February 04, 2007

動脈硬化学会:コレステロール判断基準変更へ

総コレステロール220ミリグラム以上からLDLコレステロール140ミリグラム以上ということになるらしい。学会で今頃そんなこと言っているのかと意外な感じがした。

動脈硬化学会:コレステロール判断基準変更へ
 日本動脈硬化学会は、心筋梗塞(こうそく)など動脈硬化性疾患の予防や治療の指標から従来の「総コレステロール」をはずし、代わりに「悪玉コレステロール」といわれるLDLコレステロールなどを判断基準とする新しい診療ガイドラインを策定した。ガイドラインに拘束力はないが、多くの医療現場は対応が迫られそうだ。3日、福岡市で開かれた同学会理事会で承認された。

 狭心症や心筋梗塞、脳梗塞などの病気を招く「高脂血症」の診断基準には、一般的に総コレステロールが使われている。同学会が02年に策定したガイドラインでも、血液1デシリットルあたり220ミリグラム以上を「高コレステロール血症」とし、心筋梗塞などを防ぐには220ミリグラム未満に抑えるよう求めてきた。

 しかし、「高コレステロール」の中でも、「善玉」のHDLコレステロールが多い場合にはLDLコレステロールは通常より低く、動脈硬化につながりにくい。日本人はこうしたケースが多く、総コレステロールを基準にすると、必要量以上の投薬が行われるなどの問題が分かってきた。このため、5年ぶりの改定では「誤解の元」となる総コレステロールを基準から外し、高コレステロール血症は「LDLコレステロール140ミリグラム以上」とした。

 これまでも、総コレステロール値は心筋梗塞を発症する危険性とは無関係▽総コレステロール値が高めの方が長生きする--など、従来の基準に疑問を唱える意見があった。一方で、便利な指標として総コレステロール値を基準に診療する医師は少なくなく、生活習慣病予防では重要な指標となってきた。

 策定の中心となった同学会動脈硬化診療・疫学委員長の寺本民生・帝京大教授(代謝学)は「日本人のデータに基づき、科学的見地から見直しを行った。総コレステロールを基準としてきた他の学会にも呼びかけ、基準の統一を図っていきたい」と話している。【山田大輔】

毎日新聞 2007年2月4日 3時00分

投稿者 akiuchi : 07:07 AM

January 18, 2007

オスはメスの派生型

雄だけに存在し、精子が作られる時に活動する遺伝子を発見し「オトコギ」と名づけたのだそうです。
辞書によると男気とは「弱い者が苦しんでいるのを見のがせない気性。男らしい気質。義侠心」ということになるそうです。またその反対語の女気は「女の内気でやさしくしとやかな心。女ごころ。おなごぎ。」ということになるそうです。ジェンダー論者に言わせると文句が出そうな名前を遺伝子によくつけたものだと感心してしまいました。


オスはメスの派生型
07/01/17
記事:毎日新聞社
提供:毎日新聞社
ID:449100


遺伝子:オスはメスの派生型

 進化の過程で、雄と雌が分かれる鍵になったとみられる遺伝子を、東京大大学院の野崎久義・助教授(細胞進化学)らが発見した。雌が原型で、雄はその派生型であることが判明したという。生物の生殖は、雌雄の区別のない同じ大きさの二つの生殖細胞が結合する「同型配偶」から、雌雄の区別があり、大型化して動かなくなった卵子と、小型で動き回る精子が受精する「卵生殖」に進化したとされている。しかし、性別(生殖細胞の違い)が、どのように生まれたのかは謎だった。野崎助教授らは、04年に神奈川県の津久井湖で発見した緑藻プレオドリナを実験対象とした。プレオドリナの遺伝子のうち、役割の分かっていない遺伝子を分析した結果、雄だけに存在し、精子が作られる時に活動する遺伝子を発見し「オトコギ」と名づけた。より原始的な緑藻では、雌雄はなく、「プラス型」と、「マイナス型」の同一サイズの細胞が結合する。ところが、オトコギによく似た「MID遺伝子」がある場合、プラス型がマイナス型に変わる。このため、プラス型が性の原型、マイナス型が派生型で、プレオドリナの雌、雄はその延長で誕生したと考えられるという。米科学誌「カレント・バイオロジー」に掲載された。【山田大輔】

投稿者 akiuchi : 04:30 PM

December 29, 2006

米FDA、クローン食品に安全宣言 来年中に認可も

来年はクローン牛肉が日本にも輸入されることになるのだろうか?表示もなしで・・・遺伝子組み換え大豆の安全性もアメリカFDAのお墨付きがあっても不安はぬぐえない。アメリカの医療システムを絶賛している諸君には積極的にクローン牛や遺伝子組み換え野菜を食してもらいたい。私は表示が無ければきっと食べても何もわからないと思うがやはり抵抗あるな~

米FDA、クローン食品に安全宣言 来年中に認可も
2006年12月29日15時54分
 米食品医薬品局(FDA)は28日、体細胞クローン技術を使って誕生した牛、豚、ヤギについて、その子孫を含めて肉や乳製品を飲食しても安全上の問題はないとする報告を発表した。

 報告に対する一般からの意見聴取を来年4月2日まで行い、食品として販売を認可するかどうか最終決定する。認可時期は未定だが、来年中の認可も「考えられる」(FDAのサンドロフ獣医学センター長)という。認可されれば世界初。同センター長は「その場合、通常の食肉と同様に輸出されることになるだろう」としている。(時事)

投稿者 akiuchi : 08:32 PM

December 28, 2006

懸念される孤独死増加 リスク、高齢者以外も

学生の頃、太宰治の「孤独地獄」という小説を読んだことがあると思い込んでいたのだが孤独地獄の作者は芥川龍之介だった。「孤独死」が日常化している現代では「孤独地獄」という言葉のインパクトもすっかり薄くなってしまったようだ。

懸念される孤独死増加 リスク、高齢者以外も 「特集」

記事:共同通信社
提供:共同通信社

【2006年12月27日】


 1人暮らし世帯が増える中、誰にもみとられずに亡くなる「孤独死」の増加が懸念されている。専門家によると、孤独死のリスクは高齢だけでなく「社会からの孤立」などの条件によっても高まり、2007年から大量退職を迎える団塊世代にとっても無縁ではないという。厚生労働省も、来年度から孤独死の防止対策に乗り出す。

 厚労省の推計では、65歳以上の1人暮らし世帯が5年の386万世帯から25年には、高齢世帯の37%を占める680万世帯に増加。高齢の単身者が増えれば、それだけ孤独死のリスクは高まる。

 一方、東京都監察医務院によると、04年に自宅で亡くなっているのが見つかった1人暮らしの人は23区内で約3000人。半数近い46%は64歳以下で、孤独死が高齢者だけの問題でないことを示している。この年齢では原則として介護保険を利用できず、行政サービスの枠外に置かれていることも影響しているとみられる。

 阪神大震災後から多くの孤独死を見てきたみどり病院(神戸市)の額田勲(ぬかだ・いさお)理事長によると、リスクの高いのは「慢性疾患があり、低所得で社会的に孤立した人」。日本女子大の岩田正美(いわた・まさみ)教授(社会福祉)は「病気やリストラで失業し、家族と別れ、生きる気力も失うというケースが目立つ」と、社会との関係を断たれた男性の孤独死の多さを指摘する。監察医務院のデータ中7割近くが男性というのも、この見方を裏付けている。

 1947年から49年にかけて生まれた団塊の世代が孤独死の数を押し上げる恐れもあるという。2005年の国勢調査では、この世代の男性は、下の世代の女性が少なかったことなどが影響し9%強が未婚で、60台前半の6%程度に比べ未婚率が高い。死別、離婚なども含めた配偶者のいない人は5人に1人。岩田教授は「職場としか関係を築いてこなかった人は、(退職で)その関係が切れると孤独死予備軍になりかねない」と警鐘を鳴らす。

 厚労省が来年度からスタートさせる「孤立死ゼロ・プロジェクト」は、定期的な訪問や支援ネットワーク作りなどを進める市町村に対し、事業費半額を補助。有識者会議も設置し支援策を検討する方針だ。

 千葉県松戸市の常盤平団地で孤独死対策に取り組んでいる中沢卓美(なかざわ・たくみ)自治会長は「人に手を差し伸べることが、自分の孤独死を防ぐことにもなる」と、行政の施策だけでなく、個人と社会とのつながりの大切さを強調している。


孤獨地獄
芥川龍之介:作

 この話を自分は母から聞いた。母はそれを自分の大叔父(オホヲヂ)から聞いたと云つ
てゐる。話の眞僞(シンギ)は知らない。唯大叔父自身の性行から推して、かう云ふ事も
隨分ありさうだと思ふだけである。
 大叔父は所謂(イハユル)大通(ダイツウ)の一人で、幕末の藝人や文人の間に知己(チキ)の數
が多かつた。河竹(カハタケ)默阿彌(モクアミ)、柳下亭(リウカテイ)種員(タネカズ)、善哉庵(ゼンザイア
ン)永機(エイキ)、同冬映(トウエイ)、九代目團十郎(ダンジフラウ)、宇治(ウヂ)紫文(シブン)、都(ミ
ヤコ)千中(センチウ)、乾坤坊(ケンコンバウ)良齋(リヤウサイ)などの人々である。中でも默阿彌(モクアミ)
は、「江戸櫻(エドザクラ)清水(キヨミヅ)清玄(セイゲン)」で紀國屋(キノクニヤ)文左衞門(ブンザ'エ
モン)を書くのに、この大叔父を粉本(フンポン)にした。物故してから、もう彼是(カレコレ)五
十年になるが、生前一時は今紀文(イマキブン)と綽號(アダナ)された事があるから、今でも
名だけは聞いてゐる人があるかも知れない。--姓は細木(サイキ)、名は藤次郎(トウジラ
ウ)、俳名(ハイミヤウ)は香以(カウイ)、俗稱は山城河岸(ヤマシロガシ)の津藤(ツトウ)と云つた男であ
る。
 その津藤が或時吉原の玉屋で、一人の僧侶と近づきになつた。本郷(ホンガウ)界隈(カイ
ワイ)の或(アル)禪寺の住職(ジユウシヨク)で、名は禪超(ゼンテウ)と云つたさうである。それが
やはり嫖客(ヘウカク)となつて、玉屋の錦木(ニシキギ)と云ふ華魁(オイラン)に馴染(ナジ)んでゐ
た。勿論、肉食(ニクジキ)妻帶(サイタイ)が僧侶に禁ぜられてゐた時分の事であるから、表
向きはどこまでも出家(シユツケ)ではない。黄八丈(キハチヂヤウ)の着物に黒羽二重(クロハブタヘ)
の紋付(モンツキ)と云ふ拵(コシラ)へで人には醫者だと號してゐる。--それと偶然近づき
になつた。
 偶然と云ふのは燈籠(トウロウ)時分(ジブン)の或夜、玉屋の二階で、津藤(ツトウ)が廁(カハヤ)
へ行つた歸りしなに何氣なく廊下(ラウカ)を通ると、欄干(ランカン)にもたれながら、月を
見てゐる男があつた。坊主頭(バウズアタマ)の、どちらかと云へば背の低い、痩(ヤセ)ぎす
な男である。津藤は、月あかりで、これを出入の太鼓(タイコ)醫者竹内(チクナイ)だと思つ
た。そこで、通りすぎながら、手をのばして、ちよいとその耳を引張つた。驚いてふ
り向く所を、笑つてやらうと思つたからである。
 所がふり向いた顏を見ると、反つて此方(コツチ)が驚いた。坊主頭と云ふ事を除いた
ら、竹内(チクナイ)と似てゐる所などは一つもない。--相手は額(ヒタヒ)の廣い割に、眉
(マユ)と眉との間が險しく狹つてゐる。眼の大きく見えるのは、肉の落ちてゐるからで
あらう。左の頬(ホホ)にある大きな黒子(ホクロ)は、その時でもはつきり見えた。その上
顴骨(ケンコツ)が高い。--これだけの顏かたちが、とぎれとぎれに、慌(アワタダ)しく津
藤(ツトウ)の眼にはいつた。
「何か御用かな。」その坊主は腹を立てたやうな聲でかう云つた。いくらか酒氣も帶
びてゐるらしい。
 前に書くのを忘れたが、その時津藤(ツトウ)には藝者が一人に幇間(ホウカン)が一人つい
てゐた。この手合(テアヒ)は津藤にあやまらせて、それを默つて見てゐるわけには行か
ない。そこで幇間(ホウカン)が、津藤に代つて、その客に疎忽(ソコツ)の詫(ワビ)をした。さ
うしてその間に、津藤は藝著をつれて、匆々(ソウソウ)自分の座敷へ歸つて來た。いくら
大通(ダイツウ)でも間(マ)が惡かつたものと見える。坊主の方では、幇間から間違の仔細
(シサイ)をきくと、すぐに機嫌を直して大笑ひをしたさうである。その坊主が禪超(ゼンテ
ウ)だつた事は云ふまでもない。
 その後で、津藤(ツトウ)が菓子の臺を持たせて、向うへ詫(ワ)ぴにやる。向うでも氣の
毒がつて、わざわざ禮に來る。それから二人の交情が結ばれた。尤(モツト)も結ばれた
と云つても、玉屋の二階で遇(ア)ふだけで、互に往來はしなかつたらしい。津藤は酒
を一滴も飮まないが、禪超は寧(ムシロ)、大酒家である。それからどちらかと云ふと、
禪超の方が持物に贅(ゼイ)をつくしてゐる。最後に女色に沈湎(チンメン)するのも、やは
り禪超の方が甚しい。津藤自身が、これをどちらが出家だか解らないと批評した。-
-大兵(ダイヒヤウ)肥滿(ヒマン)で、容貌(ヨウバウ)の醜かつた津藤は、五分(ゴブ)月代(サカヤキ)
に銀鎖(ギングサリ)の懸守(カケモリ)と云ふ姿で、平素は好んでめくら縞の着物に白木(シロキ)
の三尺をしめてゐたと云ふ男である。
 或日津藤(ツトウ)が禪超(ゼンテウ)に遇ふと、禪超は錦木(ニシキギ)のしかけを羽織つて、
三味線(シヤミセン)をひいてゐた。日頃から血色の惡い男であるが、今日は殊によくない。
眼も充血してゐる。彈力のない皮膚(ヒフ)が時々口許(クチモト)で痙攣(ケイレン)する。津藤は
すぐに何か心配があるのではないかと思つた。自分のやうなものでも相談相手になれ
るなら是非させて預きたい--さう云ふ口吻(コウフン)を洩(モ)らして見たが、別にこれ
と云つて打明ける事もないらしい。唯、何時(イツ)もよりも口數が少くなつて、ややも
すると談柄(ダンペイ)を失(シツ)しがちである。そこで津藤は、これを嫖客(ヘウカク)のかか
りやすい倦怠<アンニユイ>だと解釋した。酒色を恣(ホシイママ)にしてゐる人間がかかつた倦怠
<アンニユイ>は、酒色で癒(ナホ)る筈がない。かう云ふはめから、二人は何時になくしんみ
りした話をした。すると禪超は急に何か思ひ出したやうな容子(ヨウス)で、こんな事を
云つたさうである。
 佛説によると、地獄(ヂゴク)にもさまざまあるが、凡(オヨソ)先(マ)づ、根本(コンポン)地
獄、近邊(キンペン)地獄、孤獨(コドク)地獄の三つに分(ワカ)つ事が出來るらしい。それも
南瞻部洲下(ナンセンブシウノシモ)過五百踰繕那(ゴヒヤクユゼンナヲスギテハ)乃(スナハチ)有地獄(ヂゴクアリ)
と云ふ句があるから、大抵(タイテイ)は昔から地下にあるものとなつてゐたのであらう。
唯、その中で孤獨地獄だけは、山間(サンカン)曠野(クワウヤ)樹下(ジユカ)空中(クウチウ)、何處へ
でも忽然(コツゼン)として現れる。云はば目前の境界(キヤウガイ)が、すぐそのまゝ、地獄
の苦艱(クゲン)を現前するのである。自分は二三年前から、この地獄へ墮(オ)ちた。一
切(イツサイ)の事が少しも永續した興味を與へない。だから何時(イツ)でも一つの境界から
一つの境界を追つて生きてゐる。勿論それでも地獄は逃れられない。さうかと云つて
境界を變へずにゐれば猶(ナホ)、苦しい思をする。そこでやはり轉々としてその日その
日の苦しみを忘れるやうな生活をしてゆく。しかし、それもしまひには苦しくなると
すれば、死んでしまふよりも外(ホカ)はない。昔は苦しみながらも、死ぬのが嫌だつた。
今では……
 最後の句は、津藤(ツトウ)の耳にはいらなかつた。禪超(ゼンテウ)が又三味線の調子を合
せながら、低い聲で云つたからである。--それ以來、禪超は玉屋へ來なくなつた。
誰も、この放蕩(ハウタウ)三味(ザンマイ)の禪僧がそれからどうなつたか、知つてゐる者は
ない。唯その日禪超は、錦木の許(モト)へ金剛經(コンガウキヤウ)の疏抄(ソセウ)を一册忘れて
行つた。津藤が後年零落(レイラク)して、下總(シモフサ)の寒川(サムカハ)へ閑居した時に常に机
上にあつた書籍の一つはこの疏抄(ソセウ)である。津藤はその表紙の裏ヘ「菫野(スミレノ)
や露に氣のつく年(トシ)四十」と、自作の句を書き加へた。その本は今では殘つてゐな
い。句ももう覺えてゐる人は一人もなからう。
 安政(アンセイ)四年頃の話である。母は地獄と云ふ語の興味で、この話を覺えてゐたも
のらしい。
 一日の大部分を書齋で暮してゐる自分は、生活の上から云つて、自分の大叔父やこ
の禪僧とは、全然沒交渉な世界に住んでゐる人間である。又興味の上から云つても、
自分は徳川時代の戲作(ゲサク)や浮世繪に、特殊な興味を待つてゐる者ではない。しか
も自分の中にある或心もちは、動(ヤヤ)もすれば孤獨地獄と云ふ語を介(カイ)して、自分
の同情を彼等の生活に注(ソソ)ごうとする。が、自分はそれを否(イナ)まうとは思はない。
何故(ナゼ)と云ヘば、或意味で自分も亦、孤獨地獄に苦しめられてゐる一人だからで
ある。
(大正五年二月)

投稿者 akiuchi : 07:39 AM

乳癌発生率の急激な減少がHRTに関連している可能性

乳癌とHRTの関係に関してはここ数年賛否両論様々な論文が出ている。短期間に7%減少という事実とHRTの中止に関して因果関係があると結論付けるのは早急だと思うがこのような論文を無視できないということもまた事実である。

乳癌発生率の急激な減少がHRTに関連している可能性

提供:Medscape

2003年に7%という驚くべき乳癌発生率の減少が認められた。これまでたった1年でこのような劇的な減少が認められたことはない。50歳以上の女性おいて最も著明な減少が認められたが、研究者らは、ホルモン療法の使用の減少がこのような有望な結果をもたらしたとしている。
Allison Gandey
Medscape Medical News



【サンアントニオ 12月14日】乳癌、特に50歳以上の女性における乳癌の発生率が低下しているようである。最近のホルモン補充療法(HRT)の使用の減少がこのような驚くべき低下をもたらした可能性があるという新たな研究結果が、第29回サンアントニオ乳癌シンポジウム(SABC、12月14日)で発表された。研究者らによれば、2003年に乳癌発生率は7%低下したという。たった1年でこのような劇的な減少が認められたことはこれまでにないことである。「2003年には何かがうまくいった」と、筆頭研究者であるMDアンダーソン癌センター(テキサス州ヒューストン)のPeter Ravdin, MDは記者に語った。「ホルモン療法の使用の減少がその原因であったと思われるが、それが事実かどうかは、我々が使用したデータでは、間接的に推測するしかない」。

これが事実であれば、「腫瘍の増殖は、ホルモン補充療法の中止によって、短期間に非常に劇的に影響を受け、腫瘍がマンモグラムで発見されるか否かを左右する」と、Ravdin博士は指摘した。セッション後の質疑応答の時間に、出席者は知見を「非常に興味深い」、「挑発的」と評した。

『Journal of Clinical Oncology』の最近の号で報告した別の研究チームも同様の結論を出した(Clarke CA et al. J Clin Oncol. 2006;24:e49-50)。「2001年から2003年の間に、ホルモン療法の使用は68%減少した。その直後に乳癌発生率は10%から11%低下した」と、筆頭著者である北カリフォルニア癌センター(Northern California Cancer Center)(フリモント)の(Christina A. Clarke, MDはニュースリリースで述べた。「2004年に引き続きこの低下がみられ、これは偶然の低下ではなかったということを示している」。

今回発表された新しい研究において、Ravdin博士ならびに米国立癌研究所(NCI)およびHarbor-University of California, Los Angeles Medical Centerの同博士の研究チームは米国の9地域を検討した。 同博士らは、「Surveillance Epidemiology and End Results(SEER)」データベースから得られたデータを解析し、乳癌発生率が1990-1998年に1年当たり1.7%増加していることを見出した。しかし、その後、発生率は低下し始め、1998潤オ2003年の間には毎年1%の減少がみられた。

ER陽性浸潤性腫瘍は陰性腫瘍よりも大きく減少

2003年に7%という最も急激な低下が認められた。この低下は、非浸潤性癌(5.5%)と浸潤癌(7.3%)のいずれにも認められた。ER陰性腫瘍の発生率よりもER陽性浸潤性腫瘍の発生率の方が大きく低下した(8%対4%)、と研究者らは報告している。50-69歳の患者に限定して解析を行った場合、このER陽性・陰性別の発生率の減少の差はさらに著明であった(12%対4%)。

「研究者らは、発生率に関する非常に良好な結果を示している」と、セッションの共同議長であるJules Bordet Institute(ベルギー、ブリュッセル)のMartine Piccart-Gebhart, MDは集会で述べた。この良好な結果には、当の研究チームでさえも驚かされた。MDアンダーソンのニュースリリースにおいて、上席著者であるDonald Berry, PhDは、これほど大きく急激な発生率低下がみられることは期待してなかったことを認めた。しかし、ホルモン療法の使用が乳癌発症の重要な寄与因子であると考えれば、つじつまが合う、と同博士は付け加えた。

ER陽性腫瘍は、ホルモンを与えなければ、増殖が止まる、と研究者らは述べている。Ravdin博士は、新世紀の早い時期に50歳以上の女性の約30%がホルモン補充療法を受け、「Women's Health Initiative」の研究結果の発表後、2002年後期にこれらの女性の約半数が治療を中止したと推定している。

その試験では、50歳以上の女性16,000例以上がホルモン補充療法を受けたが、エストロゲン+プロゲスチン併用療法が浸潤性乳癌の発症リスクを有意に増大させることが判明したため、試験は早期に中止された。「非常に多くの女性がホルモン補充療法を中止すれば、乳癌発生率の有意な低下がみられる可能性がある」と、Ravdin博士は述べた。「しかし、原因が何であれ、この低下は実質効果であり、単なる統計的異常ではない」。



29th Annual SABC: Abstract 5. Presented December 14, 2006.


Medscape Medical News 2006. (C) 2006 Medscape



Sudden Decline in Breast Cancer Could Be Linked to HRT

[ 翻訳文へ ]

提供:Medscape

A surprising 7% decrease in breast cancer incidence was observed in 2003 - a dramatic fall that never before has been observed in a single year. Researchers are attributing the promising decline, which was most noticeable in patients older than 50 years, to changes in hormone therapy use.
Allison Gandey
Medscape Medical News



December 14, 2006 (San Antonio) -- Breast cancer rates appear to be dropping - especially in women over the age of 50 years - and new research presented today suggests this surprising decline may be due to recent changes in hormone replacement therapy (HRT) use. Reporting here at the 29th Annual San Antonio Breast Cancer Symposium (SABC), researchers showed a 7% drop in disease rates in 2003 - a dramatic fall that never before has been observed in a single year. "Something went right in 2003," lead investigator Peter Ravdin, MD, from the MD Anderson Cancer Center in Houston, Texas, told reporters. "It seems that it was the decrease in the use of hormone therapy, but from the data we used we can only indirectly infer that is the case."

If this proves to be true, Dr. Ravdin noted, "the tumor growth effect of stopping hormone replacement therapy is very dramatic over a short period of time, making the difference between whether a tumor is detected on a mammogram or not." During the question period following the session, attendees called the findings "fascinating" and "provocative."

Another research team reporting in a recent issue of the Journal of Clinical Oncology came to similar conclusions (Clarke CA et al. J Clin Oncol. 2006;24:e49-50). "Hormone therapy use dropped 68% between 2001 and 2003, and shortly thereafter we saw breast cancer rates drop by 10% to 11%," lead author Christina A. Clarke, MD, from the Northern California Cancer Center, in Fremont, said in a news release. "This drop was sustained in 2004, which tells us that the decline wasn't just a fluke."

In the new study presented here, Dr. Ravdin and his team from the National Cancer Institute and Harbor-University of California, Los Angeles Medical Center looked at 9 regions in the United States. Analyzing data from the Surveillance Epidemiology and End Results (SEER) database, they found that the incidence of breast cancer increased 1.7% per year from 1990 to 1998. But then rates began to decline, and between 1998 and 2003, the incidence decreased by 1% each year.

Decrease Greater in ER-Positive Invasive Tumors

The sharpest drop of 7% was observed in 2003. This decline was seen both for in situ cancers (5.5%) and malignant cancers (7.3%). The researchers report that the decrease in incidence was greater in ER-positive invasive tumors than ER-negative tumors (8% vs 4%). When the analysis was restricted to patients 50 to 69 years of age, this difference in decline in the incidence by ER was more striking (12% vs 4%).

"The researchers present a very positive message about incidence," session comoderator Martine Piccart-Gebhart, MD, from the Jules Bordet Institute, in Brussels, Belgium, said during the meeting. This positive message surprised even the team itself. In an MD Anderson news release, senior author Donald Berry, PhD, admitted that he did not expect to observe the magnitude and the rapidity of the decline in incidence. But, he added, it makes perfect sense if it is considered that use of hormone therapy may be an important contributing factor to breast cancer development.

Research suggests that ER-positive tumors will stop growing if they are deprived of hormones. Dr. Ravdin estimates that about 30% of women over the age of 50 years had been taking hormone replacement therapy in the early years of the new millennium and that about half of these stopped treatment in late 2002 after the results of the Women's Health Initiative study were announced.

That trial looked at more than 16,000 women over the age of 50 years using hormone replacement therapy and was prematurely stopped when the combination of estrogen and progestin was found to significantly increase the risk of developing invasive breast cancer. "It is possible that a significant decrease in breast cancer can be seen if so many women stopped using therapy," Dr. Ravdin said. "But whatever the cause," he said at the meeting, "we know that this decline is a real effect, not just a statistical anomaly."



29th Annual SABC: Abstract 5. Presented December 14, 2006.


Medscape Medical News 2006. (C) 2006 Medscape



投稿者 akiuchi : 07:07 AM

December 24, 2006

受精卵使わずES細胞

受精卵を使わなければ倫理的な問題をクリアしてES細胞を医学に応用できるというのであれば積極的に研究を進めてもらいたい技術だ。ところで未受精卵の供給に関しては問題ないのだろうか?

受精卵使わずES細胞 国内で成功例相次ぐ
2006年12月24日08時04分

ES細胞.jpg

 受精卵を全く、あるいはほとんど使わずに、再生医療で期待される「万能細胞」を作ろうという研究が、国内で盛んに進められている。政府の総合科学技術会議は受精卵やクローン胚(はい)を「生命の萌芽(ほうが)」と位置づけており、宗教界の一部には受精卵などの使用に強い抵抗がある。受精卵を使わなければ、こうした生命倫理問題が回避できると期待されている。
ES細胞作製の流れ

 様々な組織や細胞になり得る万能細胞は、事故や病気で失われた機能を回復する再生医療の焦点だ。受精卵が分割を繰り返した「胚盤胞」を壊して作る胚性幹細胞(ES細胞)が代表格だ。

 だが、理化学研究所(神戸市)の若山照彦チームリーダーらは、マウスの未受精卵に化学物質で刺激を与えて分裂を起こさせ、未受精卵からのES細胞を作った。さらに、その細胞核を別のマウスの未受精卵の核と置き換えて、再びES細胞を作る「2段階方式」を編み出した。

 2段階目のES細胞が特定の神経などに分化する能力は、1段階目のES細胞の3~4倍になった。未受精卵からのES細胞は、受精卵からのES細胞より分化能力が低いのが難点だったが、若山さんの2段階目は受精卵ES細胞の最大7割程度の分化能力を示した。

 一方、京都大再生医科学研究所の多田高・助教授らのグループは年明けにも、受精卵ES細胞に体細胞を融合させて、万能細胞にする研究を始める。すでにマウスでは成功している。この手法なら、受精卵の破壊は最初にES細胞をつくる時だけで済む。

 同じ再生研の中辻憲夫教授らは、未受精卵からのES細胞を別々に100株用意すれば、拒絶反応に影響するHLA型(人の白血球型)をほぼそろえることが可能だとする分析結果をまとめた。日本人の90%が、自分に合ったHLA型のES細胞からつくった細胞や組織を使うことで、拒絶反応の心配が少ない移植を受けられるという。

 中辻さんは「未受精卵からES細胞を作る研究は、米国でも積極的に進められている。今後、ES細胞バンクの設置が重要な課題になるだろう」と言っている。

投稿者 akiuchi : 03:37 PM

December 20, 2006

インターネット医科大学

一般の方からの医療相談にボランティアの医師が応えるインターネット医科大学というサイトを見つけた。これはかつてNifty-Serveで始まった企画が発展したものだと思うが20年前にパソコン通信といわれた時代があったことを記憶している私も古い。

インターネット医科大学
http://health.nifty.com/i-idai/index.jsp

投稿者 akiuchi : 07:37 AM

感染症と通園期間

こどもが耳下腺炎(おたふく風邪)を発症した疑いがでてきた。「主な感染症の感染源になりうる期間と、通園通学について」という耳鼻科の先生のサイトが学校・幼稚園・保育園などの通学・通園制限に関する情報を提供してくれているので参考にさせてもらうことにした。

主な感染症の感染源になりうる期間と、通園通学について
http://homepage1.nifty.com/jibiaka50/kansenjiki.htm

投稿者 akiuchi : 07:22 AM

December 14, 2006

ノロウイルス

全国でノロウイルスによる集団感染性胃腸炎が発生している。栃木県でも高齢者施設で集団発生をしているという。このウイルス検査はどういうわけか保険適応になっていない。病院、保育所の厨房は警戒しなければならない。とりあえずの予防策は手洗いの励行ということになるのだろうか。

ノロウイルス:3施設で集団感染 /栃木

 県は8日、県北の高齢者福祉施設と県南の障害者福祉施設で、20~100代の入所者ら計78人に、ノロウイルスによる集団感染性胃腸炎が発生したと発表した。1人が入院している。
 県健康増進課によると、県北の高齢者施設は11月22日以降、入所者38人、職員12人が、また県南の障害者施設は今月1~7日、入所者24人、職員4人が発症。両施設とも入所者からノロウイルスが検出された。
 同課は、福祉施設でノロウイルスの集団感染多発を受け、週明けにも県内の施設関係者を集め、防止策の徹底を図る。
 一方、宇都宮市内の高齢者福祉施設でも80~90代の入所者29人、職員11人の計40人にノロウイルスによる集団感染性胃腸炎が発生。いずれも軽症。宇都宮市保健予防課によると、今年度、同市内のノロウイルスによる集団感染は初めて。【関東晋慈】

12月9日朝刊
(毎日新聞) - 12月9日11時1分更新

<ノロウイルス>全国で大流行 患者数が最高を記録

 ノロウイルスが主な原因となって、下痢や嘔吐(おうと)などを起こす感染性胃腸炎が大流行している。国立感染症研究所が全国約3000カ所の小児科で実施している定点調査では、11月20~26日の患者報告数が1地点当たり19.8人となり、81年の調査開始以来最高を記録した。発症のピークは例年、12月中旬から下旬にかけてで、今後さらに増える可能性が高い。厚生労働省は手洗いの励行など予防措置の徹底を呼びかけている。
 感染研によると、感染性胃腸炎の患者数が例年より増え始めたのは10月上旬から。西日本を中心に流行が始まり、中部や関東地方にも拡大した。10月下旬からは昨年同時期の2倍を超えている。
 ノロウイルスは、生ガキなど加熱が不十分な貝類を食べることで感染するほか、患者の便や吐しゃ物から二次感染する。
 11月26日までの1週間で1地点当たりの患者数が多かった都道府県は、富山(42.4人)▽群馬(33.8人)▽三重(33.5人)▽福井(33.2人)▽宮崎(32.7人)など。通常は1~2日で症状が治まるが、大阪や奈良では高齢者が死亡するケースも出た。
 厚労省は、食前や患者の便などを処理した後の手洗いの徹底や、食品の十分な加熱などを呼びかけている。【西川拓】
(毎日新聞) - 12月9日10時40分更新

******************

ノロウイルス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
医療情報に関する注意:ご自身の健康問題に関しては、専門の医療機関に相談してください。免責事項もお読みください。

ノロウイルスの透過型電子顕微鏡写真

ノロウイルス.jpg


ノロウイルス(Norovirus)は、非細菌性急性胃腸炎を引き起こすウイルスの一種。カキなどの貝類による食中毒の原因になるほか、感染したヒトの糞便や嘔吐物、あるいはそれらが乾燥したものから出る塵埃を介して経口感染する。ノロウイルスによる集団感染は世界各地の学校や養護施設などで散発的に発生している。

目次 [非表示]
1 分類と歴史
2 ウイルスの特徴
3 ノロウイルス感染症
3.1 症状
3.2 感染経路
3.2.1 感染型食中毒
3.2.2 伝染性胃腸炎
3.3 診断
3.4 治療
3.5 感染予防
4 関連項目
5 参考図書
6 外部リンク


[編集] 分類と歴史
1968年、米国オハイオ州ノーウォークの小学校において集団発生した胃腸炎の患者から発見され、1972年に電子顕微鏡によりその形態が明らかにされたウイルスが「ノーウォークウイルス(Norwalk virus)」と名づけられた。この後、このノーウォークウイルスとよく似た形態のウイルスによる胃腸炎や食中毒の例が、世界各地で報告され、それぞれその土地の名前を冠して呼ばれた。これらは、そのウイルス粒子を電子顕微鏡下で観察したときの形から小型球形ウイルス(Small Round-Structured Virus, SRSV)とも呼ばれたが、ウイルス粒子の表面に32個のコップ状のくぼみがあることから、ラテン語でコップを意味するcalixにちなみ、カリシウイルスという科に分類された。

1977年、札幌で幼児に集団発生した胃腸炎から、ノーウォークウイルスとよく似た小型球形ウイルスが病原体として発見され、サッポロウイルス(Sapporo virus)と名付けられた。しかし、サッポロウイルスには電子顕微鏡下で「ダビデの星(Star of David)」と形容される特徴的な構造が見られ、その他の特徴からも、カリシウイルス科の中でもノーウォークウイルスとの違いが大きいものと考えられた。そこで、それまで見つかっていたものを「ノーウォーク様ウイルス(“Norwalk-Like virus”, NLV)」、ダビデの星型の構造を持つものを「サッポロ様ウイルス(“Sapporo-like virus”)」という仮称を用いて分類するようになった。

2002年、第12回国際ウイルス学会(パリ)において、それまでノーウォーク様ウイルスと呼ばれていたものを「ノロウイルス属(Norovirus)」、サッポロ様ウイルスと呼ばれたものを「サポウイルス(Sapovirus)」という名称で呼ぶことが定められた。2005年現在、カリシウイルス科には4属のウイルスが含まれるが、そのうちヒトの疾患に関係するものは、このノロウイルス属とサポウイルス属の2属である。他のカリシウイルス科にはラゴウイルス属(Lagovirus)とベシウイルス属(Vesivirus)が認定されている。

エンベロープを持たないプラス一本鎖RNAウイルス
カリシウイルス科(Caliciviridae)
ノロウイルス属(Genus:Norovirus, “Norwalk-like virus”)(SRSV: Small Round-Structured Virus)
ノーウォークウイルス(Species: Norwalk virus)
サポウイルス属(Genus: Sapovirus, “Sapporo-like virus”)
サッポロウイルス(Species: Sapporo virus)
ラゴウイルス属(Genus Lagovirus)
RHDV(Rabbit hemorrhagic disease virus)
ベシウイルス属(Genus Vesivirus)
VESV(Vesicular exanthema of swine virus)

[編集] ウイルスの特徴
ノロウイルスは、ウイルスの分類上、プラス鎖の一本鎖RNAウイルスに分類される、エンベロープを持たないウイルスである。ウイルス粒子は直径30-38 nmの正二十面体であり、ウイルスの中では小さい部類に属する。電子顕微鏡下では、32個のコップ状のくぼみのある球形の粒子として観察される。小型球形ウイルスという名称はこの形態的特徴に由来し、ウイルス学上での正式なものではないが、食品衛生学分野では用いられることがある。

通常、ウイルスについての詳細な研究を行うには、適切な動物培養細胞を探して感染させ、ウイルスを増殖させることが必要だが、ノロウイルスについては実験室的に増殖させる方法がまだ見つかっていない。このため、検査や治療方法に対する研究が他のウイルスと比べて遅れているのが現状である。


[編集] ノロウイルス感染症
ノロウイルスはヒトに経口感染して、伝染性の消化器感染症を起こす。死に至る重篤な例はまれであるが、治療法は確立されていない。


[編集] 症状
ノロウイルスを含む食品などを摂取した後1-2日の潜伏期間を経て、急性胃腸炎の症状が現れる。この潜伏期間は、他の細菌性の感染型食中毒に比べると短い部類にあたる。多くの場合、嘔吐、下痢、腹痛が見られ、微熱を伴うこともある。症状の始まりは突発的に起こることが多く、夜に床についていたら突然腹の底からこみ上げてくるような感触がきて吐き気を催し、吐いてしまうことが多い。しかもそれが一度で終わらず何度も激しい吐き気が起ったり吐いたりして、吐くためにトイレの便器のそばを離れられないといったことも起きる。しかも、無理に横になろうとしても気持ち悪くて横になれず、吐き気が治まった後は、急激且つ激しい悪寒が続き、さらに発熱を伴うこともある。これらの症状は通常、1、2日で治癒し、後遺症が残ることもない。ただし免疫力の低下した老人では、死亡した例も報告されている。

また感染しても発症しないまま終わる場合(不顕性感染)や、風邪と同様の症状が現れるのみの場合もある。よく、「嘔吐、下痢、腹痛を伴う風邪」という表現があるが、それはノロウイルスなどによる感染症である可能性も低くなく(エンテロウイルス等の他の原因もある)、単なる風邪ではない場合がある。ただし、これらの人でもウイルスによる感染は成立しており、糞便中にはウイルス粒子が排出されている。


[編集] 感染経路
ノロウイルスによる感染症は、その感染経路から

食中毒: ウイルスを蓄積したカキなどの生食およびウイルスで汚染された食品を喫食して経口感染するもの
感染性胃腸炎: 1によって感染した患者(あるいは1から2を経て感染した患者)の糞便や嘔吐物に排出されたウイルスから経口感染するもの
の二つに分けられることがある。販売あるいは調理提供する食品そのものの衛生管理の(食品衛生学的な)立場からは1のケースが特に問題とされるが、医学上は1と2のケースに明確な違いはない。


[編集] 感染型食中毒
ノロウイルスによる食中毒は、カキやアサリ、シジミなどの二枚貝によるものが最も多いと言われている。日本では主として秋から冬場に発症する例が多いが、これは、カキを生食する機会が冬場が多いからではないかと考えられている。

ノロウイルスは貝類自体には感染しないと考えられている。すなわち、これらの貝の体内でノロウイルスが直接に増殖することはないとされる。しかしこれらの貝では消化器官、特に食物の細胞内消化を行う中腸腺に、生物濃縮によって海水中から濾過摂食されたノロウイルスが蓄積することが知られており、このことが食中毒の原因だと考えられている。


[編集] 伝染性胃腸炎
2のケースの感染は糞口感染とも呼ばれる。ノロウイルスはヒトの腸壁細胞に感染して増殖し、新しく複製したウイルス粒子が腸管内に放出される。ウイルス粒子は感染者の糞便と共に排出されるほか、嘔吐がある場合は胃にわずかに逆流した腸管内容物とともに、嘔吐物にも排出される。糞便や嘔吐物がごくわずかに混入した飲食物を摂取したり、汚物を処理したときに少数のウイルス粒子が手指や衣服、器物などに付着し、そこから食品などを介して再び経口的に感染する。

またノロウイルスの場合、少数のウイルスが侵入しただけでも感染・発病が成立すると考えられており、わずかな糞便や嘔吐物が乾燥した中に含まれているウイルス粒子が空気を介して(空気感染で)経口感染することもあると考えられている。

発病した人はもちろん、不顕性感染に終わったり胃腸症状が現れなかった人でも、無症候性キャリアとして感染源になる場合があり、食品取り扱い時には十分な注意が必要である。


[編集] 診断
ノロウイルスは、その培養(増殖)方法がまだ見つかっていないため、糞便中のウイルス粒子を直接(増やさずに)検査する必要がある。従来は、電子顕微鏡下で糞便中に小型球形のウイルス粒子が見られるかどうかを、感染の指標としていた。ただしELISA法や、ノーウォークウイルスの遺伝子配列を元にしたRT-PCR法も開発され、診断に用いられている。


[編集] 治療
2006年現在、ノロウイルスに有効な抗ウイルス薬は存在しない。下痢がひどい場合には水分の損失を防ぐために輸液などを対症療法的に用いる場合がある。また止瀉薬(下痢止め)の使用については、ウイルスを体内にとどめることになるので用いるべきでないと言う専門家もいるが、その是非については不明である。


[編集] 感染予防
ノロウイルスの主たる感染経路は、カキなどの貝類(食中毒)と、糞便や嘔吐物からヒトの手指などを経て口から入るもの(感染者からの伝染)であるため、特に飲食物を扱う人が十分に注意を払うことが、効果的な感染予防になる。

特に調理者が十分に手洗いすること、そして調理器具を衛生的に保つことが重要である。ノロウイルスはエンベロープを持たないウイルスであるため、逆性石けん(塩化ベンザルコニウム)、消毒用エタノールには抵抗性が強いが、手洗いによって機械的に洗い流すことが感染予防につながる。

また、ノロウイルスは加熱によって感染性を失うため、特にカキなどの食品は中心部まで充分加熱することが食中毒予防に重要である。生のカキを扱った包丁やまな板、食器などを、そのまま生野菜など生食するものに用いないよう、調理器具をよく洗浄・消毒することも大事である。

感染者の糞便や嘔吐物を処理する場合は、手袋を使用し直接手で触れないよう注意し、作業後は手をよく洗うよう心掛ける。汚染された場所を消毒する際、前出のようにノロウイルスは逆性石けんや消毒用エタノールに対する抵抗力が強いため、これらによる消毒はほとんど効果がない。しかし、次亜塩素酸ナトリウムに対する抵抗力は比較的弱く、これによる消毒は比較的有効である。ノロウイルスは、症状が消失した後も48時間はウイルスが排出されることに留意しなくてはならない。

なお、2006年現在ノロウイルスに対する有効なワクチンは開発されていない。また、このウイルスに対する免疫は感染者でも1-2年で失われるといわれており、ワクチンによる予防の有効性に対しては疑問が持たれる。


[編集] 関連項目
食中毒
ウイルス
ウイルスの分類

[編集] 参考図書
丸山務他 『ノロウイルス現場対策—その感染症と食中毒 つけない・うつさない・持ち込まない』 幸書房、2006年3月 ISBN 4782102623

[編集] 外部リンク
厚生労働省:食中毒・食品監視関連情報
食品安全委員会:食品健康影響評価のためのリスクプロファイル ~カキを主とする二枚貝中のノロウイルス~
国立感染症研究所
ノロウイルスの検出法について(厚労省通知)
速報記事(ウイルス)
感染症情報センター 病原微生物検出情報(月報 IASR)特集
ノロウイルス感染集団発生 2000年1月~2003年10月
ノロウイルス感染集団発生 2003年9月~2005年10月
感染症情報センター 感染症発生動向調査週報(IDWR)◆感染症の話
ノロウイルス感染症(2004年第11週号)
アメリカ疾病予防管理センター(CDC) Norovirusのページ(英語)
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%AD%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9" より作成
カテゴリ: ウイルス | 食中毒

投稿者 akiuchi : 10:48 PM

がん難民、推計68万人 3カ所回り医療費1・7倍

「お産難民」という言葉にも抵抗を覚えたが「がん難民」はいくらなんでもひどすぎる。マスコミはもう少し言葉の使い方にデリケートであるべきだ。比喩として使うにしてもこの「がん難民」は根本的に誤用だと思う。自分で勝手に医療機関をワンダリングしているだけじゃないのかな?難民条約ぐらいマスコミはきちんと勉強しろといいたい。


がん難民、推計68万人 3カ所回り医療費1・7倍 「説明や方針納得できず」 民間研究機関が調査 (1)
06/12/08
記事:共同通信社
提供:共同通信社
ID:416328


 納得できる治療を求めて悩んでいる「がん難民」はがん患者の53%で、全国で推計約68万人に上ることが7日、民間研究機関の日本医療政策機構(代表理事・黒川清(くろかわ・きよし)前日本学術会議会長)の分析で分かった。

 がん難民は平均3カ所の医療機関を受診し、医療費は、それ以外のがん患者の1.7倍。がん難民に着目した調査は珍しく、同機構は「がん難民解消の政策に生かしてほしい」としている。

 調査は2005年1-6月、約30の患者会やインターネットを通じて実施。がん患者1186人の回答を分析した。

 明確な定義がないがん難民について「医師の治療説明に不満足、または納得できる治療方針を選択できなかった患者」と規定。いずれかに該当する人は625人、全体の53%に上った。治療方針に納得していない患者に限ると27%。2年の厚生労働省の調査で日本のがん患者は約128万人いることから、約68万人ががん難民と推計した。

 受診した医療機関数は、最も多かった患者で19カ所。がん難民の平均は3.02カ所、それ以外のがん患者は1.95カ所だった。

 がん難民の91%は「日本のがん医療の水準に不満」と回答。必要な情報として「専門医の有無」「医師・病院ごとの治療成績」などを求める割合が高かった。

 これまでにかかった保険診療費はがん難民が平均141万円、それ以外は96万円。自由診療分や健康食品代などを加えた総医療費は、それぞれ305万円と176万円だった。

 同機構は、がん難民を100パーセント解消すれば年間約5200億円の医療費が削減できると推計している。

▽がん難民

 がん難民 複数の医療機関を渡り歩いたり「治療は尽きた」と言われても、なお最新の治療法を探し求めたりするがん患者を指して使われることが多いが、定義は定まっていない。背景には地域や医療機関によって医療水準に格差があるとの指摘もある。今年6月には、がん対策基本法が成立。厚生労働省は、予防や早期発見と合わせて全国的な治療水準の向上を目標に掲げ、専門医の育成や相談体制の整備、全国250の「がん診療連携拠点病院」の設置を進めている。

難民
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
難民(なんみん、英:refugee)は、戦争、宗教や民族対立などの理由だけでなく天災や貧困、飢餓などの理由で住む場所を追われた人々を指す。しかし現在の国際法においては紛争や政府の弾圧など迫害を受けるものに対する救済の義務が立法化されているため、狭義の政治難民を難民と呼ぶ。

目次 [非表示]
1 概説
1.1 難民の地位に関する条約(難民条約)
1.2 難民の地位に関する議定書(難民議定書)
1.3 日本の対応
2 比喩
3 脚注
4 関連項目
5 外部リンク


[編集] 概説
「難民の地位に関する条約」(難民条約)の対象の難民は、「人種・宗教・国籍・政治的信条などが原因で、自国の政府から迫害を受ける恐れがあるために国外に逃れた者」とされている。これは政治難民(英:PoliticalRefugee)と呼ばれる。しかし難民のもともとの定義は政治に限定されているわけではない。歴史的には天災、飢餓や伝染病、国内外の紛争から逃れるために住む場所を追われた者が難民(もしくは流民、英:displaced person)の多数を占めた。これらの災害難民は多くの場合国内の別の地域に移動するため内部難民(InternalRefugee)などと呼ばれる。また近年では経済的貧困を逃れるため理由での難民も経済難民(英:EconomicRefugee)と呼ばれる。1997年の時点で世界の難民は約2610万人とされている。国際連合難民高等弁務官事務所(略称:UNHCR)によると、2004年12月31日時点で世界の難民は923万6500人とされている。地域別ではアフリカが最大で全難民の30%が居住しており、ついでヨーロッパの25%である。難民認定を受けられないと保護が受けられない例も多く、狭義では認定を受けた者のみを難民と呼ぶ例もある。そのため法的低位として難民申請者(庇護希望者[1])、国内避難民[2](国内難民)などの呼び方がされる場合もある。

なお、亡命という語には政治的、信条的な理由により自主的に出国するという語感があるが、法的には難民と同じである。英語でも難民と同じく「refugee」と言うが、亡命の語感を生かす場合は「self exile」(自主的追放)を使う。


[編集] 難民の地位に関する条約(難民条約)
1951年7月28日にスイス・ジュネーブにて行われた「難民及び無国籍者に関する国際連合全権会議」において採択された。「難民法のマグナ・カルタ」と呼ばれる。難民の定義、難民保護のための行政措置、ノン・ルフルマンの原則(送致・送還の禁止の原則)が定められた。ただし、この条約は対象地域を欧州に限定することができ(しないこともできる)、さらに、対象となる難民も1951年1月1日前に発生したもののみに限定されていた。日本における法令番号は「昭和56年条約第21号」。


[編集] 難民の地位に関する議定書(難民議定書)
1967年1月31日に国際連合によって作成された。難民条約における対象地域の限定を原則解消し、対象難民の時限的限定を排除した。日本における法令番号は「昭和57年条約第1号」。


[編集] 日本の対応
1981年10月3日の難民条約加入(対象地域を欧州に限定しない旨宣言)、1982年1月1日の難民議定書加入(条約・議定書とも日本国における発効は1982年1月1日)を契機として、それまでの「出入国管理令」を題名も含めて大幅改正した「出入国管理及び難民認定法」(入管法)によって難民の認定手続等を定めている。しかし、入国管理当局の認定基準が非公開且つ厳格で、難民調査官及び法務大臣という法務省官吏のみが調査・認定権限を有し、他国、特に欧米諸国に比べ受入れ人数が少なすぎるという批判がある(ただし、他国からウサギ小屋とまで揶揄されるほどの日本の住宅環境から見れば、受け入れられる難民の数は自ずと限定されるという反論もある)。

このため、2005年5月から、外部の学識経験者等(文化人、弁護士等を含む)が難民審査参与員として難民認定手続に関与する制度が導入されている。


[編集] 比喩
元いた所にいられなくなり行き場を失った人を、難民に例えることがある。
よく閲覧していたウェブサイト・電子掲示板等が荒らしにあったり管理者の都合で閉鎖されたりして、行き場を失ったネット住民を「難民」と呼ぶ。
2ちゃんねるにはサーバーダウンなどで書き込めなくなった掲示板の住人のために難民板が用意されている。

[編集] 脚注
[ヘルプ]↑ 庇護希望者(Asylum-seeker):UNHCRによれば、自国を追われ、他国に難民として保護を求めている人々を言う。UNHCRが難民と認定しても、その国の政府が難民と認めない場合がある。
↑ 国内避難民(IDP, Internally Displaced Person):難民とは国境を越えて初めて難民として認定される。しかし国内にとどまりながらも故郷を追われ、難民と同じような状況にある人々がいる。UNHCRによれば、このような人々のことを言う。

[編集] 関連項目
国際連合難民高等弁務官事務所
アフガン紛争
インドシナ難民
パレスチナ問題
難民キャンプ
脱北者

[編集] 外部リンク
国際連合難民高等弁務官事務所(2004 Global Refugee Trends)
難民支援協会(日本のNGO)
日本外務省
難民事業本部(アジア教育福祉財団)
難民の地位に関する条約
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%A3%E6%B0%91" より作成
カテゴリ: 難民 | 外国人 | 人間の移動

投稿者 akiuchi : 08:41 PM

December 13, 2006

カロリー制限にはご用心 骨密度が減少と米チーム

私もここ1年くらいで急激なダイエットをして一気に20kg近く体重を落としたのだがそのために体のあちこちに変調をきたしている。最近辛いのは膝関節の痛みだがやはり運動をして筋肉を鍛えなければならないのだろう。わかってはいるのだができないところが難しい。


カロリー制限にはご用心 骨密度が減少と米チーム
06/12/12
記事:共同通信社
提供:共同通信社
ID:419189


 【ワシントン11日共同】運動による減量では骨の硬さを示す骨密度が保たれたが、食事のカロリー制限による減量では骨密度が減少したとの比較研究を、米ワシントン大のチームが11日付の米医学誌に発表した。

 研究チームは「骨粗しょう症の危険性が高まる中年期の減量は細心の注意を払って行う必要がある」と指摘、安易な低カロリーのダイエットを戒めている。

 論文によると、平均年齢が57歳の男女48人について、食事のカロリーを最初の3カ月は16%、続く9カ月を20%減らしたグループと、従来と同じカロリーの食事を取るが運動によってエネルギー消費量を最初の3カ月は16%、続く9カ月は20%増やしたグループ、従来の生活習慣を維持したグループとに分け、1年後に体重と骨密度を測定した。

 その結果、カロリーを減らしたグループでは体重が平均8.2キロ減ったが、骨粗しょう症になるとダメージを受けやすい腰椎(ようつい)や股(こ)関節、大腿(だいたい)骨上端で骨密度が約2%減少していた。

 運動をしたグループは体重が平均6.7キロ減ったが骨密度に変化はなく、生活を維持したグループは体重も骨密度もほとんど変化はなかった。

【編注】米医学誌は「Archives of Internal Medicine」

投稿者 akiuchi : 10:28 AM

日本産科婦人科内視鏡学会の技術認定医

日本産科婦人科内視鏡学会の技術認定医一覧が読売新聞に紹介されていた。ひとりひとりの症例数も含めてデータが一般に公開される時代になったのだと知って吃驚。このデータを見て患者が病院の医師を選ぶということになるのだろうか?

病院の実力](39)婦人科でも広がる内視鏡(連載) 読売新聞 2006年12月10日(日)

 ◆専門医それぞれに得意分野
 子宮筋腫(きんしゅ)や子宮内膜症、良性の卵巣腫瘍(しゅよう)などの手術には、従来の開腹手術のほかに、おなかを大きく切らずに治療する内視鏡手術という方法もある。体への負担が軽くすむが、専門医が少ない。日本産科婦人科内視鏡学会の技術認定医を紹介する。
 婦人科の病気の手術は現在も、開腹手術が主流だ。しかし腹腔(ふくくう)内にカメラを入れてモニターを見ながら行う内視鏡手術も少しずつ広がっている。開腹手術とは異なる技術が必要だが、患者にとって傷が小さくてすむなどの利点があるためだ。
 専門とする医師には、それぞれ得意とする病気や方法がある。それを示すため、読売新聞社は今年10月、技術認定医196人全員にアンケートを送付。うち132人から有効回答を得た(回収率67%)。表には回答者全員の実績を掲載した。
 ◆子宮筋腫
 子宮筋腫は、子宮の筋肉にできる良性の腫瘍で、小さなものも含めると成人女性の3~4人に1人が持つと言われる。自覚症状がない場合が多いが、過多月経や不正出血、貧血が起きたり、筋腫が子宮の外側を圧迫して頻尿や便秘になったりすることもある。
 かつては「握りこぶし大」以上なら一律に手術という医師が多かったが、最近は症状がなければ、半年から1年ごとの検診で様子をみるのが一般的だ。
 手術には子宮全部を切除する全摘術と、子宮を残し、筋腫だけを切り取る核出(かくしゅつ)術がある。核出術の方が技術的に難しいことが多く、治療法の選択は患者の希望だけではなく、医師の技術水準にもかかわっている。複数の医師に相談して、じっくりと治療法を決めたい。
 ◆子宮内膜症
 子宮内膜症は、子宮の内側を覆う内膜に似た組織が、卵巣や骨盤内などにでき、月経周期に合わせて増殖や出血を繰り返す病気だ。命にはかかわらないが、激しい月経痛、排便痛、性交痛などの強い症状が出ることがある。
 薬物療法のほか、手術で病巣を除去したり、電気メスやレーザーで焼いたり、癒着をはく離したりすることで症状を軽減できる。こうした手術には、細かい病巣を拡大して映す内視鏡手術が有効だ。
 ◆件数の見方
 日本産科婦人科内視鏡学会の技術認定医は、100例以上の経験と、手術のビデオを審査委員がチェックする試験に合格しなければならない。「安全かつ確実に手術が行えるかどうか」(堤治・同学会技術認定委員長)が合否の最大の基準で、合格率は約6割だ。
 一覧表の件数は、自分が執刀した手術件数で、指導のために助手を務めた数は原則として含まれていない。このため、後進の育成に力点を置く認定医の件数は低くなる場合がある。
 全員が実技審査を受けた認定医なので、件数の多少で比べるのではなく、子宮筋腫や子宮内膜症の件数の比率から、得意分野を知る参考にしてもらいたい。
 小型カメラを使う内視鏡手術は、腹部に数か所の穴を開けてメスやカメラを入れる腹腔鏡と呼ばれるものが一般的だが、膣(ちつ)から入れる子宮鏡や卵管鏡という限られた用途の器具もある。
 子宮鏡は内側に飛び出た子宮筋腫や内膜のポリープなどの治療。卵管鏡は、卵管のつまりや癒着を解消させる。
 同学会は技術認定医の一覧をホームページ(http://square.umin.ac.jp/jsgoe/)で公開しており、アンケートに回答が得られなかった医師もいるので、受診前に技術認定医かどうかは確認しておきたい。(館林牧子)

 ◇主な医師の婦人科内視鏡治療の実績(2005年1~12月実績)
 A=内視鏡下手術総数
 B=子宮筋腫治療数、( )内は子宮筋腫核出手術数
 C=子宮内膜症治療数
                           A    B       C
 北海道 市立旭川          林博章   173  51( 19)  22 注1
     札幌鉄道          寒河江悟   35   5(  5)   7
     旭川医大          山下剛    28  20(  0)   3
  青森 弘前大           藤井俊策   90  35( 31)  25
                   福井淳史   22   7(  7)   5
  岩手 県立磐井          鍋島寛志   84  21(  7)  13
     県立釜石          小笠原敏浩  52  12( 12)  26
  宮城 吉田Lク          吉田仁秋   71  10(  6)  26
                   村川晴生   68  16( 16)   2  ★
     スズキ記念         田中耕平   85  45( 43)  11  ★
  秋田 秋田赤十字         太田博孝   81  36( 33)  13
  茨城 山懸            小野寺正行  20   0(  0)   5
  栃木 済生会宇都宮        飯田俊彦  108  30( 25)  13
  群馬 前橋赤十字         山田清彦  216  74( 49)  67
     舘出張佐藤         佐藤雄一   77  21( 21)   5
     群馬大           伊藤理広   54   9(  9)  12
     上条女性ク         上条隆典   19   4(  4)   9
  埼玉 埼玉医大総合医療セ     林直樹   138  59( 46)  31
                   斉藤正博   16   1(  1)   4
     越谷市立          小堀宏之  141  41( 37)  40
     丸山記念総合        丸山正統   94  19( 19)  15  ★
     防衛医大          古谷健一   84   3(  3)  60
     自治医大大宮医療セ     今野良    68   7(  4)  29
     上尾中央総合        中熊正仁   33   2(  2)  13
  千葉 千葉徳州会         清水洋   202  74( 60)  66
     帝京大ちば総合医療セ    梁善光   101   5(  4)  25
  東京 順天堂大          武内裕之  314 173(146)  94
                   北出真理  174 113(111)  38
                   菊地盤   126  67( 67)  37
                   島貫洋人  104  38( 38)  28
     東邦大大森         森田峰人  375 240(210)  60
                   浅川恭行  285 130(108)  73
     駿河台日大         長田尚夫  533 268(236)  60  ★
                   永石匡司   17  12(  8)   2
     慶応大           浅田弘法  196  94( 71)  53
                   末岡浩   120   0(  0)   2  ☆
     東京大           藤原敏博  114  32( 24)  53
                   大須賀穣  107  41( 20)  54
                   堤治     21   7(  3)  10
     赤枝医院          赤枝朋嘉  221  97( 88)  45  ★
     東京日立          合阪幸三  214  50( 50)  85
     日本医大          明楽重夫  141  53( 39)  34
                   竹下俊行   66  26( 22)   8
     大森赤十字         内出一郎  163  40( 29)  74
     うすだLク         臼田三郎   58  15( 14)  13  ★
     東邦大大橋         川村良    44   4(  4)  10
     国立国際医療セ       五味淵秀人  37   5(  5)  12
     荻窪            北村誠司   35  11( 11)   2  ★
     都済生会中央        岸郁子    30  10(  9)   7
 神奈川 川崎市立川崎        林保良   281 256(256)   0  ★
                   木挽貢慈   51  25( 12)  19
     聖マリアンナ医大      斉藤寿一郎 116  25( 22)  42  ★
                   田村みどり  90  14( 12)  17
     日本医大武蔵小杉      可世木久幸・松島 隆
                         200 100( 70)  40  ★
     湘南鎌倉総合        井上裕美  180  75( 71)  42
     帝京大溝口         西井修   164  69( 54)  22  ★
     矢崎            田中雄大  139  69( 40)  22
     北里大           川内博人  108  18( 16)  36
                   石川雅一   25   8(  6)   6
     川崎市立多摩        栗林靖   120  37( 36)  10  ★
     東海大           鈴木隆弘   70  14(  4)  16
     聖マリアンナ医大横浜市西部 藤脇伸一郎  48  27( 27)   3  ★
     横浜総合          渡辺潤一郎  43  14(  4)   3
  富山 県立中央          舟本寛   207  57( 27)  22
                   谷村悟    50  33( 23)   7  ★
  石川 県立中央          平吹信弥   48  28(  7)   5
  長野 ひろおかさくらLWク    増沢秀幸   95  11(  4)  42
  岐阜 岐阜市民          山本和重  354 143( 68)  27  ★
     県立多治見         竹田明宏  183 100( 69)  37  ★
  静岡 聖隷浜松          尾崎智哉   83   5(  5)  28
     小島Lク          小島栄吉   76  29( 26)  21
     聖隷三方原         望月修    50   3(  3)   9
  愛知 藤田保健衛生大       広田穣   222  72( 38)  56
                   塚田和彦   57  23( 17)  17
     成田            大沢政巳  129  21( 21)  50
     可世木           可世木成明  73  31( 31)  20  ★
     さわだWク         沢田富夫   37   0(  0)   0  ☆
  三重 済生会松阪総合       竹内茂人   40   8(  8)  13
  滋賀 野洲            木村俊雄   88  28(  4)  12
     滋賀医大          高橋健太郎  37   6(  6)  13
  京都 国・京都医療セ       杉並洋   146  64( 37)  67
                   谷口文章  128  44( 32)  25  ★
     佐伯医院          佐伯理男  171  78( 71)  51  ★
     伊藤            伊藤将史   93  37( 31)  32
     府立医大          北脇城    46  11(  2)  13
  大阪 大阪中央          伊熊健一郎 367 123(103)  93
                   松本貴   250 101( 52)  68
     近畿大           塩田充   240  87( 40)  55
                   星合昊    95  37( 14)  32
     大阪医大          奥田喜代司 128  54( 28)  23
                   寺井義人    7   5(  2)   0 注2
     府立急性期・総合医療セ   竹村昌彦   52  16( 16)   7  ★
     サンタマリア        井本広済   41  20(  5)   9
     しんやしき産婦人科     新屋敷康   36   3(  1)  15
     谷口            谷口武    36   5(  5)   5
     府立成人病セ        上浦祥司   14   0(  0)   6
  兵庫 英Wク           苔口昭次  168   0(  0)   0  ☆
  奈良 はらだ医院         原田清行  118  52( 33)  41
     久永婦人科ク        久永浩靖   83   0(  0)  39
     近畿大奈良         小畑孝四郎  64  17( 14)  13
 和歌山 岩橋医院          岩橋五郎   74  44( 44)  17
     県立医大          粉川克司   60   6(  4)  16
  鳥取 鳥取大           原田省    62  17( 12)  23
                   岩部富夫   37  13( 11)   5
  島根 県立中央          吉野直樹   41   1(  1)  11
  岡山 倉敷成人病セ        安藤正明  594 297( 95) 150
     津山中央          楠本知行   31   6(  1)   3
  広島 国・東広島医療セ      児玉尚志   83  33( 12)   9
     広島市民          野間純    56  15( 10)   8
     広島大           原鉄晃    51   5(  5)   3  ★
  徳島 徳島赤十字         別宮史朗   63  13(  6)  11
  愛媛 矢野産婦人科        矢野浩史  140  20( 20)   7 ☆★
     松山赤十字         妹尾大作  109  35( 23)  21  ★
     ハートLク         西睦正     3   2(  1)   0
  高知 高知大           深谷孝夫  120  30( 23)  22
  福岡 浜の町           福原正生  162  34( 21)  48
                   江上りか  157  45( 38)  45
                   中村元一  152  40( 24)  35
                   渡辺良嗣  138  22( 18)  58
     公立八女総合        畑瀬哲郎  109  29( 11)  27
     九州中央          野崎雅裕   41   2(  1)   8
     高木            野見山真理  38   8(  8)   5
  長崎 長崎市立市民        藤下晃   150  36( 19)  18
     長崎大           平木宏一  110  29( 27)   8  ★
                   増崎英明   33   8(  4)   8
     よしだLク         吉田正雄   18   4(  0)   5
  熊本 ART女性ク        小山伸夫   32   6(  6)  10
  大分 セント・ルカ産婦人科    宇津宮隆史 214   8(  8) 113
 鹿児島 鹿児島大          沖利通   108  31( 27)   6  ★
     出水総合医療セ       山崎英樹   92  51(  8)   3
  沖縄 琉球大           神山茂    64   8(  8)  12
 「国・」は独立行政法人国立病院機構。「セ」はセンター、「ク」はクリニック、「L」はレディース、「W」はウィメンズ、ウイメンズ。
 ★は子宮鏡下手術が20件以上の医師、☆は卵管鏡下手術が全体の件数の3分の1を超える医師。注1は昨年4月~今年3月実績、注2は昨年10~12月実績。複数の医師が同一施設にいる場合、施設全体の治療数が多い順に並べた。

 ◇次回(1月7日)は心臓外科手術
 過去の「病院の実力」は、ヨミウリオンライン(http://www.yomiuri.co.jp/iryou/medi/jitsuryoku/)でご覧になれます。

 写真=腹腔鏡を使って行われる子宮内膜症の手術。腹部に小さな穴を開けて挿入したカメラの映像を見ながら操作を行う(東大産婦人科提供)

[読売新聞 ]

投稿者 akiuchi : 12:56 AM

December 03, 2006

漢方薬の問題 -高橋 晄正さんの訃報

宇井純氏の死とともに思い出した高橋晄正氏も2年前に逝去されて今はこの世の人ではなかった。学生時代に弘前大学で社保研主催の特別講義を受けた記憶がある。晩年はあまり名前も聞かなくなったのでどうしていたのか少し不思議に思っていたのだが横浜国大の中西準子先生の雑感に詳しい解説が追悼文として掲載されていた。漢方薬を批判して市民運動から干されたという生き方に高橋晄正らしさを感じた。学生時代に大きな影響を受けたジャーナリスト本多勝一の『はるかなる東洋医学へ』を読んだときのうんざり感はこの辺の問題と関係があるのだと思う。本多勝一も堕落したものだ!

雑感282-2004.11.24「漢方薬の問題 -高橋 晄正さんの訃報に接して-」
http://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/zak281_285.html

11月10日、各紙は高橋 晄正さんの訃報を掲載した。亡くなったのは11月3日、心不全のためとある。86歳だったとのことで、若い方の多くは、名前も知らないかもしれないが、薬害のことで活躍し、医学に科学を持ち込んだ功績で有名。

非常に有能な人だったが、東大医学部での最後のポジションは講師だった。講師より上にはいけなかった。余りにも有能なために、そして、薬害と闘ったがために、日本の古い医学の体制と闘ったがために。

個人的な思い出

高橋さんは、本当に頭の良い人だった。かつて、こういう話を聞いたことがある(直接伺った話ではあるが、或いは、記憶違いがあるかもしれない)。

高校のとき、自分はノーベル賞をとろうと思って物理学を勉強していた。ところが、ある時、これではノーベル賞はとれないと思った(*)。そこで、医学部に進もうと考えた。そして、東大医学部に進んだ。

ところが、医学が“科学”でないこと、臨床の大家が、自分の直感的な判定に盲目的に自信をもっており、それで薬効が判定され、医学がその経験の伝承に終わっていることに驚き、がっかりした。人間の命を守る医学に“科学”を持ち込みたいと考えて、統計学や推計学を取り入れて、「計量診断学」の体系を作り上げた。

統計学を使うと、薬効ありとされているものが、そうではないとなることに気づき、それで、薬の薬効はどのくらいか?また、副作用は?という解析に入っていった。

スモン病(整腸剤キノホルムの副作用でおきた神経障害)裁判に積極的に関与した。また、グロンサンやアリナミンの薬効は証明できない、二重目隠し法(二重盲検法)で調べられていない(当時)、副作用もあると言い始めて、所謂「薬害」専門家みたいになっていった。

このことで、東大医学部・製薬会社と対決することになった。それが、マスコミと決定的に対決することになるとは、その時は理解していなかった。製薬会社は、民放、各種新聞雑誌の大スポンサーだから、薬の問題をとりあげることが、結局NHKを除く全マスコミと対決することになることを後で知った。これは厳しかった。本人の弁である。

(*)なぜ、ノーベル賞はとれないと思ったかについてどのような説明を高橋さんがしたか、どうも思い出せない。誰かが解いてしまった問題を自分はどうしても解けなかったのか、戦時下であったためか、体力的なことか、伺ったときは、なるほどと思ったのだが、今は、思い出せない。

薬害

東大では物療内科に属する医師だった。病院で患者さんを診る仕事もしていた。私が最初に高橋さんの文章を見たのは、グロンサンに薬効がないという内容だった。当時、統計学の重要性も知らなかったのだが、高橋さんの論理のするどさに感銘を受けた。

薬効判定に二重目隠し法などが取り入れられていなかった時代のことである。我が国で、このような科学的な検証方法が取り入れられるようになったのは、国際的な圧力(日本の方法では、外国の試験ではパスしない)と、高橋さんの功績である。高橋さんの主張は、西欧の流れを汲んでいるが、西欧医学の中でも新鮮な主張があった。

グロンサン問題以前から、サリドマイドやスモンなどの薬害問題に取り組み、1970年には、「薬を監視する国民の会」を作り、また、「くすりのひろば」というレベルの高い小冊子を出していた。それは西洋医学、現代医学の批判という側面を強くもつ内容だった。そして、私が高橋さんの名前を知る頃には、市民運動の中では、まさに神様のような存在になっていた。

漢方薬

ところが、1980年代後半になって、高橋さんは市民運動から厳しく批判され、攻撃される存在になってしまっていたらしい。ある時、友人からそのことを聞かされて驚いた。「どうして?」「高橋さんが、漢方薬の批判をはじめたから。確かに、高橋さんの言うとおりだと思うけど、あそこまで強く批判しなくともいいと思うのだが。今までの高橋シンパは、ほとんど批判派になっている、なぜ、かくも孤立化の道を選ぶのか?」と友人は言った。

私は、高橋さんが漢方薬について書いた物を読んでみた、ごく当たり前のことが書いてあった。漢方薬も薬だから、効く場合もあるが、呑み方や量を間違えると害になる、漢方薬は、西洋医薬に求められている「二重目隠し法」での効能検査が行われていない(**)、にもかかわらず、一括保険適用になった。

漢方は、複合薬だから、その成分の一つがその人の病気に効く場合も、他の成分は害になることもある。複合薬だから、効果的だというのはおかしい、むしろ、危険である。効能が弱いので長期に服用することになるが、この長期服用がむしろ問題を起こしやすい、すべての薬を長期に服用していいか、どうか、疑問があるということが書かれていた。敢えて孤立化というのではなく、当たり前のことを言っているだけだ、私はそう思った。

 (**)現在では、漢方薬についても、二重目隠し法で効能試験が行われているものがある。しかし、その結果を見ると、通常“この薬はxxに効きます”と言われている効能と余りにも、隔たりがあることがあり、これはこれでいいのか?疑問が残る。

講義

高橋さんの退官後かなり経った頃、確か1993年頃ではなかったかと思うが、私の研究室で長時間、講義をお願いした。
まず、統計学の講義。この時のテキストを、私は今でも使っていて、BSEのリスク計算のときもひっぱり出した。

つぎに、ダイオキシンのリスクについて(ダイオキシンのリスクは高いという立場だった)。

三番目に、漢方薬について。

そのとき、高橋さんがサイン入りの本を下さった。「恐るべき検証結果 漢方薬は危ない-薬効、副作用、安全性のウソを問う-」(ISBN 4-7667-0226-3)(発行所 経済界、1992)である。この本は、今でもAmazon.comで買うことができる。

漢方薬の問題点の例

この本には、漢方薬の薬効評価の非科学性が書かれている。その他に、使い方を誤ると大変なことになる例がいくつか書かれている。その一つがチョウセンニンジンである。ニンジンには、血圧を上げてしまう効果があると書かれている。

「気分を高揚させる効果」があるので、病気が快癒していると感じがちだが、それは必ずしも病気が治っているのではないこと、特に血圧の上昇には注意が必要と書いている。確かに、二重目隠し法で検査した場合に、ニンジンに認められた効果は、この「高揚感」だった。

この講義は学生達に大きなショックを与えた。いつも、ニンジン入りのお茶やチョコレートなどをおみやげに買ってきていた韓国からの留学生もすっかり元気を無くした。漢方を信じている学生もしょげかえっていた。

「何故、漢方薬の研究をはじめたのか?」と私は聞いた。「当初は、西洋医学の欠点を補うものが漢方にあると思って勉強を始めた」との答えだった。

研究者を切り捨てる市民運動

市民運動のまさに神様であった高橋さんは、漢方薬の危険性を指摘するようになってから、市民運動から「敵」のように攻撃されるようになった。市販の(西洋医学の)薬の薬効試験に問題があると指摘したことで、市民運動では尊敬された。

しかし、西洋医学の薬の問題点を摘出し、検証するために使われた同じ科学を用いると漢方にも問題があることが分かった。いや、もっと大きな問題があった。だから、訴えた、漢方薬は危険と。

それを市民運動は認めない。西洋医学はダメだが、漢方は良いと思っているから。

よくあることだ。できれば、かつて高橋さんを崇拝した人々が、漢方についての高橋さんの警告にも耳を傾ける日まで、生きてほしかった。それが実現しない内に、行かれてしまったのは残念である。

残念だが、高橋 晄正さんのご冥福を祈りたい。功績を称えたい。苦言を甘受したい。

追記:高橋さんは、グロンサンにもアリナミンにも薬効がない、副作用の可能性があると主張した。この二種の薬は今でも販売されており、薬効については、今でもしばしば疑問が出されているが、副作用はないとされている。

では、高橋さんの提起した副作用とは何だったのか?このことを説明したいと思ったが、どうも今ある資料では“憶測”に近くなるのでここでは止めることにした。書き方によっては高橋さんの仕事に対してネガティブな印象を与えるし、また、逆に、書き方によっては、今でも売られている医薬品に傷をつけかねない。

その後の状況を必ずしも、私が丁寧に追っていないので、私の知っていることに偏りがある可能性も大きい。そこで、今回はやめることにした。よく知っていることなら、このことについて勇気をもって書くべきだと思ったが、どう考えても自分の不勉強さではだめと判断し、あきらめた。どなたか、代わりにこのことについて書いてくれると嬉しい。

***

主要な業績の説明
 「武谷弁証法を経とし、推測統計学を緯とした」高橋の研究は、一貫して、科学的医学の方法の確立と実践であった。その業績は、計量診断学、薬効評価、食品公害の原因究明等、多分野にわたるが、使用した方法と基本理念は同一のものである。高橋の出発点は、医学が科学であるならば、新米の医者でも老練な大家でも同じ診断に至る方法があるはずだという信念を実行に移したことである。また、治療や予防においても、その効果を推計学で評価しようとして、とくに薬物療法の評価については二重盲検試験が必須であることを強く主張した。そのうえで、非科学的医学を生む医学界の構造を批判し、それを自分の研究の成果に基づいた市民運動として持続させた。また、漢方医学に早くから注目しつつも、代替医療として賞賛する方向へは向かわず、科学的評価を経ない漢方薬を否定した。
 多くの啓蒙書を含む著書を執筆し、厚生省や医学者への公開質問状、大学、市民講演会などあらゆるメディアを用いて、科学的評価に耐えない医療がいかに危険か、無意味かを訴え続けている。科学的認識に基づき、医学の不確実性を克服しようとした高橋にとって、医療の科学性と倫理性は密接に結びついたものである。その上で、大学、医師会、厚生省、製薬会社等の企業が、非科学的医学のための連携組織となっていることの反社会性を告発している。

●計量診断学
 高橋が臨床医の個人技ではない科学的医学の方法を確立しようとしたとき、拠り所としたのは、『少数例のまとめ方』を著していた増山元三郎からの指導であり、フィッシャーの実験計画法であった。最初に試みたのは、肝臓病の診断である。患者データから手回し計算器を使って特別函数を求め、それによって肝機能を診断する。結果は、経験豊かな医師に匹敵するほどの正確な診断ができた。さらに、心臓病や脳腫瘍でも、計量診断学の方法が有効なことを確かめた。高橋は、以上について著書『新しい医学への道』(紀伊国屋書店、1964年)にまとめた。これは高橋の進む道を宣言した記念碑的著作である。

●二重盲検試験の必要性を主張
 高橋は、「使った、治った、効いた」の「3た論法」で薬を使うのではなく、二重盲検法(評価しようとする薬Aと有効成分の入っていない偽薬<プラセーボ>Bを用意し、患者を2群に分けてA、Bいずれかを使用するが、試験終了までは担当医も患者も使用中の薬がAとBのどちらかわからない目隠し状態にしておいて、両者の有効性、安全性を比較する方法)による評価を経るべきであると主張した。患者の自然回復力、医師、患者双方の予断や期待による思いこみを排除する科学的方法であるとして、高橋はこれを高く評価し、当時もっと簡単な比較試験さえ行われずに承認、市販され、大量に使われていた強肝薬、保健薬などを無効かつ危険な薬として、名指しで批判した。

効かない!? 漢方薬Q&A
高橋晄正 著,ラジオ技術社
 漢方の体系,思想,果たして漢方は効くのかどうか,「漢方薬に副作用はない」というのは本当か,など漢方に科学の光をあてた良書です。「はるかなる東洋医学へ」(本多勝一,朝日新聞社)などに感銘を受けてしまった人は,毒消しのためにこの本を読まれることを強くお薦めします。

『はるかなる東洋医学へ』(本多勝一)をきる!
この題目は「ハインズ博士『超科学』をきる」を完全に意識しています。

--------------------------------------------------------------------------------
 「悪書」とは何か?この問いに対する答えは,本をどう評価するかによると思いますが,「世間に不正確な情報を流布する」ことを「悪書」の定義とするならば,この「はるかなる東洋医学」は大変な悪書です。しかも,ことは医療に関係することですから尚更罪は重い。
 さて,この「悪書」では,
個人的な体験を一般化する
少数の失敗例をもって「西洋医学」を体系ごと否定する
定義の曖昧な「気」等を用いて理屈付けする
東洋医学に二重盲検法は馴染まない,など現代科学の検証を逃れる屁理屈をこねる
漢方薬には副作用がない,などと事実に反することを書いている
科学的な嘘が多過ぎる
など,本多勝一氏が似非科学を信奉する人であることを御自ら余すところなく実証しています。これは滅多にない貴重な本でありますので,懐疑主義者を自任するGとIが,その内容の凄まじさを紹介してゆきたいと思います(これは両者の合作です)。
 世の中の”本多信者”の皆さん,目を覚ます良い機会です。まずは冷静になって以下の文章をお読みください。
 なお,Gこと後藤文彦の「買ってはいけない! 本多勝一著『はるかなる東洋医学へ』」も是非参照ください。

投稿者 akiuchi : 11:32 PM

宇井純氏が死去

今年逝去された方の中に宇井純氏の名前を見つけた。東大自主講座「公害原論」。ちょうど私が大学を卒業する年にアジアにおける日本企業の公害輸出が問題になっていた。直接お会いすることはなかったが東大近くの事務局を訪れて資料を入手した記憶がある。東大では「助手」として一貫して反権力の立場を貫いた。東大物療内科で講師を続けていた高橋晄正死の自宅を訪ねたのも同じころだったと記憶している。公衆衛生学を選択して「公害」をライフワークのテーマにしようと考えていた若いころの思い出とともに宇井純氏のご冥福を祈ることにする。
横浜国立大学中西準子氏のHP
雑感366-2006.11.13「宇井さんありがとう -宇井純さんの死を悼む-」
http://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/zak366_370.html#366-A

沖大名誉教授・宇井純氏が死去
公害問題を追究
 自主講座「公害原論」で知られ、沖縄などで多くの公害反対運動にかかわった環境科学研究者で沖縄大名誉教授の宇井純(うい・じゅん)氏が十一日午前三時三十四分、胸部大動脈りゅう破裂のため東京都港区の東京慈恵会医大病院で死去した。七十四歳。栃木県出身。葬儀・告別式は十六日午前十時から東京都品川区西五反田五ノ三二ノ二○、桐ケ谷斎場で。喪主は妻紀子(のりこ)さん。
 東大卒業後、化学会社に勤めた後に大学に戻り、一九六五(昭和四十)年から工学部助手。水俣病の調査研究に携わる一方、世界保健機関(WHO)の研究員として欧州の公害を調査した。

 その経験を踏まえ、七○年から東大の教室を一般に開放して自主講座「公害原論」を開講。行政や企業ではなく、住民の側に立った科学を提唱、八五年までの十五年間で二万人が聴講したとされる。講義録は公害反対運動の指針として読まれ、各地の住民運動に大きな影響を与えた。

 八六年から沖縄大教授。さんご礁を守る新石垣空港反対運動にもかかわり、九一年には国連環境計画(UNEP)が環境保護に貢献した個人・団体に贈る「グローバル500」を受賞した。

 沖縄で環境保護のネットワークづくりを試みたほか、新潟水俣病の民事訴訟に補佐人として加わるなど「行動する学者」として知られた。著書は自主講座の講義録「公害原論」のほか「公害の政治学」「日本の水はよみがえるか」など多数。


     ◇     ◇     ◇     
県内の環境保護に奔走/「行動の人」市民支え


 住民の側に立った科学を提唱した沖縄大学名誉教授の宇井純さんが亡くなった。東京大学を辞職後、一九八六年から二〇〇三年まで沖縄大に在任。急速な開発で破壊が進む沖縄の自然を憂慮し、県内の環境保護活動を理論的・技術的に支えた「行動の人」だった。新石垣空港反対運動にかかわったほか、深刻化する赤土問題や畜産排水問題などに技術面から向き合い、各地で実践を進めた。

 全国一律の基準を沖縄に当てはめる公共事業のあり方に疑問を投げ掛け、時に国や県などとも激しく対峙した。宇井さんの下で学んだ沖縄大職員の後藤哲志さん(37)は「いかにしたら沖縄が自立・持続できるかを常に考えていた」と指摘する。

 退官時に沖縄タイムスのインタビューで、「いつの時代も、批判者は少数派だが、科学はそれを乗り越え進化してきた」と批判精神の大切さを訴えた。環境問題に取り組む市民活動を育て、関係者のネットワークづくりや県外のネットワークとの連携にも貢献した。「ちゅらさ石けん工房」主宰の仲西美佐子さん(56)=恩納村=は「環境問題に多くの人の目を向けさせてくれた。奥の深い方だった」としのぶ。

 宇井さんは沖大祭最終日の十二日、学生主催の大学のあり方を考えるシンポジウムで基調講演する予定だった。主催者は健在だったころの講演のビデオを上映して、追悼する。シンポジウムは、午後零時半から同大三号館一〇一教室である。


権威に屈さず


 東大時代の教え子、桜井国俊・沖縄大学長(62)の話 馬力があって粘り強く、権威に屈しない人だった。水俣病問題では、原因企業にとって“とんだ野郎”になりたいという意味を込め「富田八郎」のペンネームで論文を発表していた。宇井さんがオランダで学んできた雨水や下水の循環再利用方法が、本学の建物にも応用されている。


志継いでいく


 沖縄環境ネットワークの福地曠昭さんの話 人生を沖縄にささげた人だ。「沖縄の公害問題は、米軍基地や人権問題にも通じる」と語っていた。指導を受けた者も多く、私たちが志を継いで沖縄の環境問題を掘り下げなくてはならない。

 久茂地川フェスティバル実行委員の崎山正美さん(57)=糸満市=の話 水問題に取り組む中で、刺激を受けたことはたくさんある。赤土問題では、発生源から小まめに対策していく愛知県・矢作川の事例を紹介してもらい、突破口が開けた。

 水俣病患者の会会長浜元二徳さん(70)=熊本県水俣市=の話 とても物腰が穏やかで、患者の苦しみをよく聞いてくれる人だった。わたしたちを率いて一九七二年にストックホルムで開催された国連人間環境会議に乗り込み、水俣病問題を強く世界に訴えてくれた。

**********
宇井純
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
宇井 純(うい じゅん、1932年6月25日 - 2006年11月11日)は、公害問題研究家。沖縄大学名誉教授。元東京大学工学部都市工学科(衛生工学コース)助手(実験担当)。東京都出身。

1956年、東京大学工学部応用化学科卒業。日本ゼオンに勤務した後、1959年に東京大学大学院工学系研究科に戻り、応用化学科、土木工学科に所属し、1965年に新設の都市工学科助手となる。

従来の科学技術者の多くが公害企業や行政側に立った「御用学者」の活動をしてきたと批判し、公害被害者の立場に立った視点を提唱し、新潟水俣病の民事訴訟では弁護補佐人として水俣病の解明に尽力するなどの活動を展開した。 ペンネームとして富田八郎(よみは「とみたはちろう」、または「とんだやろう」)を用いたことがある。

1970年より、公害の研究・調査結果を市民に直接伝え、また全国の公害問題の報告を現場から聞く場として公開自主講座「公害原論」を東京大学工学部82番教室にて夜間に開講。 以後15年にわたって講座を続け、公害問題に関する住民運動などに強い影響を与えた。こうした活動は大学当局にとっては非公認の活動であり、都市工学科の内部では「万年助手」の地位にとどめられる。外部からは、同時期に都市工学科の万年助手であった中西準子とともに「東大都市工学科の良心」とみなされることもあった。

1986年、21年間にわたった東大助手の職を辞し、沖縄大学法経学部教授に就任。沖縄の環境問題をはじめとして世界的な環境問題に取り組むとともに、公害論の授業(月曜日2コマ及び6コマ)を担当した。 また公開ゼミナール「沖縄の水」(月曜日7コマ)では、実践的環境公害問題研究を行っていた。このゼミナールは学生から、「限りなく体育系」と呼ばれていた。

2003年、沖縄大学を退職し名誉教授の称号を授与された。

2006年11月11日、胸部大動脈瘤(りゅう)破裂のため、東京都港区の病院で死去した。74歳。


[編集] 主な受賞暦
1973年 毎日出版文化賞(公害原論講義録の出版に関して)
1980年 スモン基金奨励賞
1991年 国連開発計画「グローバル500賞」


[編集] 主要著書
『公害の政治学 水俣病を追って』(三省堂新書 1968年)
『公害原論』(亜紀書房 1971年)
『大学解体論』(生越忠との共著 亜紀書房 1975年)
『キミよ歩いて考えろ : ぼくの学問ができるまで 』(ポプラ社 1997年)
『谷中村から水俣・三里塚へ : エコロジーの源流』(編集 社会評論社 1991年)

******************

薬害批判の先頭に立った高橋晄正さん(83歳)逝去。(04/11/10掲載)

 医学・薬学問題の評論家で、薬害批判の先頭に立ってこられた高橋晄正さんが11月3日、心筋梗塞で逝去された。享年83歳。
 高橋さんは、1970年、「薬を監視する国民運動の会」と言う市民団体を設立、厚生省の薬事行政などを批判する活動をつづけたが、1973年5月3~4日には、東京・全逓会館で開かれたベ平連主催の「〈ベトナムに平和を〉市民会議」(全国から250人が参加)に出席、アリナミンなどの有害薬や石油タンパクの野放し状態について鋭い告発の報告をされている。
 著書には、『新版 からだが危ない―身辺毒性学』 (1991/11 三省堂)、『薬品食品公害の二〇年―「薬のひろば」活動の記録 シリーズ市民の活動 (9)』(1993/03 松籟社)、『新しい医学への道―現代医学の矛盾』(1994/01 紀伊国屋書店)など多数。


投稿者 akiuchi : 10:59 PM

November 26, 2006

米本昌平 代理母は例外ケース以外禁止に

代理母出産に関して米本昌平氏が産経新聞「正論」に論文を発表している。米本昌平というと私が学生時代のころから生命倫理に関して多くの論文を発表していたことを覚えている。「日本の場合、法律ができるまでには恐ろしく多くのエネルギーを要する。しかも立法の過程でさまざまな政治的妥協が加えられるため、できた法律がうまく機能するものであるかは疑わしい。いずれ法律を作るとしても、そのために必要なのは、この技術に関して医学的および社会的な両面でどのような課題を抱えているかについて、取り組むべき問題の形をバランスよく描ききった「技術評価報告」を作成し、社会として課題認識を共有することである。法律はこれを踏まえて策定されるものである。」法律に関しては医師法、保助看法なども該当すると思うのだが本当に日本の法律はどうして現場から遊離してしまうのだろうと思う。

根津先生の代理母出産に関しては既に以下の日記に記録しているので参照されたい。
http://blog.med-apple.co.jp/mailmaga/diary/archives/2006/11/post_71.html

【正論】科学技術文明研究所所長 米本昌平 代理母は例外ケース以外禁止に 産経新聞 2006年11月25日(土)

 ◆技術評価もとに幅広い議論必要
 ■人体を道具化する恐れ
 治療のために子宮を摘出し、子供を産めなくなった30歳代の女性に代わって、50歳代の母親が妊娠・出産していたことが明らかになった。娘夫婦の卵子と精子で体外受精した卵を用いて母親が妊娠し、遺伝的には孫にあたる子を、昨年出産していたのである。出産後、自らの実子として届けた後、娘夫婦との間で養子縁組を行っている。この点で法的には問題はない。
 この手術を行った長野県の医師は、日本産科婦人科学会の基準は保守的で不妊治療の現場の要請に応えていないという信念の持ち主で、過去に不妊治療の過程で多胎になった場合に胎児を減らす手術を始めた人である。そして、2001年に姉妹間での代理出産を行ったことを明らかにした。これをきっかけに、厚生科学審議会生殖補助医療部会は03年に、代理母は家族関係を複雑にし、人体を道具化する恐れがあるなどの理由で、罰則のある法律で禁止すべきとの報告書をまとめた。その後、産婦人科学会も代理母禁止の学会見解を定めている。
 この種の議論をすると、外国はどうか、という問いが必ず出てくるのだが、ここまで問題が顕在化した以上、日本社会の実情にあった政策を具体化すべき時期にきている。
 ■禁止と容認交じる各国
 実際、世界を展望してみると、代理母問題では先進国の間でも対応は多様である。米国では連邦レベルの規制はなく、この問題は州の権限に委ねられている。米国では1980年代以来、夫の精子を第三者の女性に人工授精して子供を産んでもらう形の「代理母」が相当数行われてきており、商業的な色彩のものも少なくない。これに関してカリフォルニアなどの6州では代理母が認められ、11州では州法で明確に禁止している。
 一方、欧州では今もなおキリスト教的な価値観が浸透しており、生殖技術の使用については概して禁欲的である。たとえばカトリック教徒が多いオーストリアでは、法王庁の教義に近い条文をもつ生殖技術規制法を定めている。またスイスでは、憲法によって生殖技術は節度をもって使用すると定めており、胚の譲渡と代理母は憲法上の禁止条項である。
 ただ英国だけは、商業的な代理母を禁止する一方で、ボランティアによる代理母を認めている。代理母を実施する機関は許可制で、夫婦の卵子と精子を用いて第三者に産んでもらう代理母によっても、年間10人ほど子が生まれている。最近の聞き取り調査では、代理母になる女性は7割が無関係のボランティアで、あとは友人・姉妹・いとこが産んでいる。依頼する側の事情は、繰り返し体外受精を試みても妊娠できない場合と、何かの理由で子宮がない女性のケースがほとんどである。代理母実施の可否については第三者によって構成される倫理委員会が決定するが、依頼夫婦と代理母との間で親密な人間関係を築くことが重要である。以後の関係も概して良好という結果がでている。
 日本の現状の問題点は、患者側の要請に応じて医師個人が、主観的には善意からとはいえ、純医学的な判断だけではなく、価値の問題までも踏み込んで決めてしまっている点である。地方の医師の中には、医師の裁量権は幅広いものと解釈する傾向があるが、ほんらいは医療職能集団がルールを定め、これに従って行われるべきものである。
 ■社会で課題認識共有を
 しかし日本の学会は学術親睦団体であり、強制力をもって学会ルールを守らせる態勢にはない。こうなると法律が必要ということになるのだが、日本の場合、法律ができるまでには恐ろしく多くのエネルギーを要する。しかも立法の過程でさまざまな政治的妥協が加えられるため、できた法律がうまく機能するものであるかは疑わしい。
 いずれ法律を作るとしても、そのために必要なのは、この技術に関して医学的および社会的な両面でどのような課題を抱えているかについて、取り組むべき問題の形をバランスよく描ききった「技術評価報告」を作成し、社会として課題認識を共有することである。法律はこれを踏まえて策定されるものである。
 先回りして私の考えを言えば、代理母に関係する金銭授受や無秩序な拡大を防ぐために原則禁止とし、たとえば家庭裁判所の審判を経た例外的なケースだけを認める程度にとどめるべきだと思う。
 先進国の中で、代理母問題を含む生殖技術一般の規制について、社会や議会が広範な議論をしていないのは日本くらいである。そのためにも、わかりやすい報告書の作成に、まず着手すべきである。
 (よねもと しょうへい)

[産経新聞 ]

米本昌平プロフィール
http://www.academyhills.com/gijiroku/yonemoto/profile.html

科学技術文明研究所を主宰する米本昌平氏は、2005年12月4日に毎日新聞のコラム「時代の風」で以下のような見解を提示しています。
http://www.minusionwater.com/yonemoto.htm

投稿者 akiuchi : 11:16 PM

November 25, 2006

婦人科がん

読売新聞「医療ルネッサンス」に婦人科がんの最新治療に関する情報の連載が始まった。産科だけでとても婦人科のことまで頭が回らないがいつもアップツーデートな情報をキープしておかなければならない産婦人科専門医としてはありがたい企画だ。

*************
[医療ルネサンス]婦人科がん(1)神経温存し自然に排尿(連載)2006年11月14日(火)~

 ◇通算3983回
 ■病院の実力
 2000年春、札幌市の主婦(39)は、生理でもないのに出血が続いているのに気がついた。近くの病院での診断は「子宮頸(けい)がん」。初めての子を産んでから2年しかたっておらず、「がん」という言葉がにわかには信じられなかった。
 がんの大きさは3センチを超え、ごく早期とは言えなかった。北海道大産婦人科で、教授の桜木範明さん(当時は助教授)から説明を受けた。
 「子宮の周囲の組織も取る必要があります。手術後に尿がうまく出なかったり、足が腫れるリンパ浮腫(ふしゅ)という後遺症が出たりするかもしれません。手術後の生活が少しでも楽になるよう最大限の努力をします」
 自然に排尿できるよう、「骨盤神経温存手術」という手術が行われた。子宮の周囲の組織には、膀胱(ぼうこう)につながる神経が走っている。従来は神経も一緒に切断していたが、この手術では神経の部分を温存する。同大のデータでは今のところ、生存率は従来の手術と変わらない。
 だが、この手術でも、すぐに元通り排尿できるわけではない。手術の影響で膀胱の排尿筋が強い緊張状態に陥り、尿が出せない人も多いからだ。主婦も手術後は尿意を感じなかった。この時期に無理におなかに力を入れて尿を出すと、筋肉が損傷して回復の妨げになる場合もある。
 そこで、自分で尿道から膀胱まで管を入れて尿を出す自己導尿の方法を入院中に学んだ。退院後は排尿障害外来に通い、排尿筋のこわばり具合などを調べ、何時間ごとにトイレに行くかなど細かい指導を受けた。
 3か月後、自然に尿意を感じるようになり、今では手術前と同じように排尿できる。「後遺症は覚悟していたけれど、早くから対応してもらい、楽になったと思う」と話す。
 子宮、卵巣がんの治療では、治療後に様々な後遺症が出ることがある。患者は後遺症と一生つきあわなければならないことが多いが、治療段階から治療後まで継続的に後遺症に対処する医療機関はまだ少ない。患者は、治療成績と後遺症対策を詳しく聞いた上で、病院を選ぶ必要がある。
 北海道大産婦人科には、リンパ浮腫の専門的な治療を学んだ医師もおり、大学のリハビリテーション科との連携で、診療体制も整いつつある。
 桜木さんは「若い女性の子宮頸がんが増えている。がん治療だけでなく、その後の患者さんの生活の質への配慮がますます重要になってきた」と話している。

 〈子宮、卵巣がんの後遺症〉
 手術や放射線治療などでリンパ管が傷つくと、足などがむくむリンパ浮腫が出る。このほか、排尿、排便障害や腸閉塞(へいそく)、膣(ちつ)の委縮、更年期障害に似た症状が出ることもある。

 図=「子宮と卵巣」子宮は頸部と体部に分かれ、それぞれ子宮頸がん、子宮体がんができる

 写真=子宮頸がんに行われる骨盤神経温存手術(北海道大産婦人科提供)
*************

[医療ルネサンス]婦人科がん(2)子宮残して出産成功(連載)

 ◇通算3984回
 ■病院の実力
 「早期の子宮体がんだと思います。命には代えられません。子宮を取る手術をした方が良いでしょう」
 埼玉県の主婦A子さん(38)は2001年、がん専門病院でこう言われても、手術に踏み切れなかった。現在の夫と婚約中で、子どもが欲しかったからだ。
 そこで、東大産婦人科を紹介され、出産まで子宮を温存する治療を受けることになった。ごく早期の子宮体がん患者が対象だ。
 まず、がん治療が専門の講師、八杉利治さんのもとで治療を開始。がん細胞をたたく効果がある高用量の黄体ホルモン剤を毎日服用した。
 定期的に子宮に細い器具を挿入して内膜をはがし取り、病理検査をした。薬の効きが悪く、通常なら半年間の治療を1か月延長し、ようやくがんが消えた。
 続いて子宮体がんの発生を防ぐ中用量ピルに薬を切り替え、がんのない状態を維持した後、体外受精を受けた。今度は不妊治療が専門の講師、藤原敏博さんが担当した。
 この治療も、生やさしくなかった。採卵のために使った排卵誘発剤の作用が強く表れ、腹水がたまって肺を圧迫、呼吸困難に陥った。緊急入院して、ようやく回復した。子宮体がん患者には、排卵障害のため、排卵誘発剤の作用が過剰に出る場合があるのだ。
 半年間、体調を整えたうえ、女性ホルモンのはり薬で徐々に子宮内膜を厚くし、凍結保存した受精卵を子宮に戻した。
 2回目の挑戦で妊娠。一昨年10月、元気な男の子を出産した。「だめでもともと、と夫と話し合って受けた治療ですが、子どもに恵まれ、毎日が充実しています」とほほ笑む。
 だが、この治療ですべての人が出産できるわけではない。東大のデータでは、最初のがん治療で、25%の人には薬が効かず、がんが消失しない。この場合は子宮摘出が必要になる。不妊治療の段階でも、30%は妊娠しても流産する。
 東大では、妊娠の効率を上げるため、がん治療後の不妊治療では最初から体外受精を行う。「再発と隣り合わせのうえ、子宮内膜も薄く不妊治療が難しい。がん治療の担当医と不妊治療医の連携がかぎ」と藤原さんは話す。
 子宮体がんの子宮温存治療は生存率など効果が不明で、確立した治療ではない。出産後も再発の恐れがあり、定期検査が必要だ。
 それでも、外来でできることなどから急速に広まっている。読売新聞社が実施した調査では、回答した274医療機関のうち195施設(71%)が実施しているとした。
 治療を受ける前に、過去の治療実績と共に、不妊治療を担当する医師がいるかどうかも聞いておきたい。

 〈婦人科がんと出産〉
 子宮頸(けい)がんでも早期なら、がんとその周囲の部分だけを取って子宮を残す温存療法で、出産できる場合がある。卵巣がんは、両側の卵巣と子宮を取るのが原則だが、ごく早期で患者が出産を強く望んだ場合、がんができた側の卵巣だけを摘出し、もう一方の卵巣と子宮を残すことがある。

 写真=不妊治療の経過について藤原さん(右)から説明を受けるA子さん(東大産婦人科で)
****************

[医療ルネサンス]婦人科がん(3)手術せず放射線治療(連載)

 ◇通算3985回
 ■病院の実力
 千葉県の主婦、秋田由美子さん(36)は2004年秋、大量の不正出血があり、近くの病院に駆け込んだ。
 担当医に「子宮頸(けい)がんです。状態はすごく悪い」と言われ、血の気が引いた。そのうえ、「手術すると後で足がむくんだり、排尿障害が出たりする」という。
 下の子が1歳になっておらず、子育てに夢中だった生活が暗転した。
 手術を覚悟して受診した千葉県がんセンター(千葉市中央区)で、婦人科部長の田中尚武さんから、意外な治療法の説明を受けた。手術せずに放射線を使う方法だ。「入院は長くなるけれど、お子さんも小さいし、後遺症の少ない放射線治療の方が良いと思います」
 放射線治療部長の幡野(はたの)和男さんからは、秋田さんの病状だと5年生存率は90%である一方、後遺症として、まれに治療後、何年もたってから腸や膀胱(ぼうこう)に穴が開いたりすることがある--などと説明を受けた。
 「この治療で生きられるんですか」。秋田さんが聞くと、「生きてもらわないと困るでしょ?」と幡野さん。
 入院して週5日、5週間にわたり、放射線治療機で体外から放射線を当てる治療(外部照射)を受けた。これに加え、子宮に入れた細い管の中に小さな放射線を発する物質を挿入して、内側からがんをたたく「腔内(くうない)照射」を4回受けた。外部照射は1回5分足らずで痛みもないが、器具を挿入する腔内照射は強い痛みを伴った。
 並行して週1回、抗がん剤治療を受け、1か月半後、2人の子が待つ家に帰った。放射線で卵巣の機能が失われ、生理がなくなった以外は、2年たった今も後遺症はない。「入院前と何も変わらない生活です」
 子宮頸がんの治療成績は、放射線と手術は同等とされ、欧米では放射線治療が中心となっている。後遺症は一般に放射線治療の方が少ないが、腸や膀胱に影響が出て、人工肛門(こうもん)など手術が必要な後遺症が数%に出るという。
 同センターは、これを防ぐため、1995年からMRI(磁気共鳴画像)などの診断を腔内照射の前に行い、がんの形に合わせて照射する「画像誘導下放射線治療」を取り入れた。「この治療を始めてから、重い後遺症が出た人は今のところいません」と幡野さん。
 日本では手術が主体で、放射線治療という選択肢すら示されない場合も多い。「両方の治療を示し、長所短所を説明する必要がある」と田中さんは話す。

 〈子宮頸がんの放射線治療〉
 米国では、0~4期までの進行期のうち、1b期と2a期は放射線治療か手術かのいずれかを選択、2b期は手術でなく放射線と抗がん剤の併用を推奨している。国内では、読売新聞の調査に対し、79%が「2期までの患者に手術をせず放射線治療(抗がん剤との併用も含む)をする場合もある」と答えたが、ほとんどが「高齢などで手術できない場合に限る」としていた。

 写真=(上)「子宮頸がんでは、放射線治療も手術と同じ治療成績が見込めます」と話す幡野さん(右)=千葉県がんセンターで
 写真=(下)「放射線治療を受け、がんと言われる前とまったく同じ生活を送っています」と語る秋田さん
****************

[医療ルネサンス]婦人科がん(4)患者が分かる指針作りを(連載)

 ◇通算3986回
 ■病院の実力
 この連載では、後遺症への対策や不妊治療医、放射線治療医との連携など、婦人科がんの病院を選ぶ時のポイントを紹介した。だが最大の問題は、肝心の治療方針が専門医の間でも時に大きく異なることだ。
 先月、専門医で作る日本婦人科腫瘍(しゅよう)学会は、子宮体がんの治療ガイドライン(指針)を発表した。作成委員の東北大教授、八重樫伸生さんが記者会見で強調したのは、指針を作るための「科学的なデータがいかに少ないか」だった。
 学会は、日本を含む世界の臨床試験の結果を集め、手術や手術後の放射線など58項目の治療について、どの程度推奨できるかをAからDまでの4段階に分類した。それなりの臨床試験の結果があり、「強く勧められる」(A)、「勧められる」(B)は合わせて16項目で、3割に満たなかった。半分の29項目が「C」で、「調査結果が一貫しておらず、勧めるだけの根拠が明確でない」だった。
 科学的なデータに基づくと、手術の時にしばしば行われるリンパ節の切除は、治療効果があるかどうか、はっきりしていない。手術後に行う放射線治療も「骨盤内の再発は減らすが、生存期間を延ばすかどうか不明」なのだという。
 このため、がんを取りきるため広く切除し、放射線や抗がん剤も積極的に併用する医師と、後遺症を減らすため治療は最小限にとどめる医師が混在し、これまでは病院によって治療方針がまちまちだった。
 指針は海外の例も参考に、専門医の意見を集約し、現時点で最も妥当と考えられる治療法をまとめた。八重樫さんによると、科学的データが十分でない場合、欧米でも同じ方法で治療指針が作られる。
 あいまいさが残るものの、患者が医師から治療法を示された際、それがどの程度の科学的データに基づいているか、多くの専門医はどう考えているか知る上で、指針は判断材料になる。
 ただ、指針は医師向けで読みこなすのが難しい。八重樫さんは「今後、患者会の意見も聞き、一般向けの指針を作りたい」と話す。
 子宮・卵巣がんの患者会は、一昨年に北海道で「アスパラの会」が、今年3月には東北大で治療を受けた患者を中心に「カトレアの森」が発足、各地に広まりつつある。
 子宮体がん治療指針を読んだ「カトレアの森」メンバーからは「治療後の後遺症や副作用の対処法など、患者の生活に切実な情報も盛り込んでほしい」との意見も出た。
 患者の視点に立った、わかりやすい指針作りが今後の課題になる。(館林牧子)
 (次は「患者団体の力」)

 〈婦人科がんの診療指針〉
 日本婦人科腫瘍学会は2004年、「卵巣がん治療ガイドライン」を発表、今回完成した「子宮体癌(がん)治療ガイドライン」とともに金原出版((電)03・3811・7184)から出版されている。子宮頸(けい)がんの指針も作成中で、来年には完成する予定。

 写真=患者会「カトレアの森」のメンバーと話し合う八重樫伸生さん(右上方、手前)=仙台市の東北大で

投稿者 akiuchi : 11:42 AM

November 16, 2006

日本国際親善厚生財団理事長 多田正毅さん

私がかつて国際保健分野で生きていこうと考えていたころのご師匠さんの記事が目に留まった。「お産難民」という言葉が最近ははやっているが軽々しく”難民”などといってはいけないと思う。支えてくれるべき”国家”を失ったものたちが”難民”なのだという定義を知ってマスコミは果たして使っているのだろうか?私も反省したいと思う。事態の深刻さはわからないでもないが日本人を国内で”難民”などと軽々しく呼んではいけない。

[恩師の言葉]日本国際親善厚生財団理事長 多田正毅さん63=茨城 - 読売新聞 2006年10月25日(水)
 ◇ただ・まさき
 ◆医者はボランティアしないのか
 国際医療支援に携わって4半世紀。この9月、タイ北部の町メーサイの国立病院内に開設した「メディカルトレーニングセンター」から初の卒業生を送り出した。
 NGO「日本国際親善厚生財団(JIFF)」とタイ王室財団との共同プログラム。結核、エイズ、マラリアの3大感染病撲滅と医療水準向上を目指し、タイ、ミャンマー、ラオスなどメコン川流域の医療従事者を訓練している。
 JIFFはセンターに医師や放射線技師、看護師を講師として派遣している。その教え子の巣立ちは「アジアで医療分野の人材を育てる」という多田の長年の夢がかなった瞬間だった。
 父を継いで産婦人科医になり、1981年、結城市に城西病院を開業した。翌82年、所属していた日本青年会議所医療部会で集めた募金の使い道を考えていた時、日本国際ボランティアセンター(JVC)創設者の星野昌子に出会った。
 初対面だったが、星野の言葉に遠慮はなかった。「なんで医者はボランティアをやらないんですか」。多田は面食らった。
 大量のカンボジア難民救済のため、日本政府は医療チームを派遣していたが、「緊急性が薄れた」と撤退を決めたころ。JVCは「まだ協力が必要。先進国の仲間入りをした以上、日本も欧米並みに国際協力すべきだ」と、民間からボランティアで現地に渡る医師を探し回っていた。
 多田は「まずは実態を見てこよう」と医療部会の仲間とカンボジア国境に出かけた。そして難民キャンプで、何の手当ても受けられずに次々と人が死んでいく光景を目の当たりにした。
 「こんなことがあってはならない。国がやらなくてもおれがやる」。医師の血が騒ぎ、82年、城西病院内にJIFFを誕生させた。
 88年、国際移住機構の要請で、全国で初めてアフガニスタン難民の患者も受け入れた。91年にはパキスタンのペシャワルに無料診療所を設け、2001年の9・11テロ後には多いときで1日2600人のアフガン難民を診察した。その後、アフガンの首都カブールに新設した「母と子のための診療所」に活動の中心を移した。
 こうした貢献の一方で、多田はいつしか、「現地の人たちが自らの手で最低限の医療を行えるようにしたい」と考えるようになった。その結実がタイ・メーサイの「メディカルトレーニングセンター」だった。
 もっとも、多田のモットーは「肩ひじ張らず、ボランティアは楽しんでやるもの。楽しくなければ続かない」。だから、海外から帰ってきたスタッフへの最初のねぎらいの言葉も「楽しかったかい」に決めている。(敬称略、金来ひろみ)

 写真=子どもたちに文房具を手渡す多田理事長(2002年、カブールで。多田さん提供)


[読売新聞 ]

投稿者 akiuchi : 07:32 AM

November 12, 2006

WHO事務局長選挙―尾身氏の選出ならず

かつて国際保健分野で活躍することを夢見ていた時がありました。政府やWHOなどの国際機関とは別のNGO(non-governmental organization)が世界平和に貢献すると信じていました。青年の夢は跡形もなく崩れ去りましたが自治医大出身の尾身先生がWHOの事務局長になると国際保健分野における日本の活動にも刺激になっていいなと期待していたのですが残念な結果となってしまいました。かつてこのポストは中島宏先生が就いていたことがあったと思うのですがだからどうなったというものでもなかったような気がします。(業績不明)今回事務局長に選出された中国のチャン氏にこれからの活動に期待したいと思います。これからはやはりアジアの中心は中国ということなのでしょうか?
***************

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
◎WHO事務局長選挙―尾身氏の選出ならず◎
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

 スイスのジュネーブで開催されている、世界保健機関(WHO)執行理事会
は、11月8日、中国が推薦するマーガレット・チャン氏(59歳)を次期WHO
事務局長に選出した。尾身茂WHO西太平洋地域事務局長は、本投票まで駒を
進めたが、3回目の投票で惜しくも落選した。

 チャン氏は香港出身。2003年よりWHO部長(人の環境の保護部)を経て、
2005年には、感染症サーベイランス・対応部及びパンデミックインフルエンザ
対策代表に就任。現在は、WHO感染症担当事務局長補を務めている。

 11月9日に行われる特別WHO総会で、正式にチャン氏が次期事務局長とし
て承認されることとなる。任期は、2007年1月4日~2011年6月30日まで。

投稿者 akiuchi : 05:33 PM