場原理によって、日本のあらゆるものが変わってしまった。終身雇用制度は崩壊した。会社の人間関係が情緒から論理になってしまい米国型になった。正規社員から非正規社員が増加し、今やフリーターやニートは500万人を超えている。もちろん短期的に考えれば、能力で人を評価することは重要だろう。ただし、これをやれば皆が敵となってしまい、穏やかな心で暮らしていけなくなる。フリーターやニートは、政府のケアを必要として、結局、国の負担が増加するのだ。
市場原理は短期的には良いかも知れないが、長期的にはいい結果をもたらさない。米国が長年かけて主張してきたことが、この数年で改革という名の下に日本で進められてきた。公共投資(もちろん無駄はいけないが)はこの10年で完全に悪者となった。「内需拡大」も叫ばれなくなった。そして日本は、米国の国債を25兆円も買って、米国の経済を助ける結果となったのだ。
私は、経済に関してはほとんど関心がない。それは、お金と幸せは関係ないことを知っているからだ。戦後を考えてみると、貧しかったが家族には笑顔があった。それがバブル崩壊によって、経済回復のためなら何でもする国となってしまった。経済回復が至上命題になってしまったのだ。現在、経済は回復しているように見えるが、将来はこのままいかないだろう。それは日本の構造(終身雇用制等)が根本的に変えられてしまったからだ。
この数年、日本人は、いつでも勝ち馬に乗ろう、それが賢い人間だと思うようになってしまった。たった10年前には、“風見鶏”と言われたことが今は逆だ。自らの心情を貫くのは損だと思われるような、恥ずかしい国民になってしまった。
日本に対して、経済界・財界がいかに口を出すようになったか、何故にこうなったのか。バブルの責任を一切省みないで、教育にまで口を出すようになった(小学校に英語教育を、パソコンをなど)。小学校はもっと伸び伸びと、そして日本語をしっかり教えるべきなのに。小学校から英語では国は滅びる。しかし経済界は英語教育に熱心だ。なぜなら日本人が英語ができないと世界での商売に負けて、経済発展が阻害されるからだと。英語ができて経済が発展するなら、なぜ20世紀の英国の経済は沈滞していたのか、アジアで日本より英語が出来る国が日本より経済が発展しなかったのはなぜか。どうしてこのような大事なことを国民に伝えないのか。
もし経済界が勧める通りに、小学校からパソコンを使っていたら、日本にはパソコンやソフトを作れる人がいなくなってしまう。高度なものを作るためには、小学校の頃こそ基本的な勉強が必要なのだ。IT(情報技術)が発展したインドでは、掛け算を99×99まで教えている。しかし日本では、小学校から企業家精神を教えろと--何を考えているのか、すべて米国の真似だ。日本の数学力は、10年前以上前には世界でダントツの1位だったのに、現在は世界で6位になってしまった。これでは日本は沈没する。日本こそ、数学が世界1位でなければやっていけない、資源がない国であるということを忘れてはならない。
アジアでノーベル賞を取れる国だった国、日本。目の前の即物的なものに目がくらんだ価値観と教育では、日本の力は低下する。まさに現在の日本では、教育までが経済優先で痛めつけられている。
日本は、そもそも金銭崇拝から最も遠い国だったのだ。日本人は、貧しいことを恥ずかしがらないという風土があった。貧しいことと尊敬とは、そのいい例が武士、日本では武士は尊敬を集めても金が無かった(「武士は食わねど高楊枝」)。しかし現在では、子供はつい先日までIT長者のホリエモンを夢見ていた。競争が最優先、社会には競争に適した部分とそうでない部分があることを、すっかり忘れてしまった。これはまさにエリートなき民主主義国家の悲劇と思う。
民主主義は、あらゆるシステムの中で最低の主義である、と英国のチャーチルはいっている。しかし、人類はまだ、民主主義より良いシステムを持っていないだけなのだと。なぜなら国民は永遠に成熟しないという現実と歴史があるからだ。本当に名君がいれば、専制国家のほうがいい。第一次世界大戦も第二次世界大戦も、民主主義の国で国民の感情の爆発によって起きた。
つまり民主主義には、真のエリート(一般庶民とは圧倒的に違う大局観を持っている、広い教養を持っている)が不可欠なのだ。しかし日本では、敗戦後GHQによって旧制中学や高校が潰されてしまった。これが今に効いている。現在の日本には、真のエリートが不在なのだ。
ちなみにヨーロッパでは、米国の新自由主義は嫌われている。それでも、少しずつ拝金主義がはこびるようになって、年々治安も悪くなっている。新自由主義の弊害は、世界を席巻している。
古来より日本には、「美的情緒」という世界にも誇るものがあった。例えば、かつて日本の文学は世界を凌駕した。江戸時代の数学もそう、当時その独創性でも世界でも最高レベルだった。なぜ文学と数学が、日本でこれほど花開いたのか。その理由は数学や文学は、人の美的感受性が最も影響する分野だからだ。秋に虫の音を聞いて、人生の寂寥を感じられるのは日本の固有の文化だ。つまりヨーロッパでは、類稀なる詩人しか持たない感受性を、日本人は普通に持ってきたことを忘れてはいけない。外国人には死にかけた葉っぱと映るが、日本人には紅葉として愛でられる。このような、はかない者に美を感じる、それが日本人の情緒なのだ。桜もそう、1年のうちに5日間のみ咲いてパッと散る、自分の人生のようだと...。このような国民は世界でも珍しい。
郷愁、懐かしさも、日本人に特有だ。武士道精神(慈愛、惻隠の情、卑怯を憎み名誉を重んじる)も。明治初期に外国を訪れた日本人は、テーブルマナーを知らなくても十分に尊敬されたらしい。その理由は、武士道精神と騎士道精神はそのほとんどがオーバーラップしていたからだ。それに対して米国では230年間、自由と平等を主張してきた。しかし現実には銃を持つ自由による高校での射殺事件、ハリケーンで死亡した国民のはほとんどが貧困層という現実を見れば、世界に主張している自由と平等が実現していないのは明らかだ。
そもそも社会に本当に自由と平等があると思うのは間違いだ。人には平等がないから、「惻隠の情」が必要なのだ。最近、いじめが話題になっているが、昔からいじめはずっとあった。ただ最近の状況で問題なのは、それを見て見ぬふりをしている周囲の実態だ。生徒はもちろん、国民全体にも、いじめを注意する勇気がない、それが一番問題だ。
本来、大勢で1人をいじめるのは駄目、大きなものが小さなものがいじめるのは悪、ということを、幼少から徹底してたたきこまないと、人は駄目になる。卑怯な行為、弱いものいじめは駄目、これが武士道精神だ。江戸時代に「ならぬことはならぬものです」という言葉があったが、それを子供のうちからきちんと教えないと駄目だ。人を殺してはいけない理由を説明するのではなく、それは「駄目だから駄目」でいいのだ。何事もいい理由、悪い理由を挙げれば、きりがない。
この日本人に特有の資質をきちんと教えて、素晴らしい社会を作ることが現在求められている。老後の不安も医療の不安もない、鍵をかけなくてもいいほど治安がいい。月給が少なくてもいい。そのような国を作れば、世界が日本に注目する。なぜ素晴らしい国になったのか、日本人は論理、合理、理性を尊重しているが、それに情緒を付加しているのだと。現在の世界を救えるのは、日本人しかいないのだ。
投稿者 akiuchi : 09:07 PM
November 25, 2006
◆ ネットで「銚子電鉄を救え」
「銚子電鉄を救え」という記事が出ていた。「ぬれ煎餅」を買って車両の修理代金にあてるという。テレビでも観たが懐かしい銚子電鉄のために私もぬれ煎餅を注文しようと思う。小学校のころに銚子に出かけたときに乗ったあの電車が今も走っているのかと思うと応援をしたくなる。このブログは産科医療に関する殺伐とした記事ばかりが目立つがこんな微笑ましい記事も拾っておくことにしよう。もっとも社長が横領事件を起こして公費の援助が受けられないという情けない話もあるようだが・・・http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0611/21/news089.html
(ITmedia)
赤字続きで法定検査の費用が捻出できず運行の危機に直面している銚子電鉄が、
公式サイトトップページで、副業で販売している「ぬれ煎餅」を買って下さい
と訴えていました。
これにネットコミュニティが反応し、15日から21日までの約1週間で約2000件
もの注文が殺到し、大量の発送作業が追いつかないといううれしい悲鳴の状態
になっているようです。
このままいけば、最初の1台の200万円を初め、近々に法定検査の必要のある残
り2台の費用も捻出できるかもしれません。
数千万、億単位の詐欺や横領などの事件がたびたび報道される昨今、心温まる
話題です。
投稿者 akiuchi : 12:25 PM
November 12, 2006
<はらたいらさん>肝不全のため死去、63歳
漫画家はらたいらが死去というニュースに驚く。まだ63歳。はらたいらといえばクイズダービーの博識ぶりをまず思い起こす人が多いと思うが私は「男の更年期」という言葉を思い起こす。初老期うつ病とどう違うのかまだよくわからないが更年期を克服してその後は元気に活躍しているのだろうと思っていただけに今回の訃報は以外だった。
<はらたいらさん>肝不全のため死去、63歳
漫画家で、TBS系のクイズ番組「クイズダービー」で人気を集めたはらたいら(本名・原平=はら・たいら)さんが10日、肝不全のため死去した。63歳。葬儀は15日午前11時半、東京都板橋区板橋1の48の13の新板橋駅前ホール。お別れの会を後日、出身の高知県で開く予定。自宅は非公表。喪主は妻ちず子(ちずこ)さん。
1963年にデビュー。ナンセンスギャグを得意とし、「モンローちゃん」が大ヒットした。作品は他に「ゲバゲバ時評」など。76年から16年間出演した「クイズダービー」では70%と高い正解率を誇り、博学で知られた。49歳からだるさ、気力のなさに悩まされた経験をつづった「はらたいらのジタバタ男の更年期」を00年に出版し、話題を呼んだ。
(毎日新聞) - 11月10日21時56分更新
はらたいら
はらたいら(本名:原 平、1943年3月8日 - 2006年11月10日 )は東京都文京区小石川在住、高知県香美郡土佐山田町(現香美市)出身の男性漫画家。
略歴
父・太郎、母・小夜子の長男として生まれる。姉の美和は元バスガイド。父・太郎は、たいらが生まれる前に結核で他界。ガキ大将としての逸話がある。その逸話は後に「最後のガキ大将」と言う題で著書になり、後に「ガキ大将がやってきた」(TBS系)と言うタイトルでドラマ化された。
高知県立山田高等学校普通科を1961年(昭和36年)3月に卒業。
1963年、『週刊漫画TIMES』(芳文社)の連載『新宿B·B(ベベ)』でデビュー。翌1964年高校の1級後輩のちず子と結婚。1972年『週刊漫画ゴラク』の連載『モンローちゃん』がヒットする。その後、1980年 サンケイ新聞の『ルートさん』、1988年 北海道新聞や中日新聞連載の『セロりん』、1981年-1983年,1989年-1990年 日本経済新聞連載の『ゲンペーくん』、沖縄タイムスの『グルくん』、公明新聞の『ポッコちゃん』、京都新聞の『パトロールのパトさん』、日刊ゲンダイの『ゴシップちゃん』など、数多くの新聞漫画を手がける。
野球にも造詣が深く、1976年に放送されたプロ野球ニュース(フジテレビ系)の毎週末の司会を務めるも、本業との兼ね合いからわずか3ヶ月で土居まさると交代することになる。しかし、それでも野球への情熱は冷めることはなく1978年には大ファンであった阪神タイガースの掛布雅之に「掛布と31匹の虫」の作詞を手がけ、プロデュースした。ちなみに、『掛布と31匹の虫』という曲はオムニバスCD「えっ!あの人がこんな歌を…。」(1990年7月21日発売)にも収録されている。
地元の民放局であるテレビ高知では『はらたいらのおらんく風土記』という、はらたいらが高知県内各地を訪れる人情ドキュメンタリー番組が過去に放送され、大好評だった。
また、落語愛好者には笑福亭鶴光の弟子の名付け親としても知られる。
1992年秋口から、更年期障害による眩暈・集中力低下を訴え連載を減らし闘病生活に。その時の一連の経過は、著書「はらたいらのジタバタ男の更年期」・「男も『更年期』がわかると楽になる」などに詳しい。また経験を生かし近年は男性更年期障害の公演も行った。
娘の原麻衣子はバレリーナ(元スターダンサーズ・バレエ団)である。正保ひろみなど、弟子筋の作家も輩出している。
2006年11月10日、肝臓癌のため埼玉県富士見市の病院で死去。享年63。当初の死因は肝不全と伝えられたが、2006年9月に検査入院した際にもともと肝硬変であった上に末期がんであったことが判明したという。訃報に接した大橋巨泉は「飲みすぎたのかな」と語った。
故郷に程近い高知県南国市(後免町駅徒歩2分)の、「はらたいらと世界のオルゴールの館」では原画を含め作品を鑑賞する事ができた。(2004年12月30日閉館)
クイズダービーの出演
かつてTBS系で放映された人気番組「クイズダービー」に、1976年に同じ漫画家の黒鉄ヒロシと交代する形で、長らく3枠のレギュラー解答者として活躍した。番組出演記録は、隣の4枠レギュラー解答者だった竹下景子に次いで第2位の記録であるが、番組出演者の中では一番の正解率を誇っている。最多連勝は27連勝(2度達成)で、勿論同番組では歴代1位の連勝記録だった(連勝記録の歴代2位はゲスト解答者として出演した黒沢久雄の24連勝。竹下景子は15連勝で歴代3位)。あまりにも正解率が高かったので「宇宙人」と呼ばれていたが、「実は正解を事前に聞いているのでは」と怪しまれたりもした(クイズダービーの作家であった景山民夫の小説『トラブルバスター』では事前にクイズの正解をもらっていた人物が登場、その人物は2本撮り収録の1本目で2本目の「正解」を書いてしまった)。
しかし4枠の竹下景子が得意としていた三択問題が彼の最大の弱点だったため、これで連勝が途切れる事が多かった。特にその三択で「ひとりを除いてみんなおんなじ答え」と司会の大橋巨泉が言うと、その不正解の一人がはらに該当する事が度々発生している。そのため連勝中の1問目には、巨泉から「三択だけは気をつけましょうね」と言われていた。また6問目の歌詞問題もはらにとってどちらかと言えば苦手であった。
クイズダービーではらに表示される倍率は、一般問題では2倍が殆どであるが、得意のニュースネタ、笑い話などの問題では1倍が、難しい問題では3倍が表示される事があった。苦手の三択問題では3倍が主であり、たまに1・2倍の表示もあったが、2000年末に放送された「SAMBA-TV」の復刻版では、三択ではらに4倍の表示が2回もされている。そして最終問題では、はらには2の倍数の4倍が殆どの表示であったが、まれに2倍・6倍の表示もあった。又7問目まで出場者が2万点を越えると、ほとんど「最後は、はらさんに2万点(又は全部)!」を賭けて、はらが正解して10万点を突破するケースが多かった。しかしごくまれだが、はらたいらが最終問題で不正解でかつ他の解答者が正解したために、出場者がまさかの0点になったり減点されてしまったパターンも有る。
投稿者 akiuchi : 08:13 PM
September 30, 2006
スカラベ
このブログでスカラベ(糞転がし)への思い入れを書き込んだらある人から誕生日のプレゼントとしてエジプト製のスカラベ・ペーパーウェイトをもらった。古代エジプトでは再生復活の象徴として崇拝されていた聖なる虫なのだという。そのうち現役を退いて時間と余裕ができたらエジプトの王家の谷をたずねて壁画のスカベラにご対面したいと思った。南米アンデスのマチュピュチュには死ぬ前に一度行かなければならないと前から思っていたのだがこれでもうひとつ目標が増えた。果たしてあと何年したら実際に行くことができるのだろう?
シシュポスの独り言;ファーブルの糞転がし
南米アンデスのマチュピュチュ


スカラベとは古代エジプト時代から伝わる護符のひとつで「フンコロガシ」という虫の名前です。フンコロガシは、泥と動物の糞が混じったものを球状にまるめて、1メートル以上離れた巣穴まで運びます。巣穴ではこの糞に卵を産み、幼虫になるとこの糞を食べて育ちます。ナイル川の氾濫が終わると肥沃の大地が現れます。その大地から現れる虫がフンコロガシでした。古代エジプト人たちは、生まれ変わったフンコロガシが地表に出てきたと信じ、生命力と再生復活の象徴としてきたのです。
スカラベのお守りは、持ち主を「死」から守り、持ち主の死後は再生復活を約束してくれるものとして、身につけられるようになったそうです。王侯貴族が死ぬと、その再生復活を願って作られるミイラの心臓部分にも、呪文を刻んだスカラベを納めたと聞きました。
フンコロガシが糞をころがす姿を見て、古代エジプト人は、太陽の運行と重ね信仰したといいます。そのためスカラベは、太陽の象徴となり創造を司り、幸運をもたらす神聖なお守りとして今日でも世界の人々に愛されています。
王家の谷の壁画に描かれたスカラベ
投稿者 akiuchi : 06:02 AM
September 29, 2006
安彦良和
弘前大学中退の漫画家。大塚英治が中野重治『村の家』の転向に関して言及していた。われわれよりも8年前に弘前大学教育学部に入学。きっと連合赤軍事件で逮捕された植垣康博と同じころに大学闘争を戦ったのだと思う。「虹色のトロツキー」をamazonで注文した。(植垣康博『兵士たちの連合赤軍』彩流社)
安彦良和
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日本の漫画作品
日本の漫画家
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漫画作品
漫画 - 漫画家
プロジェクト
漫画作品 - 漫画家
安彦 良和(やすひこ よしかず、1947年(昭和22年)12月9日 - )はアニメーター、キャラクターデザイナー、漫画家。神戸芸術工科大学メディア表現学科教授。 北海道遠軽町出身。
目次 [非表示]
1 人物
2 略歴
3 受賞歴
4 作品リスト
4.1 漫画作品
4.2 小説作品
4.3 アニメーション作品
4.4 挿絵作品
5 外部リンク
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人物
1970年にアニメーターになり『機動戦士ガンダム』などに携わる。1979年に漫画家デビューし、数年間アニメと漫画を並行して制作した。1989年に『ヴイナス戦記』を監督して以降は専業の漫画家になった。その後も、キャラクターデザイナーとしていくつかのアニメに参加した。イラストレーションや小説も手掛ける。
漫画には歴史や神話を題材としたものが多い。レフ・トロツキーやネロなど実在の人物を題材にしたものや、日本の古代を舞台にしたものがある。雑誌連載のほかに、イエス・キリストやジャンヌ・ダルクを題材に全ページ彩色した漫画を書き下ろしで発表した。アニメーター時代に主要スタッフとして関わったアニメ『機動戦士ガンダム』の漫画版『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』を、ガンダム専門の月刊誌『ガンダムエース』に2001年から連載。
漫画をペンではなく筆で描くのが特徴。数々のイラストレーターの作画が急速にコンピューター化されていく中、独特のタッチとアナログで力強い彩色を行なう。
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略歴
1966年:北海道遠軽高等学校卒業、弘前大学教育学部人文学科西洋史専攻に入学。
1970年:学生運動を理由に弘前大学を除籍される。虫プロに入社。アニメーターとして『新ムーミン』などの制作に参加。
1973年:創映社(後のサンライズ)に移り、『機動戦士ガンダム』の作画ディレクターとキャラクターデザインを担当。
1979年:『リュウ』誌(徳間書店)に『アリオン』を発表し漫画家デビュー。
1986年:『アリオン』の劇場用アニメを自ら監督。
2006年:神戸芸術工科大学メディア表現学科教授に就任。
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受賞歴
1981年:第12回星雲賞(アート部門)受賞。
1990年:『ナムジ』により第19回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。
2000年:『王道の狗』が第4回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞。
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作品リスト
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漫画作品
アリオン
クルドの星
ヴイナス戦記
虹色のトロツキー
安東
王道の狗
アボジ
ナムジ
神武
Cコート
マラヤ
ジャンヌ
イエス
我が名はネロ
ネオデビルマン
韃靼タイフーン
蚤の王
機動戦士ガンダム THE ORIGIN
アレクサンドロス
三河物語 マンガ日本の古典 23
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小説作品
シアトル喧嘩エレジー
鋼馬章伝
聖王子ククルカン
テングリ大戦
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アニメーション作品
さすらいの太陽 作画設定
ワンサくん 原画
ろぼっ子ビートン フィニッシュ担当(作画監督)
ゼロテスター 原画・演出
宇宙戦艦ヤマト 絵コンテ
さらば宇宙戦艦ヤマト 絵コンテ・原画
宇宙戦艦ヤマト2 絵コンテ
宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち 絵コンテ
勇者ライディーン キャラクターデザイン・作画監督
クムクム 原案・キャラクターデザイン
超電磁ロボ コン・バトラーV キャラクターデザイン・作画監督
闘将ダイモス 絵コンテ
無敵超人ザンボット3 キャラクターデザイン
機動戦士ガンダム キャラクターデザイン・作画監督
白い牙 ホワイトファング物語 キャラクターデザイン
クラッシャージョウ 監督・作画監督
巨神ゴーグ 原作・監督・キャラクターデザイン・作画監督
ヴイナス戦記 原作・監督
機動戦士Zガンダム キャラクターデザイン
機動戦士ガンダムF91 キャラクターデザイン
地球SOS それいけコロリン キャラクターデザイン
新海底軍艦 キャラクターデザイン
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挿絵作品
小説
『クラッシャージョウ』シリーズ(高千穂遙)
『ダーティペア』シリーズ(高千穂遙)
『黄金拍車』シリーズ(王領寺静=藤本ひとみ)
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外部リンク
安彦良和-WORLD(ファンサイト)
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%BD%A6%E8%89%AF%E5%92%8C" より作成
カテゴリ: 漫画家 | アニメーター | 北海道出身の人物 | 1947年生
投稿者 akiuchi : 06:18 AM
September 20, 2006
すが秀実の処女作「花田清輝――砂のペルソナ」;ファーブル昆虫記「スカラベ・サクレ」
「スカラベ・サクレ」とは、ファーブル昆虫記の冒頭に出てくる「糞ころがし」のこと。
すが秀実は処女作「花田清輝――砂のペルソナ」の中で、花田を読むにあたって「愚鈍なシジフォス」たる「スカラベ・サクレ」であることを書いている。
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そのような者の一人として、花田清輝はたとえば『シジフォスの神話』のアルベール・カミュを名指すであろう。なるほど、決して「真理」へと辿りつきえない世界を生きなければならぬ者は、カミュが描き出してみせたシジフォスに似ているかもしれない。山頂に押し上げたと思ったら、たちまちころがり落ちるシジフォスの石は、ついに「真理」へと到達しえない「理論」や「思想」にも似ている。
だが花田清輝は、周知のようにシジフォスからスカラベ・サクレへの転換を主張する。スカラベ・サクレとはファーブル『昆虫記』の冒頭に描かれている「糞虫」のことである。
スカラベ・サクレもまた、シジフォスのように、わき眼もふらず、けわしい勾配を糞の玉をころがしながら、登っていく。ちょっと足を踏みはずすか、またはその平衡を乱すたった一つの砂粒にでもぶつかると、玉は、たちどころにごろごろと、谷底にむかってころがり落ちてしまう。玉のころがっていくはずみでひっくりかえったスカラベ・サクレは、しばらくもがいているが、やがて起きあがり、ふたたび玉を押すために勾配をくだっていく。(「スカラベ・サクレ」、『全集』第六巻)
石ではなく糞玉をころがす、このスカラベ・サクレに「悲劇ではなく喜劇」を見る花田にとって、カミュのシジフォスは悲劇的に――というよりはメロドラマ的に――見えていたのである。それはシジフォスがいまだ「真理」という幻影にとりつかれた存在であるということにほかならない。シジフォスの「真理」とは、カミュによって「意識の時間」と呼ばれたものである。山頂からころげ落ちた石を、再び押し上げるために下山するシジフォスは、「彼の不幸と同じ確実さでもって戻ってくるこの時間」、すなわち「意識の時間」において「各瞬間毎に自分の運命に打ち克つ」のだとカミュは言う。
私はシジフォスを山の麓に置いておく!
人はいつも繰り返し自分の重荷を見い出す。しかしシジフォスは神々を否定し岩を持ち上げる高い誠実さを教えるのだ。(中略)もはや主人をもたないこの宇宙は、彼には不毛だとも空しいものとも思われない。この石の一粒一粒、深い夜に満たされたこの山の金属的な輝きの一つ一つは、ただ一人の彼に対して、一つの世界を形づくる。頂上にむかう闘争そのものが人間の心を充分満たすのだ。(『シジフォスの神話』矢内原伊作訳)
ここでカミュは、神々ではないもう一つの「真理」を発見しているのであり、シジフォスは、かつて「真理」の下で生きた人々が抱いたのと同質な充足感を見い出してしまったのだと言えるだろう。
しかし、スカラベ・サクレには「カミュのいわゆる『意識の時間』がない」と花田は言う。愚鈍なシジフォスとしてのスカラベ・サクレ的存在にとって、「理論」や「思想」や、はたまた「全生涯」は、もはや石のように「一つの世界を形づくる」ような方向=意味をもった「真理」ではありえず、糞玉にすぎない。しかも糞玉を山頂に押し上げようとする目的論的な前提さえも廃棄されねばならないのである。石がシジフォスにとって我有化(内面化)すべきものであったのとは反対に、糞玉はスカラベ・サクレにとっては積極的に外部へと差し向けるべきものなのである。すなわち、「理論」や「思想」が我がものとはなりえず、外部(他者)のものとしてしか存在しえないのであってみれば、花田はスカラベ・サクレのようにそれらと積極的に戯れるほかはない。すなわち、「理論」や「思想」が我がものとはなりえず、外部(他者)のものとしてしか存在しえないのであってみれば、花田はスカラベ・サクレのようにそれらと積極的に戯れるほかはない。そのような戯れとは、多くの人々が時として花田についていうペダンティズムとは絶対的に隔たった、愚鈍な擬態であろう。
「シジフォスからスカラベ・サクレへ、通人から幇間へ、辛辣な道化から愚鈍な道化へ」(「スカラベ・サクレ」)と花田清輝は言う。だから、スカラベ・サクレ的擬態が演じられる場所を素描してみることが次になされなければならない。そして、そのような環境としての花田清輝の言葉を読むこともまた、読むもの自身がそのような擬態を演ずることにほかならない。
(すが秀実「花田清輝――砂のペルソナ」講談社 1982)
投稿者 akiuchi : 11:19 AM
シシュポス(Sisyphus)
シシュポス(Sisyphus)
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【地域】
ギリシア神話(Greek&Roman mythology)
【解説】

アイオロスとエナレテの息子。コリントスの王。グラウコス、オルニュティオン、テルサンドロス、アルモスという息子を残す。オデュッセウスの祖父であり、詳しい解説はアウトリュコスを参照。
ある時、彼はゼウスが川の畔でアイギナをさらっていくのを目撃した。ゼウスは彼女をオイオノエ島まで連れ去って犯した。それを彼女の父であるアソポス河神は追いかけ、シシュポスに情報を提供してくれるように頼んだ。シシュポスは、泉を沸き出させて貰うことを条件に、彼に情報を提供した。
それに激怒したゼウスは、彼に「死」を与えた。シシュポスの元へタナトスを遣わして、ハデスの元へ送ろうとしたが、シシュポスはタナトスを縛り上げ、土牢に放り込んでしまった。タナトスはアレスに助けられたのだが、その間地上の人間は死ぬことがなかった。
タナトスは再び彼を見つけだし、今度は冥界まで連れ去ったが、彼の妻であるメロペはわざと葬儀をあげず、ハデスの怒りを増長させた。きちんと葬儀をあげるように地上に戻されたシシュポスは、案の定命令に従うはずもなく、そのまま長寿をまっとうしたという。
死後、彼はタルタロスで罰せられ、永久に丘の上に石を運ぶ罰を受けた。石は頂上へ着くと、転がり落ち、永遠にそれを繰り返さねばならなかった。
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【参考文献】
・『世界神話辞典』 アーサー・コッテル(柏書房)
・『世界神話事典』 大林太良 他(角川書店)
・『世界の宗教と経典 総解説』 省略(自由国民社)
・『世界の神話伝説 総解説』 省略(自由国民社)
・『ギリシアローマ神話事典』 マイケル・グラント/ジョン・ヘイゼル(大修館書店)
・『ギリシア・ローマ神話文化事典』 ルネ・マルタン/松村一男(原書房)
・『ギリシャ神話』 フェリックス・ギラン / 中島健(青土社)
・『ギリシャ神話 神・英雄録』 草野巧(新紀元社)
・『ギリシャ神話小事典』 バーナード・エヴスリン / 小林稔(教養文庫)
・『ギリシャの神話-神々の時代』 カール・ケレーニイ / 植田兼義(中央文庫)
・『ギリシャの神話-英雄の時代』 カール・ケレーニイ / 植田兼義(中央文庫)
・『ギリシャ神話を知っていますか』 阿刀田高(新潮文庫)
・『ギリシャ文化の深層』 吉田敦彦(国文社)
投稿者 akiuchi : 11:08 AM
シシュポスの神話とカミュ
シシュポスの神話

コリントスの創始者であり王でもあったシシュポスは、非常に聡明で慎重でありながら同時に狡猾で悪知恵をめぐらす人物として知られている。神を嘲笑い、反逆し、挑みかかった咎(とが)でシシュポスは地獄で恐ろしい刑罰を科せられた。ある山の頂まで大きな岩を転がして運び上げるのだが、山頂に達するとこの岩はいつでもすぐに出発点まで転がり落ちるのである。いつ果てるともしれないこの苦役、およそ成し遂げることのできない無益な労働の繰り返しが、彼に課せられた恐るべき刑罰だった。
それでは、シシュポスの咎とは何か?川の神アソポスの娘がゼウスに誘拐されたのをシシュポスは見ていたのだが、娘の身の上を心配したアソポスが情報提供を依頼したのに対して、コリントスに新鮮な泉を湧き出させてくれるならば秘密を明かそうとシシュポスは答える。すぐにアソポスは同意してペイレネの泉が湧き出た。泉と引き換えに秘密が暴露されたことを知ったゼウスは怒り、死の神タナトスをシシュポスのもとに遣わしたが、シシュポスはタナトスをだまして縛り上げて捕虜にしてしまう。そのために人間が死ななくなり、困った冥府の神プルートンは戦争の神アレスを派遣してようやく死の神を解放したと言う。
また、シシュポスは一度死んで地獄に落ちた後も神を恐れぬはかりごとを行う。遺言で亡骸を埋葬しないように命じ、その通りに実行した妻を罰するために戻らなければならないと偽って冥府の神をだまし、まんまと再度の生を得るのである。いったん地上に戻ると、早く地獄の闇に戻れと命ずる召還命令や警告を彼は無視しつづけて、首尾よく長寿を全うすることができた。定めに逆らうシシュポスに神々は大いに困惑し、ついにヘルメスを遣わして彼を地獄に引き戻す。こうして地獄でシシュポスを待っていたのが上の刑罰だったのである。休みなくひたすら岩を転がし転がし、山頂に持ち上げた途端に最初の状態へとリセットされる、いつになっても成就することのない仕事。くる日もくる日も岩と戦い、全身全霊を傾けて取り組む単調な繰り返しが永遠に続くことが分かっている宿命。

不条理の作家カミュがこのシシュポスについて述べているエッセーがある。シシュポスの受けた刑罰を人間の生そのものとみなすカミュの中にいささかのペシミズムもない。自分を苦しめる岩と全力で取り組み、自らの責苦を凝視するシシュポスこそ、神に逆らい、「死」以外の宿命には従わず、運命に対して雄々しく立ち向かえることを知ったのだ、とカミュは述べる。「ひとはいつも、繰り返し繰り返し、自分の重荷を見出す。しかしシシュポスは神々を否定し、岩を持ち上げるより高次の忠実さをひとに教える。・・・頂上をめがける闘争ただそれだけで、人間の心を充たすのに充分たりるのだ。いまや、シシュポスは幸福なのだと想わねばならぬ。」(「シシュポスの神話」『カミュ全集2』新潮社)
投稿者 akiuchi : 10:36 AM